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怪婆の執

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ライター( ♂ )
19/07/15 23:45(更新日時)

岡田良介が島村美智子と出会ったのは半年前の事だった。知人の紹介で知り合い、美人で気立ての良い美智子を岡田は一目で気に入り、美智子もまた、誠実で真面目な岡田に惹かれ、二人は結婚を意識するようになっていた。

岡田は大学を卒業し、出版社に勤めるようになって4年、美智子は岡田の3歳下で、短大を卒業後、事務用品店に勤めている。

秋晴れの空の下、岡田と美智子は街路樹を歩いていた。
「僕は君と結婚したいと思っているんだが、君はどうだろう?」
岡田は美智子に尋ねた。
「えぇ、私もあなたと結婚したいと思っていますわ」
「そうか。嬉しいよ。じゃあ今度、僕の家に来てくれないか?母に会ってもらいたいのだ」
「はい、喜んでお伺いしますわ」
「ありがとう」
岡田は優しい笑みで美智子に言った。

「この前も言ったけど、僕が5歳の時に両親が離婚して以来、母は女手一つで僕を育ててくれたんだ。僕は一人っ子だし、苦労した母を一人残す訳には行かないから、結婚したら君には同居してもらいたいんだ」
「もちろんですわ」
「父は僕と母を捨ててすぐに再婚したらしい。養育費は一銭もなかった」
「ではお母様は相当なご苦労をなさったのでしょうね」
「そうなんだ。だから余計に母が哀れで仕方がないんだ。君には我慢させてしまうかも知れないが、どうか理解して欲しい」
岡田は美智子に頭を下げた。
「そんな…止めて下さい。私、我慢だなんて思っていませんわ。私だってあなたの立場になれば同じように思うはずですもの」
「そうか。ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」
「どうぞお気になさらないで下さい。それよりお母様にお会いするの、いつにしますか?」
「あぁ、そうだね。では今週の日曜辺りはどうだ?」
「えぇ、大丈夫よ」
「そうか。じゃあ一時頃、迎えに行くよ」
「分かりました、待っています」
そう約束すると、岡田は美智子を送り届け、帰路に着いた。

「ただいま、お母さん」
岡田が居間に入ると、母は裁縫をしていた。
「お帰り。遅かったわね」
「お母さん、ちょいとお話があるんです」
母は手を止め、岡田の方を振り向いた。
「なぁに?」
「今お付き合いさせて頂いてる美智子さん…ほら、何度かお話していたでしょう?」
「あぁ、島村美智子さんね。はいはい、存じてますよ」
「僕、美智子さんと結婚したいと思ってるんです」
「まぁ!本当なの?」
母は驚きと嬉しさに満ちた顔で言った。
「はい。それで今週の日曜、お母さんに会って頂きたいんです」
「えぇ、もちろんお会いしますよ」
「良かった。では一時頃に美智子さんを迎えに行って、二時頃にお連れしますから、宜しく頼みます」
「二時ね、分かりましたよ。楽しみにしています」
母の嬉々した反応に岡田はホッとしていた。


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No.2274135 15/11/13 00:17(スレ作成日時)

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No.1 15/11/13 00:20
ライター0 ( ♂ )

日曜日、せっかくの日だというのに、あいにく空はどんより曇っており、朝から小雨が降っていた。
そろそろ美智子を迎えに行こうと準備をしていた時、ふと、岡田は母の姿がない事に気が付いた。
ついさっきまで台所で何かしていたようだったが、母の寝室に行ってみた。

「お母さん、いらっしゃるんですか?」と、襖の前で声を掛けたが返事はない。
おかしいなと思い、部屋に入ってみると、母は床に伏していた。
「お母さん、寝てるんですか?僕、そろそろ美智子さんを迎えに行って来ます」
岡田が静かに声を掛けると、母は布団から顔を出し、「ちょっと胃が痛いもんで、横になってるんですよ」と言った。
母の顔はしんどそうであった。
「え?胃が痛いんですか?大丈夫ですか?」
岡田は心配そうに母の顔を覗き込んだ。
「急にキリキリと痛くなってしまってね、たいした事はないと思うんだけど、ちょっと今日は…」
「薬は飲みましたか?」
「えぇ、先ほど飲みましたよ」
「そうですか…。じゃあ、今日は美智子さんと会うのを止めておきますか?」
「悪いけど、そうしてもらえるかしらね?」
「分かりました。では美智子さんにはそのように伝えます」
「ごめんなさいね。あなたから美智子さんにはよく謝っておいて頂戴」

岡田は迎えを待っているであろう美智子にすぐに電話をした。
「あ、良介さん?どうなさったの?」
「美智子さん、大変申し訳ないんだが、急に母の具合が悪くなってしまって、今日は中止にしてもらいたいのだ」
「まぁ、お母様の具合が?それは大変ですわね。分かりましたわ」
「本当に申し訳ない。また日を改めよう。じゃ…」
そう言って岡田は受話器を置き、再び母の寝室に向かった。

「お母さん、美智子さんには今、連絡を入れました」
「申し訳ない事をしてしまいましたねぇ。よくよく美智子さんに謝ってくれましたか?」
「はい。美智子さんもお母さんの体を心配していましたよ」
「そう…本当にごめんなさいね」
「いえ、気になさらないで下さい。それよりお母さん、本当に大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫ですよ。さっきより痛みは落ち着いてきたし、少し横になっていれば治るわ」
そう言って母は眠りに就いた。

No.2 15/11/13 00:22
ライター ( ♂ )

翌日、岡田と美智子は新宿のレストランにいた。
「昨日は本当に悪かった。気を悪くしたかい?」
岡田は申し訳なさそうに尋ねた。
「そんな事ありませんわ。それよりお母様のお加減はどうなの?」
「それが、あの後すぐに良くなってね…たいした事はなかったのだよ」
「そう…それは良かったじゃありませんか。私も安心しましたわ」
「ありがとう。母も君には申し訳ない事をしたと、僕からよく謝っておくように言われたよ」
「私は気にしてませんから、お母様にはそのようお伝え下さいましね」
「本当かい?安心したよ」
岡田は安堵の顔を見せた。
その後、二人は楽しく食事をし、ワインも飲んでいたせいか、いつになく会話は盛り上がった。
「ちょっと飲み過ぎたかな」
赤くなった顔で岡田が美智子に言った。
「私も少し飲み過ぎみたい」
二人は笑い合った。
「じゃあ会計してくるから、君、先に行ってて」
「えぇ、じゃあ入り口の外で待ってます」
美智子は幸せな気持ちだった。酔いも入っていたせいもあるが、まだ帰りたくない気分だった。
「お待たせ」
レストランから岡田が出て来た。
「ご馳走様でした」
美智子は岡田に礼を言った。
「なかなか旨い店だった。また来よう」
「ねぇ、少し歩きませんこと?」
「うん。そうしようか」
電光装飾された路樹が夜の街にキラキラ輝いている。二人はその中をゆっくり歩いた。岡田は歩道側に美智子を寄せ、手を握った。美智子は岡田の大きく暖かい手の感触を感じながら、満ち足りた気持ちでいた。二人はまだ接吻までしかしておらず、身体の関係は無かった。しかし美智子は、今夜の気分なら、もし岡田から求められたら許しても良い気持ちになっていた。
「寒くないか?」
岡田が美智子に尋ねた。
「大丈夫ですわ」
中心街から少し離れ、人通りが少なくなっていた。ふいに岡田が美智子を抱き締めた。大柄な岡田の胸に美智子はスッポリ被われる。二人は暫く静かに抱き合い、そして岡田は美智子に接吻をした。もしかしたら岡田に求められるのではないかと美智子は思ったが、岡田はそれ以上は求めて来なかった。
「そろそろ帰ろうか。冷えてきたし、風邪を引くといけない。送って行こう」と岡田が言った。
美智子はちょっと期待外れのような気もしたが、やはりまだ結婚前だし、これで良いのだと思った。

No.3 15/11/13 00:25
ライター ( ♂ )

岡田が自宅に戻ったのは22時過ぎだった。

「お帰り。遅かったわね」
母は居間で一人、テレビを観ていた。
「はい、美智子さんと食事をした後、ちょっと街を歩いたものですから」
「そう…。それは良かったわ。美智子さんどうだったかしら?日曜日のこと…気を悪くされていなかったかしら?」
母は心配そうに尋ねた。
「大丈夫です。全く気にしていない様子でした。むしろお母さんのお身体の心配をしていましたよ」
「そうかい。それなら安心しましたよ。今度はちゃんとお会いしますからね」
「はい、ぜひお願いします」
「じゃあ次の日曜はどうかしら?美味しい料理をご用意して差し上げますよ」
「いいんですか?じゃあ美智子さんに聞いてみます」

翌日、岡田は早速、美智子に電話をした。美智子は二つ返事で了解してくれ、再び日曜日に会う事となった。が、その当日、また同じ事が起こったのである。
母は美智子を迎える為に、朝から料理をこしらえていた。岡田が見たところでは、母はウキウキしながら張り切っていたようだったし、体調が悪そうな様子もなかったのに、突然、不調を訴えたのだ。
「お母さん、どうしたんです?」
「それが、また急に胃が痛くなってね。キリキリと…我慢できないくらい」
「大丈夫ですか?お薬は?」
「今、飲みましたよ。横になって安静にしてりゃ治まると思うんだけど…」
「そうですか…。どうします?美智子さんに会えそうですか?僕、そろそろ美智子さんを迎えに行かなきゃならないんですが」
「そうね…ごめんなさい…ちょっと無理かも知れませんね。大変申し訳ないのだけれど、また日を改めてもらえないかしら?」
母は苦しそうな顔で言った。
「分かりました。じゃあ美智子さんに電話して来ます」
こんな事があるのだろうか?と岡田は思った。電話口の美智子もさすがに訝った様子で、とにかく岡田は美智子に平謝りした。

二日後、岡田は美智子を昼食に誘った。岡田と美智子の勤める会社は歩いて15分くらいの距離にあり、その中間地点にある定食屋で待ち合わせた。岡田が店に入った時、美智子はまだ来ていなかったが、取り合えず岡田は空いている席についた。サラリーマン客で賑わう店内の雑踏は、母の体調不良によって、連続して二度も美智子を家に連れて来る事が出来なかった岡田の苛つきを一層増長させていた。

No.4 15/11/13 00:30
ライター ( ♂ )

その時、入り口に美智子の姿を見付けた。岡田は手を挙げ(こっち!)と合図した。

「ごめんなさい、遅くなって。お待ちになった?」

「いや、大丈夫さ。君は忙しかったのかい?」

「ううん、そんなんじゃないの。ちょっと出掛けに電話があったものだから…」

「そうか…。なに食べる?」

「そうねぇ…。あなたは何を召し上がるの?」

「僕は豚カツ定食にするよ」

「そう…。じゃあ私は…シューマイ定食を頂いていいかしら?」

「うん、いいよ」
そう言うと岡田は厨房に向かって、「すいません!シューマイ定食と豚カツ定食!」と注文した。

「日曜はまたあんな事になってしまって…本当に申し訳ない」
岡田は美智子に頭を下げた。

「私は大丈夫だけれど、それよりお母様の事が心配ですわ。病院には行かれましたの?」

「それが、あの後またすぐに良くなって、どうって事はないみたいなんだ」

「まぁ…一体どういう事なのかしら?」

「僕も分からないんだよ。一度病院に行って検査してもらった方が良いのではないかと母には言ったのだけれど、大丈夫としか…」

「でも、お母様がそう仰るなら仕方がないですわよね」

「まぁ、そうなんだが…。君が気を悪くしていやしないか心配でね」

「私なら大丈夫ですわ、ご心配なさらないで」

「ありがとう。母は君と会うのを楽しみにしているんだよ。僕にお嫁さんが出来る事を喜んでくれていてね」

「私も早くあなたと結婚したいし、お母様にお会い出来るのを楽しみにしているのよ」

「うん。しかしこうも続くとちょいと気になるから、母に会うのは少し日を置こう。君には申し訳ないが、理解してくれるね?」

「えぇ、いいですわ。またお母様のお加減が悪くなったら困りますものね。少し様子を見て、落ち着いたらまた日取りを決めましょう」


それから一ヶ月ほどが経過し、岡田の仕事は忙しくなっていた。
美智子とも三回ほどしか会えず、まだ母に会わせる事も出来ないままでいた。
そんなある日、仕事中の岡田のもとに一本の電話が入った。
「え!?母が亡くなった!?」
相手は母の遺体が収容されている病院からで、交通事故で即死だったらしい。
突然の事に岡田は呆然となったが、すぐに我に返り、病院に向かった。

No.5 15/11/13 00:33
ライター ( ♂ )

警察から、母は買い物に行く途中、横断歩道で居眠り運転の車に引かれ、全身を強打したと聞かされた。何故こんな事に?岡田は悔しさと無念さでいっぱいだった。女手一つで育ててくれた母…何も悪い事をしていないのに、ただ苦労するだけ苦労をして、息子の嫁も孫の顔も見る事なく死んでしまった。岡田は母の遺体の前で声を殺して泣いた。

葬儀は内輪だけで済ませた。母の遺骨を抱え、自宅に戻ったのは夕方過ぎだった。美智子は岡田のそばに付いていようとしたが、岡田は余計な心配をさせまいと、美智子に帰るよう促した。
「でも…」と、岡田を心配する美智子に、「僕は大丈夫だから心配しないで。君はお帰りなさい」と岡田は言った。
美智子の気持ちは嬉しかったが、岡田は一人になりたかった。皆が帰った後、岡田は母の遺骨を前に、一人で酒を飲んでいた。が、一向に酔いは回らなかった。

どれくらい眠ったのか、岡田が目を覚ました時、時計は10時を指していた。どうやら酒を飲みながらそのまま居間で眠ってしまったらしい。カーテンが閉まったままの居間は薄暗かった。その光景に岡田は母が亡くなった事を改めて思い知らされた。朝起きた時、カーテンが開けられ、居間が明るい状態になっていたのは、母という存在があったからなのだと。今日からは自分でカーテンを開けない限り、朝になっても居間は薄暗いままなのだ。岡田はカーテンを開け、部屋に光を入れた。気が滅入りそうになったが、テレビを点け、コーヒーを飲むと幾分か落ち着いてきた。

その時、玄関の方から「ごめんください」と声がした。誰だろうと思い岡田が玄関を開けると、美智子が立っていた。
「美智子さん。どうしたの」
「ごめんなさい、いきなり来てしまって…。私、どうしても良介さんの事が心配で…」
「ありがとう。さぁ、とにかく上がって」
「えぇ、お邪魔します」
岡田は美智子を部屋に招き入れた。
「散らかってるけど、適当に座って下さい。今、コーヒーをいれますから」
「あ、どうぞお構い無く」
美智子は座卓の前に座った。
「この度は母の葬儀に参列してくれてありがとう」
コーヒーをいれながら岡田は美智子に礼を言った。
「とんでもありませんわ。当然の事ですから。でも、突然の事で、本当に何てお悔やみを申し上げて良いのか…」
「どうぞ」
岡田は美智子にコーヒーを差し出した。

No.6 15/11/13 00:38
ライター ( ♂ )

「母に君を会わせてあげる事が出来なかったのは本当に残念だったよ」

「分かりますわ。私もお母様にお目にかかりたかった…」

「人生というのは上手く行かないものだな」

その時、突然、美智子が「あっ…」と声をあげ、顔をしかめた。

「どうしたのだ?」

「急に…胃が痛くなってしまって…」

「大丈夫か?」
岡田は美智子のそばに寄った。

「うっ…ちょっとダメかも知れません…我慢できない痛みなのです」

「病院に連れて行こうか?」

「いいえ、結構ですわ。私、帰ります」

「え!?じゃあ送って行こう」

「いいんですの。一人で帰りますから」

そう言うと、美智子はおもむろに立ち上がり、玄関の方へ走り去った。

「おいっ、君!」

岡田は慌てて後を追ったが、美智子は帰ってしまった。

一体どうしたのだろう。美智子はまるで逃げるように立ち去ってしまったのである。

岡田は美智子の事が心配で、暫くして自宅に電話をかけてみた。

「もしもし?僕だけど…」

「あ、良介さん?さっきはごめんなさいましね」

「大丈夫かい?えらく辛そうな顔をしていたようだが…」

「えぇ、それが…自宅に着いたとたん、痛みが治まってしまったんですの」

「何だって?」

「変ですわよね…私もよく分からないのです」

「そうか…。まぁ、ともかく痛みが治まったのなら良かった。ずいぶんと心配したよ」

「本当にごめんなさい。お母様が亡くなったばかりで大変な時なのに、余計な心配をかけてしまって」

「いや、それはいいんだよ。じゃあ、あまり無理をしないように。また近いうちに会いましょう。ではさようなら」

「はい、さようなら」
岡田は受話器を置いた。

その時、岡田はふと思い付いた。
そうだ…あの時の母の胃痛と同じだ!美智子さんと会おうとすると胃痛が突然に起こり、会うのを中止にしたとたん治まる…。
まるでそっくりではないか…!
偶然だろうか?いや、まさか…。
岡田は薄気味悪さを感じていた。

No.7 15/11/13 00:42
ライター ( ♂ )

その晩、岡田はなかなか寝付けずにいた。
母と美智子の胃痛の類似が気になっていたのである。

あれこれ考えているうちに尿意を感じ、岡田は便所に起き上がった。

小便をしながら、こんな事ってあるのだろうか…と尚も考えていた。

便所を出て寝室に戻ろうとした時、母の部屋からガタッという音が聞こえた。

何だ?岡田は訝った。

何やら薄気味悪い気がしたが、母の部屋を覗いてみた。
電気を点けて部屋の中を見回したが、特に変わった様子はない。

気のせいだろうか…?岡田は首を横に傾げ、何だか今日は変な日だなと思った。
ふと、タンスの方を見ると引き出しが一ヶ所開いてるのが目に入った。

あれ?と不思議に思ったのは、母は几帳面な人で、引き出しを閉め忘れる事などまず無かったからである。

岡田は何か気になり、引き出しの中を覗いてみた。
すると一冊の手帳が入っており、中をめくってみると母の直筆で【あんな女に良介をやるものか。島村美智子が憎い。息子は絶対に渡さない】など、美智子に向けた憎しみがギッシリと綴られていた。

(一体これは何だ!?お母さんは美智子さんを嫌っていたのか?僕に嫁が出来る事を喜んでくれていたのじゃなかったのか!?そんなバカな!)

岡田は訳が分からなかった。
母の胃痛は美智子に会うのを避ける為の嘘だったのだろうか?
では今日、美智子が家に来た時に突然襲った胃痛は?

まさか…母の呪いなのか!?
そう思った瞬間、岡田は背筋がゾッとした。

No.10 15/11/13 14:03
ライター ( ♂ )

忌引き休暇も終わり、一週間振りに岡田は仕事に復帰した。溜まっている仕事がたくさんある。母の死や、不可解な胃痛の事など忘れるほど、多忙な日々が岡田を襲った。美智子とは電話で話をしていたものの、忙しくて会えない状態だった。
今夜も残業で、岡田が自宅に着いたのは23時過ぎ…居間に入ると、岡田は背広姿のままソファに倒れ込んだ。
(疲れた…)そう呟き、目を閉じようとした時、電話が鳴った。(美智子さんだ…)岡田はそう思った。ここ最近、岡田の仕事が忙しくて会えない為に、夜の電話が二人の日課になっていた。

「もしもし?」
岡田は低く静かな声で言った。

「もしもし?良介さん?」
美智子である。

「やぁ、こんばんは」

「遅かったのね。22時頃にもお電話を差し上げたのだけれど、お出にならなかったから」

「あぁ。ついさっき帰宅したのだよ」

「まぁ、じゃ、お電話はまた明日にした方がいいかしら?ご迷惑?」

「そんな事はないさ。僕も君の声が聞きたい」
岡田は目を閉じたまま電話している。

「そう?じゃあ少しお話しましょう」

「うん」

「ずっと忙しいですわね。ちゃんとお食事は召し上がってますの?」

「うん…まぁ…最近は帰りが遅くて、家に着くと飯も頂かずに、そのままバタンキューしてしまう事が多いよ」
苦笑しながら岡田はそう言った。

「まぁ…それはお身体に良くありませんわ。私、何か差し入れに伺いましょうか?」

「本当かい?そうしてくれると嬉しいな。君にも会いたいし…」

「分かりましたわ。では何かお作りしてお持ち致します」

「ありがとう。君は優しいね…好きだよ」

「まぁ…」
美智子は照れた。

「明日は土曜日だから、19時頃には仕事が終わると思うんだ。久しぶりに会わないか?」

「はい、私はお昼で仕事が終わりますから、大丈夫ですわ。」

「そうか。じゃあ仕事が終わり次第、迎えに行くよ」

「分かりました。じゃあ、お休みなさい」

「うん。お休み」

受話器を置くと、岡田はそのままソファで眠りに着いた。


翌日、岡田は予定より早く仕事が片付き、18時過ぎには美智子の家に向けて車を走らせた。
美智子と会うのは二週間振りで、岡田は久しぶりの会瀬に嬉々としていた。

No.11 15/11/13 14:11
ライター ( ♂ )

二人が岡田の家に着いたのは19時半過ぎだった。

「どうぞ上がって」

「お邪魔します」

美智子は岡田の為に、手作り料理を重箱に詰めて持参していた。

「お腹が空いているでしょう?たくさん作ってきましたの。お口に合うかどうか分かりませんけど、召し上がって」

「ありがとう」

美智子が重を開けた。
炊き込みご飯、煮しめ、卵焼き、揚げ物などがぎっしり詰められており、思わず岡田は唾を飲んだ。

「うわぁ。これは凄い。旨そうだ。頂きます」
そう言って岡田は食べ始めた。

「どうかしら?味の方は…」

「うん。とっても旨いよ。君はいいお嫁さんになるな」

「良かったわ」


美智子の手料理を堪能し、岡田は満足だった。
美智子も久しぶりに岡田の顔を見る事が出来て嬉しかった。

「いやぁ、大変に旨かった。ごちそうさま」
岡田は美智子に礼を言った。

「お口に合って良かったですわ」

美智子はお重を片付け、テーブルを拭いた。

「良介さん、何だかお痩せになったみたい。頬がこけてるもの」

「あぁ。ここ最近、不摂生していたからかな…5kg近く痩せてしまった」

「まぁ…そんな事じゃいけません事よ?亡くなられたお母様がご心配されますわ」

「そうだね。気を付けましょう」
お茶を啜りながら岡田が言った。

「ねぇ、良介さん。私たちの結婚…どうしましょうか?お会いする前にお母様が亡くなられてしまって…。私、どうすりゃ良いのかずっと考えていましたのよ?」

「うん。僕も君とは結婚したいのだ。しかし母が突然亡くなってしまって…今すぐという訳には行かなくなってしまったと思っているんだよ」

「そうね…。喪中に結婚するなんておかしいですものね」

岡田は美智子への憎しみを綴っていた母の手帳の事を思い出していた。
美智子が知ったら何と思うだろう。当然、美智子はショックを受けるだろう。岡田は話した方が良いのか、それとも黙っていた方が良いのか悩んでいた。
しかしこのまま黙っているのは何だか美智子を騙しているようで偲びなかった。

No.12 15/11/13 17:57
ライター ( ♂ )

「ねぇ、美智子さん…」

「何です?」

「あの…」

そこで岡田は黙り込んでしまった。やはり母が美智子を憎んでいた事など言えるはずもなかった。

「いや、何でもないんだ」

「何だか変ですわよ、良介さん。何か心配ごとでもございまして?」

「いやぁ、本当に何でもないのだ。気にしないでくれ」

「そう?それならいいのだけど…」

美智子は少し変な顔をしていた。

「あら、もうこんな時間だわ。私、そろそろ帰りますわね」

時計の針は22時を回っていた。

「え、帰るの?」

「だって、もう22時を過ぎていますのよ?良介さんもお疲れでしょう?そろそろお休みにならないと…」

「もし君が迷惑でないのなら、泊まって行かないか?」

「え…でも…」

「明日は休みだし…君も休みだろう?今夜は一緒にいたいんだ…そばに居て欲しい」

岡田は美智子の顔をジッと見つめて言った。

「……」

美智子は少し考えて、「分かりましたわ」と答えた。

当然、岡田は求めてくるであろう。美智子は岡田と結ばれる事を覚悟した。しかし美智子とて岡田の事は好きであったし、いつもは男らしく頼りになる岡田が、寂しそうな顔で『そばに居て欲しい』と求めて来るのだから、美智子もそれを放って帰る事は出来ないと思った。

二人はソファに並んで座り、暫くの間、たわいもない会話をしていたが、岡田が美智子の手を握ると無言になった。
岡田は美智子の肩を抱き寄せ、頭を撫で回しながら接吻をした。が、その時、突然、美智子が顔をしかめ、「あっ」と声を漏らした。

「どうしたのだ?」
その瞬間、岡田は(まさかまた胃痛か!?)と思った。

「胃が…!急にキリキリ痛んで…」
美智子は苦しそうに言った。

やっぱり!岡田は愕然とした。

「あぁっ…痛い!」

美智子は体をかがめて苦しがった。

「大丈夫か!?横になった方が良いのではないか!?」

「えぇ…」

美智子はソファに横になったが、胃痛は激しくなる一方で、「やっぱり我慢できません!私、帰りますわ!」と言った。

「分かった。では車で送ろう」

岡田は美智子を背負い、車に運んだ。
助手席で唸っている美智子を励ましながら、車を走らせた。

No.13 15/11/13 19:02
ライター ( ♂ )

「大丈夫かい?」
岡田は助手席の美智子に声をかけた。
「はい。少し痛みが治まってきたようです」
それを聞いて岡田は安堵したが、やはり前回と同じで、家に着く頃には治るのではないか?と思っていた。
案の定、アパートに到着すると、美智子の胃痛はすっかり治まっていた。

「おかしいですわ。さっきの痛みがまるで嘘のように消えてしまったのです」
美智子は首を傾げながら言った。
「この前と全く同じだね」
「本当に…。一体どういう事なんでしょうか…」
岡田は(やはり母の呪いなのではないか?)と思ったが、すぐに(いや、そんな事があるものか、単なる偶然だ)と打ち消した。
「もう少し頑張って待っていたら痛みは治まったのかしら?」
「僕もそれが気になってね。今度また胃痛が襲って来たら、辛抱して治まるのを待とう」
「そうですわね。私も、もう少し踏ん張って我慢すりゃ良かったんだわ」
「さぁ、もう遅いから、お部屋に…」
「えぇ。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。お騒がせしました」
「お弁当、ありがとう。美味しかったよ」
「はい。じゃあ、お休みなさい。運転お気を付けて」
「うん。お休み」
美智子は車を降りた。
岡田は手を挙げ「じゃ」という合図をすると、車を発進させた。

No.14 15/11/14 21:30
ライター ( ♂ )

どうにも腑に落ちない。
岡田は車を運転しながら考えていた。
手帳に書き記された文章から、母が美智子を嫌っていた事は間違いない。
しかし、まだ会ってもいない美智子をなぜ母は憎み嫌っていたのか?そして美智子が家に来る度に激しい胃痛を起こし、帰宅したとたん痛みが治まるのは母の仕業なのだろうか?そんな事は考えたくもなかったが、そう思わざるを得ないような事態に岡田は困惑していた。
自宅に着くと岡田は風呂に入り、寝酒を飲んで床に入った。

(良介…良介…)
遠くで誰か呼ぶ声が聞こえる。

岡田はもうろうとする意識の中でその声を聞いていた。

(良介…良介…)声はだんだん近くなってくる。
その時、目の前に母が現れた。

(お母さん!?)岡田は絶句した。幽霊か!?

(良介…お母さんは貴方にお伝えしなければならない事がございます)

(え!?)岡田はただただ目の前の光景に驚き、声を失っていた。

(美智子さんの事ですけれどもね…あの方は他に別の男がいましてね…貴方は黙されているのです…)母は無表情で淡々と言った。

(何ですって!?美智子さんに男が!?)

(さようですよ…貴方は騙されてはいけません…あの女にはお気を付けなさいませね)

(そんなバカな!美智子さんがそんな事をするなんて!)

そこで岡田は目を覚ました。

(何だ…夢か…)

岡田はグッショリ汗をかいていた。
何ともイヤな夢である。あまりに衝撃的な悪夢で、岡田は暫く起きる気になれなかった。

No.15 15/11/14 21:48
ライター ( ♂ )

「岡田さん、お客様がお見えです」
受付から岡田に内線が入った。

「どなた?」

「はい、村井珠代さんという方です」

村井珠代は美智子の同僚で、何度か三人で食事をした事がある。

「分かった。今行く」
岡田は受付にそう伝えると、下に降りて行った。
珠代が岡田の勤め先に来るなんて初めての事だ…一体どうしたのだろう。

下に着くと珠代の姿があった。

「やぁ」
岡田は珠代に声をかけた。

「こんにちは。お久しぶりです」
珠代はそう言って岡田に一礼した。

「どうされたのです?」

「突然、来てしまってすみません。実は美智子さんの事でお話したい事がありますの」

「美智子さんの事で?」

「えぇ。申し訳ないのですけれど、お時間ございませんかしら?」

「いいですよ。今日は19時頃には仕事が終わりますから、それ以降なら…」

「じゃあ、19時半に駅前で待ち合わせをしましょう」

「分かりました。伺います」

「では、失礼致します。ごめんくださいませ」

そう言うと珠代は帰って行った。

珠代から美智子の事で話があるなんて、一体何だろう…。
岡田は些か気掛かりであった。


予定通り、19時過ぎには仕事を終わらせ、岡田は駅前に向かった。
外は木枯らしが吹き、吐く息も白い。寒さが身にしみるようであった。
駅前に着くと珠代がいた。

「今晩は。お待たせしました」

「お忙しいのに、お呼び出ししてしまってごめんなさい」
珠代は岡田に謝った。

「大丈夫ですよ。とにかく何処かに入りましょう。寒くてかなわない」
岡田は笑いながら言った。

「えぇ、そうですわね」

岡田と珠代はすぐ近くにあった居酒屋に入った。


No.16 15/11/15 00:02
ライター ( ♂ )

カウンター席に、座卓席が二つほどの小さな店だった。
客は少なく、初老の店主が一人で店を切り盛りしていた。
岡田と珠代はカウンター席の奥に座った。

「う〜、寒かった」
岡田はおしぼりで手を拭きながら言った。

「今夜は冷えますわね」

「何を飲みます?」

「そうね…。熱燗頂こうかしら」

「いいですね。僕も熱燗にしよう」
そう言って岡田は、店主に熱燗二本と、その他に、おでん、焼き鳥、刺し身などを注文した。


「美智子さんの事で話があるって言ってたけど…」
岡田が切り出した。

「えぇ。実は美智子さん…岡田さんとの交際をやめた方が良いのではないかと悩んでいるようなのです」

「何だって?」
岡田は訝しげな顔で珠代を見た。

「岡田さんの家に行くと強烈な胃痛が起こるんですってね…。で、帰宅すると痛みが治まる…。何でもそれがかなり気掛かりらしくて、二度も続くなんてとても偶然だとは思えないと…」

「それは僕に取っても不可解な事なのです」

「お亡くなりになられたお母様にも同じ事があったのでしょう?美智子さんをお連れするとなると激しい胃痛を起こして、お会い出来なくなる。その事と何か関係があるのではないかと美智子さんは気が病んでいるようなの」

「それは…」

「なぁに?何か心辺りでもありますの?」

「い、いや…」
岡田は口ごもった。

「何よ、はっきりおっしゃってよ。美智子さんは本当に悩んでいるのよ?」

「…」
岡田は母の手帳の事を言うか言うまいか躊躇っていた。

「私はとにかく美智子さんが気の毒でならないんですの。あなた、男でしょう?もっとしっかりして頂きたいわ」
珠代は少しきつい口調で言った。
以前、美智子と三人で食事した時の珠代は、もう少し優しく穏やかな印象であったが、今夜の珠代は別人のようである。もしかしたら元々気の強い女なのかも知れないと思ったが、岡田は些か押され気味だった。

No.17 15/11/28 13:15
ライター ( ♂ )

「心配には及びませんよ。僕は美智子さんを愛してますからね。これは僕と彼女の問題だ。君にそこまで問われる筋はないよ」
岡田は少し苛ついていた。

「まぁ…そんな怒らないでよ。私はそんなつもりじゃありません事よ?」

「別に怒ってやしないよ。とにかく美智子さんとはちゃんと話し合いますから」

「フフ…」
珠代は岡田の顔を見て、含み笑いをした。

岡田はそんな珠代を訝しげに見ながら、「何がおかしいのです?」と、ちょっと不快な気持ちで言った。

「ううん…何でもないのよ」
尚も珠代はクスクス小さく笑っていた。

「ねぇ、あなたって女にモテるでしょう?」

「え?」

「端正な顔立ちなのに、ちょっと童顔な感じもあって…なんて言うのかしら…母性本能をくすぐる雰囲気があるのよね」

笑いながらそう言う珠代に、(いきなり何を言い出すのか)と岡田は一瞬、言葉に詰まった。

「酔っているみたいですね」

「そりゃ日本酒を飲んでるのだし、ちょっと酔っているかも知れないわ」

「そろそろ帰りますか…」

「冗談よ。酔ってなんかいないわ…この程度のお酒で…フフ…」

岡田は些か振り回され気味だった。
今夜の珠代はよく分からない。

「ねぇ、岡田さん…私みたいな女はお嫌いかしら?」

「え?」

「そんなに驚いた顔しないでよ(笑)」

「やっぱり酔っているんでしょう。もう帰りましょう」

「まだ帰りたくないわ。もう少しいいじゃないの」

明らかに珠代は酔っているようであった。
酒癖の悪い女なのか?と岡田は思ったが、珠代は絡み付くような目で岡田を見詰め、手を重ねてきた。

「大きな手ね…」

「グローブのような手だと、よく言われるよ(笑)」

「大人と子供が手を合わせてるみたいね」

珠代は岡田の手の平に自分の手を合わせて言った

「美智子さんが羨ましいわ」

「どうして?」

「私だったらあんな事くらいで別れなんて考えない…」

「君…」

岡田は戸惑っていた。

No.19 16/03/13 00:47
ライター ( ♂ )

「嘘よ、冗談ですわ。やっぱり私、ちょっと酔ってしまったのね」

珠代は笑いながら言った。

「岡田さん、困った顔してらっしゃる」

「いやぁ、そんな事は…」

と否定しつつ、確かに岡田は珠代に振り回され気味だった。

「帰りましょうか…」

「そうですね」

「今夜はごめんなさいましね、突然お呼び出ししてしまって…」

二人は店を出た。
外は雪がちらちら降り、気温もかなり下がっている。

「本当に今夜は冷えるわね」

「じゃあ、ここで…」

「あっ、ねぇ、岡田さん…」

珠代が岡田を呼び止める。

「なに?」

「今夜のこと、美智子さんには絶対に内緒にして下さいね。彼女には余計な心配をかけたくないの」

「えぇ、分かっていますよ」

「ありがとう。じゃあ失礼します、さよなら」

そう言うと、珠代はネオン街に消えて行った。

その姿を見届けると、岡田は駅の方へ向かって歩き出した。

No.20 16/03/24 00:40
ライター ( ♂ )

岡田が自宅に着いた時、時計の針は24時を回っていた。
美智子が自分と別れを考えていた事のショック、そして珠代の思わせ振りな言動などで、岡田の頭は混乱していた。
美智子に電話をしてすぐにでも真意を確かめたかったが、さすがに24時を回っていた為、明日にする事にした。

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