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♪テケテケ♪♪ エレキギターについてコピペで綴るスレ ♪♪テケテケ♪

レス349 HIT数 22661 あ+ あ-

通行人( ♀ )
15/03/24 06:09(更新日時)

・・ギターの6弦をミュート気味に鳴らす通称テケテケなのですが。。。正しくはクロマチック・ランと呼びます。

エレキギターのあれこれをコピペで綴るスレです。

USA.


【スレッドの内容が推測できるように、タイトル・タグを一部変更させていただきました。2015.1.18 シスオペ】




15/02/21 05:00 追記

・・現在701hにつき検索ワードを追記

ベンチャーズマーク 寺内タケシ 1240番 エンタープライズ white marshall ビザールギター タルボ Orient ロビシ Fillmore ツイードケース 丸モ Eugene Turner エクセル商会 CHORRY パイプライン キャラバン Play wood 東京地方裁判所(平成19(ワ)5022) 小松庵 味の民芸 曼荼羅



No.2177777 15/01/17 17:52(スレ作成日時)

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No.1 15/01/18 06:22
通行人0 ( ♀ )

☆★☆ モズライトと ザ・ベンチャーズ~加山雄三の話 ☆★☆


"mosrite"とは?

"mosrite"とはセミー・モズレーとレイ・ボートライトによって1950年代前半から作られていたエレキ・ギターです。
1960年代初め、"エレキの王様"ノーキー・エドワーズとの出会いによって生まれた"THE VENTURES model"はその最高傑作です。
その一番最初のモデルである63年型の特長は、セットネック構造でボディの周りにセル・バインディングが入っている事です。
ジャックはサイドにあり、俗にサイド・ジャックと呼ばれています。
ネックは極端に細く薄く、フレットも細く低い物がセットされています。
"THE VENTURES model"のロゴは大きな物で、ヘッドはバースト仕上げです。
0フレットが存在し、ナットは半筒形の物が使われています。
トレモロユニットはヴァイブラミュートと呼ばれるタイプで、極初期の物にはその名の通りブリッジにミュート機構が存在します。
約200本が製作され、現存するのは60本程度と思われます。

No.2 15/01/18 06:25
通行人 ( ♀ )

>> 1 1965年1月の来日公演で使用されたのはこのタイプです。 64年型になるとジャックがピックガード上に移動します。
俗にトップ・ジャックと呼ばれています。
ボディの周りのセル・バインディングが無くなり、ネックのジョイント方式がデタッチャブル(ボルト・オン)に変わります。
ネックとボディはスクリューで直に固定されています。
スクリューの頭はプレートでカバーされており、俗にカバードと呼ばれています。
極少数ですが、ボディの周りにバインディングが入っていて、トップ・ジャック、カバードと、63年型と64年型の特長を併せ持ったギターが存在します。
64年中期より、"THE VENTURES model"のロゴは小さい物になります。
さらに64年後期にはピックアップもより強力なタイプになります。
1965年夏の来日公演で使用され、"エレキの若大将"加山雄三氏に贈られたのはこのタイプです。65年にはネックのジョイント方式が極普通のネックプレート式になります。
ピックアップには"mosrite of california"の刻印が入ります。
日本に正式に輸入されたのはこのタイプからです。
銀座の山野楽器に入荷した第一号は、"エレキの神様"寺内タケシ氏が購入したとされています。

No.3 15/01/18 06:27
通行人 ( ♀ )

>> 2 また、65年後期よりトレモロユニットがモズレーに変わり、ボリュームとトーンのノブもハット・タイプに変わります。
さらに、ネックも1ピースから2ピースへと変更されます。
この時期の"mosrite"は仕様がかなりまちまちで、残っていたパーツとその時点での最新のボディ、ネックが複雑に組み合わされています。 66年になると、トラスロッドの調整方式がボディ側からヘッド側に変更され、ヘッドにアジャスト・カバーが付きました。 67年には"THE VENTURES model"のロゴが消え、60年代における"mosrite"の"THE VENTURES model"の歴史は終わります。 ここまでが俗にヴィンテージと呼ばれている"mosrite"です。

セミー・モズレー亡き現在も、"mosrite"は彼の遺志を引き継ぐ人達によって"復刻版"として作り続けられています。

No.4 15/01/18 06:28
通行人 ( ♀ )

>> 3 "ジャパン・モズライト"は"mosrite"とは全く無縁のギターです。

"ジャパン・モズライト"というギターを知っていますか?
"mosrite"のコピーモデルです。
単なるコピーモデルであり、"mosrite"の"復刻版"ではありません。
"mosrite"と"ジャパン・モズライト"は、"FENDER USA"と"FENDER JAPAN"のような関係ではありません。
セミー・モズレーによる技術指導や"mosrite"との業務提携といった事は無く、独自にコピーモデルを製造しているにすぎません。
いわゆるライセンス生産ではありません。
"ジャパン・モズライト"は"mosrite"とは全く無縁のギターです。 "ジャパン・モズライト"は長野県で製造されているらしいのですが、何故か"mosrite of california"というマークが入っています。
いつから長野県は"california"と呼ばれるようになったのでしょうか。
さらに"THE VENTURES model"というマークまで入っています。
"THE VENTURES"に対して大変失礼な事です。 取り敢えず見かけが似ていれば良い、価格が安ければ良いといった方は別として、何も知らずに"ジャパン・モズライト"を真の"mosrite"と信じて買ってしまった方は大変お気の毒です。
ヴィンテージの"mosrite"は大変貴重で現存する物は決して多くはありません。
"復刻版"もあまり多くは市場には出回っていません。
でもまめに探せばきっと素晴らしい真の"mosrite"に出会えるはずです。

No.5 15/01/18 06:33
通行人 ( ♀ )

64型の"mosrite"について

64年型の"mosrite"にはさまざまな仕様の物が存在します。
63年型の特徴をいくつか引き継いでいる物、典型的な64年型と言える物、内容的にはほとんど65年型と同じ物等。
これは手作りの少量生産から機械化による大量生産への移行をそのまま表していると言えるでしょう。

64年型の最大の特徴は、ネックのジョイント方式がデタッチャブル(ボルト・オン、カバード)になっていることです。
ジャックはピックガード上に移動した"トップジャック"になっています。

63年型から続いてきたヘッドのバースト仕上げは、製造番号"#0380"付近の物で終わります。
"THE VENTURES model"のロゴは製造番号"#0630"付近の物までは"ラージ・ロゴ"です。
ヘッドがナチュラル仕上げの物も含めて、"ラージ・ゴロ"には全て白い塗料が使われています。
これまで"ラージ・ロゴ"は全て同じ大きさだとされていましたが、製造番号"#0500"台以降"#0630"付近の物には僅かに小振りの"ミディアム・ロゴ"?が存在しています。
これは極最近、製造番号"#0200"台と"#0500"台を比較していて気が付きました。

64年後期になるとピックアップにも変化が見られます。
まだ"mosrite of california"の刻印は入りませんが、ポールピースが大きくなり、コイルの巻き数が1万2千回転になります。
1965年夏の来日公演で使用され、"エレキの若大将"加山雄三氏に贈られた"mosrite"はこのタイプのピックアップです。
作られた時点ではポールピースが小さい、コイルの巻き数が1万回転の物が付いていましたが、暫くして新型ピックアップが完成したので交換されたと思われます。
現在では"mosrite of california"の刻印が入っている物に交換されています。

No.6 15/01/18 06:34
通行人 ( ♀ )

>> 5 1999年7月6日加筆
シンコー・ミュージックから出版された「エレキ・ギター・ブック Vol.3」に、この"mosrite"が大きく取り上げられました。
製造番号が"#0382"であるという記載がありますが、これについては疑問に思っています。
ナチュラル仕上げのヘッドに黒い塗料のスモール・ロゴが登場するのは製造番号"#0630"付近からです。
また、ピックアップについては最初から"mosrite of california"の刻印が入った物が付いていたとされていますが、これについても疑問に思っています。
レコードジャケット等で見る限り、"mosrite of california"の刻印が入っていないピックアップが付いています。
ピックアップのシェイプが丸みを帯びている事から判断出来ます。
今回取り上げられた"mosrite"はボディ形状、キズ等の特徴から、1965年当時ドンが使っていた物と思われます。
また、"VIBRAMUTE"ユニット一式が90年代の再生産モデルの物に交換されています。

No.7 15/01/18 06:37
通行人 ( ♀ )

>> 6 >製造番号は"#0600"台後半、ピックアップは後に加山氏自身が購入した65年後期モデル(パールホワイトでトレモロユニットは"MOSELEY")に付いていた"mosrite of california"の刻印が入った物に交換された。

これが私の想像です。 この件は現在シンコー・ミュージックに問い合わせ中です。


1999年9月15日加筆
その後、製造番号は"#0682"である事が判明しました。
単なるミスプリントという事で問題は解決しました。
ピックアップについては、はっきりとした事は分かりませんでした。

製造番号"#1130"台まではこのタイプのピックアップが使われます。
その後製造番号"#1140"付近の物から"mosrite of california"の刻印が入ったピックアップになります。
また、製造番号"#1200"手前の物からネックのジョイント方式が極普通のネックプレート式になります。
ナットはまだ半筒型の物が使われています。
この時点ではネックとボディに製造年月を示す"スタンプ"はまだありませんが、製造番号"#1200"手前を64年型と65年型の境目とするのが妥当でしょう。

No.8 15/01/18 06:42
通行人 ( ♀ )

ヴィンテージの"mosrite"について

ヴィンテージの"mosrite"は誰もが憧れる大変貴重で素晴らしい楽器です。
最近では流通する本数が極端に減り、実物を目にする事が難しい状況です。
僅かに流通しているヴィンテージも、「フル・オリジナル」といいながらもパーツが交換されているケースが多々ありますので、購入する際は慎重に吟味する必要があります。
確かに"mosrite"のパーツ同士を交換しているので単純には「フル・オリジナル」を否定出来ません。
しかし、製造された時期によって使われたパーツは微妙に変化していきましたので、厳密には「フル・オリジナル」とはいえないでしょう。
悪質な場合"復刻版"のパーツに交換されている物もあります。
単なるリフィニッシュ(色の塗り替え)ならともかく、改造やパーツ交換をされてしまった物はヴィンテージとしての価値は大幅に下落してしまいます。
相場よりも安値の物は、大抵の場合これに当たります。
ヴィンテージの"mosrite"は実績と信用のある販売店から直接入手するのが一番です。
後々のメンテナンスや修理には専門知識を要しますので、実績のない販売店や個人売買は避けた方が良いでしょう。

No.9 15/01/18 06:45
通行人 ( ♀ )

>> 8 アメリカの楽器店や個人から入手するという方法もあります。
"mosrite"に関する知識が十分にあり、旅行・出張等の機会に直接実物を確認出来る方は良いのですが、一般の方には信頼性の面からあまりお勧め出来ませんし、後々のメンテナンスや修理に不安が残ります。
驚いたことに"mosrite"に関する情報はアメリカよりも日本の方が正確で豊富です。
日本ではほとんどあり得ませんが、アメリカにおいては1980年代に製作された物が「1963年製のヴィンテージ」などとして出回る事が多々あります。
ほとんどの場合は単なる情報不足による間違いなのですが、悪質な場合はリフィニッシュや改造、パーツ交換をした上で「故セミー・モズレー氏元所有」などと故セミー・モズレー氏の名前を利用しています。
さすがにこの手の物にはアメリカ人も慎重になり、被害が出る事はほとんどありません。
死人に口なしの状況下、何本もの「故セミー・モズレー氏元所有」の"mosrite"が現れる恐れがあります。
あまり派手な触れ込みの物には手を出さない方が良いでしょう。

また、昔"mosrite"で仕事をしていた職人が、倒産した時点で残っていた材やパーツを利用して"mosrite"もどきを作ってしまった話は大変有名です。
ボディの周りにセルバインディングがあり、ネックジョイントがセットネック方式でありながら"THE VENTURES"のロゴが小さい物であったり、ヘッドがバースト仕上げではなく黒のつぶし塗装であったり。
"mosrite"に限らず、製造番号(シリアル番号)は間単に消したり打ち変えたりする事が出来ます。
製造番号の刻印が無い物や、製造番号と仕様が不釣合いな物も要注意です。
騙されてからでは遅いのです。

No.10 15/01/18 08:21
通行人 ( ♀ )

モズライトの歴史

モズライトの歴史は、1950年代初頭にリッケンバッカー社で働いていたセミー・モズレーが密かにオリジナルのギターを作っていたことで解雇された所から始まります。その後、協力者であるレイ・ポートライトと自身の名前を合わせて「モズライト」を創立。始めはガレージで製作していましたが、故ジョー・メイフィスの目にとまり、以後彼のトレードマークとなったダブルネックを製作したことから知名度を上げていきます。 1963年にはベンチャーズモデルを発表、エレキブームの立役者となり一時代を築きますが、ブーム終焉とともに倒産。いろいろあって、現在では3つの会社がそれぞれモズライトを生産しています。
ルックス的に大きな特徴は、高音弦側の方が出ている(=ストラトタイプとは逆の)ダブルカッタウェイのボディです。こっちの方がハイポジションが弾きやすいという理由からではなく、あくまでデザイン的なものですが、それでも最終フレットまで十分に指が届くようになっています。この独特のシルエット、モズライトの頭文字「M」をかたどったヘッドの切れ込み、ローラーナットを採用した大きなビブラートユニットによって、一目でモズライトと解るハッキリした個性を醸し出しています。 音楽的にはベンチャーズやGS、サーフミュージックのイメージがあまりにも強く、そのためこれらの黄金期であった60年代を意識したファッション、また60年代をリスペクトしたサウンドが求められるバンドで使用されるのが一般的です。しかしジョニー・ラモーンがパンクでこの楽器を使用したように、他のジャンルでもチャレンジしたくなる楽器でもあります。

No.11 15/01/18 08:25
通行人 ( ♀ )

>> 10 高出力ピックアップ
モズライトのサウンドを語る上で外す事ができないのがピックアップの出力です。シングルコイルながらコイルの巻き数が多く、ハムバッカーにもまさる音量、そして甘いサウンドが得られることから、クリーンに設定したアンプでのメロディー弾きがやりやすく、このためベンチャーズを筆頭とするエレキインストバンド御用達のギターになりました。フロントピックアップが斜めに設置してありますが、ブリッジ側に比べて狭くなっている弦間の幅にポールピースを合わせる工夫になっているとともに、ルックス上のポイントにもなっています。

ゼロフレット
ナット付近にフレットが打ってあり、これを「ゼロフレット」といいます。これにより解放弦と押さえた弦とのサウンドが同じになるとともに、ナットの高さをシビアに調整する必要がなくなります。このためナット調整のあまい楽器に比べると、特に1フレット、2フレットが押さえやすくなります。滑りが悪くなりチューニングが狂いやすくなることがあるので、弦交換の際に潤滑剤を塗るなどの処置をするのが定番の手入れです。

ローラーナット
ブリッジで弦を直接受け止める部分がローラーになっているので、弦を送り出したり引き込んだりする動きがスムーズになります。このためアーミングをしたときに生ずるチューニングの狂いを軽減できるようになっています。

細いネックグリップ
ナット幅39mmは、細い事で有名なリッケンバッカーの40mmよりも細い、エレキギターの中では最も細い部類で、モズライトの大きな特徴です。一般に太いと言われるギブソンから持ち替えると困惑しそうですが、ピッタリとハマる人にはたまらない握り心地になっています。太いグリップでは弾きにくさを感じるという人に、是非試して欲しい握りです。

No.12 15/01/18 08:29
通行人 ( ♀ )

>> 11 現在モズライトは、今は亡き創始者セミー・モズレーの妻、ロレッタ夫人が社長となって京都で製作している「モズライトUS」、創始者の娘ダイナ・モズレーを冠して製作している「フィルモア・モズライト」、かねてから下請けとして製作していた「黒雲製作所」という3つの会社がそれぞれプロダクツを展開しています。 各社のラインナップにそれほど大きな違いはなく、63年モデル、64年モデル、65年モデル、ジョニー・ラモーンモデルがそれぞれ作られています。モズライトUSとフィルモア・モズライトは概ね40万円~70万円台の高級機がメインで、黒雲製作所では10万円台のものが作られています。全モデル、バスウッドボディ、メイプルネック、ローズ指板、ゼロフレット搭載は共通スペックです。マニアの間では、フィルモアはピックアップが優秀で、黒雲は楽器本体の作りがいい、という評価がされています。また、いずれのメーカーもオーダーメイドを受け付けています。

No.13 15/01/18 08:32
通行人 ( ♀ )

>> 12 63年モデル
記念すべきベンチャーズモデル。アウトプットジャックがボディサイドに付けられ、ボディ外周にはバインディングがほどこされています。セットネックになっており、仕様としては最も高級な設計ですが、黒雲製作所ではリリースされていません。

64年モデル
アウトプットジャックをピックガード上に移動、バインディングは残しつつネックはデタッチャブルになっています。

65年モデル
ピックガード上のアウトプットジャック、デタッチャブルネックで、ボディ外周のバインディングは廃止になっています。 以上3つのモデルにはほとんど違いがないようにも思えますが、それぞれ年代に合わせたピックアップがセレクトしてあり、サウンドで年代ごとの違いを出しています。

ジョニー・ラモーンモデル
「Mark-II」とも呼ばれる異色モズライト。フロントにスモールハムバッカー、リアにストラト用のシングルコイルをマウントし、ブリッジはチューン・O・マチックをセレクト。ソロを取らず一貫してコード弾きに徹した、ジョニー・ラモーンのスタイルにマッチしたハードコア/パンク仕様の楽器です。

No.14 15/01/18 08:35
通行人 ( ♀ )

>> 13 主な使用ギタリスト
モズライトをメインにセレクトするのは、ベンチャーズを代表とした60年代のサウンドに対するリスペクトのあるプレイヤーがやはり多いです。その他、メインでなくてもモズライトにしかない音のために持っている、というプレイヤーも多くいます。

ザ・ベンチャーズ
1959年の結成から現在に至るまで活動を続け、2008年にはロックの殿堂入りを果たしたインストバンド。真骨頂である通称「テケテケ(=正しくは”クロマチック・ラン”)」を世界的に流行させました。ビートルズに並ぶ、日本のエレキブームの立役者として知られています。

加山雄三
映画「エレキの若大将」ではヤマハのプロトタイプで出演しましたが、ワイルドワンズとの演奏ではトレードマークでもあるパステルカラーのモズライトを愛用しています。

ジョニー・ラモーン
パンクのお手本とも言うべき「ラモーンズ」のギタリスト。かたくなにダウンストロークにこだわりソロを一切取らない演奏スタイルは、多くのギターキッズに影響を及ぼしました。「なぜソロを弾かないのですか?」というインタビューに「そんなヒマはねぇ!」と言い放ったと言います。

金剛地武志
エアギター世界選手権に3度出場したことで知られる金剛地氏ですが、自身のバンドでは実物のギターを演奏しており、ボーカルもつとめています。現在では俳優業がいそがしく、音楽活動は休止しています。

その他
●ジョー・メイフィス
●バック・トレント
●寺内タケシ
●カート・コバーン(ニルヴァーナ)
●川崎亘一(the band apart)
●浜野純(ガセネタ)
●いしわたり淳治(SUPERCAR)

No.15 15/01/18 09:00
通行人 ( ♀ )

テケテケ 気分はベンチャーズ?


はい、今回はテケテケについてお話します。

誰もが1度は聞いたことがあると思いますが

「テケテケってなぁに?」という方は

まずこれを聞いてみてください。

聞いてみる

これが「テケテケ」です。

正しくはクロマチック・ランと言います。

ベンチャーズの「パイプライン」等ですっかりお馴染みのテクニックですね。

ではやり方について説明します。

まず6弦ハイフレットの適当な場所を押さえます。

6弦18フレットでも21フレットでも24フレットでも構いません。

そのままツツツツツーっとローフレットに指をスライドさせていきながら

右手で細かく、速くピッキングするだけです。

実際に弾いてみましょう。

まずはゆっくり、そして速く。

弾いてみる

指をスライドさせるスピード、ピッキングのスピード、

これらをコントロールすることで変化を付けることも可能です。

また、このテクニックは何も

音程を下げる方にしか使えないわけではありません。

実際にやってみましょう。

普通はハイフレット側からローフレット側へ指をスライドさせます。

それを逆にしてローフレット側からハイフレット側へ移動させてみましょう。

弾いてみる

こんな感じです。

また、何弦を使っても複数弦でも構いません。

6弦以外の弦を使った場合、

複数弦を使った場合を弾いてみましょう。

弾いてみる

フレーズに織り交ぜて使うことも出来ます。

弾いてみる

発想次第で色々なことに使えますので

ぜひぜひ研究してみてください♪

No.16 15/01/18 09:57
通行人 ( ♀ )

モズライト(MOSRITE)の歴史と現在  2014年11月11日

「ベンチャーズといえばモズライト(=MOSRITE)」、とイメージする方が多いと思いますが、
ベンチャーズがモズライトを実際に使用したのは長いキャリアのうちわずか5年程度です。
フェンダーに行ったり、アリアに行ったりしています。
1965年の来日時に使用したインパクトが相当のものだったということでしょうし、
モズライトがそれだけ魅力的だったということでもあります。
60年代、日本のエレキブームを語るには欠かせない楽器です。 マニアの間でのいわゆるホンモノの「モズライト」は、最初の倒産をする69年までに作られたもので、
「オリジナル・モズライト」と言われます。日本への輸入はフィルモア楽器が行っていました。 人気の高い「ベンチャーズモデル」は200本ほど製作され、うち60本程が現存しているようですが、
とても貴重で高価なものです。69年のモズライト倒産の理由は、サーフミュージックを基調としたエレキブームの終焉、そして開発したアンプが不発だったことが原因のようです。 モズライト人気が高まり生産が追いつかなくなってきた68年、
日本のファーストマン(=社長が一夫だった)社がライセンス生産します。
これは「ファーストマン・モズライト」と云われていますが、
69年のモズライト倒産により製造を停止します。製造期間わずか14ヶ月です。 ファーストマンが撤退してからも、その下請けだった黒雲製作所はモズライト製作を今なお継続しており、
「ジャパン・モズライト」またはそのまま「黒雲」と呼ばれます。長年ライセンス製作をしていたこともあり、ギター本体の作りに対してマニアからの評価が高いようです。

No.17 15/01/18 09:58
通行人 ( ♀ )

>> 16 76年にモズライト社は再建され、92年に創始者セミー・モズレーが没するまでに作られたものを「リイシュー・モズライト」と呼びます。
会社はロレッタ夫人が引き継ぎながらも94年に倒産してしまいます。 セミーの没後、フィルモア楽器は浮いていた商標権を取得、
東海楽器製造や米国ギターメーカーに委託してモズライトを製造、販売し始め、現在にいたります。
これが「フィルモア・モズライト」で、セミーの娘ダイナが開発したと言われるピックアップの性能が、
マニアの間では評価されています。加山雄三氏のモズライトはこのフィルモアです。 その後ロレッタ夫人が京都に工房を設け、かつてのクラフツマンを迎えてカスタムショップを設立、
モズライトギターの受注生産を開始します。これが「モズライトUS」で、寺内タケシ、高中正義など多くのアーティストに使用されています。 以上、時代や会社ごとにいろいろなモズライトがありますが、
現在ではモズライトUS、フィルモア、黒雲製作所の3者がそれぞれモズライトを製作しています。 モズライトの版権問題で訴訟が起きたりしていますが、
それぞれちゃんとしたつくリの楽器をリリースしているので、ユーザーとしてはこれは偽物なんじゃないか、
みたいに神経質になる必要はありません。
例えばギブソンの訴えでグレコがレスポールモデルの製造を中止したようなもので、
裁判が済めば治まる問題ですし、グレコのレスポールを「偽物だ!」なんて言いませんよね。

No.18 15/01/18 15:11
通行人 ( ♀ )

私達モズライト・ファンがリスペクト(尊敬)するあのエレキの若大将「加山雄三」氏とのお話  April, 2012


私と加山さんがこのモズライトを通じてお付き合いをして頂くきっかけとなったのは、1999(平成11)年5月…その翌年2000年には加山さんが「芸能生活40周年」を迎える年で、その「40周年記念モデル」を製作することになったのです。最初のミーティングでまず問題になったのは、それまでに「加山雄三モデル」と称してコピー品が市場に出回っていたのです。今回の「40周年モデル」は絶対にコピー品では製作されないモデルであり、加山さんのアイディアがふんだんに用いられマテリアル(素材)からクオリティー(品質)まで最高級のシグネチャー・モデルに仕上げなくてはならなかったのです。

No.19 15/01/18 15:13
通行人 ( ♀ )

>> 18 製作は1996年からUSAモズライトを手掛けているカリフォルニア州ハリウッドにあるパフォーマンス・ギターが担当、つまりUSA製で製作される事が決まり、まずはプロト・タイプ(試作機)の製作がスタートしました。加山さんが最初にこだわった箇所はモズライトの“M”カットに対して、“K”ヘッドの形にする事でした。そして指板面とサイド・ポジションに当時はまだ画期的であった「LED」を使用、ステージ暗転からのスタートもポジションが光ることで容易に出来るようにしたのです。そしてサウンドの要であるピック・アップ…まず加山さんに気に入って頂けるサウンドの出るピック・アップを13組製作したのです。これらピック・アップのサウンドチェックは加瀬さんの経営する銀座にあるケネディー・ハウスで念入りに行われました。チェックにチェックを重ねる事であの40周年モデルのピック・アップが作られていったのです。通常のモズライトとは違い、フロントとリアのピック・アップがそれぞれターン数も直流抵抗値も違うものがマウントされています。そしてファズ・ライトが取り付けられていてファズ用のノブをプルする(引っ張る)とファズがかかるようになっています。ビブラミュートの中も高級ローズ材にアバロン(高級メキシコ)貝を入れ、ピックガードではなく本体そのものにヨットの絵を入れる事になったのです。

No.20 15/01/18 15:14
通行人 ( ♀ )

>> 19 さらに凄い所は、ギター史上初めての「バックジャック」を採用、そのため表からはどこにジャックがあるのか見えない所がオシャレ、そして極め付けはボディーのバックにファズ・ライトとLEDを作動させる為のユニットが入っている為、それらをカバーするのとバックルキズが付かないように、何と高級車であるリンカーン・コンチネンタルにも採用されている本革のパッドを取り付けたのです。そしてカラーはパール・ブルーに決定されました。プロト・タイプ機が数本製作された後、いよいよ「加山雄三40周年記念シグネチャー・モデル」の完成です。販売価格¥818,000、「ハイパー」に因んでこの価格が付けられました。最高級本革ハード・ケース、ネーム入り透明ストラップ、認定証が付属品として付けられたのです。
今では伝説となった「加山雄三40周年記念モデル」は2000年のプレイヤー誌7月号にて6月5日午後1時より予約受付がスタートしたのですが、もちろん40本のギターは即日完売となりました。
この時入手出来なかったファンの方から苦情やお叱りも多く頂いたのですが、「40周年」、「40本限定」にこだわったのです。続いてこの年の「永遠のエレキギターキッズ・VOLⅢ」もシグネチャー・モデルと共に大成功を収めたのです。

No.21 15/01/18 15:15
通行人 ( ♀ )

>> 20 さて、時は飛んで去る2012年4月1日、加山さんの75回目のお誕生日をお祝いする為に東京・府中にある「府中の森芸術大ホール」の楽屋を訪れました。2時間半にわたる加山さんのライブの後でしたが、加山さんは疲れも見せずに私達を暖かく迎えてくれました。お誕生日のプレゼントにモズライトカスタム・ショップのウクレレと手作りのサンプラー(クロス・ステッチの刺繍)をプレゼントしました。ウクレレの最終フレットには“75”の数字をシェルでオシャレに埋め込んでみました。加山さんはその仕上りと音の高さに感激していました。丁度その時あのものまねで有名な清水アキラ氏も来ており楽しい一時を過ごさせて頂きました。

No.22 15/01/18 15:47
通行人 ( ♀ )

エレキの若大将「加山雄三」氏とのお話[2]  May, 2012


時の流れはとても早いもので…前回お話しした「40周年記念モデル」の発表から10年、今度は加山さんが「芸能生活50周年」を迎える年です。時は2009年春、そして翌年の2010年加山さんが「50周年記念」を迎えるにあたり「加山雄三50周年記念モデル」のプロジェクトがスタートしました。今回は前回の時ほど細かい話し合いはなく、とてもスムーズに進みました。「50周年記念モデル」に対する加山さんのこだわりは、前回と同じく「Kヘッド」、「ファズライトを本体に内蔵(今回はオン/オフがスイッチ式になっている)」、「ピック・アップはKYスペシャル(フロントとリアのターン数と直流抵抗値が変えてある)」、「ホワイト・カバーをマウント」、そして豪華にビブラミュート内には(ちなみに40周年記念モデルの時には「KAYAMA YUZO」と英文字でインレイガ入っていました)、ローズにメキシコ貝で「加山雄三」と漢字のインレーが入っています。加山さん本人に選んで頂いたボディーのカラーは「エバー・グリーン(永遠の緑色)」、加山さんご本人に名づけて頂いた美しいメタリック系のグリーンに決まりました。そして今回は「50周年」にちなんで50本の限定生産となりました。

No.23 15/01/18 15:50
通行人 ( ♀ )

>> 22 さてその価格は…果たしていくらで出して頂けるのか…前回の40周年記念モデルが¥81,8000で即完売、今回は相当な値が付くに違いない、とファンの皆さんは思っていたようです。ところが決定したプライスは何と「¥577,500」…加山さんはすでに考えてくれていたようで、ここ10年バブル経済が崩壊して以降景気は悪くなるばかり、極めつけは数年前のリーマン・ショックでさらに疲弊し低迷していたのです。そんな中にあっても間違いなく100万円は超えるであろう、と考えていた所、このプライス決定にファンは驚きと喜びが同時進行してしまったのです。ファンの気持ちを十二分に理解してくれていたのですね。さて、次にこの「50周年記念モデル」をどのようにして手に入れるかです…なぜかと言いますと「40周年モデル」を購入した加山ファンはすでに40人いるわけで、今回も入手する事は相当困難だという事がわかっていたのです。そして前回同様公平を期す為に2009年11月に横浜みなとみらい・パシフィコ横浜国際展示場で行われた「楽器フェア」にブースを出展、そこで加山さんが使用する「加山雄三50周年記念シグネチャー・モデル#000」をフィルモアのブース内に飾り、購入予約がスタートしたわけです。
もちろん即刻完売、この時も「せっかく遠方からこのパシフィコ横浜まで足を運んだのに予約できなかった」と言うファンの方からお叱りを頂きました(またまたスミマセン)。こうして2010年を迎えて、加山さんの50周年記念ライブが盛大に行われました。

No.24 15/01/19 05:21
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「魅惑のモズライト・サウンド」 ~パート1~


今回紹介するサウンドは1963年型モデルに代表されるサウンドで、ライブ・アルバム「ライブ・イン・ジャパン」、そしてスタジオ盤では「ノックミー・アウト」で聞くことの出来るモズライト・サウンドです。そのサウンドの“要”となるのが「V-63」と言うピック・アップで、パワフルかつダイナミックなサウンド、音に品(ひん)があり艶のあるサウンドなのが特徴です。

1963年ですから今からさかのぼる事49年前…約半世紀前にすでに完成していたのですから驚きです。そのサウンドを現在継承しているのが「V-63」モズライトピック・アップです。皆さんもご承知の通りアルニコ・マグネットにアメリカン・ワイヤーを約10000回転巻いているピック・アップです。1963年型モデルはセッ・トネック構造ですから、このピック・アップで拾われた弦の振動がボディーネック全体に伝わり、サスティーンは何と20秒近くになります。

当時のライブで使用された機材と同等の物がフィルモアのスタジオに用意してありますので、今回この1963年型リイシュー・モデルを使用して色々と検証をしてみました。

<使用機材>
ギター: USAモズライト・オブ・カリフォルニア 1963年型リイシュー・モデル(サン・バースト)

弦: USAモズライト リード・キング・ストリングス弦セット (010~046)
コード: USAモズライト カール・コード(7m)

アンプ: フェンダー ツイン・リバーブ ブラック・パネル (1965年製)(以下:ツイン・リバーブ)

ライブ・バージョンは以上の機材で完璧です。

No.25 15/01/19 05:22
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>> 24 (1) ギターのボリューム、トーンは全てコントロール10です。ボリューム・トーンのカーブは500KのAコーブを使用しています。

(2) 弦は言うまでも無くサウンドを作る上で欠かせない要因の一つで、USAモズライト・リードキングストリングス(弦)はモズライト専用の純ニッケル弦です。弦の長さもあらかじめ決まっていて、切らずに使用する事でモズライトに最適なテンション(張力)が得られるのです。弦を張って伸びきる手前で弦交換が必要です。新しい弦に張り替えて、チューニングが安定した時が一番良い音が得られます。

(3) カール・コードも意外な事にサウンドを作り出す重要な要因でもあるのです。最先端のノイズレス・コードを使用するとクリアーになり過ぎてしまいます。つまり50年前にはこんなハイレベルなコードはなかった訳ですから、あえて7mのカール・コードを使用する事で当時のサウンドが得られることが分かったのです。

No.26 15/01/19 05:25
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>> 25 (4) そしてアンプです。「ライブ・イン・ジャパン(以下:イン・ジャパン)」と同じツイン・リバーブのブラック・パネル1965年製を使用しました。来日公演が1965年1月でしたのでノーキーが「イン・ジャパン」で使用したものはそれ以前の1964年製と思われます。そしてこのツイン・リバーブ、どのようなチューニングをするかです…ご承知の通りツイン・リバーブにはノーマル用インプットとビブラート用インプットに分かれていて、今回インプットはビブラート用の①を使用します。そして ・トレブル→6 ・ミドル→8 ・バス→10 ・ボリュームは7~8 にそれぞれ設定、決して家の中では出せない爆音です。

では一般家庭にあってこの設定に近い音はどのようにして出せるのか、よく皆さんから相談を受けますがこれが大変難しい問題です。フェンダーから出ている「復刻盤のツイン・リバーブ ブラック・パネル」では残念ながら絶対にこのサウンドは出せません。外観が全く同じで、更に見た目もきれいでプライスも安い、という事で購入する方がいます。確かに外観だけ見ている分には十分満足できると思いますが…結論で言えば、家庭用では10ワット~15ワットでマスター・ボリュームの付いているもので出来ればリバーブ付が良いです。

No.27 15/01/19 05:27
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>> 26 そしてベンチャーズ史上最高傑作のアルバム「ノックミー・アウト」、このサウンドも設定は「イン・ジャパン」セッティングと同じで、コンプレッサーでエフェクトすると正に同じサウンドになります。ノーキーはレコーディングの際、ギター直結のエフェクターを使用したそうです。1995年に出版された「ベンチャーズ・ブック」(河出書房新社・定価¥3500、私がこの本を監修したこともあって、この事は皆さん必携ですよ)の中でベンチャーズのレコーディング風景が載っており、ノーキーがモズライト・ギターに直結でコンプレッサーを使っています。

ベンチャーズ4人での初来日を果たした1965年1月、ここから一気に「エレキ・ブーム」になりその年の2月に発表された「ノックミー・アウト」、ジャケットにモズライトのヘッドが3本、その横に金髪の美女…このジャケット・デザインに“ノック・アウト”されたエレキ少年達は、このレコードに針を落とした瞬間、あの1曲目「アイ・フィール・ファイン」の“♪ミャォォォォォ~ン”と言うサウンドにこれまた“ノック・アウト”、「オー・プリティ・ウーマン」、そして「トゥモローズ・ラブ」のイントロのモズライト・サウンドなどなど…全10曲の最後である「シャラ・ラ―」が微妙ですが…47年を経た今でも全く新鮮に聞くことが出来るのが不思議です。

No.28 15/01/19 18:33
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「魅惑のモズライト・サウンド」 ~パート2~


今回のパート2で紹介するサウンドは1964年型・タイプⅡモデルに代表されるサウンドで、ライブ・アルバム「オール・アバウト・ザ・“V”」で聞くことの出来るモズライト・サウンドです。あの迫力ある重低音を奏でるのが「M‐64」と言うピックアップです。

1965年・夏のライブで使用された、1964年型・タイプⅡモデルのパール・ホワイト…後に「エレキの若大将」で加山雄三氏が使用し、モズライトの代表機種の一つとなったモデルは迫力ある重低音が得られるのが特徴で「ブル・ドッグ」、「朝日の当たる家」、「十番街の殺人」、「ドライビング・ギター」、「イエロー・ジャケッツ」、「ピンク・パンサー」等々、全27曲全てパーフェクトなサウンドです。正に正統派モズライト・ライブサウンドの代表と言っても過言ではありません。今回はこのサウンドを当時の使用機材を再現しながら検証してみたいと思います:

<使用機材>
ギター: USAモズライト・オブ・カリフォルニア 1964年型リイシュー・タイプⅡモデル(パール・ホワイト)

弦: USAモズライト リード・キング・ストリングス弦セット (010~046)
コード: USAモズライト カール・コード(7m)

アンプ: フェンダー ショーマン・ブラウンサラン (1961年型)(以下:ショーマン・アンプ)

ライブ・バージョンは以上の機材で完璧です。

No.29 15/01/19 18:35
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>> 28 (1) ギターのボリューム、トーンは全てコントロール10です。

(2) 弦はUSAモズライト・リードキングストリングス、この弦は純ニッケルを使用し、錆びにくくさすティーンのあるサウンドを作り出します。

(3) 前回も書きましたが、「本当にコードによって音も違う」という事でやはり"7mカール・コード"を使用しました。まさに低音部は全くあのライブと同じ音になります。

(4) そしてこの「ショーマン・アンプ」、正確には「ショーマン15」と「ショーマン12」があるのですが、両方ともアンプ部は同じ物で、スピーカー・ボックスに15インチ(38センチ)のスピーカーが入っている方が「ショーマン15」、12インチ(30センチ)のスピーカーが入っているのが「ショーマン12」の違いなのです。1960年~1962年の2年間に製作され、何とこのショーマンのアイディアはあの「サーフ・ギター」の“キング”…そうです、あの名ギター・プレイヤー、ディック・デイル氏の考案で出来た物なのです。1950年代のフェンダー・アンプは出力の大きいものでも40W(ワット)程度が限界だったのですが、そこに80Wと倍近くの高出力のアンプが誕生した訳です。ディック・デイル氏とデル・トーンズはもちろんの事、「アストロ・ノーツ」、「ライブリーワンズ」、「チャンジャーズ」、「トラッシュメン」等々、ほとんどの1960年代初頭のカリフォルニア・サーフバンドはこのアンプに憧れたのです。

No.30 15/01/19 18:36
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>> 29 このエレキ・インスト・バンドの話になると長くなるので又いつか機会を得てお話ししたいと思いますが、これらの「エレキ・インスト・バンド」…アメリカはもちろんヨーロッパにおけるバンドも含め、半端で無い知識が(自分で言うのも何ですが相当凄いです)私の頭の中に詰まっているわけです。そんな話もいつかこのコンテンツやブログで出来たらな、と思います。

さて話は横道にずれてしまいましたが…そうです、「ショーマン・アンプ」の話でしたね。このショーマン・アンプは今では中々現物をお目にかかる事は出来ないと思います。現在ビンテージのこれら「ショーマン・アンプ」も60万~80万円はすると思います。しかしながら本当の「オール・アバウト・ザ・“V”」を再現してみたいのであれば、このアンプで音を出してみなければなりません。

No.31 15/01/19 18:37
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「魅惑のモズライト・サウンド」 ~パート3~


今回のパート3で紹介するサウンドは1965年型に代表されるサウンドです。ライブのアルバムは「アンコール」で聞くことが出来、又スタジオ盤ですと「ザ・ベンチャーズ・ア・ゴーゴー」、「アクション」、「バットマン」、そして何と言っても有名なのが1965年11月に発売された「クリスマス・アルバム」、これが名盤中の名盤です。そして代表される機種は1966年3月にメンバー4人で3回目の来日時に使用した1965年型ベンチャーズモデルで、その時のシリアル・ナンバーはノーキーが「#1771」でビブラミュート台座マウント、ドンのが「#2771」で当時最新鋭のモズレー台座がマウントされたモデルでした。ちなみにボブが持ってきたベースは1965年型でシリアル・ナンバーは「#5710」です。この1965年型・モズライトベンチャーズモデルが最も完成されたモデルで、「ライブ盤アンコール」のアルバムで「ラ・バンバ」から始まる、“幻の3曲”を入れた14曲で聞くことが出来ます。そのサウンドの特徴は低音から高音までとてもバランスの良いサウンドで、このアルバムではどの曲も12フレット以上をふんだんに使用してプレイしています。特に「夢のカリフォルニア」、「秘密諜報員」、「君といつまでも」、「カミン・ホーム・ベイビー」等の12フレット以上を弾くプレイは圧巻です。ちなみに先程出てきた“幻の3曲”とは、「ゴーゴー・スロー」、「パラダイス・ア・ゴーゴー」、「カミン・ホーム・ベイビー」の3曲です。これら3曲を聞きたい方は私の所までご連絡下さい。

No.32 15/01/19 18:39
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>> 31 さて、これらサウンドの心臓部と言えるのが「V‐65」ピックアップで、それまでのピックアップ・カバーとは違い、黒のカバーに「モズライト・オブ・カリフォルニア」の刻印が入ります。さらに商標のレジスター・マーク(○の中にR)が1965年の後期・10月生産のベンチャーズモデルから入るようになりました。

そしてこのサウンドからいよいよモズライトのアンプが使用されるのです。1966年3月来日時の時はまだモズライトのアンプも試作機の段階でアンプ・ヘッド部とスピーカー・ボックスが分かれているセパレート・タイプのアンプでした。生産化されたモズライト・アンプは全てそれまでの真空管アンプから、当時としては最新鋭のトランジスターが使用され、このモズライト・アンプは1966年には "SOLID STATE AMPLIFIERS (ソリッド・ステイト・アンプリファイア)" と紹介され、翌67年には "MOSRITE AWARD AMPRIFIERS (モズライト・アワード・アンプリファイア)" と名称を変え発売されましたが、たった2年でこれらアンプの生産は終了し、この事が後のモズライトの倒産を導いたとも言われています。

しかしながらあのライブの名盤「アンコール」のサウンドは、やはりこのモズライト・アンプと1965年型マークⅠ・ベンチャーズモデルのマッチングでないと出せないサウンドである、と私は思っています。このサウンドを体験してみたい方は1965年型キャンディー・レッドを持って是非ここフィルモアのスタジオまで来てみてください。あのサウンドを体験できますよ。何ともソリッドなサウンドなのですが、モズライトとのマッチングは最高ですよ♪♪♪
それでは今回は1966年3月来日時の、あのサウンドを検証してみましょう。

No.33 15/01/19 18:40
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>> 32 <使用機材>
ギター: USAモズライト・オブ・カリフォルニア 1965年型リイシュー・モデル (キャンディー・レッド)

弦: USAモズライト リード・キング・ストリングス弦セット (010~046)
コード: USAモズライト カール・コード(7m)

アンプ: モズライト・ソリッドステート・アンプ (以下:モズライト・アンプ)

モズライト1965年型のサウンドは以上の機材で完璧です。

(1) 今回使用するアンプはフィルモア・スタジオにある「モズライト・アンプ モデル‐400」です。アンプのセッティングはボリューム、バス、ミドル、トレブル、リバーブと全て「10」です。もちろんギターのボリューム、トーンも全て「10」です。

(2) 弦ももちろんUSAモズライト・リードキングストリングスを使用です。

(3) コードはモズライト用「7mカール・コード」を使用します。

No.34 15/01/19 18:41
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>> 33 1967年来日時はあの「モズライト・アワード・アンプ100W」を使用しましたが、1968年に色々な諸事情により1969年2月14日、モズライト社としては第1回目の倒産をしてしまう訳です。が、モズライト・サウンドの歴史としては、(1)1965年1月・4人での1回目の来日→モズライトは1963年型のサン・バーストとキャンディー・レッド、(2)1965年7月・4人での2回目の来日→1964年型タイプⅡのパール・ホワイトを使用、(3)1966年3月・4人での3回目の来日→1965年型のキャンディー・レッド、そして(4)1967年7月・4人での4回目の来日時、この時は「コンボ・モデル」を使用…皆さんが不思議に感じる事と思いますが、モズライトとベンチャーズの関係においてベンチャーズが日本でモズライト・ギターを弾いた実質的な年月はこのたった3年間なのです。

No.35 15/01/19 18:42
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>> 34 時は過ぎ…2012年になってもモズライトを愛して止まない方達の“こだわり”はこの3年間に凝縮されているのです。私の中では、ライブ・サウンドは「イン・ジャパン」、「ベンチャーズのすべて」、「オンステージ・アンコール」のこれら3枚の“名盤”、10曲+27曲+14曲の合計51曲に尽きるのです。スタジオ盤に関してはこれも私の中だけなのですが1963年5月発売「サーフィン」のアルバムから1966年3月発売の「ゴー・ウィズ・ザ・ベンチャーズ」までで、中には「スーパー・サイケデリック」まで入れる方もいますが、私の気持ち的には「ワイルド・スィングス」も残念ではありますが入りません。ちなみにベンチャーズのレコーディング・プロデューサーであった「ジョン・サラシーノ」はとても偉大な方です。

No.36 15/01/19 18:43
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>> 35 モズライト時代のベンチャーズ・サウンドを聞くうえでお勧めのアルバムを挙げてみます:まずは①. もちろん「Surfing(サーフィン)」、この前に出たアルバム「テルスター」とは全く別物です。②.「Let's Go(レッツ・ゴー)」 ③.「The Ventures in Space(ベンチャーズ宇宙へ行く)」、④.「Walk don't Run Vol.2(ウォーク・ドント・ラン‘64)」、そしてあの名盤中の名盤…そうです!あの⑤.「Knock me out! (ノック・ミー・アウト)」 ※但し「シャララ」のコーラス部分はちょっと違うので除く
⑥.「The Ventures A Go Go(ザ・ベンチャーズ・ア・ゴーゴー)」、そしてこれも名盤⑦.「Christmas Album(クリスマス・アルバム)」、⑧.「Where The Action is(アクション)」、⑨.「Batman Theme(バットマン)」、そして⑩.「Go With The Ventures(ゴー・ウィズ・ザ・ベンチャーズ)」、このアルバムの中に名曲「二人の銀座」、「夢のカリフォルニア」、「エスケープ」、「マンデー・マンデー」が入っています。これらライブ盤3枚とスタジオ盤10枚を聞く事でモズライトのベンチャーズ・サウンド、すなわちザ・ベンチャーズのモズライト・サウンドを十分に堪能できます。
それでは皆さん又いつかモズライト・サウンドの事を語り合いましょう!!!

No.37 15/01/19 20:49
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モズライト・ギターの全て


“オール・アバウト・ザ・モズライト” (1)MARK-I 1963 MODEL PART-1 2012年11月30日

モズライトの最高峰モデルである、「マークⅠ・1963モデル」に関するあらゆる事柄をお話していきます。

時は1962年…今から50年前、半世紀も前の事です。ノーキー・エドワーズが、当時のモズライト社でアドバイザー兼ミュージシャンとして活躍していたジーン・モールを介してセミー・モズレーとアンディー・モズレーを紹介されたところからこのストーリーは始まります。

No.38 15/01/19 20:52
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>> 37  「俗説」としてノーキーが、テレ・キャスターのネックを薄くしてほしい、とセミーを尋ねたという話がありましたが実際の所、2009年にナッシュビルに在住していたアンディー・モズレーを尋ねた際に色々と詳しい話を聞いてみて判った事は、当時モズライト社(カリフォルニア州ベーカーズ・フィールドに在り、現在は実娘のダイナ・モズレーが同じ場所で「ダイナモ・ファクトリー」と言う工房を開いている)では、あのカントリーの早弾きギターリスト“ジョー・メィフィス”のソリッド・モデルを開発しており、そのプロジェクトにジーン・モールも参加していた為、そのプロト・タイプをノーキーに見せた事がストーリーの始まりだったのです。このプロト・タイプを弾いてみたノーキーは大変に気に入り、是非譲ってほしいという事になり、ジーンを介してそのプロト・タイプを$125ドルでノーキーは手に入れたのです(最初アンディーは$150ドルを提示していたのを、ノーキーに値切られた話をアンディーがユーモアたっぷりに話してくれたのが面白かったです)。ちなみにこのプロト・タイプは3本製作され、そのうちの各1本が今ではジーン・モールの息子さんのユージーン・モールとアンディー・モズレーが所有しています。そのジョー・メィフィス・ソリッド・モデルが後の1963年型ベンチャーズ・モデルそのものであり、違いと言えばヘッドの形状とロゴの違い位のものである。つまりベンチャーズ・モデルのスタートはジョー・メィフィス・ソリッド・モデルと同じ原型なのです。

No.39 15/01/19 20:54
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>> 38 さてこの1963年型モデル、何と言ってもモズライトの最高峰“フラッグ・シップ”モデル…皆さんもご承知の通りこのモデルには下記に示す特有のフィーチャー(特徴)が3つあります。

・ ボディーネックはセット・ネック構造
・ ボディーの周りには4プライのバインディングが施されている
・ ジャックはサイド・ジャック

ここからこのモデルをさらに細かくチェックしてみましょう。

・ ナットはハーフナットでかまぼこ型のブラスナットである
・ ネックエンドもバインディングが巻いてある
・ ボリューム&トーンの位置が1965年型とは異なっている
・ ブリッジのスタッドが高い(最近は「パイプ・ライン」を弾く際にスタッドが当たる理由から1965年型にする人が多いです)
・ ピックガードのビスねじが3点留めになっている

そしてモズライト・ギターの「心臓部」であるピックアップにはUSA製「V-63」をマウント、現在のUSA製はダイナ・モズレーによりハンド・ワインディングで製作されています。ピックアップのボビンに約10000回転のワイヤーが巻かれていて、ピックアップ・カバーにはまだ“モズライト・オブ・カリフォルニア”の刻印は無く、ポール・ピースが小さいのが特徴です。

No.40 15/01/19 20:56
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>> 39 さて、この1963年型が初めて日本で目にする事になったのが1965年1月、ザ・ベンチャーズが4人での初来日の際に持参してきた時でした(ノーキーが1963年型サン・バースト、ドン・ウィルソンが1963年型オール・キャンディーレッドでウッド・ナット仕様、ボブ・ボーグルが1964年型サン・バーストで2ピックアップ仕様、現在フィルモア・モズライトでは「スーパー・リアル・シリーズ」としてこの時使用していたモデルをパーフェクトに復刻しています)。

これをきっかけに一気に「エレキ・ブーム」に突入する事になりました。この時もしベンチャーズが、モズライトを持ってこないでフェンダーで来日していたとしたら…これ程までの「エレキ・ブーム」があったかなかったか…それ位にベンチャーズとモズライトは切っても切り離せないストーリーなのです。

No.41 15/01/19 20:57
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>> 40 ちなみに皆さんには信じ難いかもしれませんが、ベンチャーズの52年の歴史において、モズライトを来日時に使用した期間はたったの3年間だけなのです(1965年1月・モズライト1963年型モデルで来日~1967年のモズライト・コンボモデルを持参しての来日まで。※但しノーキーがモズライトを弾いた時代での換算です。1968年にリード・ギターが変わってジェリー・マギーになったので)。しかしながら現在中高年、とりわけ「団塊の世代」の皆さんとってはこの1965年~1967年までが正に“青春のド真ん中”で、いかにこの思春期にモズライト・サウンドの洗礼を受けたのか…皆さんならもうお分かりですよね。私が思うに、60数年生きてきてこの「3年間」で受けたインパクトは未だに忘れることが出来ない「衝撃のサウンド」なのです。

No.42 15/01/20 08:04
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モズレー台座とは


モズレー台座とそれを搭載した「MARK-Ⅰ MO-1965モデル」の話

私が社長の所に今の愛機「VM-1965モデル」をいざ!「諭吉さん」を握りしめて購入しに行ったときに隣に飾ってあったのが「MO-1965モデル」のサン・バーストでした。見た目だけの第一印象で言ったらこちらの「MO-1965モデル」の方がよかったですね~♪試奏させてもらった時も決して悪くなかったですね…どこかキレのあるサウンドで響きも良かったですよ。なぜにこの「モズレー台座」あまり人気がないのか今でも不思議でしょうがないですよぉ~><。でも結局は社長に「予算があるならビブラミュートの方を買っておいたほうが絶対いいよ♪」って言われたので「VM-1965モデル」にしたのですが…と、自分の「MO-1965モデル」初遭遇&ファースト・インプレションを語ってみましたが「MO-1965」モデルもマークⅠモデルが持つ重厚なボディーを備えていますし、お話しした通りビブラミュート台座とは違ったどこかシャープで高いサウンドが出る個性的なモデルと言えますね。今は生産終了でなかなかお目にかかれない一本ですので「モズライト・アウトレット」のマンスリー・セール等で出展された時は是非社長にお話を聞いてゲットしてみてはいかがですかっ!!! ってな訳で恒例の「★社長への一問一答コーナー★」行ってみましょう。

No.43 15/01/20 08:05
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>> 42 ★質問1★MO-1965モデルの特徴と言えば何と言ってもあの光り輝く「モズレー台座」ですが、あの台座はどのような経緯で誕生したのですか。

社長の答:1963年にモズライト・マークⅠベンチャーズモデルが完成、この1963年モデルから1965年中期モデルまでマウントされていたトレモロ・ユニットが真鍮で作られた「ビブラミュート(Vibramute)」です。そして大量生産に適した、亜鉛ダイキャストで作られた「モズレー台座(Moseley Tremolo)」は1965年後期モデルからマウントされます。そして1969年2月14日・1回目の倒産の時までマークⅠモデルには今回の「モズレー台座」がマウントされています。

No.44 15/01/20 08:06
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>> 43 ★質問2★そして見た目だけでなくサウンドもビブラミュート台座とはかなり違うサウンドを奏でる感覚があります。モズレー台座のサウンドの特徴を教えてください。

社長の答:モズレー台座は亜鉛ダイキャストで作られているので、真鍮製のビブラミュートよりも軽量なのです。サスティーンはあまり無いものの、リズムギターの奏でるあの「シャキ、シャキ」した音は抜群で、実際に1966年3月に4人で3度目の来日時にドン・ウィルソンが今回の「モズレー台座」がマウントされたマークⅠモデル、カラーはキャンディー・レッドを使用しています。このサウンドはライブ・アルバム「アンコール」で聴くことができます。オープニングの「ラ・バンバ」からまさに今回のモズレー・サウンドを聞くことができますよ。

No.45 15/01/20 08:07
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>> 44 ★質問3★モズレー台座は「ビブラミュート」搭載モデルよりもかなりラインナップが少なく不人気なのはなぜですか。

社長の答:これは「ベンチャーズ人気」と並行していく所が面白いところで、1963年から1965年中期までいわゆる「正統派」のベンチャーズ・サウンドをプレイしていたのが
ビブラミュート搭載のモデルを使用したサウンドであり、1966年に入りさすがのベンチャーズもジャパニーズ・ポップス等をプレイするようになり徐々に人気も落ちて行ったのです。

No.46 15/01/20 08:09
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>> 45
「正統派」のモズライト・ファンはすなわちビブラミュートがマウントされたモズライトで演奏されたこれらの曲「ブルドッグ」「ドライビング・ギター」「イエロー・ジャケット」「サーフ・ライダー」「朝日の当たる家」「アウト・オブ・リミッツ」「べサメ・ムーチョ」「バンブルビー・ツイスト」「ダイヤモンド・ヘッド」そして「十番街の殺人」まで、全てビブラミュート・マウントのモズライトでプレイしているのです。プレイしてみると分かるのですが、サウンドが軽くて、サスティーンが少ないモズレー台座・マウントのモデルでは違和感があるのです。時代の流れで1967年以降のベンチャーズ人気もいよいよ下降していった所にメンバーがプレイしていたのがモズレー台座・マウントのマークⅠモデルだったという事です。したがって「ビブラミュート台座」に人気があるのはそのような訳なのです。

No.47 15/01/20 08:11
通行人 ( ♀ )

>> 46 最後に簡単なおさらい:

ビブラミュート台座 → 真鍮製で砂型のハンド・メイド

モズレー台座 → 亜鉛ダイキャストで量産型

もちろんどちらの台座も機能はとても良く出来ています。どちらが良いのかは最終的にはそれぞれのユーザーの判断になると思いますね。


  なるほど~こうして社長の答を読んでみると、やはりモズライトはあの重厚なボディーから連想されるのは「ズド~ン」と来るパワフルなサウンド、って言うのが特徴で軽快なサウンドはどこか違うな~って事なのですかねぇ。でも「モズレー台座」のギターも十分にかっこいいと思いますし、立派にモズライトの「名機」だと私は思いますよ ♪今は廃盤になっているモデルですので希少ですし、お持ちの方はどうぞ末永く愛用してくださいねっ♪

No.48 15/01/21 10:08
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実録「MOSRITE60周年記念・チャリティーライブ ~Delightful Time Mosrite 60th Anniversary Year~」2012年11月4日(日曜日) 会場:武蔵野スイングホール


いよいよ待ちに待った「MOSRITE60周年記念・チャリティーライブ」の当日…入口の前には午後2時の開場を今かと待ちきれないファンの人達がすでに列を作っていました。天気にも恵まれ、本当に幸せな気分に包まれた「ライブ日和」となりました。

日本ではすでに完売となった、モズライト生誕60周年を祝って米国MOSRITE RECORDS社で製作された「REBIRTH(リバース)」CDアルバムが今回のライブ会場では特別に販売されました。

このCDアルバムは本当に素晴らしい内容で、マーク・モズレー氏が中心となりプロデュース、それぞれのアーティストのプレイの凄さとアレンジングのカッコ良さは正に「圧巻」の一言です。是非モズライト・ファンの皆様全員に聴いてもらいたいと思います。味わうほどにその良さが分かって来ますよ。後で登場しますが、この日の為に「THE REBIRTH PROJECT(ザ・リバース・プロジェクト)」が急遽結成され、ライブ第2部の始めに素晴らしい演奏を披露します。

No.49 15/01/21 10:09
通行人 ( ♀ )

>> 48 いよいよ待ちに待った会場の時間です。お客様がホールの中に入り席に着き始め、落ち着いてきた所で時計は午後3時…ジャスト・オン・タイム!!! いよいよライブのスタートです。

まずは総合司会の廣邊義明氏の登場です。
アマチュアなのにプロ顔負けの彼の司会ぶりにはとても感心します。廣邊さんの持つ、内なる素晴らしい本能だと思いますね。続いてフィルモア代表の遊佐典之(社長)が紹介され、彼は日々このような素晴らしいチャリティー・コンサートの開催をバックアップし応援してくれているファンの皆様に心からの感謝の気持ちを述べると共に、これからも健康でモズライト・ギターを共に弾き続けて参りましょう、と挨拶してくれました。

No.50 15/01/21 10:10
通行人 ( ♀ )

>> 49 さあ、いよいよライブ本番「モズライト60周年記念ライブ」のスタートです。第1部の最初はM.F.C.(MOSRITE FRIENDLY CIRCLE)から玉野和信の演奏、「メドレー」、「ドライビング・ギター」、「ブルドッグ」で幕が開きました。

リズム・ギターとベース・ギターはM.C.C.(MOSRITE CELEBRITY CLUB)の河野輝明と小佐野秀次が担当、ドラムスはM.F.F.(MOSRITE FILLMORE FAMILY)小野達夫。続いてM.C.C.よりハッピー・ボーイズ(HAPPY BOYS)が登場、ヨーロッパ・サウンドからザ・スプートニクスの名曲「涙の太陽」、「真珠採り」、「二つのギター」、「ハッピー・ギター」の4曲を披露、リード・ギター那須弘道、リズム・ギター廣邊義明、ベース・ギター青代健一、そしてドラムスはフィルモア・ファミリーから鈴木雄樹が担当、チームワークの良さとほのぼのとした演奏を披露し会場の皆様から暖かな拍手をもらいました。

  • << 51 第1部最後のバンドはテリー・サウンドを愛して止まないM.C.C.の「ザ・ハミートーンズ(THE HAMIY TONES)」の登場です。リード・ギターはテリー・サウンドを弾かせたら最高の松岡英一、ベース・ギター青代健一、ドラムス鈴木雄樹、キーボード勇川和雄の“男4人衆”、衣装も全員でバッチリ決めて「運命」、「空飛ぶギター」、「テスト・ドライバー」、「津軽じょんから節」と…それはそれは素晴らしい演奏でした。 この後今回の記念ライブの為に来日した、アメリカ・カリフォルニア州ベーカーズ・フィールドでモズライトの製作を一緒に頑張ってくれている故セミー・モズレーの愛娘ダイナ・モズレーからのスピーチ、今ここに自分があるのは全てのモズライト・ファンの力強い応援がある事とフィルモアに対しての感謝の気持ちが送られました。
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