次世代カラオケに関する特許申請書

　「この仕事を甘く見たら駄目だよ。ある意味、数学の素養が試されんだよ」「いや難しく考える必要はないよ。お前もストリップぐらい観たことあるだろ。兎に角このサイトに食いついてくるのはみんな男だから。男心をつかんだらいいんだよ。ここで働いてる奴は7対3で男の割合が多いのもそこに理由があんだよ」
　担当者の煙草の吸いすぎに伴う口臭が鼻から侵入し眼球を伝って脳裏を掠め後頭部側を迂回して顎関節に到達した。すると顎関節がひとりでに乾いた音をあげた。特に左の耳の鼓膜の裏面は皆既日食のように極薄の粘膜が付着し反響する。自虐的で魅惑的なOLが戦後初、顎の瓦解を味わったのは中学の頃だった。当時、顎関節症が流行しニュースにも取り上げられていたが魅惑的なOLは意に介さなかった。まさか一度ズレた顎がそのまま維持されて元に戻ることはないなんて範疇になくそのことを告知された時は硬直しこの摩擦音は死ぬまで永遠に鳴り止まないのかと頭を抱えた。小刻みにステップする顎が治まるのを待つ間、キーボード上の社内規定のプリントに添付されている新人研修プログラムのレジュメに目を通した。
　当サイトには100%男性がアクセスしてきます。一方、女性は無料でサイトに会員登録できますがそれは飽く迄ポーズでして当然ですがそのような女性が存在しますと出会い系のサクラという仕事が成立するはずがありませんし、マスコミの報道でよく目にします出会い系を介した女性の被害の数々は申し上げるまでもなくでっちあげです。もちろん逆説的に報道の自由は担保されていますのでノープロブレムです。
　ちなみにアクセスしてきた男性ですがメッセージを送信する毎にｐｔという単位でカウントされまして、2000ｐｔを超えますと法外な利用料を請求されてしまう仕組みになっています。2000ｐｔを超えさせるにはフィッシングと呼ばれる狡猾な話術を駆使しなければなりません。サクラ（我々）が話術を習得していく上で特に留意すべき点は見知らぬ男性とのバーチャルトークが弾んだと仮定して全国津々浦々お互い落ち会おうとなった際の待ち合わせ場所や日時、目印となる服装のポイントや架空のメールアドレス、実名の偽名といった機密情報を極力後回しにすること、理想は2000ｐｔを超えた時点、つまり落とした時点でディスクローズすることです。
　魅惑的なOLはファーストメッセージで淋しいとさりげなく送信しようとした。すると透かさずあの新人研修担当者が口先介入してきた。「おいおいおい、お前。さっきから俺の話ちゃんと聞いてたかぁ。あのな。出会い系だぞ。出会いが前提なんだぞ。淋しいなんて暗黙の了解だろ。適当にウエストするな。な」「今俺達がやってることは紛れもなく心と心のコミュニケーションなんだよ。例えばお前が初対面でなんとなく気に入った女がいて一息に打ち解けたくてもできずに逆にドンドン遠ざけてしまうことがあるだろ。やっぱり実物を目の前にすると怖じ気づいてしまうチキンな男は嵌まるし、反対に自分の日常での女とのノーマルな触れ合いでは満足できず逸脱したがる男も嵌まる。要はミステリアスな顔の不在だから嵌まりやすいんだよ。これは余談だけど出会い系は世間からは結構軽く見られがちな所があるけど実は市場ベースに考えればIT産業の基幹事業はまさに出会い系なんだよ」
　

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全国津々浦々お互い落ち会おうとなった際→落ち合おう（訂正）

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　一人禅問答もやっと半ばに差し掛かったが例の患部は旧態依然として反響している。例の患部とは顎関節のことで耳のすぐ側、付け根に位置しているためホッチキスのロック音や缶ビールの開封音と同じ位にはっきり鳴り響いた。顎関節が鳴り響く間、魅惑的なOLは空想した。この新人研修担当者は出会い系サイトで働き始めてもう何年になるんだろうか、立場上それなりに稼げているのだろうか。日常的にどんなものを食べ、どんな車に乗っているのだろうか。家宅捜索するときっと怪しいフィギュアが何体も出てくるだろうし、血糖値が高いことも部屋の構成を見ただけで立証されるだろう。
　「うちの業界ではサイト内コスメって言うんだけどさ、お前の場合はOLだろ。さっきも言ったけど、魅惑的なじゃ不十分なんだな。もっとどう魅惑的なのかメイクアップしてくれないと。例えば現状仕事してるか、家にいるか、街で遊んでるか、仕事してるとすればどういう仕事の合間を縫ってここに至っているのか。恐らく経理でパソコン操作しててエクセルのセルでバランスシートを作成でもしてるんだろうと。セル画は得意だけどあたしの場合、数字のデータそのものからヒット作が3Dみたいに浮き上がってくるの。この前は探偵モノで売上金の一部を誰が着服したのか。浮き袋を膨らませる要領で犯人が登場した時は自分でも身震いしたわ。でもヒットパレードが起きるまではドミノみたいに緻密な作業の積み重ねだからストレスが溜まってさあぁ。夜はお気に入りの抱き枕で寝るんだけど…」
　新人研修担当者は次第にのめり込み悦に入り意のままにメッセージを上方修正した。
　魅惑的なOLはこの机上ともネット上とも言い難い境界上の空論にひとしきり耳を傾けその後一旦、解放されると休息をほとんど挟まずに不特定多数の招かざる訪問者への送信という単純作業が待ち受けていた。作業内容は仮に10件の宛先へメッセージを送る場合システム上その5倍のクリック数を要する。30件だと必然的に150回クリックしないといけない。ファーストメッセージはダイレクトメールと同じなので500回以上クリックしないといけなかった。
　カチカチと鳴るマウスの音と酸味の強い顎の音が不協和音を奏でる。ワンクリックする毎に画面は切り替わる。ＴＶのチャンネルを11チャンネルから2チャンネル、2チャンネルから5チャンネルと次々にスイッチしていく工程に似ていて何の脈絡もない。この一連の操作を継続していけば魅惑的なOLは魅惑的な何かに出会うようなことがあるのだろうか。魅惑的なOLは溢れる情報の中で生まれ育ち情報化の波を波消しブロックせずにまとも受けていた。いつも何かに追われていて乗り遅れるのが恐怖だった。当初期待していたクルマ、金融、ハーブ、アパレル、鑑識各分野の最新トレンドや顎関節を巡る切実な情報の閲覧は可能なのか。もっと穿った見方をすれば魅惑的なOLは魅惑的なOL本人の正体を突き止めたいのではないか。
　マウスに接触する指先だけではなく手首、腕、肘、肩、首、顎、背中に至るまで普通あまり使わない筋肉や関節が連動する。同様に連動している足腰を支えるパイプ椅子はリサイクルに出し忘れていて背凭れの部分にへばりついているアニメの駄菓子の景品のシールが10%未満捲れている。段階的に魅惑的なOLの肉体はマネキンの如く自由を奪われる。

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　不意にビープ音（警告音）が鳴り受信メッセージ1件と表示した。角がソフトな長方形の枠内を思わずクリックすると鳥肌が立った。PCの画面を将棋に置き換えると対戦相手の飛車の位置に「あなた男性でしょ」と点滅した。その点滅の仕方、「あなた男性でしょ」という文字数が視野に入る瞬間はアダルトビデオの暖簾を潜った感触と同等だった。コンビニでいえば10円チョコのレジ前陳列と同等だった。魅惑的なOLにとって最も擽られる壺だった。状況が今一つ掴めない中で順序立てて整理しなければならないと思い意識を研ぎ澄ました。
　「いや違うんです。メッセージの内容は自分が書き込みしたものではなくて上の者が勝手に認（したた）めたものです。自分は確かに魅惑的なOLですが内容は無関係です」
　事実関係に沿ってセカンドメッセージを無我夢中で返信したつもりだったが正確に伝わっているか気になった。
　「やっぱりあなた男性だ。図星でしょ」
　混乱の火種、原因を究明しようとするのとは裏腹にさらなるメッセージが届く。何かしら疑われているのは間違いない。魅惑的なOLは考えがまとまらなかったがこのままでは埒があかないと兎に角思いつくままに「そうです」とクリックした。
　「あなたさあ、その切れ長の瞳を隠したいが為に眼鏡かけてしかもガリ勉っぽい刈り上げだから文句つける訳じゃないけどひょっとして引きこもり？」
　秒単位で反応が返ってくる。確かに眼鏡はかけているが刈り上げではなくかつらのような浮き具合の髪型だ。それに「引きこもり」の意味が不明で大相撲の決まり手かと思ったが迂闊な言葉は返せないと思い劣勢に立たされた。
　「あなたさあ、もし今度暇だったらカラオケ行かない？東京都例京区金子３－１４ー2、これカラオケ対忘のアドレス。騙されたと思って今度一緒に行こうよ。ホントに人生変わるから。あたしさあ出来る事ならここ（対忘）で働きたい。今でも。それに最近まで親を恨んだよ。でも世界中どこ探しても対忘は1つしかないって。あたしにとっては辛い現実でしかなかった。対忘で働くのは正直、確かにあたしにとっては敷居が高い（性転換)所だけどあなただったら多分採用されるわよ。悔しいけど女の勘。何か怪訝そうな顔してるけど違うの。ただのカラオケと思ったら大間違いよ。でも変な先入観、固定観念がある方がかえっていいかもね。多分、部屋のインテリアが殺風景でオシャレではないとか通信のスピードが３倍速だとかマイクが勝手に音痴を治してくれるんじゃないかとかひょっとしたら性格まで治してくれるんじゃないかとかアニメや海外ドラマのアフレコをやるんじゃないかとかそんな風に思ってるんだろうけど。とにかく対忘はそういった期待を悉く裏切ってくれるから。もちろん良い意味でね」

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　魅惑的なOLは想定外の刺激に集中していたせいか貧乏揺すりはしていたものの顎関節が疼くことは無かった。PCの画面から目を外すと、向かいの席と両隣にサクラがいた。右のサクラはピンクの着ぐるみで不気味な笑みを浮かべぶつぶつ独り言を呟いていて残りのサクラは物静かだった。
　「ああ後ね。言い忘れてたけどカラオケとインターネットの違いって何だと思う？ネットは双方向性とかオンデマンドとか匿名性とかデータベースそのものとか隙間産業とか特性が沢山あって複数怪奇だけどカラオケは1つしか特性がないわ。考えたことあったかしら。至って単純明快よ。時間無いしｐｔが溜まってきたしもう言うわね。それはミラ一よ」

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パソコンが修復不能でフロッピーディスクからデータを取り出せないため、続きを連載出来ません。申し訳ございません。

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