[クローバー]キンモクセイ[クローバー]
あの時ああすれば…。もっと違った未来があったのか…。
後悔なんてしたくない…一度きりの人生だから。
はじめての携帯小説で未熟な文章ですが時間のある時に少しづつ更新したいと思います☺読んで頂ければ幸いです。
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かけっこは男子には負けたくなかった。そう思っていたのは中学一年生まで。
髪の毛も伸ばした事なんてない。
「よぉ、いずみ~」女友達も男友達もみんな呼び捨てにしてくれる。それが嬉しかった。
高校生になってバイト先で先輩に「いずみちゃん」って呼ばれてなんだか背中が痒くなった。
「あの、恵子先輩、前から言おうと思っていたんですけど私、“いずみ”でいいんです。ちゃんづけなんて…“いずみちゃん”ってホラ、髪が長くてもっと可愛い感じの娘のイメージがあるじゃないですか、私なんて見た目男の子だし」
「そぉ?いずみちゃん充分女の子よ、ねぇ石井くん?」
「うん、いずみちゃんは自分が思うより可愛いよ」
「やめてください。からかわないでくださいよ~」
恵子先輩は私より6歳上のフリーターでスラリとした綺麗な人だ。化粧を濃くすれば、ギャバクラとかで沢山お客が付くのに…。
石井くんとは恵子さんの二つ下で私より四歳先輩に当たり私からみたら“…くん”ではなく“石井さん”だ。恵子さんと石井さんは仲がよく、付き合っているのかな…?と思っていた。
高校2年生は文理系のクラスへ所属していた。理系男子も多かったのだが、薬学科や獣医学校など、理系へ進む女子もクラスに4割くらいはいた。
クラスの理系女子は元来頭が良く私と出来が違った。
3年生へ上がる時に、いよいよ受験を踏まえた進路希望の面談があり担任に「小久保、お前は体育大志望だっけ?」と確認された。
「先生、違いますよ~、私、看護学校希望だから理系選択しているんですから…。」
「そっかぁ小久保は、数Ⅰ、数Ⅱって最悪だもんな」
アハハ、担任がそれをいうか…。いや事実だわ。
「先生、私、文理系の受験ムリですかね?」
「いや、無理じゃないが無謀だろう…体育大なら推薦状書いてやれるのになぁ~」
担任も途中から半笑いでギャグにしている。
まぁいいや、事実だし…。
そんなこんなで一応、理系のクラスには進級した。
隣の文系の女子クラスにはリエと妙子がいた。
リエと妙子は短大ではなく大学進学を希望していた為に、惜しくも指定校推薦を逃した。
「この時期にバイトって、いずみ大丈夫なの?」妙子は私の事を真剣に心配してくれている。
「うちは貧乏だから、親が私立の高い看護学校は無理なの。まぁ、受からなかったら一年浪人して、その分、学力をつけて看護大学にいくわよ」
リエはマイペースな性格だが「一緒に頑張ろうね。妙子に比べたら、私だって四年制大学は、危ないんだから…バイト無理しないでね」と優しく気遣ってくれる。
私は、小さい頃からホントに友達に恵まれている。
リエと妙子は大手予備校の後期の夏期講習で忙しそうだった。
私も一応は受験生なので、4月から看護学校受験対策のゼミナールに通いはじめ、夏期講習や模試、バイトにと忙しい日々を送っていた。
9月に入っても蒸し暑い日が続き、土日のバイトまでの時間は図書館で過ごした。
図書館は空調が適度に設定されていて過ごしやすかった。
図書館の二階は一般図書のコーナーで、三階は児童図書と紙芝居や小さなDVD上映コーナーがあった。
四階は広い自習室になっていて、資格試験の勉強かなと思われるご年輩の方、読書だけに来たご婦人など…いろんな人達がいた。
しかし、大半はいかにも受験生という感じのグループが占めていた。
ちょっと勉強してはすぐに席を離れる彼らは浪人生っぽいかな…、あれ、中学の時に一緒の学校だった子かな…など、勉強に集中出来ずにいると、後ろから消しゴムが飛んできた。
振り向くと、去年まで同じクラスの達哉(たっちゃん)だった。
姿勢を低くしながら、たっちゃんは私の席に近づいて来てた。
「よう、いずみ。お前、真面目に受験勉強してるんだな」
「ねぇ、みんなに迷惑だから、ロビーに出て話そう」ひそひそ声で私も返した。
ロビーに出ると、たっちゃんの友達が他に二人いた。
二人は何かしゃべっていたがそれほど親しくないので、ペコッと挨拶してたっちゃんと会話を続けた。
たっちゃんと私は、数学はクラスでビリ争いをしていた。
彼は理数系の受験は無理だと悟り、文系のクラスを選択した。
「いずみは一人で来たの?お前、勉強って柄じゃないのに」
「大きなお世話。今のクラスは3分の1くらいは、指定校推薦で決まって、残りの3分の1も一般推薦で決まりそうなんだよね~、受験組が少ないからマジに焦るよ…。」
「ふ~ん、じゃあ毎日図書館や塾か?」
「うんん、週2か3でバイト」
「マジに?浪人覚悟かよ」
「何でよ!やってみないと分からないじゃない。私、忙しい方がやる気が出るんだ」
「ふ~ん、そっかぁ。いずみは、体力ありそうだもんな。前向きだなぁ」
たっちゃんは某大学志望で今年は無理だから、来年に向けて勉強しているそうだ。今年受かればラッキーくらいな感覚で、志望校のランクを下げるつもりはないと。
そんな話をして、自習室で少し勉強をしてから図書館を出た。
ある日バイト先で、休憩をしているとジュースを石井さんが差し入れてくれた。
「えっ?いいんですか」
「飲みなよ。俺、缶コーヒーのボタン押したのに。これがでてきたんだよ。入れ間違えだな。隣の同じコーヒーはちゃんと出てきたもんな」
石井さんも休憩のタイムカードを押しながら、コーヒーの缶を開け椅子に座った。
「仕事はなれたか?ホールっていろんなお客さんいるから大変だろう。あんまり気にするなよ」
「ハイ、 ありがとうございます。厨房もどんどんオーダーが来ると大変ですよね」
「アハハ、なんだ俺が励まされてるのか」
「いえ…そういう意味じゃなくて…スミマセン」
なんか石井さんって大人な感じ。同級生にはない受け答えかただなぁ。私なんか、凄くガキなんだろうなぁ…。
学校生活も、看護学校受験のゼミナールも真面目に通いバイトも勉強に支障のない範囲でやっていた。
自分でもこんなに要領よく出来るとは思っていなかった。
ある日、隣のクラスのリエと妙子が休み時間にやってきて「いずみ~、ちょっと~」教室の後ろのドアから呼ぶ。
廊下に出ると「ねぇ知ってた?武田くんと恭子ちゃん別れちゃったんだって」妙子がオーバーアクション気味に言う。
武田くんとは、我が校のミスターNo1で、同じ学年の福山雅治似のバレー部の副キャプテン。
恭子ちゃんが、武田くんをずっと好きで、私は相談され、告白を手伝ったのだった。
手伝ったと言うと聞こえが良いが、要は私が、お節介を焼いたのだ。こんな具合に。
「武ちゃん、アンタさ、恭子ちゃんがずっと好きなの知ってるんでしょう? 付き合うか振るか、してあげなよ。男らしくないよ」
武ちゃんは、ルックスもいいしモテたが、煮え切らないボンボン育ちって感じで私の好きなタイプでは、なかった。
恭子ちゃんは、お嬢様タイプの子で両親にも可愛いがられたんだろなぁ~。ブリッコって一部の女子は言うけれど、あれは天然かな…と私は、思っていた。
まさか武ちゃんが、付き合うと返事をするとは思っていなかったけど…。やっぱり別れちゃったんだ。
ある金曜日の夕方、ゼミナール(塾)へ行くために駅前に自転車を停めようとしたら、突然、ダダダダ…と右手の方から自転車が倒れてきた。
焦って、起こそとしたが私一人ではどうにもならなかった。一旦、手を離してから自転車をなおした。10数台倒れており、通りかかったサラリーマン風の方が「大丈夫ですか?」と助けてくれた。
助けた方にお礼をいうのが早いか、次のダダダダ…と自転車がまた倒れるのが早いか、50~60代位の男性が自転車を端から端から蹴り倒しているではないか。
「おじさん!何やっているんですか?」
サラリーマン風の方が止めておきなさいって手と首を横に振っていたが、時すでに遅し。
「なんだ~姉ちゃん、文句あるのかぁ~!」おじさんが近寄ってきた。
私は、こういう場面では肝が座っていて、不思議と怖くなかった。
「みんなの自転車を倒して怪我人がでたらどうするんですか?自転車を蹴り倒すなんて迷惑じゃないですか」
「なんだとぉ~!駅前に自転車を止めて置く方が迷惑だろう!」
すでに胸ぐらをつかまれていた。
確かにおじさんの言う事も一理ある。ただ蹴りっていい理由にはならない。
「だからといって蹴り倒して良い理由にはならないですよね。理屈が通らないと暴力ですか?」私も正論で返す。
すでに周りは…黒山の人集りになっている
おじさんは「生意気な小娘だなぁ、歯くいしばれよ」と。
殴られるかも…と思って覚悟を決めた瞬間、「お巡りがきたぞー」と声がした。
おじさんはバツ悪そうに逃げて行った。
人集りも散々になって行った。見ていたおばさんの一人に「ああいう人とはあんまり関わらい方がいいのよ。女の子の顔に傷でもついたら大変よ」 と言われた。
「大丈夫かよ。いずみ、何やっているんだ?俺がお巡りきた~って言わなかったら殴られていたぜ」
「あ~、たっちゃん。ありがとう。助かったわ」 今になって心臓がバクバクしだした。
ここは、たっちゃんが学校に来る時の最寄り駅だった。
たっちゃんに一つ貸しを作っちゃたなぁ…。
翌日学校に行って、妙子とリエに、昨日の出来事を話そうと隣のクラスへ行くと、廊下で武ちゃんを見かけた。
武ちゃんはバリバリの理系クラスで階が違ったからあんまり会わなかった。
「いずみ、看護学校受験なんだってな」
「うん、…そんなことより、恭子ちゃんと別れちゃったんだってね」
「うん、あぁ…。いろいろとあって…。悪いな。」
「別に謝らなくてもいいよ。お似合いだったけど…。まぁ、武ちゃんはカッコイイからまた、彼女なんてすぐに出来るよ」
「そういうんじゃないんだ…。」
「ふ~ん、まっ、気にしないで。私も恭子ちゃんとクラスが別になってから、ほとんど話していないんだ。じゃぁね」
武ちゃんはカッコイイけど、なんかめんどくさい性格なんだよね。
そんなやりとりをしていると、リエと妙子が教室から出てきた。
昨日の話をリエと妙子にすると「やだ~、恐い。」とリエ。
妙子は「いずみ、今の世の中、そういう事していると刺されるよ、お節介も気を付けなね。
でも達也くんって、そういう事するんだ。なんかいつもフラフラしていてバンドとかやってるから、そういう場面は無関心な感じだけど…」
「たっちゃんは、去年、テスト前にノートのコピーあげたり私に義理もあるんだよ」
「いずみ、ってノート貸すくらい真面目に授業受けてたっけ?」
「いや、クラスの出来の良い子のノートをコピーするのに武ちゃんのも一緒にコピーしたの…。」
「そういう事ね…。ところで、いずみ、授業勉強大丈夫なの?国・英だけなら、何とかなりそうじゃない?数学受験がないところ探せば?」
「うん、私立の看護学校なら二科目+小論文と面接ってあるんだけど、国公立はやっぱり三科目に生物か物理を選択した四科目受験なの。」
妙子は厳しい意見も多いけど、実に的確にアドバイスをしてくれる。
リエや妙子とは今は大親友だが、入学当時はたいして仲が良くなかった。
妙子は小学6年生の時に母親を癌で亡くし、父と兄と三人で暮らしてきた。
だからしっかりしているし、少々気が強い。
私と少し似ているところがあるのかな…と思う時もある。
妙子とは一度、大喧嘩をしている。
サッカー部の同じ人を好きになり、「いずみは、私に気を使ってる」
「妙子こそ、気を使ってるよ!素直になりなよ!」
結局、サッカー部の彼はマネージャーと付き合いだし、二人ともフラれたわけだが。
リエは天然キャラだけど、根性だけはあるんだよね。
しかも大食い。ピザの食べ放題に行ったらLサイズのピザを三枚半一人で食べて、「アイスか何か甘いものたべたいね」って。…マジですか?
そのわりにはたいして太ってはいない。
天然発言と大食いがなければ、優しい性格だし可愛い顔立ちなので、いくらでも彼氏を紹介してあげたい。
そんな訳で今は三人ともフリーだ。
『達也くんってそんなことをするように思えないけど』と言う妙子の言葉が気になった。
確かに妙子の言うように、たっちゃんには正義を振りかざしたり、悪に立ち向かうような男気はない。
軽音楽部の部室の前でたっちゃんが3~4人で座って話をしていた。
「たっちゃん、この間はありがとう。何かおごるよ帰りにミスドに寄って行かない?あっ、リエと妙子もいるけど」
「あ~、気にするなよ。今日は、俺、パス。それにあの二人ちょっと苦手なんだよね、一緒にいるとあの子達は“陽”って感じで俺は“陰”じゃん。あんまりしゃべった事ないし。また今度な」
「そうなんだ。オッケー。じゃあまたね」
たっちゃんと話をしている間、一学年下の女の子…名前なんだっけ?カヨちゃんって言ったかな、カナちゃんって言ったかな…がこちらをずっと見ていた。
カヨちゃんだかカナちゃんだかって言うの子はたっちゃんの事が好きらしい。
私が二年生の時も「達也先輩いますか?」ってクラスにたまに来ていたわ。
たっちゃんはその子の事を好きじゃないのかなぁ…。
もしかして、たっちゃんは私の事が好きなの……いや、それは120%ないな。
去年、同じクラスの安藤さんの事をたっちゃんが好きになって、私も協力したっけ。安藤さんはスタイルも良く勉強も学年トップクラスで男子にも超人気。
ちょうど彼氏と別れて、みんな安藤さんの事を狙っているって感じだったなぁ。
『たっちゃん!当たって砕けろだよ!』って…。たっちゃんは文化祭の日に告白して結局、当たって見事に砕けたけど…。
その後、『だいたい俺には高望みだったんだよな』とか、愚痴ぐち言ったなぁ…。
三年生最後の文化祭の準備で各クラスとも、バタバタしている。
たまに馬の被り物やフランケンの被り物をした男子達が、廊下の女子に“ぎゃ~”とかちょっかいをだしていた。
一般入試組の一部の人は休み時間なのに単語帳をめくったり、“でる単”や“高校日本史の実況中継”を読んでいる。(まだ携帯電話やメールがなかった時代だから…)
廊下リエと妙子としゃべっていると、たっちゃんがすれ違った。
私から声をかけた「たっちゃん。そう言えばさぁ、前に自転車置き場でなんで助けてくれたのよ?妙子が不思議がっていたよ」
「そりゃ、最寄り駅だから…」
「えっ?だって、たっちゃんはああいう場面は。『めんどくさいから関わらないタイプ』でしょう?」
「いや、人だかりが出来ていたから、なんだろうなぁ…ってみたら、ウチの制服が見えて、よく見たらいずみがへんなオッサンと口喧嘩してるじゃん。そしたら安藤の姿が…見えて…って言うかお前、胸ぐら捕まれてたじゃん!」
「安藤さんも、いたの?」
「いや、ちょうど通ったんだよ」
なんだ…たっちゃん、安藤さんの前でカッコイイところ見せたかったんだ。
今日は、バイトの日だった。
バイト先で恵子さんの話になった。
恵子さんには最初は仕事を教えてもらっていたが、私がなんとか一人前になると、恵子さんは22時以降の部のシフトに移動した。
もともとは22時以降の深夜バイトスタッフだったが夕方に人手が足りずに出てきてくれていたそうだ。
厨房の石井さんは夕方から通しで深夜まで働いている。
厨房とホールはおしゃべりする時間がほとんどないが、ホールが暇な時は厨房も暇なので、たまに一緒に休憩時間が重なる事がある。
今日は、休憩が石井さんと重なった。
「恵子さんって綺麗な人ですよね」私は、本心からそう思って聞いた。
「ああ、恵子ちゃんって綺麗だし、誰かに対しても親切なんだよ」
ふ~ん、自分の彼女をこういう風に言えるのってカッコイイな。
「石井さんって年上が好みなんですね。」
「えっ?別にそんな事ないけど。お前、変な事言うな。そうそう、オーナーが、『小久保は元気があっていい!』っていずみちゃんの事誉めていたよ。いずみちゃんは頑張り屋だもんな」と頭をポンポンとされた。
突然誉められたのでなんだか、戸惑ってしまった。
休憩が終わりホールに戻った。
『元気で良い。』か…。
そういえば、私、小学生の頃から通信簿に“元気がある”“明るい”“男女問わず仲良く出来る”くらいしか誉められた事がないな…。
そんな事を考えていたら、「お~い、ねぇちゃん、もう一杯、これ!」とお客さんの一人がビールジョッキを持った右手を挙げている。
「ハイ、 かしこまりました。」
同じホール担当のバイトの子が「ねぇ、あのお客さん、もう5、6杯目よね。」と言った。
確かに。結構、飲んでいる。
連れの水商売風の薄紫色のブラウスを来た女性は、止める素振りは無く、ライターで煙草に火をつけている。
ビールを提供した直後に「おぉ、ちょっとこれなんだ?!髪の毛入ってるじゃねぇか」その例のお客さんが大声をあげた。
「姉ちゃんよぉ~、こんなもん、客に出すのかぁ!」
私が、さっきテーブルに運んだ料理に髪の毛が入っていた と苦情を言ってきた。
回りのお客さん達はちらっとこちらを見ては、わざと見ない振りをしたりしている。
「大変申し訳ありませんでした。」
提供した料理を下げると、髪の毛が一本、料理の上に乗っていた。
明らかにホールの女の子達のものでも、厨房のスタッフのものでもない太い髪の毛だ。
「スミマセンでした。ただいま、作り直しています」丁重に謝るが、お客さんの機嫌は直らない。
機嫌が直るどころか、「こんなんで、客から金を取る気じゃねぇよなぁ?
姉ちゃんじゃ話にならねぇな。店長出せよ!」
声のトーンも更に上がり怒鳴ってきた。
こんな日に限って店長は不在だった。
私は、実家がお店をやっていたので“お客さんは神様”と小さな頃から両親に教えられていて、謝る事は無意識に出来た。
しかし、あまりに不条理なお客さんのクレームに悔しさとお客さんへの対応に困惑していた。
「大変申し訳ありませんでした。私どもの不手際で不愉快な思いをされ、お詫び申し上げます。本日は店長が不在につき私が代理を勤めさせていただきます。」
挨拶より少し早く、後ろからポンと背中をたたかれ、私は、一歩後ろに下がった。
白い調理服を着た石井さんだった。
「おう、兄ちゃん。じゃあ、タダになるんだな!」お客さんは高圧的にいい放つ。
石井さんは「毛髪が混入していたとの事で、私どもで提供した料理につきましては、他の料理も全て無料にさせていただきます。しかしながら、お飲みになられた分につきましてはご負担頂く事でご容赦いただけないでしょうか」
こんなフレーズ同級生の男子からは聞いた事がないし、大学生でも場慣れした人でなければ、スラスラ出て来ないだろう。
お客さんは「はぁ~、金とるのかよ?」なおも食い下がる。
石井さんは誠意を込めつつ毅然とした態度で「ハイ、 大変恐縮です。採取した毛髪については、どのスタッフのものか、どの過程で混入したか確認し、尚一層の衛生管理に勤めていきたと思っております。お客様からのご指摘も貴重なご意見とさせていただきます。後日、店長よりお詫びの電話を差し上げます。差し支えなければご連絡先を教えていただけますか?」
私は、聞いていて“ハァ~”と感心した。
お客さんの連れの女性が「もういいじゃない。いきましょうよ。」ハンドバックからお財布を取り出し上着を掴んで席を立った。
お客さんもポケットから二つ折りの千円札の札束を出して、舌打ちしながらレジへ向かって行った。
ホールの別のアルバイトの子が、「大丈夫?ここは私が片付けて置くから」と言ってくれた。
カウンターの隅で石井さんに「さっきは、ありがとうございました」と声をかけると休憩室へ行く様に促された。
休憩室(といっても厨房の直ぐ横にある小さなスペースだが)へ行くと、私は、椅子にへなへなと腰を下ろした。
「怖かっただろう。大丈夫か?」石井さんがウーロン茶を差し出した。
私は、軽く会釈ながら2、3口ゴクリと飲んだあと「大丈夫です。怖かったって言うか…なんて言うか…疲れました」と言った。
私は、気のきいたお礼の言葉が見つからずに「石井さん、慣れているんですね。さすがです」と訳の分からない事を言った。
「前にクラブのホールでバイトしていた時に、たちの悪いお客が女の子達に絡んでさぁ…。仲裁に入るの慣れてるんだよ」
クラブの女の子達って…なんか、私の知らない世界。ホールの仕事って、黒服とかって事なのかな…。
なんか石井さんって遊び人なのか、悪い世界を知っているのか…、綺麗なお姉さん達を沢山知ってるんだなぁ。
さっきのお客さんの苦情の件より、そっちの話の方が気になった。
「お前さぁ、今、俺の事を何かヤバい人みたいに思っているだろう?」石井さんは立ったまま、ウーロン茶を飲み干しながら言った。
ちょっと図星だったので、「そんなことないです」と言うタイミングが遅れてしまった。
「時給がいいからやっていたんだけど、クラブの女の子達って二股三股当たり前、みたいな子が多くて、なんかすごい世界だなって思って辞めちゃったんだ」
ふ~ん、そうなんだ。
私は、なんとなくそれ以上聞くのは馴れ馴れしい気がして話を戻した「あの~、さっきの話、入っていた毛とスタッフの髪の毛みんな調べるんですか?」
「あぁ、あれはハッタリだよ」
「えっ?」
「俺にそんな権限あるわけないだろう?
店長だったら、飲み物も全部ダダにしただろうなぁ。報告したら怒られるかな…。」
さっきまでのパリっとした石井さんとは別人で、決まりの悪そうな感じに頭をポリポリやっている。
「ま、あぁいうタチの悪い客は言いなりになっちゃ駄目だ。いずみちゃんも店長から事情を聞かれると思うけど、気にするなよ」
そう言うとグラスの氷を口に含みガリガリやりながら厨房へ戻って行った。
妙子やリエに乗せられた感があり、なんだか石井さんの事を考えてしまう。
でも良く考えてみたら、私は、石井さんから見たらお子ちゃまで、とても女性として見られているとは思えない。
あ~駄目だ。模試の結果も良くなってきて、ひょっとしたら、現役合格出来るかもしれないのに、浮かれている場合ではない。
でも…恵子さんに聞いてみようかな。で、なんて?
“石井さんと付き合っているんですか?”って?
そんなこと聞いて“そうよ。何で?”と言われたら逆に何と答えるのか?
あ~、やっぱり駄目だ。
文化祭を明後日に控え『旭校☆写真館』や『恐怖の舘』や『喫茶室“ア・ラ・モード”』の看板が各クラスのクラス廊下で作成されていた。
リエと妙子と一緒に校内を見てまわる。
3-8は『写真館』で、ミスター旭校には例年どおり、武田くん。
ミスには今年は安藤さんの写真が貼られていた。
他にも“女装が似合う人”“ザ・怪力”
“ファッションセンスNo.1”など…。
いろいろな生徒の写真があったが、“男女問わず友達が多い人”のところに『小久保いずみ さん』と私の写真があった。
そうだ。3-8の女子に『タイトルは内緒。当日、見に来てねって』写真を取られたんだ。
タイトルを見て、ちょっと嬉しい気がした。
“男装が似合う人”には剣道部の背の高く凛々しい、一つ下の子が写っていた。
「私、こっちかなぁと思ってた」ボソッと言うと、「いずみは、性格は男に生まれたら良かったのに…と思う事もあるけど、チビだから駄目だよ」と妙子は手を横に振った。
そっかぁ、確かにチビだもんね。
廊下に出ると「3-5でフィーリングカップルやりま~す!参加者募集中!」
沢山のハートマークとキューピッドの絵が書いてある看板を持った男子がメガホンを片手に3~4人通り過ぎた。
「面白ろそうだから行ってみようよ」とリエが袖を引っ張る。
妙子と私はリエの希望どおり、3-5に行く事にした。
フィーリングカップルって、男女五人づつ、長机に向かいあって座り、お互いにアピールして、最後に一人を選ぶ…というアレだ。
3-5は、これから何か始まりますよ…と言う具合でまずまず人が集まっていた。
男性陣、五人の中にはたっちゃんと軽音楽の友達二人が座っている。
たっちゃんは他の二人に誘われて座ったのかバツが悪そうだ。
いっひひ、思わず指差して笑おうとしたその時、「あ~、良かった。いずみ!女の子が一人足りないの。出てくれない?」
元野球部マネージャーのヨッ子が近寄ってきて、両手を合わせてお願いのポーズをする。
「えっ?私」
ヨッ子はホントに困った様子で「一人出られなくなって。急に頼んでも、みんな、“選ばれなかったら、恥ずかしい…。”って出てくれないの。いずみだったら、こういうの平気でしょ?」
「えぇ?リエと妙子が出たら?」と私は、話を振るが「急に言われても、いやだょ~。いずみ出てあげなよ」と私の肩やら背中を押す。
仕方ないかなぁ…と思っていたら、野球部の佐野くんが「おぉ、いずみ、悪ぃなぁ~!」
蝶ネクタイをした司会者らしき佐野くんは、私を当然が如く、参加者のいる黒板の前のテーブルへ連れて行く。
みんなが助かるんだったら、まぁ、いいか。
“ロコモーション”のBGMに合わせて司会の佐野くんが「さぁ、始まりました~フィーリングカップル5対5!盛り上がっていきましょ~」
会場に手拍子を促す。音楽と手拍子に誘われてか、観客がさっきよりグンと増えた。
観客用の席は満席で、立ち見の人もいる。人を押し分けて行かないと、廊下には簡単に出られない。
私の5番席は観客側に一番近寄く、手を振ったり私も盛り上げようと愛想をふりまいた。
私の前の男子の5番席にはたっちゃんがいた。
司会者が「では自己紹介をお願いします」と言うと各自、クラスや部活、趣味だのをひと通り話した。
たっちゃんの番になり「軽音楽部でベースやっていました。彼女はいません。今、好きな人がいるかどうかは……内緒です。趣味は写真を撮ることです」と言うと、男子は「ヌードだろ、ヌード写真」と冷やかす。
会場は女子の「いやだぁ、キャ~」と言う声と共に盛り上がってきた。
私の番が来て、「彼氏はいませ~ん。募集中でぇす」と両手をあごの下でグーにて首をかしげてブリッコポーズをとる。
どこからか「うわぁ、似合わね~」という声と共にドッと笑い声に沸いた。
観客席から「いずみ~、がんばって~」と妙子とリエが応援してくれた。
私は、ピースサインをした。
有り難く思いつつも、良く考えたら、頑張るって何を?
『彼氏、募集中です』なんて言ってはみたけど、どうしても彼が欲しい訳ではなった。
「さぁ、では、お相手を決めましたか?」司会の佐野くんがノリノリのテンションで進行する。
テレビで見た様な、“ボタンを押すとテーブルが電光掲示板になって…カップル成立でハートが浮かび上がる”などというシステムは高校生ごときに出来る技術も予算もなかった。
机のところにベニヤ板で出来た“ついたて”が用意され、各自、お気に入りの人の番号を紙に記入した。
アシスタントのヨッ子が各自の紙を回収する。
教室の隅でなにやら、ホワイトボードに回収した紙を見ながら記入が始まった。
「それでは、発表します。カップル成立はあったのでしょうか?」佐野くんが場を盛り上げる。
ホワイトボードがクルリと一回転され、出演していた生徒も観客も一斉に注目した。
ホワイトボードが回転すると同時にホイットニーの“ボディーガードのテーマ”が流れた。
司会の佐野くんは「今回はカップル成立はありませんでした。ざ~んねん!」とオーバーアクションで伝える。
ホワイトボードを見るとたっちゃんは私を選んでくれていた。
男子の1番の矢印が私に向かって描かれていた。
1番の子って?名前もよく知らない。二年生の子だ。
女子の1番~4番まで、どの子もそこそこ可愛いのに、1番の子もたっちゃんも物好きだ、と思った。
私は…、2番の野球部の一年生を選んだ。
その子は、いつも朝練に一番早く来て、野球部の部室の鍵を開けていた。
見るからに、フィーリングカップルなんて出るタイプじゃなさそうで、どうせ佐野くんに先輩ズラられて、無理矢理に出させられたんだろうに。
「では、第三部は午後1時からで~す。ゲストのみなさんに大きな拍手を!」と佐野くんが締めくくる。
観客も波のように、ひいていった。参加賞として大学ノートと単語帳とうまい棒三本の詰め合わせをもらった。
さっきは気がつかなかったが、たっちゃんの後輩の軽音楽部のカナちゃんだかカヨちゃんだかも会場にいたらしく、こっちをめちゃくちゃ睨んでる。
「さっきは選んでくれてありがとう」男子の二番席に座っていた子にお礼を言った。
「あっ、別に。小久保さんって面白いから…。」
「ありがとう。吉本に入ったらサインあげるね~!」と私は、ウインクした。
ホントにありがたい。たっちゃんと二番の子のおかげで、恥をかかずにすんだ。
まぁ、選ばれなくても、いつもの様に、おサルのポーズかなんかしてふざけて終わりなんだけど。
私は、おふざけキャラなので、司会者にとっては好都合な人材だったろうに。
そんなことよりも、カヨちゃんだかカナちゃんだかあの子、絶対に誤解しているよ。
たっちゃんは私みたいな“チビのぺちゃパイ”はタイプじゃないのに。
友達のよしみで選んでくれただけなのに。
妙子とリエは佐野くんとヨッ子と他数名と立ち話をしていた。
「リエ、ちょっと。軽音楽部のたっちゃんの後輩の子に話してくる」と言うと、「放っておきなよ」と妙子が私の肩にポンと手を乗せた。
放っておくって?
妙子は冷たいようだが、人を見る目は出来ている。何か思うところがあるはずだ。
「放っておくって、妙子、どういう事?」
「いずみはさぁ、いつも余計な事に首を突っ込みすぎるの!好きにさせておけばいいんだよ」それだけ言って、妙子は雑談に戻った。
- << 56 主です。 二番の子➡1番の席の子でしたね💦 ちょこちょこ誤字脱字があり、読みづらく申し訳ありません💧 もし、継続して読んで頂いている方がいらっしゃっいましたら、皆さんの溢れるばかりの想像力と、優れた読解力で解釈をして頂き、寛大なお心を持って、ご容赦くださいませ🙇 本文を逸れてしまいスミマセン💦 今後とも宜しくお願い致します☺✨
そうかな。そうなのかな…と考えながら“縁日”の当番の時間が迫ってきていたので、リエと妙子を置いて、自分の教室へ先に戻った。
教室へ戻って。当番をしていると、しばらくしてたっちゃんとが友達と来た。
私は、ヨーヨー釣りを担当していたが、たっちゃんと友達は射的と駄菓子屋にだけ寄って帰ってしまった。
ちょうど、近所の子供たちなのか、ウチの高校の誰かの兄弟なのか、小学生が4人組が何度もチャレンジしており、私も店番に追われていた。
今年も盛況のウチに文化祭は終了を迎える。
後夜祭には男女のグループやみんなが公認のカップルがイチャイチャと参加していた。
私もリエと妙子となんとなく参加して、クイズやビンゴを楽しみ、帰宅した。
自転車置き場でたっちゃんと会った。
「フィーリングカップルでは、…私に入れてくれてありがとう。たっちゃんに投票しなくって、…ごめんね」
なんていうか、ぎこちないお詫びのしかただった。
その原因はカヨちゃんだかカナちゃんだかの事を話したかったからだ。
たっちゃんの事あんなに好きなのに、たっちゃんは何やっているんだろう?
もう関係ないっていいながら、安藤さんの前で恰好つけたり…。
言いたい事が山ほどあった。
打ち上げは二次会になるとグループごとに別れて、私がクラスで仲良くしている子達は、「そろそろ帰るけど、いずみは残れば~」と言ってくれた。
せっかくだけど、私も帰る事にした。
帰り道に自転車置き場で、自転車を探していると後ろから声をかけられた。
「よっ、もう帰るのか」たっちゃんだった。
「もうって、9時だもん。10時頃には帰らないと、怒られちゃうよ~。たっちゃんのクラスはお開きなの?」
「俺は適当に抜けてきた。俺んちは母さんいないだろう。父さんも夜勤だったり。不規則だから、あんまりうるさく言われないから、残っても良かったんだけどな…」
たっちゃんが家庭の話を始めたので、なんとなく置いて、先に帰れない雰囲気だった。
「たっちゃんは偉いよ。真面目に学校に通って。大学も目指して。…うん、偉い。
フィーリングカップルでたっちゃんを選ばなかったのはね、消去法だったから…。」
急に何か親切な、言葉をかけてあげたい気になって、言い訳がましい事を言いはじめてしまった。
「消去法ってナニ?」 自転車で並んで走っていたら、公園の横を通ったので、どちらともなく自転車止めた。
自転車のスタンドを立てながら「だからそのぉ…、たっちゃんの友達の二人は選びたくなかったし、1番の席の人はよく知らないし、たっちゃんを選ぶのは…、なんだか変でしょう?だから、がんばっている野球部の子にしたの。」
ここまで言うと何だか罪悪感みたいな物から解放されてすっきりした。
「そうか…。」
たっちゃんは、それだけ言うと、バックの中をごそごそと探り始めた。
「冷えてないけど、飲むか?」カクテルパートナーの“バイオレットヒィズ”の缶を差し出した。
「ありがとう。いいの?」
「うん、家出る時に、冷蔵庫から持って来た。」
たっちゃんは、同じメーカーの“テキーラサンライズ”の缶を開けた。
未成年の私達は、タオルで缶を隠しながら飲んだ。
ブランコを漕ぎながら飲んでいたら、ほろ酔い気分になってきた。
そうだ!お節介でも、余計な事だと思われても軽音楽部のあの子の事を言おう!言ってしまおう!
「たっちゃん、あのさ、前から言おうと思っていたんだけど、一つ下の軽音楽部のカヨちゃんだかカナちゃんだかっているでしょ」
「あぁ…。佐藤佳奈、な。何か言われたのか?」
「うんん、あの子さぁ、たっちゃんの事好きなの知ってるの?」
「あぁ、そうらしいな。」
「そうらしいな…って、何で優しくしてあげないのよ。」
「アイツ、自分が好きな奴は自分の事好きになってくれると思ってるんだ。俺の前は純也の事を狙っていたしな。自分が注目されたいのさ。わがままなんだよ。同じ部だったし。後輩だから適当に付き合うけど、興味ないな」
「そうだったんだ。」
「どうせ、いずみはまた“頑張ってる人は応援したい”とか言って、佐藤の事にも、首を突っ込むつもりだったんだろう」
げっげっ…。図星だ。だから、妙子に釘を刺されたんだ。
「いずみは好きな奴、いないのか?」
急に石井さんの事が頭に浮かんだ。
ブランコを早く漕ぎすぎたな…少しゆっくりにした。
「うん、今はいない。気になる人はいるけど…。凄く大人で私の事なんて何とも思っていないの。それに彼女もいるし。」
私のブランコの前の柵に腰をかけていたたっちゃんは、立ち上がり私の前でしゃがんで…。
顎を持ち上げられ…気がついたら、たっちゃんにキスをされていた。
軽いキスではない。たっちゃんの舌が私の中へ入ってきた。
頭がボンヤリしている…。
駄目って言ったほうがいいの?
私の髪の毛を触りながらたっちゃんは長いキスを止めない。
私は、うつむいてそっと離れた。
「俺の事嫌いか?」たっちゃんは小さな声でつぶやく。
「うんん、そういうんじゃないの。……。」
近所の誰かに見られていたかも知れないが、どうでも良かった。
酔っ払ってからかわれたのか?
本気で告白されたのか?
年頃の男子はみんなHな事ばっかり考えていて、たまたま私が傍にいたからか…?
ぜんぜん分からなかった。
たっちゃんは嫌いじゃないけど…。嫌いじゃないけど…。
その続きの上手い言葉が見当たらなかった。
ジグソーパズルでピースを捜しているもどかしさに似ている。
急に喉が渇いた。
「送っていくよ」
「大丈夫。一人で帰れるから。じゃあね」無理に笑顔を作って自転車に飛び乗った。
翌朝目覚めると昨日の事を考えた。
ほろ酔いでボンヤリしていた昨日と異なり、光景が鮮明に思い出された。
“友達だと思っていたのに…ひどい!”とか言って、TVドラマだと、泣きながら主人公が走り去っていくんだろうなぁ。
そんな事を考えながら、着替えをしたり支度をした。
不意に電話がなった。「トゥルルル…ルル」
リエか、妙子かな。と思って受話器を上げる。
「ハイ、 小久保です。どちら様ですか?」
「あっ、いずみ、俺…達也だけど」
「あぁ、おはよう。」
「おはよう。昨日はちゃんと帰れたか?転んだりしなかったか?」
「うん、大丈夫だったよ。」
たっちゃんに対しては、“会った時なんて言おう”とか、なんにも考えてなかった。
というより、これから考えるところだった。
え~と、え~と、『夕べはありがとう』…何ていうのも変だし。『たっちゃん、私の事、好きなの?』なんて今は聞く場面じゃないよね。
“何で?”そうだ!私が聞きたかった言葉は『たっちゃん、何で?』だった。
でも、たっちゃんを責めてしまうようで、これは会った時に聞こう。
そんな事を考えていたら、ちょっとした沈黙になってしまった。
図書館に着いて自習室へ行くと、たっちゃんが後ろから一番左の列の二番の席を、二つ取っておいてくれた。
自習室はシーンと静まっている。たっちゃんに軽く会釈し、席についた。
考えてみたら、たっちゃんとは腐れ縁みたいな感じで、あちこちで出くわすけれど、改めて“待ち合わせ”なんてした事がなかった。
参考書を広げ問題を解き始めるが落ち着かない。
英語の慣用句を書き写してもちっとも頭に入って来ない。
隣の席のたっちゃんは真面目に取り組んでいるようだ。
仕方なく席を立ち、二階に降りて図書を散策した。
世界文豪のコーナーでシェイクスピアの“じゃじゃ馬ならし”を手に取った。
中学生の頃、通っていた歯医者さんには、吉川英治シリーズか、シェイクスピアのシリーズしかなく(多分、院長の趣味だろう。)、読んだ事があった。
すぐに棚に戻し、“趣味”のコーナーに行った。
“はじめての野菜づくり”の隣の“彼に作るお弁当”を手に取った。パラパラとページをめくる。
こういうのをたっちゃんに作ってあげたいって急に思った。石井さんにじゃなくて、たっちゃんにだ。
いけない。何を妄想にうつつを抜かしているのか。勉強しなくっちゃ。再来週はまた模試だし、願書の〆切にはもう1ヶ月もない。
マヌケでトンマな自分を呪いたかった。
自分をまったくマヌケで駄目な受験生だと思った。
せっかく図書館に来たのにちっとも受験生らしく、学習意欲も湧いてこないし、勉強するフリすらする気にならなかった。
それどころか、ハートの卵焼きだの、プチトマトに可愛いピンのついたお弁当ブックを見てウキウキしているなんて…。
たっちゃんは、私の事をなんて思っているんだろう?なんで、キスしたんだろう?
また、おんなじ疑問が頭をもたげる。
勉強なんて頭に入らないはずだ。
お弁当の雑誌を戻し、トイレに行った。トイレの鏡でリップクリームを塗り直すし、まじまじと自分の顔を見る。
「ここにいたのかよ。さっきもトイレに捜しにきたんだけどいなかったから…。お前、今日、本当は用事があったんじゃない?付き合わせちゃて悪かったな」
ちっとも私が、戻ってこないのでたっちゃんは、そう思って、捜しに来てくれたらしい。
「そんなことないよ。私の方こそ、やる気なくてゴメン。…たっちゃん、ちょっと外に出ない?勉強、まだ途中だった?」
「別にいいよ。」
参考書や筆記用具は置いたまま、二人で外に出た。
図書館は通りをまたぐと広い公園と隣接していた。
よく手入れされた花壇にはマリーゴールドとが咲き誇っている。
文化祭の代休の平日は、人影も少なく、小さな子どもを連れた若いママのグループくらいしか見当たらなかった。
二人でベンチに腰掛けた。
空は秋晴れだ。ずっと高いところに薄い雲が巨大なブーメランのような形をしていた。
思っきって聞いてみた「たっちゃん、昨日、なんで…その、私なんかと…。キスしたの。」
「あぁ。何で…って?」
「だからね、たっちゃんは私の事なんて、タイプじゃないでしょう?」
「俺さぁ、人見知りだろう。馬鹿なこと言ったり、いずみといると楽なんだ」
「それだけ?好きな人じゃなくても男の人ってあんな風にキス出来るの?お酒少し飲んでいたから?」
「…お前さぁ、普段はふざけてるけど真面目だよな。」
何だかたっちゃんの言い方が軽々しい感じで、ちょっとだけ腹だたしかった。
少しだけ不機嫌な顔をした。
つまり、一定の好意があれば、男子はそういう事はオッケーなんだ…。
そんなことを考えていると、たっちゃんは、私の不機嫌さを察したのか「いや、真面目っていうのは誉めてるんだよ。俺はなんでもいい加減で中途半端だから、いつも一生懸命で真っ直ぐないずみがうらやましいよ。」
予想に反して誉められたので、一瞬、自分の事を言われている気がしなかった。
たっちゃんは更に話を続ける。「それに、いずみだったらいいかなって…。クリスマスを一緒に過ごすのが…。」
「えっ?あっ、誉めてくれてありがとう…。」
からかわれたり、おちょくられたりするのは慣れていたが、誉められるのは慣れていなかった。上手に返答が出来なかった。
そうか、あと1ヶ月でクリスマスだものね。
忙しさにかまけて、忘れていた。
「いずみは自分の事をちょっとも女の子のだと思っていないみたいだけど…今日、話をしていて、凄く可愛いと思ったんだ。」
うわぁ~、駄目だ。“可愛い”なんて親にもここ10年間は言われていない。3年前に亡くなったおじいちゃんから聞いて以来かなぁ…。
恥ずかしくなって、タオルで口元を隠した。
頬っぺたが紅くなるのが分かった。
聞くんじゃなかった。いや、聞いて嬉しい。ありがとうたっちゃん、そんな風に言ってくれて。
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