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ビー玉

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ass( 40代 53IEnb )
21/02/05 21:00(更新日時)

昭和42年、日本は高度経済成長期真っ只中、俺ん家だけは食うや食わずの戦後状態と何等変わらなかった。



そんな中、俺は8男1女の7男として誕生した。



これは、想像を絶する極貧一家真実の物語である。



No.1737720 12/01/23 15:59(スレ作成日時)

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No.1 12/01/23 17:52
ass ( 40代 53IEnb )

『誕生』



俺は、昭和42年1月に未熟児としてこの世に生まれ落ちた。


産婆さんが、生まれたばかりの俺を抱き上げ
残念そうにこう言った。


「この子は、ようもって1週間やな。」


お母ちゃんは、それを聞いて、
「なんでこの子だけ、こんな目にあわなあかんのん。」と号泣した。


相反するお父ちゃんは、
酒を呑みながら
「あかんもんは、しゃーないやろ!」と悲嘆に暮れるお母ちゃんへ吐き捨てるように言った。


当時、お母ちゃんは、お父ちゃんからいい放たれた台詞に耳を疑ったらしい。


そして、勿論入院も出来ず、お母ちゃんと、まだ小学生低学年だった姉ちゃんの必死な看護のお陰で、
何とか山を越え瞳の青い7男が高村家に加わった。


No.2 12/01/23 19:55
ass ( 40代 53IEnb )

>> 1 産婆さんも俺がすくすく育っていく様子に驚きを隠せないでいた。


定期検診の度に
「いつ死んでもおかしないって、思とったけど、こんな子は、大病にもかからんと元気な子に育つで。」とお母ちゃんに話してたそうだ。


やがてお母ちゃんの体調も回復し、出生届けを出しに行く際、
有ろう事か俺が何日に誕生したかを度忘れし、
直ぐ上の兄貴も同じ1月生まれなので、同じ誕生日にしたらしい。


大雑把なお母ちゃんらしい判断だ。


お母ちゃんには、他にも大雑把なエピソードがある。


俺達兄弟は、人工乳で育てられた。

なぜか俺だけ粉ミルクを嫌がり飲もうとしないので、

ものは試しに人肌程度に温めた牛乳を与えると飲みだしたので、それを機に俺は牛乳で育った。


粉ミルクは高いけど、牛乳だったら安く買える。
「お前は生まれた時から、うちが貧乏って知っとったんやな。」と生前お母ちゃんが話してくれた。


No.3 12/01/24 07:24
ass ( 40代 53IEnb )

俺の生家は3軒長屋の一角で、
2畳間、6畳間、3畳間の台所、風呂なしトイレありの間取りだった。


長男、次男は既に自活していたので2人を除き
両親を含め9人が所狭しと暮らしていた。


赤ん坊の俺は、畳に敷かれた座蒲団の上で無造作に寝かされていた。


やんちゃ盛りの兄ちゃん達が、
しょっちゅう狭い部屋でほたえるから、俺は度々誤って踏んづけられ
酷い時は部屋の隅まで転がされ、
それに気付いた姉ちゃんが
慌ててベビー布団代わりの座蒲団に乗せるを繰り返していた。


俺は踏んづけられても転がされても泣き声をあげないので、姉ちゃんが
うっかり気を取られると
部屋の隅でそのまま眠っていたらしい。


その頃、お母ちゃんは病院での付き添い婦に復職していた。
泊まり込みの時は、飲んだくれのお父ちゃんと子供達だけになる。

なので、姉ちゃんが見様見真似で家事を一手に担ってた。



No.4 12/01/24 12:17
ass ( 40代 53IEnb )

お父ちゃんは、無職ではなかった。

腕の良い旋盤工だったが、
目が覚めたら酒を呑みだすので、自宅から目と鼻の先にある会社から
わざわざ迎えが来ていた。


そして、お父ちゃんの給料は、酒代とお父ちゃんの為だけの食費でほぼなくなる。


お父ちゃんは暴君として君臨していたが、
それも思春期を迎えた兄ちゃん達の反逆により
やがて衰退し
お父ちゃんの末路は悲惨だった。


No.5 12/01/24 18:56
ass ( 40代 53IEnb )

ある日、姉ちゃんが俺を外で抱っこをしながら
あやしていた。



その時、ぽつりぽつりと雨が振り出し、姉ちゃんは慌てて洗濯物を取り込み始めた。


洗濯物を手早く取り込むのに夢中だった姉ちゃんの腕から俺はするっと落ちた。


落ちたことだけでも不運だが、更なる不運は落ちた箇所だった。



姉ちゃんの足元にドブがあり、
その中へまっ逆さまに落ち、両足だけを覗かせすっぽり嵌まった。



姉ちゃんは、洗濯物を放り投げ必死に俺の両足を掴み、そこから引き上げようとしたが、


ドブの幅と奥行きが、まるで誂えた上着の様に
上半身のサイズにジャストフィットで中々抜けない。


姉ちゃんは渾身の力を振り絞り
どうにかこうにかドブから俺を引き上げた。



すると俺はきょとんとした表情で、ヘドロの中から無事生還した。



姉ちゃんは早速頭からホースで水をじゃぶじゃぶ掛けヘドロを洗い流し事無きを得る。


俺はその時、恐らくヘドロを飲み込んだかもしれない。



余所の親なら即座に病院へ連れて行くだろう。



しかし、我が家は例外で軽い病気や怪我は、自然治癒能力に任せる。


あれから数日間経ち、傷だらけの顔で相変わらず
牛乳をごくごく飲む姿を見て、お母ちゃんと姉ちゃんは一安心したそうだ。



No.6 12/01/25 06:41
ass ( 40代 53IEnb )

『幼児期』


独り歩きが出来る様になった頃、

お気に入りのひよこの柄が入った黄色の長靴を履き、とことこ近所の公園まで出掛けた。



砂場へ直行すると、手で掘れるとこまで一心不乱に穴を掘る。



それに飽きると、次は履いていた長靴を脱ぎその中に砂を詰める。


両方の長靴の中が砂で満たされると、一気にぶっちゃけるを繰り返し遊んでいた。


周囲の同年代の子供達は、母親と楽しそうに玩具を使いながら遊んでいる。



俺はその光景を横目に単調な1人遊びに興じる。



すると頭上から声がした。

「外人が、また長靴に砂入れて遊んどうで。」



声のした方へ目を遣ると、いつもの苛めっ子達だ。


幼児期、瞳がやや水色だった俺は、年上の苛めっ子達にしょっちゅう、からかわれていた。



一瞬、手を止めそいつらを睨み付けると又、砂遊びを再開した。



俺は瞳の色のせいで、周囲の者達から好奇の目で見られていた。



しかし、この憎々しい瞳のお陰で、俺は他の兄弟より恵まれることが多々あった。



No.7 12/01/25 13:58
ass ( 40代 53IEnb )

俺はある出来事が切っ掛けで、
お母ちゃんが市場へ行く時は必ず同行した。


お母ちゃんが馴染みの店に立ち寄ると、愛想のいいおばちゃんが俺を見るなり近付きこう言った。


「いやぁー
可愛い子やなぁ
お人形さんみたいやなー
そうや僕、ちょっと待っときや。」

おばちゃんは
一旦、店の奥へ行くと両手一杯の飴玉を俺に差し出した。



それを見て一瞬、躊躇いお母ちゃんの方を見上げると


「折角くれたんや有り難う言うてもうとき。」


「おばちゃん有り難う。」と言いながら沢山の飴玉を受け取った。


ポケットに全部収まらず、あくせくしていると
お母ちゃんが指を差しながら
「ここに入れといたらええ」の声に従い割烹着のポケットに飴玉を入れた。



それから、飴玉を1つ口に入れた。



俺は飴玉がポケットから零れ落ちないように手でしっかり押さえながら、お母ちゃんに着いて歩いた。


家に戻ると言う迄も無いがこの後、
激しい飴玉の争奪が起こり結局俺は、市場で食べた飴玉が最初で最後の1個になった。



No.8 12/01/26 12:02
ass ( 40代 53IEnb )

兄弟達が、保育所、小学校へ行ってる間、留守番はしょっちゅうだった。



なぜなら、俺だけ保育所へ通っていなかった。



お母ちゃんは、入所させようと何度か試みたが、
頑な態度に根負けし、結果1人で留守番することになった。



たまにお父ちゃんが家にいる時は、悪さもしていないのに、しょっちゅう怒鳴られる。
それが恐くてずっと外で過ごしていた。



昼御飯時、家の前にしゃがみ蝋石で地面に絵を書いてると



近所のおばちゃんが「どないしたん正夫君、また1人でお留守番か?昼御飯はもう食べたんか?」と声を掛けてきた。



俺は咄嗟に昼御飯は食べたと嘘を吐いた。


おばちゃんは
「そうかぁー
ほな遊びに来るか?」と俺の手を引きおばちゃん家へ連れて行かれた。



食卓の前へ座り
おばちゃん家で
テレビを暫く観ていると、目の前に卵焼きとごはんが置かれた。



「お腹すいとったんやろ?はよ食べ」



俺は、いただきますも言わずに夢中になって食べた。


「ご馳走さまでした。」と手を合わせると

空になった食器を1つずつおばちゃんが片付けながら、「そうや正夫君、桃の缶詰めも食べるか?」と勧められ、俺は昼御飯とデザートまで御馳走になった。



社交辞令なんて、子供にほぼ通用しないものだ。



四六時中、腹を空かしている俺にとってお呼ばれこそ命の綱だと
この日、実感した。



そんな俺を知る由もないおばちゃんは帰り際、
「お腹が空いたら、いつでも来たらええんやで。」の気紛れな一言を
発端におばちゃん家では、
招かれざる小さな客へ頻繁に昼御飯を振る舞う羽目になる。



No.9 12/01/27 10:58
ass ( 40代 53IEnb )

お母ちゃんは、米さえ食べていれば生きていけると心底解釈していた。



だから、俺ん家の晩御飯は給料日以外の献立は
きな粉に砂糖を混ぜ合わせそれを飯にかけた物と
具のない味噌汁を飯にかけた物だけだった。



何せ、それだけの年数明けても暮れても、きな粉掛け御飯を食べてきた
所為で、今では安倍川餅が食べられなくなった。



給料日には少量のじゃがいも、人参、玉葱だけ入った
カレーを作ってくれた。



コンロが隠れる程の大きなアルミ製の鍋で作ってくれたが、大体3日もすればなくなる。



余所ん家は、それでお仕舞い。
だが俺ん家は、それに水を入れ、鍋肌にこびりついたカレーをしゃもじでゴシゴシ刮げる。
そこに飯を入れグツグツ炊き食べる。
それを繰り返している内に、到頭僅かにカレーの味がする粥になった。



最後鍋の中は洗ったかと思わせるぐらいピカピカで空っぽになる。


俺達だけは、そうやって食べる事に必死だった。


しかし、お父ちゃんは毎日ステーキ、メンチカツ、ハンバーグなど
洋食ばかりナイフとフォークを巧みに使いながら、
白米を食べずパンを添え俺達を尻目に旨そうに食べていた。



兄ちゃんがお父ちゃんに一口でいいから分けてくれと頼むと
「旨いもんが食いたかったら、己で稼いで食え!」と怒鳴り付けた。


稀に、お父ちゃんは途中腹が一杯になり残すことがあった。

そうなれば激しい残飯の争奪が勃発する。

俺は毎回兄ちゃん達に片っ端から取られ、渋々皿を舐めていた。



No.10 12/01/27 20:33
ass ( 40代 53IEnb )

昼御飯は近所で御馳走になり
腹拵えも終え、
俺は早速お気に入りの黄色の長靴を履くと探険に出た。



探険に出るといっても、ただひたすら行ける所まで真っ直ぐ黙々と歩き続けるだけだった。



見慣れた景色を眺めながら歩いているうちは、とてもワクワクした。



数キロ歩いた地点で急に不安になり、道端にしゃがんで泣いてると
見知らぬおばちゃんが声を掛けてくれた。



そのまま交番に連れて行かれ
警察官が俺の顔を見るなり
「何や高村さんとこの僕やないか」と言われ家へ送って貰った。


玄関先で、警察官が「こんばんは」と声を掛けると
お母ちゃんが出て来ていきなり俺の頭を拳骨で殴った。



そして、お母ちゃんは事情も聞かずに土下座しながらすみませんと平謝りした。

「今度はこの子まで人様にご迷惑をかけましたか?」
と尋ねた。



その間、兄弟達はパトカーに群がり
口々に「わぁー
ほんまもんの
パトカーや、めっちゃかっこええなぁ。正夫これに乗ったんか?」
と羨ましがっていた。



ぞろぞろ近所から野次馬が集まりだし、「どないしたんや、また何かあったんか?」と
聞かれた俺は
「知らん。」とだけ答えた



お母ちゃんは俺が家にいないことを全く気付いてなかったらしい。



警察官から経緯を聞かされ、驚いた様子で又すみませんと謝っていた。
そして、警察官は直ぐに帰って行った。



俺はこれに懲りず同じ騒動を数回繰り返した。



お母ちゃんはついに怒り心頭に発する。
そして、俺のお気に入りの長靴を捨てると言い出した。



それだけは勘弁して欲しいと哀願すると堪えてくれた。



そして、この日を境目に俺の探険は一旦終わった。




No.11 12/01/28 07:52
ass ( 40代 53IEnb )

今日もきな粉掛け御飯を食べ腹一杯になった。



飯を何杯もお代わりして、満腹になった訳ではない。



きな粉掛け御飯は口に入れると一気に、きな粉が唾液吸う。

お茶なんて俺ん家には端(ハナ)からないから、飯が喉に詰まる前に大量の水道水と共に飲み込む。



それで必然と満腹になるという訳だ。



晩御飯を食べ終え寝るまでの間、毎日暇をもて余してた。



テレビのチャンネル主導権はお父ちゃんにあり、決まって
NHK放送が流れている。
だから、俺達兄弟はテレビを殆ど観ようとしなかった。



ある日の晩、俺はこっそりと玄関へ向かい例の長靴を掴むと外へ出た。



途中長靴を履くと近所の公園へ行った。



到着した瞬間、俺は昼とは違う光景に興奮した。



なぜなら、遊具全てが俺専用に見えたからだ。

そして、片っ端から遊んだ。
年上の悪ガキ達にいつも占領されていた念願の特殊な形の滑り台は、何回も滑った。


最後に砂場へ行った。



ふと目を遣ると忘れ物のスコップが落ちていた。

それを使うと砂場の底まで、やっと穴を掘ることが出来た。



俺はこのまま
スコップを手放すのが惜しくなり、
拝借することにした。



家路を辿りながらさっきまでの楽しかったことを思い出すと、自然と笑みが零れる。

明日も公園へ行こうと思った。



最初は存分に遊べることが嬉しくて公園へ通った。



だが、途中から公園へ通う目的が変わっていった。


No.12 12/01/28 21:43
ass ( 40代 53IEnb )

夜の公園には宝物が転がっていた。



昼間遊んでいた子供達が置き忘れた遊び道具や、
壊れて捨てられた玩具などを俺は夢中になって拾い集めた。



ポリスチレン製の片方の翼が折れた飛行機は、1番のお気に入りだった。


これら全てを家に持ち帰ると
お母ちゃんに叱られると思ったので、近所の空き地に作った俺だけの基地に隠しておいた。



さあ今晩も宝物を探しに公園へ出掛けようとした時、突然雨が降りだしその日は中止にした。



雨降りの日は大嫌いだった。

雨漏りが酷いのでバケツ、鍋、ボウル、丼、茶碗、盥、ベビーバス、弁当箱を部屋のあちらこちらに配置し足の踏み場もなかった。



大降りの時は、直ぐ容器に雨水が溜まりお父ちゃん以外家族全員 交互に外へ捨てに走った。



寝る時は更に大変だった。



各自雨避け対策として
雨合羽を着て寝る奴や
頭部だけ傘を翳し寝る奴。
この対策法は胴体が濡れるという最大の欠点があるにも拘わらず、実践している奴がいた。


ゴミ袋から頭だけを出し被って寝る奴、これに関してお母ちゃんは
ゴミ袋が勿体ないから止めろと注意していた。


俺は押し入れの下段に避難し
恨めしい形相でじっと天井を眺めながら眠った。


この雨漏りの所為で家の畳は
所々腐り部屋中
カビだらけだった。


しかし、この湿気た畳はあることに貢献してくれた。



No.13 12/01/30 07:14
ass ( 40代 53IEnb )

台所から姉ちゃんの声が聞こえてきた。

「もうやめぇや、そんなん入れんとってぇや!」

すると兄ちゃんが

「ええんや、ほんならお前だけ食わへんかったらええやろ!」と

台所で何やら揉めている。



「出来たでぇ、はよ食べや」と
姉ちゃんの呼び掛けに皆、卓袱台にぞろぞろ集まってきた。



茶碗に目を遣ると、いつも具のない味噌汁掛け御飯に何か混じっていた。



姉ちゃんは、
「私はこんなん食べへんからな」と言いながら、箸でそれを摘まみ出していた。



よく見るとそれは見覚えのある茸だった。



兄ちゃんは「やっぱり旨い。」と言いながらガツガツ食べ始めた。



「正夫お腹痛なっても知らんで」と姉ちゃんからの
警告を無視して俺も食べた。



後から聞くと畳を温床に生えた茸を兄ちゃんが毟り、姉ちゃんの制止をふりきって
鍋の中に放り込んだらしい。



兄ちゃんは家の中で成育する
しめじによく似た茸を、虎視眈々と味噌汁の具にして食べようと目論んでいたらしい。



結局誰もその茸を食べ腹を下すこともなく、
あれほど嫌がってた姉ちゃんもいつしか食べる様になってた。



毟り取っても
次から次へ生えてくるので、
味噌汁には必ず茸が入っていた。


ただひとつ難を言えば、食べ頃の
大きさになるまで暫く日数が掛かることだった。


No.14 12/01/31 00:51
ass ( 40代 53IEnb )

「さっさと順番に風呂へ入りや。」お母ちゃんに
急かされ風呂場へ行く。

風呂場といってもそこは便所である。



部屋は狭い造りだったが、便所は
やたら広かった
約2畳半はあったと思う。



台所の蛇口にホースを差し込み、
そこから6畳間を横切り便所の扉にホースが通る位の穴が2箇所あけてあり、そこへ通す。



ホースの先端には
じょうろが差し込まれ、シャワーと思しき物が設けられていた。



秋後半から冬の間は湯沸し器に
ホースを繋ぎ温かい
シャワーを浴びれた。
それ以外は水を浴びていた。



便所内はその都度片付けるのが面倒なので、椅子、石鹸箱、シャンプーが
年がら年中置いたままだった。
きっと、他人が
見れば奇妙な
光景だったと思う。



お父ちゃんは
家族の中で最も長湯だった。



そんな時に限って家族の誰かが必ず便意を催す。


早く出て来いとも言えず
また外での排便に抵抗を覚え、ただひたすら我慢していた。

世の中で長湯が原因で我が子に数え切れない程、殺意を抱かれたのは、
うちのお父ちゃんぐらいだろう。


No.15 12/01/31 19:59
ass ( 40代 53IEnb )

お父ちゃんは酔いが回ると決まって俺を呼び付けこう言った。



「お前を見とったら胸糞が悪い。
見てみい
お前だけ皆と目の色がちゃうやろ!」

しょんぼりと項垂れる俺に
追い討ちをかける様に、堪え難い屈辱的な罵声を浴びせた。



それを聞いてお母ちゃんが

「あんた、もうええ加減にしいや!正夫にそんな
ことまで言わんとって!」と
毎回俺を庇った。


お父ちゃんは狂った様に喚きながら、お母ちゃんを殴り続けた。



お母ちゃんはその時、決して泣かなかった。

小さな俺は
唯々泣くだけで、お母ちゃんを守ってあげられなかった。



お母ちゃんは殴られながら

「正夫こっちに来たらあかん、あっち行っとき!」と俺の身を案じてくれた。



俺は押し入れに籠もると嗚咽を漏らした。



瞳の色が皆と違う所為で、大好きなお母ちゃんは殴られる。



その上、周囲に好奇の目で見られる。



明日の朝になれば、必ず皆と同じ瞳の色に変わってます様にと
何回も唱えてる内にいつしか眠りに入った。



No.16 12/02/02 17:24
ass ( 40代 53IEnb )

今日も公園へ探索に出掛けた。



辺りは、空になった菓子の袋など
ゴミばかりで、
めぼしい物は見付からなかった。


諦めて戻ろうとした時、何か転がっているのを見付け、それに向かって走った。



手に取ると
それはビー玉だった。
ポケットへ仕舞うと早々に家へ戻った。



兄ちゃんに今日は何を拾ってきたか尋ねられた。


「なんやビー玉かしょうもなっ。
正夫このビー玉
お前の目ん玉とおんなじ色やで。」



嘲笑する兄ちゃんからビー玉を引っ手繰ると、俺はそのまま押し入れに籠った。



ビー玉をじっと眺めていると親近感が涌いてきた。


わざと捨てられたか若しくは
置き忘れなのか
俺には定かじゃないけど、
この水色のビー玉をポケットに忍ばせ
何処へ行くにも
こいつと一緒だった。



No.18 12/02/03 00:16
ass ( 40代 53IEnb )

都会では珍しく
雪の積もった
ある日、お母ちゃんが近所から夏の余り物の苺シロップを貰ってきた。



そして「さあ、好きなだけ雪を取っといで」の一声に



俺達は各自茶碗や丼を掴むと、
一斉に表へ飛び出した。



順番に苺シロップを掛けて貰い、
皆で旨い旨いと言いながら食べた。



今から考えると空恐ろしい行為だが、飢えてる俺達にとってそれは
最高のおやつだった。



そして、自家製茸により人並み
外れた免疫力を
与りお陰で胃腸は
たらふく食っても何ともなかった。



それより誰が
沢山おかわりを
したかで
壮絶な喧嘩が繰り広げられ大変だった。



「ちょっと待っとき。」とお母ちゃんはそう言いながら、空になった瓶に水を入れ上下に
激しく振った。



すると、即席苺
ジュースが出来た。
等分に注がれると一気に飲み干し、
あっという間に
苺シロップは無くなった。



No.19 12/02/04 18:05
ass ( 40代 53IEnb )

昭和40年代その頃には、まだ人情が溢れてた。



家族がまた1人増え益々食べ盛りな俺達の空腹を満たす為に

お母ちゃんは近所の八百屋に事情を説明して、

支払いを給料日に一括で支払う約束を取り付けた。



近所にお好み焼き屋もあり、
そこからいつも
旨そうな匂いが漂ってた。



ある日、
お好み焼き屋のおばちゃんが、
冷やごはんを全部持ってくる様に
声を掛けてきた。


兄弟数人で
大きな釜ごと運ぶとおばちゃんは

広い鉄板の上に
冷やごはんを
ざあーっと一気に空けると
ソースと天かすで
特製焼き飯を作ってくれた。



それを再び釜へ
戻し家に戻ると
皆で分けあって食べた。
今でもあの味は
忘れられないほど
最高に旨かった。


実はお好み焼き屋のおばちゃんに
お母ちゃんが数回
交渉した結果、
手間賃のみ支払えば、特製焼き飯を
月1回食べられる様に話がまとまっていた。



そして、ソースと天かすは無料でいいとおばちゃんから申し出てくれたらしい。



お母ちゃんは
付き添い婦でなく、営業職に就いていたら俺ん家は
若しかして貧乏ではなかったかもしれない。



No.20 12/02/05 12:35
ass ( 40代 53IEnb )

「正夫ちょっと表へ行ってみい。」お母ちゃんから
言われるがままに表へ出た。



すると、そこには自転車があった。


玄関先から
お母ちゃんに
自転車があると大声で言うと

「それな、もう要らん様になった
言うとったから、もうてきたんやで。」



三輪車すら買って貰えなかった俺は、嬉しくて
早速自転車に跨がった。



しかし、補助輪が既に外されており中々上手く乗れなかった。



その日から1人で自転車が乗れるまで、練習を重ね
たった1週間足らずで乗り方を体得した。



ボロボロのピンク色 でチェーン辺りに
お姫様の図柄が
入った自転車は、
俺だけの基地に
隠してある宝物
より1番大切な物になった。



これまで徒歩だった公園や
お使いは必ず
自転車で行った。


そして、幸福感が絶頂な時に
又しても災難に襲われた。



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