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liza( zxWgi )
10/06/14 12:55(更新日時)

恋人が突然出て行った。仕事から帰ってきたら恋人はいなくて、代わりに書き置きが待っていた。何の変哲もないルーズリーフ。
ガラスのテーブルに浮いているように置かれたそれを、私は読まずにごみ箱に捨てた。ちらりと、さよならとかありがとうとかが見えたような気がしたが、紙はぐしゃり、と音を立てて小さくなった。
私と彼を結ぶものはとても無残だ。


たっぷりとお湯をわかし、紅茶を淹れる。さらさらという微かな風の音。室内のものがひっそりと息をひそめているようだった。
ふいに叫び出したくなる。じわじわと、何かが迫ってくる。
そうして、どのくらいぼんやりしていたのだろうか。チャイムの音ではっとした。
彼だ、間違いない。
私はかまうことなくバタバタと足音を立てて玄関に向かった。

No.1340406 10/06/06 22:30(スレ作成日時)

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No.1 10/06/06 22:44
liza ( zxWgi )

相手を確認することもなくドアを開けた。私は声が出ない。
少し離れて、小柄な女が立っていた。
「誰」
ようやくそれだけ口にする。私はその場にしゃがみこみそうになる。
「あの、私、美沙緒です」
美沙緒――。
頭がはっきりしない。
「貴志の妹の美沙緒です」「美沙緒ちゃん」

No.2 10/06/06 23:02
liza ( zxWgi )

妹。
私は心の中でつぶやいてみる。
美沙緒は小さな口で出された紅茶を飲んでいる。のりのきいた白いワンピース、陶器を思わせる肌。紅茶の湯気で頬がかすかに上気している。
「兄は数日前からいなくなってしまって。あなたに鍵を渡すよう言われたの」
美沙緒はそう言ってかたり、と鍵を置いた。細い、という言葉を改めて思い出す。
「双子、なのよね」
「ええ」
美沙緒は視線だけを私に向け、ふっと表情をゆるめた。
色素の薄い髪。どこか白人を思わせる容姿。髪を払う何気ない仕草が目を引く。
「似てないでしょう」
見透かしたように美沙緒が笑う。
「いえ、そうじゃないけど」
「よく言われたわ」
美沙緒は表情を変えない。笑ってはいたが、感情は読めなかった。

No.3 10/06/06 23:15
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彼の名前を聞くのは何年ぶりのような気がした。実際は数日だけなのだけれど。
「ごめんなさい、今日はそれだけお渡ししたかったの」
私は顔をあげた。すがるような表情をしていたかもしれない。
「ごめんなさいね」
美沙緒はもう一度謝った。
「またお会いしましょう。私、実はl大学の研究室で働いているの。あなたはT音大でしょう」
「よく知ってるわね」
「もちろんよ。変だけれど、私、あなたと一度会ってから古い友達のように思っていたの。あなたは私に気づかなかったけれど」
「そうなの?」
「貴志とね、一度だけあなたのコンサートを聞きにいったの。一緒に楽屋まで行ったけれど、先に帰っちゃった」

No.4 10/06/06 23:28
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「なーんだ。寄ってくれれば良かったのに」
「そう思ったけど、貴志が、兄がだらしない顔してたから、ね。邪魔者は早く立ち去るわよ」
美沙緒はわざとらしくため息をついた。
「妹さんなんて言っていたから、年下かと思ったわ」
「まあね。兄には口止めしていたし」
「どうして?」
「私、あなたたちが付き合ったころかなぁ。写真を見て嫉妬したの。兄弟とはいえ、異性でしょう。あなたがきれいで許せなかったの。だからいつか自分で宣言して邪魔してやろうと」
「ずいぶんいい性格してるじゃない」
美沙緒はあはは、と笑って立ち上がった。

No.5 10/06/06 23:39
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「帰る?」
「ええ。実は路上駐車してきたから、そろそろまずいわ」
美沙緒はカバンからキーケースを取り出す。
「和葉さん」
私ははっと顔をあげる。美沙緒の射るような視線があった。しかし次には目を伏せた。
「兄が、ごめんなさい。私からはまだ何も言えないの」
「貴志に何かあったの?」
「和葉さんには、改めて兄から連絡があると思うわ」
「どういうこと」
思わず口調がきつくなる。
「手紙、見てない?」
手紙。手の中で小さくなったルーズリーフ。
「見てないならそれでいいの。あれには大したことは書かれていないし」

No.6 10/06/07 00:00
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「なによそれ。よく分からないわ。どういうこと?」
「私が口をはさむことではないの。申し訳ないけれど」
美沙緒はそうきっぱり言い、玄関に向かった。
「また、お会いしましょうね」
美沙緒が柔らかく微笑む。
「そうね」
連絡先を交換し、美沙緒は帰った。一変してほぐれた空気が室内を満たしている。
カップを洗ってしまうと、間接照明にかえた。ステレオのスイッチをいれる。
バッハのチェロ組曲。
次々に変化してゆく旋律。規則正しく紡がれるリズムが朗々と歌いあげられる。
いつしか私は眠りに落ちていた。

No.7 10/06/07 07:36
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n2

翌朝。腕を伸ばして、何もない感触が私をがっかりさせる。さらりとしたシーツの肌触り、使われることのなくなった片方の枕。
のろのろと起き上がり、窓を空ける。朝の静かな東京の空。
と、下で誰かが手をふっていた。並木の合間から、美沙緒の小さな顔が見える。
「おはよう」
美沙緒はにこにこしながら両手の袋を持ち上げてみせる。
「上がっていって」
私もつられて声を上げた。
昨日のことを思い出す。

No.8 10/06/07 07:45
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昨日。美沙緒は言った。美沙緒の言葉に、私は浮き足立った。彼は私を捨てたわけではない。なにかしらの理由があって、会いに来れない。
でも――。
彼の薬指にはまっていたリングは、置かれていた。ルーズリーフの上にただ忘れて行ったわけではないことを主張していた。
美沙緒。
彼の不在。どれくらいなのかはわからない。ただ、美沙緒の存在は、一人で過ごすよりずっと気が紛れた。
私は、一切の思考を拒否することにした。その時、それがいつなのかはわからないけれど、今は考えるべきではないのだ。

No.9 10/06/07 08:26
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n3
「練習室」からピアノの音がする。今日はリストの超絶技巧練習曲だった。夕暮れを思わせる中間部。一瞬差し込む光が雲で途切れてしまうように、旋律は再び激高しはじめる。
僕はドアノブに手をかけて、引っ込めた。
「貴志君じゃない」
振り返ると、そこには広瀬先生が立っていた。
「彼女は相変わらずですか?」
「うん、でも最近は楽しそうよ」
回廊を抜けて中庭に出る。
「良かった」
空気を破るように、広瀬先生の携帯が鳴る。
「ごめんなさいね、またね」
広瀬先生はそう言って、パタパタと戻っていった。
彼女のところへ戻ろうかと思ったが、僕はそのまま正門に向かった。

No.10 10/06/07 12:26
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和葉の閉じられた睫。かすかに震えたように見えたのは気のせいなのだろうか。
僕は振り払うように足早に駅へむかう。聖橋からは鳥が一羽、直線を描くようにすーっと飛んでゆく。
僕には何の音も聞こえなかった。僕の周りは、とても静かだ。

No.11 10/06/07 12:36
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n3

「ねえねえ、これから出かけない?」
窓という窓を開け、カーテンがさらさらと音をたてている。ここは東京の中でも比較的静かだ。
吊したガラスが風で不思議な光を室内に撒き散らす。彼と気に入って買った球形の薄青のガラス。歪んだ室内が映っている。
「どこへ?」
「午後から仕事なんでしょう?」
「ええ。でも千代田線ですぐだからまだ大丈夫」

No.12 10/06/07 14:43
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「さて、出発!」
美沙緒が宣言するように笑う。
「どこへ行くのよ」
「それは着いてからのお楽しみ」
美沙緒はそう言って、唇の端をくっと持ち上げてみせる。
美沙緒と会ってから、まだ数日間しか経っていない。しかし美沙緒は自然に、すっと私の生活になじんだものになっていた。
「何?」
美沙緒は視線を正面に向けたまま問いかけた。
「意外に運転うまいのね」「意外じゃないわ、とてもよ」
ふふっと美沙緒が笑う。私もつられて笑ってしまう。本当にうまいわ、この子。
一見不安定な、繊細な見かけとは裏腹に、美沙緒は溌剌としていた。むしろ豪快に近いかもしれない。
「やあねさっきからそんなに見つめて。」
街路樹の深い緑。
「うん。そういえば」
私が口を開くのと同時に、美沙緒がついたわよ、と言った。
何の変哲もない、七階建てのマンション。殺風景な外観だが、作りは凝っていた。
「素敵ね」
「ええ、一目惚れして即入居したの」

No.13 10/06/08 06:13
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「それにしても、今朝は驚いたわ。あの時、まだ6時前だったのよ」
「なんとなくね、会えそうな気がしたの。あの後眠れなくてそのまま熱海までドライブ」
美沙緒の気怠げに髪をかきあげた。
「よくやるわね」
ん、と伸びをして、美沙緒は不意に目を伏せた。晴れ間がさっと翳るように、美沙緒に憂鬱な陰が落ちる。
「知り合いがね、いたの」「熱海に?」
「いえ、鎌倉。そのあとなんとなく海が見たくなって熱海に行っちゃった」

No.14 10/06/10 20:57
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エレベーターが目的の回数に到着したことを知らせる。
高台にあるので、三階と言っても眺めはよかった。後ろに東京タワーがみえる。
ドアを開けると、真っ白な猫が飛び出してきた。続いてやたらに背の高い男性。
「来てたんだ」
「まあね。お客さん来るなら帰るわ」
「いえ、和葉さんに紹介したいからいてもらえる?」
「和葉。和葉ってあのピアニストの」
「そうよ」

No.15 10/06/12 07:57
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案内されたリビングは思ったより広かった。壁の一つは床から天井近くまで本でうめられている。本の壁に沿って正面に階段があり、中二階にベッドが見える。天井の近くに窓があり、何となく教会を連想させた。
「ずいぶんおしゃれな部屋ね」
「今が一番いい季節なんだ。冬に遊びに来ると、天井が高すぎるから寒くておちおち居眠りもできないよ」
視線の先に、ワインの瓶が何本か転がっていた。どうやらしこたま飲んでいたらしい。

No.16 10/06/12 08:15
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彼は市川雅紀と名乗った。
「しかしまさか黒崎さんとお会いできるとは。」
黒崎は私の上の名前。黒崎和葉は芸名だ。母からもらった。母は舞台女優をしていた。あまりにこの名前になじみすぎて、本名を忘れそうになる。
「コーヒーでいい?」
美沙緒がキッチンから叫ぶ。
「ありがとう」
「俺アイスコーヒーがいい」
雅紀は長すぎる手足を持て余し気味に叫び返す。少ししゃがれた声。ウェーブがかった髪。
「美沙緒とはいとこなんだ。どういうわけか勤務先まで同じ。おかげで毎日こき使われてるよ」
ひとしきり会話をしたころ、美沙緒がコーヒーとお菓子を運んできた。

No.17 10/06/13 14:48
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「一緒って行っても勤務地だけね。この人は数字しか興味ないし。1日の大半は研究室に籠もって出てきやしない」
「美沙緒はわけのわからない絵の感想集めだの人の情報収集だろ」
「失礼ね」
二人はよく飲み、食べては喋った。喋るための燃料を得るために飲食している感じだ。
私は会話に混じることもあったが、こうして会話をしている二人を眺めるのが楽しかった。
ひとしきり笑った後で、雅紀がふと真顔になる。

No.18 10/06/13 22:00
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「貴志から何か聞いてるか」
唐突な質問だった。私は息ができない。無理矢理に閉じこめていたものが暴れ出すのを感じた。
「いいえ、何も」
コーヒーを持つ手が微かに震える。
「貴志に何があったのか、私が聞きたいくらいだわ。本当に何の前触れもなく手紙だけ置いて出ていったの」
「手紙?」
雅貴が聞き返したのと同時に、呼び鈴が鳴る。私たちははっとしたように顔を見合わせた。
美沙緒が立ち上がり、モニターをチェックしようとした。しかしそこには誰も映っていない。
「変ね」
雅貴が立ち上がり、ドアを開けた途端、声を上げた。
「何じゃこりゃ」

No.19 10/06/13 22:04
liza ( zxWgi )

美沙緒と駆け寄ってみると、そこには一面に紙が散らばっていた。
「ひどい」
美沙緒が急いで拾う。
その紙は、先日の私のリサイタルのチラシだった。

No.20 10/06/13 23:10
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n4

くっきりとした、華やかにすら感じる青空が広がっていた。時計は14時を指していた。ヨーロッパ特有の、繊細な色合いの空。
入り口を出て、公園に向かう。
「インターコンチネンタルなんてずいぶん観光客みたいなとこに泊まるんだな」
振り返ると、古屋が立っていた。
「別に。第一、俺はただの観光客だよ」
微笑もうとしたがうまく笑えない。夏のウィーンはまるで眠りから覚めたようだ。和葉とここを通ったときとは大違いだ。どちらからともなく、ドナウ川に降りた。
「それで、傷は癒えたのか」
古屋がからかうように笑う。意外に人懐っこい笑み。

No.21 10/06/13 23:23
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「傷?」
「傷だろ。」
「どうして。和葉は妹だよ。君の言っている意味が分からない」
「和葉ね」
古屋がひっそりと笑う。僕の黙り込む番だ。川がさらさらと音を立てて流れる。遠くに子供の声。
「わかってるよ。お前がそうやって言い訳していることも。俺のところに来た理由もな」
「何がいいたい」
「逃げるのも大概にしろ。このままで済むと思ってるのか」
顔が強張るのがわかった。つま先で小石が擦れる音がする。
「…だったら、一体どうしろと言うんだよ。俺に?何をしろと?何ができるんだよ」

No.22 10/06/13 23:38
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「わからないさ。お前じゃないからな」
古屋の鋭い視線が僕を突き刺す。身じろぐこともできず、僕は無表情のまま古屋を見据えた。
「かわいそうだよ。和葉ちゃん。何も知らないんだろ」
僕はかろうじて頷くことしかできない。もう何度となく自分を責めたにもかかわらず、僕は和葉を求めていた。
「何しにこんな所まで来たんだよ。探したものがあったのか?なかったんだろ」
僕は答えられない。

――君と和葉さんは腹違いの兄弟だよ。

僅かな望みは潰えた。何も聞こえない。

No.23 10/06/13 23:56
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n5

結局、その日の仕事は休んだ。帰る気にもならず、美沙緒の部屋に泊めてもらうことにした。
「さぁ、とにかく飲もう」
雅貴が水割りグラス片手に戻ってくる。
「私はワインがいいわ」
美沙緒はドカッとソファーに座ると、手酌でワインをなみなみと注ぎ込む。
「雲隠れの天才に」
「よき出会いに」
「幽霊の仕業に」
それぞれが勝手なことを言い、グラスを合わせた。
「あー美味しい」
「和葉が日本酒って意外ね」
「あら、鍋と言えば日本酒でしょ」
美沙緒が私の手からグラスを奪い、口を付けて顔をしかめた。
「大人の味ね。すでに酔いそう」

No.24 10/06/14 00:11
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>> 23 美沙緒の小さな顔が微かに赤くなっている。この人は本当に白い。人形を連想させるのは、顔の造作だけではないようだ。
「二人とも、毎回こんなに飲むの?」
「まあね。雅貴と私だけだけど。他の親類は全然だめよ」
「貴志さんもそういえば弱かったわ」
美沙緒と雅貴がはっとしたように顔を見合わせる。
「貴志から、本当に何も聞いてない?」
少し考えて頷く。
「美沙緒」
沈黙を破って、私は口を開いた。美沙緒が体を震わせたのがわかった。
「教えてくれないかしら。何か知っているんでしょう。…貴志のこと」
美沙緒は目を見開いたまま、ただ私を見つめ返す。
数時間にも感じられた沈黙のあと、美沙緒はようやく表情をほどいた。

No.25 10/06/14 09:26
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「わかったわ」
美沙緒はふっと笑う。
「でも、その前に私はあなたに謝らなければいけないの」
私は美沙緒を見つめる。
「私は貴志の妹ではないの」
「どういうこと」
テーブルに置いたグラスがかたり、と硬質な音を出す。
「妹って聞かされて育ってきたわ。今までずっとね」
美沙緒は目を閉じた。
「コーヒーでも飲みましょうか。夜は長いわ」
ずっと立ち上がり、美沙緒はキッチンに向かった。
雅貴と私はどちらともなく顔を見合わせる。きっと私も疲れた顔をしていたのだろう。驚きを隠せないまま、ぽかんとした表情で。
ほどなくして美沙緒が戻ってきた。

No.26 10/06/14 11:32
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聞きたいことはたくさんあった。何でそんなことを?とか、どんな理由で?とか。
「貴志はね。私の両親の子供ではないの。貴志の本当の親はどちらも亡くなったわ。不憫に思った私の両親が貴志を引き取ったの」
室内の空気の密度が増した気がした。
「私も引き取られた子供なの。私と貴志の親、つまり継父母ね。両親って呼ぶけど、両親の本当の子供たちは亡くなったの。そして私たちが引き取られた。亡くなった双子に私たちは似ていたそうよ」
美沙緒はいったん、そこで言葉を切った。

No.27 10/06/14 11:46
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「両親の双子が亡くなったって話したわね」
私は頷く。
「双子は事故で死んだの。風の強い日だったそうよ。双子の女の子の帽子が飛ばされて、それを男の子が拾おうと車道に飛び出した。車が迫っていることにびっくりして女の子がとっさに助けようとしたけれど間に合わなかった。二人は亡くなった。即死だった。車を運転していた人は動転してその夜、飛び降りた」
誰も、身じろぎすらしなかった。
「運転していた男性は、貴志のお父さんなの。そして――」
美沙緒は静かに私の目を見た。
「話して」
私は、知ることにした。雅貴が顔をあげる。
「おい美沙緒。それはお前が言うことじゃないだろ」
たしなめるように言う。いいのよ、と私は言った。
「和葉ちゃんは貴志の腹違いの妹なの。妹はね、あなただったの」
私は笑っていた。

No.28 10/06/14 11:59
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貴志がそのことを知ったのは中学生のときだった。腹違いの妹がいることも、そのときに知った。
貴志は事実を受け止めきれず、私を探すことにしたそうだ。私を探し出して、話したかった。少しでも救われたかったのかもしれない。
そして私たちは出会った。貴志も私も、他人として事実を知らずに惹かれあった。
「残酷だな」
雅貴がぽつんと言う。
「私、なんとなく気づいてたかもしれない」
雅貴と美沙緒がはっとしたように私を見た。

No.29 10/06/14 12:55
liza ( zxWgi )

「付き合っているとね。言葉なんかで語るより、相手をみているほうがよくわかるの」
私は冷め始めたコーヒーを飲む。マンデリンの酸味が舌に残る。微かにオレンジの香りがした。
「そうかもしれないわ」
美沙緒が頷く。
「最初は私を嫌っているのかと思った。でも、あの苦しそうな表情が引っかかっていた。美沙緒から話を聞いて、辻褄が合ったわ」
重く深い闇が私にできていた。その中で溺れながら、私はほっとしていた。
開いた窓から、月が見える。朝と同じ、静かな東京の空。



――続く

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