新規スレ作成

苦い薬の(準)公案

6レス912 Hit

禅の公案を解こうと思っています。SRKWブッダ著『観』にある公案です。
一緒に考えて、SRKWブッダから通過者に送られる認定書をもらいませんか?

1) 苦い薬の(準)公案

『苦い薬があったとき、その苦さも薬効であると考えなければならない。苦ければ苦いほど薬効も高い。』

 ヒント: 人はなぜ薬を飲むのであるか? もし薬が苦くなかったらどうなるか? 味も、匂いも、色も、飲みやすさも良好な薬が良薬に違いないのであろうが、しかしそれではその良薬は良薬とはならない。薬を飲む病人の気持ち(ひいては人というものの気持ち)が分かったとき、苦さが薬効の一つであると考えなければならない根底の理由が見える筈である。もちろん、だからといって苦みを薬に恣意的に加えてしまってはこの公案は公案として成立しない。 この(準)公案を通過したとき、修行者は真の修行者になったと認められる。

17/01/07 11:16(スレ作成日時) [RSS]

  • No: 1自由人0(38♂匿名)スレ主更新時刻17/01/08 13:57

    私がこの公案とどう取り組んだか、少し紹介します。私は、この公案の良薬を、忠言ととらえました。「良薬は口に苦けれども(中略)。忠言は耳に逆らえども…」という中国の諺がもとになっていると思ったからです。そして、自分の修行歴のことも語って、提出しました。結果は、「まったくダメ。0点」という答えが返ってきました。そういう数字は人生でめったに見ない数字のため、ショックでした。

    さて、そして、掲示板へ質問をしたり、努力の結果、二つほどまた答えが浮かんだのですが、どれもあまり自信がないという状況です。

  • No: 2社会人2(匿名)更新時刻17/01/18 18:26

    >> 1

    SRKWブッダの公案は、世間的な禅の公案とは違うようです。

    思いついたものは、添削してもらうのが、良いのではないですか!

  • No: 3自由人0(38♂匿名)スレ主更新時刻17/02/05 15:38

    >> 2

    返信ありがとうございます。SRKWブッダのご著書『観』に書いてあるほかの公案「そろばん名人の公案」に対しても、答えを送ったところ、ゼロ点でした。私は、その採点基準に疑問を覚えたといいますか、だから、あきらめました。

  • No: 4社会人4(匿名)更新時刻17/02/06 08:31

    >> 3

    諦めたらおしまいです。
    必ず通過できます。

    いま送っている回答は、あなたの今までの経験や知識に基づいて作成しているかと思いますが、その延長上にあるかもしれませんし、それを超えたところに回答があるかもしれません。

    例えば、0点だったとき、どうして0点なのか。
    これが、立場が逆だったらどうでしょう。

    私が全く関係ないことですが、例えば「鉄道」について質問し、あなたに正解を求めます。鉄道というと、旅行、乗り物、運賃、座席等余りにも多くのジャンルがあります。私が外観のかっこよさについて回答を求めているときに座席の回答をしたならば0点になります。全く関係ないからです。ここで、あなたの気持ちを慮り50点を付けたら、あなたは思うでしょう。座席に正解の線があると。それでは、正解にはたどり着くことができなくなり、50点をつけたことが却って裏目にでたことになります。

    そのように、0点だとしても理由があり、またそれ以外にも他にも理由がかるかもしれません。

    ただ、少なくともSRKWブッダの公案は、鉄道と違い、何がしかの観点に基づいて出されていることは確かです。そこに至るかどうかです。

    諦めるべきではない。

    と言いつつ、矛盾するようですが、諦めるのも手です。その公案は少し置いておいて、他の公案でもやるかと。

  • No: 5自由人0(38♂匿名)スレ主更新時刻17/02/25 13:02

    返信ありがとうございます。一か月ほど空いてしまいましたが、なかなか、公案はむずかしいです。つまり、その難しさに挑戦してクリアーするだけの価値が、その公案にあるかどうか。自分が全面的に信頼できるお坊さんや先生の教えに出合いたいものです。今は、去年まで習っていて半年くらい中断していた小池龍之介さんから学ぼうかと、また、その他、どの先生の教えを学んでいこうか、試行錯誤していました。暗中模索をしているところです。仏道修行の難しさ、あるお坊さん(川口英俊)が「菩薩や仏も、菩薩行や悟りに入るまでは、苦しみに喘ぎつつ道を求めていた、」と、苦しみについての質問に答えていました。まさに私もそういう状態です。

  • No: 6社会人6(匿名)更新時刻17/02/26 18:04

    >> 5

    私は公案通過しました。ですので、あなたが疑問にお持ちのことについて疑問は持ってません。

    ところで、次のような話しがあります。 

    ある『映画』が類を見ない傑作であったとき、その映画が傑作かどうか。

    Aさんは手が器用で小さいものを造るのに長けていました。
    Bさんはありとあらゆる映画に精通してました。
    Cさんは美的センスにすぐれ、芸術を専攻してました。
    Dさんはカメラのセンスにすぐれてました。
    等々

    ここで、その映画がもしも、小道具がいい加減であったらAさんは、そのことに捕われ映画の本質に気付かないかもしれません。

    ここで、もしも、どこかで見たことのある映画であったならBさんは、映画の本質に気付かないかもしれません。

    Cさんは、Dさんは、等々

    人はそれぞれの尺度によって物を量りますが、それで本当に正しいのか。

    ある人は、尺度を持ちつつも、それらを置いて傑作の映画を鑑賞できるかもしれません。


    ある人は、尺度を持ちつつも、他の人との会話から傑作の映画であることを知ることができるかもしれません。

    ある人は傑作の映画を傑作として鑑賞できないかもしれません。

    それらは、全てその人に依っていることであり、それに尽きることなのです。

レスを投稿する

cookieが無効になっています。有効に変更をしてください。

あなたは、現在ログインしていません。このままでも投稿できますが、いくつかの制限があります。
詳しく見る
スレにレスを投稿します。 は必須項目です。
  • 未登録

  • 画像処理中
  • ※1000文字(改行も1文字に含む)まで入力可能。
  • ※メールアドレスの掲載やアフィリエイトサイトの宣伝など投稿のルールに反する投稿をした場合、一発で投稿停止処分となる場合がありますので、ご注意ください。