マリア樣がアイドルしてる お姉さま、あたしアイドルします!
ごきげんよう
ごきげんよう
さわやかな朝の挨拶が、澄みきった青空にこだまする。
マリア樣のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高居門をくぐり抜けてゆく。
けがれをしらない心身を包むのは、深い色の制服。
私立リリアン女学園。
明治三十四年創立のこの学園は、もとは華族の令嬢のためにつくられたという、伝統あるカトリック系お嬢様学校である。
時代は移り変わり、元号が明治から三回も改まった平成の今日でさえ、十八年通い続ければ温室育ちの純粋培養お嬢様が箱入りで出荷される、という仕組みが未だ残っている貴重な学園である。
しかし、そんな歴史あるリリアン女学園に迫る廃校の危機にお嬢様たちはスクールアイドルとして立ち上がる。
廃校の危機から乙女の園を守れるか。
比較的ふつうな福沢祐巳、スポーツ音痴だけど気が強い島津由乃、天然ほわほわな藤堂志摩子。
この三人を中心に卒業された薔薇さまたちやお姉さま、乃梨子ちゃんたち一年生トリオに写真部の蔦子さんに新聞部の美奈子さまたちも協力してんやわんやなお嬢様スクールアイドルたち。
時系列としては『特別でないただの一日』以前の文化祭前の時期。
ラブライブ!u’S 音ノ木坂学院高校、ライバル A-RISE UTX学園との交流を描きながら学園を廃校から救わんとするリリアン女学園の山百合会。
はたして再びごきげんような日々を彼女たちは送れるのか!?
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廃校。
そのふたつの文字を平均平凡が似合うお嬢様の福沢祐巳は掲示板で見かけ瞳に涙を潤ませ卒倒しかけた。
由乃 「祐巳さん!」
志摩子 「祐巳さん!?」
祐巳 「が、学校がなくなっちゃうの……」
見慣れた天井を見ながら廃校という学校がなくなるかも知れない重い現実が襲いかかるように彼女は意識を失っていった。
マリア様はあたしを、あたしたちを見捨てたのでしょうか……。
親友たちが名を呼ぶ声が遠くなっていた。
目覚めたのは保健室だった。
祐巳 「ん……」
聖 「ゆ〜みちゃん!」
ぎゃう!?とお嬢様らしからぬ叫びをあげながら福沢祐巳は胸を掴まれたことにあがきもがいた。
祐巳 「やめてください聖さま!?ていうかなんでいるんですか、大学は!」
その声と共に保健室の扉が開いて祐巳の姉である小笠原祥子が鬼のような形相であらわれ先輩である聖に目を向けた。
祥子 「聖さま!なにをやってらっしゃるのですか!」
聖 「ま、待って!?私は志摩子や由乃ちゃんに呼ばれたから来ただけで」
祥子 「来ただけでなにをひとの妹の胸を掴んでいるのですか。祐巳もいつまで掴まれているの!」
は、ハイと声をちいさくしながらゆっくり聖さまの手をほどきながら由乃や志摩子に保健室の保科先生に見守られているのに気づく。
ちぇ、と聖は口を尖らせ志摩子はちいさく微笑み由乃はやれやれと頭に手をやった。
祥子 「祐巳も祐巳よ。なぜ気絶してたの?朝御飯は食べたの?」
祐巳 「は、ハイ。食べました」
祥子 「ならなぜ気絶してたの」
一同は思った。
このひとは廃校の貼り紙を見なかったのだろうか。
あり得る。
生粋のお嬢様である小笠原祥子なら見ても気づかないかも知れない。
祐巳はおどおどしながら説明した。
祐巳 「あ、あのですね。学校が廃校になるかも知れないと思ったので」
志摩子と由乃、ついでに聖も頷くが聖は「え」という顔をわずかにした。知らなかったようだ。
祥子 「廃校?なにをバカなことを言ってるの。明治からあるこの学校がなくなるわけないでしょう」
おっほっほ、とお嬢様らしく笑いながら祐巳は思う。
廃校というのは学校がなくなることです。貼り紙だってあったんだからと少しだけ顔を膨らました。
祥子 「廃校ですって?ばかばかしい。あり得ないわ」
放課後、薔薇の館に集まった一同、ちなみになぜか前薔薇さまのなかで聖さまだけがさも当然のようにいながら乃梨子ちゃんが淹れたお茶を飲みながら壁にもたれ聞いていた。
先ほど、掲示板の前で見たはずなのに我が道を行かんばかりの祥子さまの物言い。
いや、ちょっと待てよ。と祐巳の中のお姉さまを知るもうひとりの祐巳がふと答えた。
“廃校という現実から逃避してるのでは?”
それもまたあり得ることだった。
生粋のお嬢様小笠原祥子は誰よりもお嬢様育ち、目の前に現実が現実ではなく彼女が現実と言った存在が現実なのだから。
まあ生粋のリリアンっ子なら祐巳をはじめ由乃さんそして廃校という現実を目の当たりにして表情にわずかに動揺がある令さま。
乃梨子ちゃんにいたっては今年入学したばかりの高校がいきなり廃校という重い現実に口を閉ざしている。
しかしこれに果敢と言う者がひとりいた。猪突猛進全速前進の黄薔薇姉妹の妹、島津由乃である。紅茶を一気に飲み干しテーブルがカップと共に揺れた。
由乃 「廃校なんて許せない!!なんでなのよ」
令 「よ、由乃!?」
由乃 「せっかく身体を手術して体育祭にも出れたのに学校がなくなるなんて許せるわけないでしょう。令ちゃん?」
う、うんと頷くもミスター・リリアンの異名を持つ令さまは幼馴染みであり従姉妹である由乃さんには幼い頃からの付き合いである彼女にはなぜだが逆らえない。
しかし、祥子さまはその由乃さんの叫びさえ聞こえないかのようだ。
乃梨子ちゃんにいたっては表情が堅く廃校の現実による嫌な想像がよぎっているに違いなかった。
廃校、つまりは学校がなくなること。すなわちよその学校に編入試験を受けて編入しなければならないのだ、と思い至り声に出てしまう。
祐巳 「試験?編入試験があるんじゃないの」
志摩子 「廃校が正しければそうなるわね」
志摩子さんの落ち着いた声が“廃校”の二文字がどどーんと現れた看板の下からさらに“編入試験”の四文字が映画会社の宣伝ロゴみたいに現れては消えた。
だが、それにも祥子さまは動じる様子はない。
祥子 「仮に廃校が現実としてあわててどうするの」
あわてますよ、と言いながら廃校という現実にどうすればいいのかあわてる心があった
翌日、紅薔薇の蕾(ロサキネンシス・アンブゥトゥン)の福沢祐巳は朝早いなか家を出た。
そこを弟である祐麒に見つかった。
祐麒 「祐巳、どこへいくんだよ」
祐巳 「UTX学園へ、見学!すぐ学校には行くから」
祐麒 「リリアン女学園が廃校なんて本当かな」
姉が学校とは反対方向の駅へ走るなか同じ顔をした祐麒は頭をかいていた。
朝早い電車は通勤通学の学生でけっこう混んでいた。余裕を持って出たからUTX学園からとんぼ帰りすればリリアン女学園には遅刻しないで登校できそうだ。
秋葉原駅でおりてUTX学園へ向かうと、リリアン女学園の制服の祐巳はそれとなく目立つ。お嬢様学校として都内では名高いからだろう。
UTX学園のモニターに昨日、ネットで偶然見たスクールアイドルのA-RISEが映っていた。
ツバサ 『リーダーの綺羅ツバサ』
英玲奈 『統堂英玲奈』
あんじゅ 『優木あんじゅ』
A-RISE 『UTX学園高校へようこそ!』
モニターにはスクールアイドルとして唄う三人の姿を祐巳は感嘆混じりに見つめていた。
ちいさい頃にアイドルの真似をしたり遊んだ頃の思い出がよぎったような気がした。
ふと見るとモニターの周辺には自分と同じ女子高生や通勤通学の学生、社会人たちも見ているのに気づいた。
そのなかにはモニターに感動したような女子高生がひとりいた。
祐巳 「あ、あなたも見に来たの?」
穂乃果 「そ、そう!?その制服はたしかリリアン女学園じゃないの?ここから登校してるの」
彼女の名前は高坂穂乃果というらしかった。どうやらとんだ勘違いされたらしく説明した。
穂乃果 「ほえ?スクールアイドルを見に来たの。実はあたしの学校が廃校になるからちょっと興味あって」
祐巳 「あ、あのあたしの学校も実は廃校のようになるらしくて……」
ええ〜!?、と穂乃果の声が大きくまわりの目を引いたので慌て口を塞いだ。
静かに、となだめながらもどこか自分に似ていなくもない彼女に共感に似た感情もあった。
穂乃果 「だってリリアン女学園てお嬢様学校でしょう!?」
祐巳 「そうだけどなぜか廃校するという貼り紙があったの!」
その様子を変装した矢澤にこがふんと鼻を鳴らしなか見つめていた。
リリアン女学園に戻った祐巳は遅刻寸前ながらいつものように正門前の道にいるマリア様に手を合わせ祈った。
どうか学校がなくなりませんように、と。
そこへ背後から忍び寄る黒い影と邪な両手が彼女を襲った。
きゃあ〜!、と怪獣のような声がマリア様の前に響いた。当然、こんなことをするのは。
祐巳 「聖さま!?なにやってるんですか」
聖 「いや、大学の講義がまだ始まらないから退屈してたから」
退屈してたらあなたはひとの胸を触るんですか、と思った祐巳の前に邪な聖さまを退治する救世主が彼女にげんこつを与えた。
ごちん、と神聖なマリア様の前に似つかわしくない鈍い音とそこに現れたのは加藤景さんだった。
景 「なにやってるの佐藤さん。大学の方にいないと思ったらこんなところまでいて。しかも後輩に迷惑をかけるなんて悪い先輩ね」
祐巳 「加藤さん」
聖 「お〜、いたっ。なにも叩くことないでしょう。加藤さん」
彼女の名前は加藤景。聖さまの同級生だが、佐藤聖に加藤景と互いに名前が似ていることから知り合いお友だちになったらしくなんだかんだうまくやっているらしい。
そこへ本鈴の鐘の音がなり景さんは祐巳を促した。
景 「ほら、祐巳ちゃん。遅刻しちゃうから早く」
祐巳 「ありがとうございます。失礼します」
校舎に向かう祐巳を見ながら景さんは聖さまに向かい言う。
景 「まったく後輩に手を出すなんてあなた本当に薔薇さまとか言われて憧れられてたの」
聖 「失礼ね。これでもちゃんと山百合会に在籍してました。それよりなに」
景 「この前の講義のコピーを取ってあげたんだからそっちも講義ノート貸す約束でしょう」
そうだった、と鞄からノートを出しながら叩くことないのにと呟く聖さまに彼女はマリア様を見て昨日のことをあらためて聞いた。
景 「この学校がなくなるて貼り紙あったけど本当なの?入学したばかりなんだけど」
聖 「どうかな。後輩にも本気にしてない世間ずれしたのがひとりいたけど」
聖さまの言い方はどこか他人事のようでまあった。
その頃、祐巳は教室に走ってきて運よく担任が反対側から来るのが見え教室に入り席について遅刻はなんとかまぬがれた。由乃さんが間に合ったことに笑みを見せていた。
ホームルーム、一時間目が終わりようやく祐巳ははあ、と一息つけたところへ由乃さんカメラを構えた蔦子さん新聞部の真美さんが揃ってやってきた。
蔦子 「遅刻寸前のロサキネンシス・アンブゥトゥンの一枚を撮影したわよ」
祐巳 「や、やめてよ蔦子さん。勘弁して」
真美 「まあ、それは蔦子さんとの話し合いでリリアンかわら版に使うか別として」
真美さんの言葉を由乃さんが引き継ぐように言う。
由乃 「どうして遅刻しそうだったの」
祐巳 「ちょっとUTX学園へ見学してたの。いまスクールアイドルて流行ってるんでしょう」
真美 「A-RISEにmidnight-Catsとかかな」
そうそう、とうなずく祐巳。真美さんは新聞部だけあって情報通らしかった。
蔦子さんが昨日の掲示板についてちいさく言う。
蔦子 「この学校が廃校になるて本当かしらね」
祐巳 「お姉さまも本気にしてなかったし」
祥子さまに限らず高等部の生徒の大半は本気にしてないようらしくいつもの教室の雰囲気であった。
由乃 「令ちゃんなんか家に帰っても食欲落ちてたのに」
由乃さんの言うことはわかる。令さまはああ見えて意外と小心者なところがある。
しかし祥子さまは廃校についてなにも思うところがないのかと思ったが、放課後に昨日の今日にいたり事態がようやく理解されたことがわかったのだ。
祥子 「祐巳、この学校がなくなるて本当なの!?」
ビスケット扉を叩き割れんばかりな勢いで現れた祥子さまに祐巳は口にしてた紅茶を吹き出しかけむせていた。
コホコホ!!
祐巳 「き、昨日そう言いましたよね。なにをいまさら」
祥子 「いまさらもなにもないでしょう!?ここがなくなったら祐巳と一緒にいられないじゃないの」
乃梨子 「祥子さまお茶を飲んで落ち着いてください」
そっと乃梨子ちゃんがお茶を出してくれたことで場が一応は落ち着く。
志摩子さんにいたっては廃校という危機があるにも関わらずいつもとかわりないのがなんとなくすごいと思えてしまう自分がいた。
祥子 「文化祭前でしょう。どうしたら、いえ私はどの学校でもいけるけど祐巳は」
祐巳 「私だって勉強さえすればいつもよりは成績いいですよ」
いくら平均的な成績でもやればできるのだ。
できるのだ、と思うのはただの自信なだけで実際に編入試験を受けたらわからない不安もある。
祥子さまたちは祐巳が鞄から出していたパンフレットに目をやり言う。
祥子 「これはUTX学園とかいう学校のパンフレット。まさかあなたもう編入試験を受けるつもり?」
祐巳 「い、いえそれは最後のことです。実は今朝方にUTX学園を少しだけ見学したんです」
それを聞いて志摩子さんは「祐巳さんまじめね」とほんわりとやわらかく言われちょっと照れた。見学といっても外から見ただけなんて言えないけど。
そこへ乃梨子ちゃんがパンフレットを開いて言う。
乃梨子 「たしかスクールアイドルのA-RISEがいて有名なんですよね」
ええ、と祐巳がうなずくが祥子さまと志摩子さんの反応はやや違った。
祥子 「あらいず?」
志摩子 「すくーるあいどるてなに?」
ふたりの発音ははじめて耳にしたひとのようにカタカナ英語のようであり表情に戸惑いがあったのがなんとなく伝わった。
目を白黒させた祥子さまは疑問があるかのように聞いた。
祥子 「あなたこれでどうするの?」
祐巳 「それはいまは内緒です。由乃さんと令さまには部活が終わってからこちらに来るような伝えてますのでその時にお伝えします」
言いながら祐巳は内心、胸の動悸が激しく鳴っていた。手にしたカップはわずかに震えていたかもしれなかった。
しばらくして由乃さんと令さまが日が落ちた頃にようやく薔薇の館に顔を出した。
おつかれさまです、とねぎらいながら祐巳はお茶を出した。祐巳の意図がわからない五人はそれぞれ戸惑いながらも彼女を見つめているようだった。それを祥子さまは急かすようでもあった。
祥子 「さあ令たちが来たわよ。祐巳あなたはなにをするつもり」
令 「落ち着きなよ祥子。私たち来たばかりなのに」
由乃 「祐巳さんがなにか廃校を阻止できる案があるの?」
志摩子 「そのようだけど」
志摩子さんは相変わらずのほほんとしている。優雅すぎるのでは、と乃梨子でさえ思った。
こほん、と祐巳は軽く咳払いした。そして口に出した。
祐巳 「わたし福沢祐巳は廃校阻止のためにスクールアイドルをしたいと思います!」
一瞬、場がシーンと静寂に包まれた。音が存在しないかのように。
令 「す」
由乃 「くーる」
祥子 「あい」
志摩子 「どる?」
乃梨子 「ですか……」
祐巳の思わぬ発表に薔薇の館もまわりも無音の刻が数瞬過ぎていた。
このなかで真っ先に正気に戻ったのは由乃さんだった。
由乃 「祐巳さんっ!」
祐巳 「は、はい」
由乃 「いいよ!それいいよ!あたし協力するわ!」
由乃さんの猫みたいな瞳が目の前のめざしを求めるように輝いていた。というか自分をめざしに喩えてどうするのだ、と祐巳は心で思った。
だけど、三年生である令さまと祥子さまの反応は冷ややかでもあった。
令 「あのね、スクールアイドルといえどもアイドル。祐巳ちゃんはともかく運動オンチの由乃にできるの」
祥子 「祐巳も祐巳よ。いくら廃校阻止でもスクールアイドルなんて荒唐無稽だわ」
祐巳がたじたじになるなか由乃さんは令さまに文句を言い掴みかからんばかりだ。
由乃 「できるもん!由乃だってこう見えて入退院を繰り返しながらアイドルを見て憧れてたもん!」
うそ〜、と思わぬ声を出したのは乃梨子ちゃんだった。そんななか志摩子さんだけはカップに口をつけてマイペースだったのが妙に場から浮いていた。
だけど令さまも負けてはいられない。スクールアイドルをするにしてもあれやこれややらねばならないことを列挙した。
令 「アイドルをやるにしても作詞作曲はもちろん振り付けや衣装はどうするの!祐巳ちゃんや由乃にできるの」
由乃 「令ちゃんが衣装つくってよ!」
ムキになりながらいつもの令さま頼みをぬけぬけとする由乃さん。
わがままを通そうとする性格はどこかの誰かさんに似てなくもないが言わぬが花である。
令 「なんであたしがするのよ!由乃と祐巳ちゃんだけでアイドルすればいいでしょう」
うう、とさすがの由乃さんの令さまの言い返すことに反論できない。
祥子さまは口には出さないが頷いてはいた。自分に火の粉は寄らないようになにかバリヤーでも張っているくらいに見えた。
しかし、乃梨子ちゃんは言う。
乃梨子 「スクールアイドルは最近流行ってますよ。中学時代の友だちも高校に行ってからアイドルしたがったり応援したり」
そうなの、とようやく志摩子さんは話に加わるようだった。
アイドル?、と志摩子さんは呟くようにした口したが彼女の口からとても平成っ娘な世代とは思えない歌手の名前が飛び出した。
志摩子 「美空ひばりかしらね」
思わずこれには一同がまだ秋というのに真冬のように凍りついて固まった。
しかし、そこは乃梨子ちゃんがフォローしたはずだがまたも出てきたはずの歌手の名詞は古かった。
乃梨子 「それを言うならザ・ピーナッツですよ」
おいおいふたりして古すぎと祐巳は吹き出すのとあまりのギャップに口許を堪えた。
白薔薇姉妹のアイドルの名前談義は続く。
志摩子 「山口百恵はどうしているかしらね。テレビでかれこれ見なくなって何年かしら」
ちなみに引退した年でも私たちは生まれてないという突っ込みを祐巳はしたかったがやめた。
乃梨子ちゃんは言う。
乃梨子 「松田聖子さんに松本伊代さんたちはなんだかんだで現役ですよ」
ちょっとふたりの時代感は進んだがそれでもなぜか古いと感じる自分が祐巳の中にあった。
いやいやまだピチピチのリリアンっ子と内心呟きながらその表現も古いなと思っていたら由乃さんが負けじとアイドルの名前を出した。
由乃 「モーニング娘。でしょう!いまはほぼメンバーが変わっちゃったけど。あとは松浦亜弥に庄司の奥さんになったミキティこと藤本美貴、つんく♂プロデュースのBerrez工房!」
おお、ちょっとずつそして躍進的に話題を押す自称アイドル好きの由乃さん。というかどれだけテレビを見てるのと突っ込みたくなるがガマンだ。
令 「由乃は黙っていたらももち、嗣永桃子なみに通じるのにね」
由乃 「どういう意味よ」
黄薔薇姉妹はぼかすかと叩きあう。正しくは由乃さんが令さまを一方的に叩くのだが。
祥子さまがそこは軌道修正するかと思えばちがった。
祥子 「アイドルと言えば北島三郎よね」
一同が完全にフリーズする一言を優雅にカップを傾けする生粋のお嬢様小笠原祥子。
祥子さまの趣味か興味かわからないが恐ろしく不安をちいさな胸が襲うなかさらに軌道修正を図る必要があった。
こほん、と咳払いした。
祐巳 「とにかくスクールアイドルを私、そして由乃さんとします」
後になってとんでもない宣言したというのを実感するのだった。
翌朝、祐巳がマリア様の前で掌を合わし祈り終わり教室に向かうと蔦子さんに新聞部の真美さんさらには美奈子さまそして祐巳のファンと思われる生徒たちが教室の前で一斉に囲んだことに驚いた。
美奈子 「ロサキネンシス・アンブゥトゥン、廃校阻止のためにスクールアイドルをするというのは本当ですか!?」
真美 「どうなの祐巳さん」
蔦子 「ついにわが校にもスクールアイドルが生まれるのね」
生徒 「祐巳さまっ」
ええっ、なんで知ってるの!?と思うなか先に教室に来ていた由乃さんが祐巳に救いの手を差し伸べ教室に入れた。
だが、美奈子さまたちの追及は止まない。
祐巳 「な、なんで知ってるの」
由乃 「どうやら昨日のこと、聖さまが扉の向こうにいたらしくそこから漏れたらしいの」
うかつだった。
とはいえ聖さまがビスケット扉の向こう側にいるとは誰もが思わない。とりあえず祐巳は場を落ち着かせることにした。
祐巳 「す、スクールアイドルのことはこれから活動やその他については検討しますのでまた発表いたします」
美奈子 「でもやるんですよね?」
これからです、とだけ食いつく美奈子さまをじっと見返した。あまりこんな手は祐巳らしくないが新聞部や写真部に追いかけられるとスクールアイドルどころではない。
そしてそれは一年生のなかで唯一、山百合会に属しているロサギガンティア・アンブゥトゥンの二条乃梨子も同様だった。教室に入るや否やクラスメートたちに囲まれたのはおなじだった。
生徒 「乃梨子さん、スクールアイドルするのは本当なの」
ええっ、と驚いたのもおなじ。また聖さまから情報が漏れたらしいのも聞いたのもまんま祐巳とおなじだった。
乃梨子 「スクールアイドルをするのは祐巳さまと由乃さまだけらしいから。あたしは……」
瞳子 「あら?乃梨子さんはやらないのかしら」
口を挟んだのは髪を特徴的に巻いたドリル、ではなくツンとした瞳子だった。
志摩子さんがいまのところスクールアイドルについてやるやらないはわからないので乃梨子もおなじような態度であった。
乃梨子 「ええ、しないわ」
たぶん、と言いそうになったのを喉元まで我慢した。
とりあえずは祐巳さまたちしだいであるように思えた。
その頃、別のクラスにいたロサギガンティアこと藤堂志摩子はアイドルについて思いを巡らしていた。いや物思いに耽っていたというべきか。
アイドル、アイドル…、アイドル……。
志摩子の頭のなかに美空ひばりや小林幸子、天童よしみ、石川さゆりなどが巡っていた。
同じクラスにいる名字がいまだはっきりしない桂さんが心配そうに見ていた。
桂 「志摩子さんの様子がおかしい」
祐巳よりふつうでもなく由乃より暴れん坊将軍ではないが、ある意味変わり者なのは薔薇さまたる所以だろうか。
志摩子 「なにがおかしいの桂さん?」
聞こえないはずの心の声をとらえた志摩子さんはやはりただ者ではないと思いながらマリア様のような微笑みには癒されながらもいまの心のなかの声は聞き逃してないからと無言の圧力が教室内にあった。
桂 「あ、あの祐巳さんたちと廃校阻止のためにアイドルするの」
さあ、とそこはいつものように澄ました表情のロサ・ギガンティアの志摩子にちょっとむっとするがお嬢様学校であるリリアン女子生徒。
志摩子の頭のなかにあったのは小林幸子が年末、紅白歌合戦で披露していた巨大な衣装が頭のなかを覆っていたが桂さんたちにわかるわけもなかった。
ひとつ思えば体育祭の時に綱引きではその競技名のごとく皆を引っ張りあげくには借り物競争に自ら挙手し立候補した志摩子さんだ。
祐巳さんや由乃さんはともかく志摩子さんはいまの令さまや祥子さまにならぶ現役の薔薇さま。
どこか存在感がちがうのかもしれない。
桂は思った。
廃校阻止のために祐巳さんたちがアイドルをするとなればその手伝いくらいはしていいかな、と平凡的に思った。
志摩子 「アイドル……」
小林幸子のような衣装を誰がつくるのかしら、と志摩子が想像していたのをもし知る者がいたらマリア様しかいないだろう。
まだまだリリアン女学園の薔薇さまおよびブゥトン(つぼみ)たちがアイドル活動をするには先が長そうであった。
しかし黄薔薇のつぼみの島津由乃という暴れん坊将軍がいることを桂は失念していた。
島津由乃は放課後、令と共に剣道部に参加していた。とはいえまだまだ剣道部では新人かつ未熟。指導する令とは大違いである。
雑巾がけをする由乃に話しかけたのは因縁の相手、田沼ちさとであった。
ちさと 「由乃さん、聞いたけどスクールアイドルを祐巳さんとするつもりかしら」
由乃 「ええ、するつもりよ」
雑巾を持つ手を震わせながらいかにも宣戦布告なちさとの態度は相変わらずだ。むかしは令ちゃんとのことで一緒に泣いた過去はどこかへ行ったらしい。
宣戦布告な態度かと思えばちさとは由乃のそばにちょこんと座りささやくように言う。
ちさと 「学校が廃校になるて本当なの?」
由乃 「知らないわよ。祐巳さんはそう思ってるみたいだし」
ちさと 「スクールアイドルしたら令さまも加わるの?」
由乃 「令ちゃんにはとりあえず衣装作りをしてもらうつもり」
なんだ、と田沼ちさとは少しだけあきれた顔だ。どうやら令ちゃんの様子を聞きたかったのがうかがいしれた。
山百合会の実像と虚像を知る者は本人たちを含めてもわずかしかいない。薔薇さまもある意味においてはアイドルかもしれない。そう思っていると、令からふたりとも稽古をしなさいと声がかかる。
ふたりそろって返事をしながら腕立て伏せをしていた。
由乃は思う。
体力は人並み程度にはついてきたけど運動オンチは変わらない。これはなんとかせねば、と家に帰ってから令ちゃんを懐柔させる方法を頭のなかで考えていた。
当の令ちゃんは由乃がそんなことを考えているのを知らないくらい鈍感に部員たちを指導していた。
由乃 「アイドルか……」
山百合会がスクールアイドルをしたらどうなるのか、ちさとは他の生徒よりはいくぶん好奇心があった。
その頃、祐巳は薔薇の館で山百合会の書類を祥子、志摩子、乃梨子と共にしながらもスクールアイドルのことが気がかりだった。それゆえか手元がおろそかになっていたのを祥子さまに指摘された。
祥子 「祐巳」
祐巳 「は、はい」
祥子 「書類に誤字が目立つわよ。スクールアイドルかなにか知らないけど気を引き締めなさい」
祥子さまにとがめられちょっと祐巳は落ち込んだ。そんな祐巳に志摩子はにこりと笑みをした。
乃梨子はその様子にスクールアイドルか、と呟いた。
乃梨子は放課後、音ノ木坂に寄ってみて神田明神にお賽銭をして掌を合わした。
なにを祈ったかはわからない。
そろそろかつての同級生と会う時間だった。実は昨夜、中学の卒業名簿を見て連絡し出会う約束したのだ。
駅で降りた際に通りかかった公園だったが、その時はまだいなかったので神田明神に寄ったのだ。再び行くと音ノ木坂の制服を着た生徒ふたりが久しぶりの再会に手を振っていた。
凛 「乃梨子ちゃん!乃梨子ちゃんちゃんにゃあ」
花陽 「凛ちゃん目立つよ!はずかしい」
うふふ、と乃梨子はいつもの生真面目な表情から一変頬をゆるませた。
乃梨子 「久しぶりね。花陽ちゃんに凛ちゃん」
凛 「ほ、ほんとにあのリリアン女学園に通ってるにゃあ」
花陽 「お、お嬢様学校だよね」
それより聞きたいことがあり相談したいことがあると用件を早めに切り出した。
乃梨子 「花陽はアイドルのこと詳しかったよね」
花陽 「ええ!アイドルのことなら美空ひばりや石原裕次郎からももちまで!!果てはアキバの地下アイドルまで!」
相変わらず生きたアイドルの字引みたいに興奮しながら語る友達にわずかに引いたが顔には出さない配慮はあった。
しかし次の凛の言葉には思いっきり引いたのだった。
凛 「実はりんたちの学校は廃校になるにゃあよ!」
ええ〜!?、とゆるんだ頬以上に顔が驚きに包まれた。リリアン女学園だけでなく音ノ木坂学院まで廃校になるのだっいう。
乃梨子 「そ、それでな、なにか動きはあったの?」
花陽 「そ、それが二年生の先輩たちがスクールアイドル活動するらしいの!」
祐巳さまと同じ発想をするひとが他にいたことに別な驚きはあった。
乃梨子 「実はあたしの学校も廃校になるらしく先輩がスクールアイドルするとかしないとか動きがあるらしいの」
彼女の説明にふたりは驚いた。
凛 「リリアン女学園でもスクールアイドルにゃあ」
花陽 「す、すごいです。お嬢様学校でスクールアイドルだなんて」ピャアア〜!!
乃梨子 「だけど先輩たちがアイドルに詳しいとは思えないのでなにかアドバイスあったらなにかない?」
ないこともないけど、と花陽はもじもじとしていた。内気な性格はいまも変わらないようだ。
乃梨子が花陽からスクールアイドルの情報や事情を聞いている頃、血気盛んなのがもうひとりいた。島津由乃である。
由乃 「令ちゃん遅い」
令 「お待たせ由乃。これ今日のお菓子のチーズケーキ」
わ〜い、と喜ぶ由乃だがすぐに気を取り直して言う。
由乃 「令ちゃんスクールアイドルに協力しなさいよ」
令 「池波正太郎や時代小説にハマるのはわかるけど。これで勘弁してよ」
令が出したのはミニ四駆のサイクロ○マグ○ムだった。青い車体に由乃は見とれた。
由乃 「いっけぇ〜!サイク○ンマ○ナム、てなにやらせるのよ!」
従姉妹でもありグランスールである令に容赦がない。
令にしたら祥子や志摩子への立場もあるが、由乃はいつものように察することをしない。
が、由乃の方が上手なのだ。
由乃 「で、でもあたしや祐巳さんが令ちゃんがデザインした衣装を着て歌って踊るんだよ」
思わず令は夢想しないでもない。
可愛い由乃が自分がデザインした衣装を着てさらに可愛いくなる。
令 「で、でもダメ!あたしにも立場あるんだから」
めずらしくなかなかヘタ令にならない頑固さがあることに由乃は胸にあるロザリオを手に取る。
由乃 「じゃあこれを令ちゃんに返すね」
令 「そ、それは……や、やめて……」
かの『黄薔薇革命』の再現であった。そこへ島津家をたずねる者がひとりいた。インターホンが鳴り由乃は「ちょっと待ってて」と下りてゆく。
玄関にいたのは祐巳だった。
祐巳 「ごきげんよう由乃さん。ん?なんでロザリオを持ってるの」
由乃 「あはは。令ちゃんに言うことを聞いてもらおうと思って」
祐巳は思う。
令さまはサーヴァントではなくふつうの人間なんだからあまり振り回すと気の毒だよ。
由乃に誘われるまま二階に上がり多数決でスクールアイドルをすることを内々で決まった。
由乃 「山百合会でスクールアイドルをすることに賛成なひと」ハイ✋
祐巳 「」……ハイ✋
令 「なにこれ」
由乃 「ということで衣装担当もついでに令ちゃんに決定ね」
令 「ええ〜!?」
内々に決められたが衣装はとりあえず令に決定したが、まだ作詞や作曲はまだ決めてないのに気づいてなかった。
祐巳 「でも作詞や作曲はどうするの」
由乃や令はえっ、というような表情になった。
由乃 「祐巳さんがしたらタヌキ踊りになるし」
祐巳 「むっ。由乃さんがしたらマジシャンにしかならないし」
令 「どちらも同感」
由乃はともかく祐巳にまでツッコミを受ける令さまだった。
令 「いたい」
祐巳 「ついツッコミをしてしまった」
由乃 「いつも祥子さまや瞳子ちゃんたちに突っ込まれているから」
苦笑する祐巳だったが、作詞や作曲についてはまた考えなくてはならない。とりあえず衣装はここにいない志摩子さんの分まで勝手にデザインする令さまだった。
由乃さん容赦ない。
翌日の朝方、薔薇の館に祐巳が寄ると祥子さまが彼女を待っていた。
祥子 「祐巳ごきげんよう。さっそくだけど廃校を阻止する方法があるわ!」
その言葉に祐巳は心から驚いて聞き返したが、すぐに却下することになる。
祥子 「我が小笠原グループがリリアン女学園に出資をさらにすれば学園は安泰よ」オッホッホ
祐巳 「お金を出資しても生徒が来なければ意味ありませんよ!」
あなたは『白鳥麗子でございます!』ですか、と口が“し”の形をした瞬間に無理矢理止めた。
祥子さまはキョトンとして聞き返した。
祥子 「なにがいけないの祐巳」
祐巳 「なにごともお金で解決できないくらいわかるはずです」
祥子 「せっかくいい案と思ったのに」
不満げに呟く祥子さまはお茶を淹れふて腐れてしまった。ドラゴンボールの18号さんみたいな発想であることに素直に引いた。
祐巳 「とにかくスクールアイドルはいまのところあたしと由乃さんでします!」
その声を聞いたのがまたしても前白薔薇さまの聖さまである。その聖さまに遭遇したのは現白薔薇姉妹の志摩子と乃梨子が扉の前で会ってしまった。
聖 「いいことを聞いた」
志摩子 「なにがですお姉さま?」
乃梨子 「大学生はひまなんですか。このひと」
サラリとひどいことを言う乃梨子の胸を掴んで足早に階段を降りていく聖さまだった。
乃梨子 「し、志摩子さん。なんで止めないの」
志摩子 「お姉さまが楽しそうだったから」
この姉にしてこの妹。白薔薇姉妹はおやじくさい、と嘆いていた。
ビスケット扉を開けると挨拶もそこそこに志摩子はスクールアイドルに同意した。
志摩子 「祐巳さん、私もスクールアイドルをしてみたいけどいいかしら」
これには祥子乃梨子ちゃん共に驚いた。が、祐巳はやったと言わんばかりに喜んだ。
祐巳 「ほ、本当!?志摩子さん」
志摩子 「ええ」
これでスクールアイドルは由乃さんを含め三人になった。
え?令さまは衣装担当だから。
そこ令さまたち黄薔薇姉妹もやってきて祐巳の言葉を聞いて喜ぶ。
由乃 「よし!これでスクールアイドルできるわ。令ちゃんが衣装をつくるし」
祥子 「なんですって!?どういうことなの」
令 「い、いや由乃に押されてつい……」
由乃さんと祥子さまの正と負のオーラが薔薇の館に渦巻くなか志摩子さんは皆にお茶を入れ乃梨子ちゃんも手伝う。
なぜか乃梨子ちゃんはさっきからそわそわして落ち着かないようにも見えた。
どうしたのだろう。
しかし再びビスケット扉が開かれ現れたのは瞳子ちゃんに可南子ちゃんのコンビだった。
瞳子 「祐巳さま」
可南子 「祐巳さま聞きましたけどスクールアイドルをなさるのですか」
ええ、とふたりに詰め寄られ祐巳はたじたじになった。
誰から聞いたの、と聞くとまたしても聖さまだった。窓から大学校舎に向かう聖さまらしい姿が見えた。
聖さま!
瞳子 「昨日から乃梨子さんの様子もおかしかったですし」
可南子 「安心してください。瞳子さんが応援しなくてもこの細川可南子は応援いたします!」
可南子ちゃんの猛アタックにせの低い祐巳はたじたじとなる。
笑ってごまかすのが精一杯だ。
由乃さんと祥子さま、ほぼこのふたりを境にスクールアイドル賛成派と反対派が分かれるようだった。
こわい。
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