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俺のいきざま(50)8483 Hit

昭和17年4月3日


戦時中の疎開先で、俺は生まれた。



そして…


平成26年3月19日…


俺の人生の幕は降りた。






このお話は、両親や祖母、親戚から聞いた出来事を元に娘側から文章にして行きます。


曖昧な部分や、途中の記憶が無かったりするので、思い出しながら、言葉を足しながら綴って行けたらと思っています。


実話ですが、私の生まれる前の事もあるので多少の矛盾が出て来る事もあると思いますが、御了承願います。



かなり、ゆっくりの更新になると思いますが完結に向けて頑張りますので、宜しくお願いします。



16/01/11 20:31 追記
ё迷の小部屋ёです

http://mikle.jp/thread/2200885/

感想等いただけると嬉しいです(о´∀`о)ノ

お気軽にお立ち寄り下さい(^^)

16/01/04 23:05(スレ作成日時) [RSS]

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  • No: 30迷(FQCEh)スレ主更新時刻16/02/12 14:47

    清坊の家の離れに着いた。


    「昶さん、ちょっと待っててな」


    小声で言う清坊に頷き、離れの部屋に入りあぐらをかいて座った。


    見回して見ると、昔とは随分様変わりしていた。


    部屋の奥にはドラムまである!


    あいつんちは昔から裕福だからな、なんて思っていたら清坊が布団を抱えて入って来た。


    「これ使ってよ、俺んちは結構友達が来るから怪しまれないよ、この部屋ならバレないし飯は俺が適当に運んで来るから、しばらくここに居れば良いんじゃねーの?」


    「有り難い話だけど、いくらなんでも俺の実家と近すぎるだろ、歩いて10分もかからないんだぜ」


    俺の実家は清坊の家より駅には遠いが、知り合いが多すぎるのだ。


    「だよな…とりあえず酒とつまみ持って来たから少し飲もうよ」


    「ありがとうな、おまえドラムやってんの?」


    清坊はドラムの方を向き、情けない顔をしながら話始めた。


    「欲しくて親に買って貰ったんだけどさ、最初は何人かでグループ組んで練習してたんだけど、みんな学校や仕事の付き合いやらで自然と集まらなくなってさ…俺もやめちゃったよ」


    「そうか…」


    俺は数分黙って考えてから清坊に言った。


    「ドラムまた練習しとけよ!俺、ギターやりたいんだよ、金貯めてギター買うから一緒にやろうぜ!」


    「本当に?」


    清坊は嬉しそうに目を輝かせた。


    「ああ、いつとは約束出来ねーけど、とりあえず短期で手間賃が良い仕事探すからさ」


    俺は、少し興奮していた。

  • No: 31迷(FQCEh)スレ主更新時刻16/02/12 15:15

    翌日の朝になり、清坊が握り飯とコッペパンを持って入って来た。


    「これ朝飯な、昼はパンで我慢してな、俺3時過ぎには帰って来るからそれまで、ここに居てな」


    「充分だよ、それじゃ、ゆっくりさせて貰うよ」


    「明るい内に出るとヤバいから暗くなってからの方が良いよ」


    「気使わせてすまないな」


    「良いんだって!幼馴染みだろ」


    お互い照れ臭くなりそっぽを向く。


    「それじゃ、行って来るわ」


    「おう!気をつけてな」


    清坊は稼業の床屋を継ぐために、理容師の学校に通っていた。


    先々、清坊は一人前の理容師となり40年近く、俺の髪をカットする事となる。


    ひとりになった俺は、再び寝転んで仕事や住むところをどうしようかと考えていた。


    昼になり、容易してくれたコッペパン3つを平らげ、いつの間にか眠ってしまった。


    「昶さん!」


    清坊の声で目が覚めた。


    「わりー、寝ちまったよ」


    「そんなの構わないけど、ちょっと良い話を貰ったんだ、昶さんが良ければ行ってみないかと思ってよ」


    「どんな話だ?」


    俺は起き上がり、聞く態勢をとった。

  • No: 32迷(FQCEh)スレ主更新時刻16/02/13 10:25

    「俺の学校の友達で、隣街で親が床屋をやってる奴が居るんだ、まあ俺んちと同じ感じなんだけどな」


    「うん、それで?」


    「女の従業員で、出産する人が居てさ、復帰するまで手伝ってくれないかって言ってるんだよ」


    「俺、何も出来ねーけど良いのかよ?」


    清坊は身を乗り出して、話の続きをして来た。


    「大丈夫!昶さんの事情は粗方話してあるし、掃除や雑用になるけど住み込みで数ヵ月来て欲しいって」


    俺の顔色を伺いながら、清坊は返事を待ってくれた。


    「素性を明かさなくて良いのかよ」


    「それは、大丈夫だと思うよ、この辺に知り合いも居ないだろうし、下の名前だけ解れば良いってよ」


    「そっか、行ってみようかな」


    「本当に?今夜そいつと会う約束してるから、昶さんも一緒に行こうぜ」


    清坊の気遣いが、とても嬉しかった。


    「ありがとうな、おまえと偶然街で会えて助かったよ」


    清坊は嬉しそうに笑った。


    「あそこなら俺も遊びに行けるし、休みの日は夜にでもここに来いよ、コソコソするのは嫌かもしれねーけど」


    「もう慣れたよ」


    俺は笑ながら答えた。


    「そっか、お茶持って来るから、陽が落ちるのを待って出ようぜ」


    「解ったよ」


    この日も昔話等を沢山して、夜になってから清坊の家を後にした。

  • No: 33迷(FQCEh)スレ主更新時刻16/02/13 19:48

    清坊の友達の家へと向かう。


    隣の駅だったが、確かに俺の実家とは無縁だった。


    「はじめまして、清司君の同級生の森田正和です」


    清坊の名前は【清司(せいじ)】と言うのだ。


    「はじめまして、俺は…」


    言葉に詰まった俺の様子を察してくれたようだ。


    「下の名前だけで良いですよ、何なら偽名でも良いし」


    いくらなんでも偽名では申し訳ないから、平仮名で【あきら】と紙に書いた。


    「あきらさんですね、今親父を呼んで来るから待ってて」


    森田正和が親父さんを呼びに行っている時、ちょっと不安になり清坊に話しかけた。


    「おい、これで良いのか?」


    「大丈夫だって!まさやんは、あれこれ詮索するやつじゃねーから」


    数分後、親父さんが現れた。


    「やあ、うちで良かったら数ヶ月手伝って貰えないかな?」


    優しそうな親父さんで安心した。


    「はい、何をすれば良いですか?」


    「殆どが雑用になるんだよ、お客さんの会話や床に落ちた髪の毛の掃除、カミソリをあてる前の蒸しおしぼりの用意なんかで、後は仕事している内に覚えられるよ」


    親父さんは、お茶を一口飲み、話を続けた。


    「住み込みで、飯と風呂付きで、月3000円でどうだろう?仕事振りを見てからまた考えるよ」


    ラーメンが30円、納豆が5円で食える時代だったから悪い話ではない。


    短期だから保証人もいらないと言うのだ。


    やるしかない!


    「よろしくお願いします!」


    俺は頭を下げた。


  • No: 34迷(FQCEh)スレ主更新時刻16/03/01 22:02

    森田正和の親父さんは、ホッとしたような顔になった。


    「いやー良かったよ、募集しているんだけど、なかなか条件にあった人がいなくてね」


    「こちらこそ助かります、ありがとうございます」


    俺は再び頭を下げた。


    「今夜から泊まってくれて構わないよ、部屋等は息子に聞いてくれな」


    親父さんは、話ながら出て行った。


    「昶さん、良かったな!」


    清坊がニコニコしながら喜んでくれた。


    「あきらさん、部屋に案内するよ、俺の事は名前で呼んでくれても良いよ」


    「それじゃ、まさやんで」


    俺達は、握手をしながら笑った。


    「部屋は、ここなんだよ、狭くて悪いんだけど…」


    陽当たりの良さそうな四畳半だった。


    「とんでもない!こんな俺に1部屋貸してくれるなんて有り難いですよ」


    部屋の次は、御手洗いや風呂場を案内して貰った。


    「ところで、清司とあきらさんは晩飯食った?」


    「まだなんだよ、腹へったな」


    清坊が正直に答えた。


    「近くに美味いラーメン屋があるんだけど、どう?」


    「昶さん、どうする?」


    「もちろん行くよ」


    男同士の話は早い。


    3人で数分歩いてラーメン屋に入った。


    「親父が、御馳走してやれって金くれたから好きなの頼んでよ」


    まさやんは、話ながらビールを頼んだ。


    おっ!酒飲むんだな。


    「俺達もビール頼んで良いですか?」


    「もちろん!同い年なんだから、敬語いらないよ」


    「ありがとう」


    3人で、軽く飲んでから、さっぱりとした醤油ラーメンを食った。


    「それじゃ、昶さんまたなーまさやん明日学校でな」


    店を出たところで、清坊は帰って行った。


  • No: 35迷(FQCEh)スレ主更新時刻16/03/08 11:07

    まさやんと俺は、清坊を見送り部屋に帰った。


    「あきらさん、風呂入ってよ」


    まさやんが、進めてくれた。


    「まさやん、先に入ってくれよ」


    「俺は、夕方入ったから大丈夫だよ、最後の残り湯で悪いんだけど…」


    「いやいや、風呂に浸かれるだけで有り難いよ」


    「そう言って貰えると助かるよ、俺は先に寝るから風呂出たらあきらさんも休んでな」


    まさやんは、自分の部屋に戻って行った。


    俺は風呂場に行き、ゆっくりと湯に浸かった。


    のんびりと浸かり、頭も体もきれいに洗ってさっぱりして部屋に戻った。

    さて、明日からは仕事だし寝るかな。


    用意してくれていた布団は、干してくれてあり、とても気持ちが良かった。


    ひとりで眠る事が、こんなに贅沢なんだと、この日初めて思った。


    翌朝、まさやんのお袋さんが用意してくれた朝飯食ってから、親父さんに店の中を案内してもらい、ある程度の仕事を教えて貰った。


    「始めは、床の掃除をしてくれれば良いよ」


    「はい!俺に出来る事なら何でも言い付けて下さい」


    「頼もしいな」


    親父さんは、笑いながら剃刀の刃を研ぎ始めた。



    ~カランコロン~


    店の扉が開いた。


    「いらっしゃいませ、今日はどうしますか?」


    「いつも通り任せるよ」


    どうやら常連さんらしい。


    「はい、形は変えずに切りますよ」


    「頼むわ、新しい従業員入れたんだ?」


    「和代ちゃんが休んでる間、頼んだんだよ」


    俺は常連さんに挨拶した。


    「あきらです、よろしくお願いします」


    「頑張ってな、ここの親父は優しいからな」


    常連さんは笑いながら話しかけてくれた。

  • No: 36迷(FQCEh)スレ主更新時刻16/03/08 11:40

    初日のお客さんは数人で終わり、店を閉めた。


    俺は床の掃除と、道具を揃えて親父さんに話しかけた。


    「他にやることはありますか?」


    「いや、今日は良いよ、平日だからこにのくらいだけど、日曜日は結構混むからよろしくな」


    「はい、頑張ります」


    親父さんは、優しい笑顔になり、こう言った。


    「あきらも、いろいろあると思うけど出来る事をやれば良いんだよ、飯食って風呂入れな」


    余計な詮索をしない、親父さんの言葉がとても有り難かった。


    居間に入ると、お袋さんが晩飯を用意してくれていた。


    「お疲れ様、大した物はないけど沢山食べなさい」


    こんな俺に、優しく接してくれる事が嬉しかった。


    同時に、食卓を囲んでいる、まさやんの事がうらやましいとも思っていた。


    親父がいて、お袋がいて、兄弟が居る。


    当たり前の事かも知れないが、親父を知らずに育った俺は、こんな家庭が理想だったんだ。


    晩飯を済ませ、風呂に入ったら思っていたより疲れていたようで、あっという間に眠りについた。






  • No: 37迷(FQCEh)スレ主更新時刻16/03/08 22:26

    1ヶ月程経った頃、俺はお客さんの顔を触るまでになった。


    親父さんが散髪した後に、柔らかいブラシでお客さんの顔に飛んだ髪を丁寧に優しく払うのだ。


    それから、髭を剃る時の石鹸の作り方も教えて貰った。


    なるほど、これなら肌を痛めずに済むんだな。


    他の細かい仕事は、親父さんの動きを見ながら少しずつ覚えて行った。


    初給料を貰った俺は、安い中古のギターを買い、自己流で練習した。


    清坊と約束したからな。


    練習は、昼休みの僅かな時間と、夜はたまに清坊の家の離れを使わせて貰った。


    「昶さん、すげーよ!短期間でこんなに弾けるようになるとは思わなかったよ」


    清坊は嬉しそうに、興奮しながら喜んでくれた。


    清坊とふたりで当時流行っていたグループサウンズの真似事をして、遊んでいた。


    まさやんも、巻き込みベースをやって貰う事になり、俺達は一生懸命練習した。



    清坊とまさやんは、真面目に学校に行っていたし、俺も休む事なく仕事をしていたから、周りは仲良くやってるんだろうと思っていたみたいだ。


    この時覚えたギターが近い将来、違う世界で弾くことになるなんて…


    この時の俺は、想像も出来なかった。


  • No: 38迷(FQCEh)スレ主更新時刻16/03/11 22:18

    まさやんの親父さんの床屋で、働き初めて3ヶ月程経った頃、親父さんから話があった。


    「あきら、和代ちゃんが後1ヶ月くらいで戻って来るんだよ」


    そうだ…俺は臨時の従業員だったんだっけ。

    出て行かないといけないな。


    「あっ!はい、和代さんが戻る頃には他の仕事を探して出ていきますから」


    「いやいや、そんな話じゃないんだよ」


    頭の中が『?』でいっぱいになった。


    そんな俺の顔を見た親父さんは、優しい笑顔で話を続けた。


    「理容師になる気はないか?」


    「えっ?」


    「おまえは仕事も丁寧だし、手先も器用だから向いていると思うんだ」


    いきなりの話に黙り混んでしまった。


    「直ぐに決めなくても良いよ、もしその気があるなら学校にも通わせるし、しばらく家に居てくれて構わないからな」


    胸が熱くなった。


    素性も明かしていない俺を、こんな風に考えてくれていたなんて思ってもみなかったからだ。


    「ありがとうございます、でも…」


    親父さんは、『でも…』の続きは聞かずに『ゆっくり考えてくれ』と行ってくれた。


    「ありがとうございます」


    とても有り難いし、俺には贅沢過ぎる話だが、そこまで甘えるわけに行かない。


    心の中では、和代さんが戻る頃には出ていこうと決めていた。



  • No: 39迷(FQCEh)スレ主更新時刻16/03/15 21:52

    仕事と、住む場所を探さなくてはならない。


    千住を出るときにボスが言っていた、寮のある会社を探そうと思った。


    保証人は、まさやんの親父さんに頼んでみるかな。


    いや、図々しいよな…


    床屋は月曜日が休みだから、職探しを始めよう。


    とりあえず、街に出て求人を見ながら、寮か住み込みの仕事を探してみるが、なかなか思うように見つかる訳もなく…
    都内に出ないと無理なんだろうか。


    また来週にでも探す事にして、居酒屋で少し飲んでから帰ろうと思った。


    一時間ちょっと飲んで、まさやんの家に帰ろうと、切符を買って改札に入ろうとしたら、後ろから俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。


    「昶!」


    やべー!
    油断していた。


    一番会いたくない奴と目が合ってしまった。


    「何やってんだ!こんなところで!」


    「………」


    兄貴だった。


    「お袋も、千住の叔母さんも心配してるんだぞ!」


    捲し立てる兄貴に少し腹が立って来た。


    「解ってるよ!うるせーな」


    「うるせーじゃねーだろ!とりあえず1度家に帰って来いよ」


    今更帰れる訳ねーじゃねーか!


    「兄貴、とりあえず何処か店に入ろうぜ」


    「解った」


    兄貴と俺は、駅から一番近い居酒屋に入った。

  • No: 40迷(FQCEh)スレ主更新時刻16/03/15 22:39

    俺達兄弟は、向かい合わせに座り日本酒を注文した。


    当たり前だが、一応兄貴の方が歳上だから、俺からお酌をした。


    兄貴が俺に酌をしようとしたが、強がってしまった。


    「良いよ、自分で注ぐから」


    思っていた通り、兄貴は今まで何をしていたか、今は何処に住んで居るのか聞いてきた。


    「今は、知り合いのところで、住み込みで働いてる」


    清坊の名前を出す訳には行かないから、詳しくは話さなかった。


    「みんな心配してるんだぞ、とにかく家に帰って事情を話せよ」


    「今の職場に、後1ヶ月くらいは居ないといけないから、その後帰るよ」


    「そんな呑気な事言ってる場合じゃねーだろ!おまえ、中3の授業料使い込んだんだろ?卒業式の後、学校の先生が家に来て、お袋が全部払ったんだぞ」


    そうだった…
    あの頃は、今のように銀行振込等なかった時代で、授業料は生徒に持たせる事が当たり前だった。


    俺は、お袋から金を貰い学校に持って行く振りをして全部使い込んだのだ。
    学校も1年間もの間、何も言って来なかったんだな。
    貧しい時代だったからだろうか?


    考えながら黙り混む俺に、兄貴はまだ、ごちゃごちゃ言って来る。


    うるせーな…
    1年間の授業料くらい、千住から入った金で十分払えただろうが。


    「とにかく今すぐ帰れねーから」


    それだけ言って、金をテーブルの上に起き先に店を出て、走って駅の改札に行き電車に乗った。


    会計を済ませている兄貴には追い付かれずに済みほっとした。


    口が軽い兄貴には、口止めをしても無理だから、今日中に俺が近場にいる事はお袋の耳に入るだろう。


    お袋、ごめんな…


    それから、俺を可愛がってくれた婆ちゃん…
    千住の家に行く時に泣いてくれたよな…


    婆ちゃん…ごめんな…


  • No: 41迷(FQCEh)スレ主更新時刻16/03/22 22:30

    兄貴を撒いた俺は、電車の中でいろいろな事を考えていた。


    まさやんの家に帰り、風呂に入り布団に寝転んだ。


    どうするかな…
    勝手な行動をしていた俺は、いずれ実家に謝りに行かなければならないとは思っていた。


    まさやんが、飯も食わなかった俺の様子を見に来たみたいだ。


    「あきらさん、入るよ」


    「おう!」


    片手に握り飯を持ちながら、部屋に入って来た。


    「これ、お袋が持って行けってさ、腹が減ったら食いなよ」


    「ありがとうな」


    まさやんは、他愛ない話をしてから出て行った。


    何かあったとは感じているみたいだが、何も聞かずに居てくれる事が有り難かった。


    翌日からは、職探しは中断して床屋の仕事を頑張った。


    清坊にだけは、ある程度の事を話した。


    「昶さんの兄貴、俺んとこ来たよ、心配してるって…知らないって言っといたけどな」


    おしゃべり兄貴のやりそうな事だ…


    「清坊、わりーな」


    「元々は俺が言い出したんだから、昶さん謝るなよ」


    「…」


    黙り混む俺に、清坊は笑いながらドラムとギターを指差した。


    「練習しようぜー」


    暗い顔ばかりしてらんねーや!


    「よし!やるかー」


    ふたりで、一時間程練習をしてから飲みに出掛けた。


    駅前だと、また兄貴や近所の奴等に見付かるかもしれないから少し歩き、こじんまりとした店に入り、ほろ酔いになってから帰った。


    このままだと、みんなに迷惑をかけてしまう。


    和代さんが戻って来たら、実家に行こう。


    もう逃げも隠れもしないと、心に決めた。



  • No: 42迷(FQCEh)スレ主更新時刻16/04/07 22:06

    兄貴と遭遇してから半月程経った頃、和代さんが赤ん坊を抱いて店に訪れた。


    赤ん坊は可愛い顔で眠っていた。


    「はじめまして、あなたがあきらくん?」


    「はい、はじめまして」


    「旦那さんから聞いてるよ、手先が器用で見込みのあるやつだって自慢してた」


    和代さんは穏やかな優しい顔で話しかけて来た。


    「理容師になる気はないの?」


    「あの…まだ考えていて…」


    俺は、あやふやな返事しか出来なかった。


    「そう、良く考えてね、私が戻った時に一緒に仕事が出来たら嬉しいな」


    和代さんは、ニコニコ話ながら奥に入って行った。


    嬉しい話だが、やっぱり俺には無理だ…


    事情を話せば、厄介な事になるし迷惑もかけてしまうだろう。


    数日後、親父さんに自分の気持ちを聞いて貰った。


    「親父さん、俺にはもったいないくらい気にかけて貰って嬉しいし、有り難いんですけど…」


    「やっぱり無理か?」


    「はい、すみません」


    親父さんは、無理強いはしなかった。


    「まあ、気が変わったら、いつでも来てくれな!残り10日だけど、頑張って仕事してくれればいいからな」


    「はい、ありがとうございます」


    月末まで、出来る限りの事をして、親父さんとおかみさんにお礼をしてから荷物をまとめ、まさやんの家を出た。



    最後の給料は、茶封筒に五千円入っていた。


    まさやんの家を出てから中を見た俺は、びっくりしたが今更引き返せない。


    …親父さん、ありがとう…俺は心の中で何度もお礼をした。


  • No: 43迷(FQCEh)スレ主更新時刻16/04/07 22:50

    さて…実家に行かないとな…


    その前に、清坊に会って行こう!


    まさやんの家から、一駅だしゆっくり歩いて行く事にした。


    国道沿いを真っ直ぐ歩くこと20分、清坊の家が見えて来た。


    この頃は、離れには自由に出入りしていたから勝手に入り清坊が帰って来るのを待った。


    小一時間待っていると、清坊が顔を出した。


    「昶さん、今日はどうしたんだよ?」


    俺の荷物を見た清坊は心配そうに、こう言った。


    「やっぱりまさやんの家から出たんだな…実家に行くのか?」


    「まあな…気乗りしねーけど…清坊、まさやんの家にいた事は黙っててくれるよな?」


    「当たり前だろう!今までだって誰にも言ってねーからよ」


    「助かるよ」


    「何、水臭い事言ってんだよ、何かあったらいつでも来いよ!」


    清坊は笑ながら、俺の肩を叩いた。


    俺は、離れに置かせて貰っていたギターを肩にぶら下げて実家まで歩いた。


    何て言って入れば良いのか考えていたら、勝手口からお袋が出て来た。


    「昶!今まで何処にいたんだい?利雄から話は聞いてたけど探しようがなくてな…とにかく家に上がれな」


    お袋は優しかった…怒られた方が良かった…


    「かあちゃん、ごめんな…」


    「謝る事はないよ、飯まだなんだろ?」


    「ああ、ばあちゃんは?」


    俺の問い掛けに、お袋は困った顔になった。


    「ばあちゃんな…体悪くして寝てるんだよ…」


    「えっ!」


    兄貴の奴!何で肝心な事言わねーんだよ!と怒りを覚えたが…そうだ…俺、逃げたんだった。


  • No: 44迷(FQCEh)スレ主更新時刻16/04/23 22:13

    家の中に入り、ばあちゃんの様子を見に行く。


    「ばあちゃん!」


    ばあちゃんは、台所の隣の部屋で寝込んでいた。


    「昶?…昶なのかい?」


    「そうだよ!ばあちゃん、心配かけてごめんな…」


    俺は布団の横に座り、ばあちゃんの顔を覗き込んだ。


    何だか様子が変だ。


    「ばあちゃん、どうしたんだよ?何処か痛いのか?」


    「ちょっと体の節々が痛くてね、最近目も悪くなって来て…年だから仕方ないんだよ」


    そう言えば、目は開いているものの、焦点が合っていないような気がする。


    「大丈夫か?飯は食えるのか?」


    「ああ、かあちゃんがやってくれてるよ」


    料理上手なばあちゃんが、台所仕事も出来なくなったのか?


    「そうか、何か食いたい物あるか?」


    「そうだねえ、バナナ食いたいけど高いからな」


    そう言いながら笑った。


    「わかったよ、近々買って来てやるからな」


    「ありがとうな、気持ちだけで充分だよ…ばあちゃん少し寝るから飯食って来な」


    今では手軽に手に入るバナナは当時は高級品だったのだ。


    「ああ…ゆっくり休んでな」


    部屋を出た俺は、思っていたより調子が悪そうな、ばあちゃんの姿にショックを受けた。


    後でお袋に聞いてみよう。


    お袋は、煮物と味噌汁を温めてくれていた。


  • No: 45迷(FQCEh)スレ主更新時刻16/04/24 11:28

    お袋が用意してくれた飯を黙って食った。


    お袋は、結婚前は裕福で女学校に通っていたらしく殆ど家事はしなかったと聞いた事がある。


    料理は、殆どばあちゃんに任せて働いていたお袋は決して料理上手とは言えなかったが、久しぶりの実家の味は優しかった。


    「なあ、ばあちゃんの体悪いのか?」


    飯を食い終わった後、お袋に聞いてみた。


    「そうだね…リュウマチが進んで来てな…目もかなり悪くなって、医者が言うには全盲になるのも時間の問題だって…」


    「そんなに悪かったんだな…」


    ばあちゃん…


    「仕方ないんだよ…原因もわからないって言われたしな…」


    「そうか…」


    「なあ、昶…千住には戻らないんだろ?」


    不意の問いかけに、言葉が詰まる。


    「…ごめん…戻らない…」


    「そうだよな、千住も心配してるから明日にでも連絡するよ」


    数日後、千住の叔母さんから手紙が来た。


    学校は休暇扱いにしていたけれど、退学の手続きをすること。


    辛い思いをさせて済まなかった。


    気が向いたら、いつでも遊びに来なさい。


    こんな内容だったと思う。


    お袋に手紙を渡した。


    「千住で嫌な事があったんだな…昶の気持ちも知らないで悪かったな」


    「………」


    そんなに優しくしないでくれよ…


    「そうだ、戸籍は昶が学校を卒業するまでは、そのままにするって話ていたから、家から動いてないよ」


    驚いた…中学を卒業してから養子として行ったと思い込んでいた俺は、叔母やお袋の気持ちも知らずにいたんだ。


  • No: 46迷(FQCEh)スレ主更新時刻16/05/11 21:28

    夕方になり、兄貴が定時で帰って来た。


    玄関に俺の靴があったのを見たらしく、血相を変えて台所にやって来た。


    「昶!おまえ何やってたんだよ、探したんだぞ!」


    「あの時は逃げるような事して悪かったと思ってるよ」


    「無事なら良いんだよ、ばあちゃんに会ったか?」


    「ああ、あんなに体を悪くしてるなんて思ってなくってよ…」


    「そうだよな、ばあちゃんはいつも昶の事心配してたよ」


    俺は胸が詰まって何も言えなくなった。


    察した兄貴は話題を変えて、これからの事を聞いて来た。


    「とりあえず、早く仕事を見付けるよ」


    「宛はあるのか?」


    「無いけど割の良い仕事探すから」


    「そうか、まあ数日はゆっくりしろよ」


    兄貴は安心したのか、飯を食いながら笑った。


    まさやんちで稼いだ金の半分をお袋に渡して、手持ちの分は仕事が見つかるまで財布に収めることにした。


    「昶、無理しなくて良いんだぞ」


    お袋が心配そうな顔をしていた。


    「無理なんかしてねーよ」


    「ありがとうな」


    お袋は、ぐちゃぐちゃな封筒に入った金を仏壇に置き、線香をたてた。


  • No: 47迷(FQCEh)スレ主更新時刻16/05/11 21:50

    実家の布団は、千住にいた頃の物より薄かったが、久しぶりにゆっくり眠ったような気がした。


    朝になり、ばあちゃんの様子を見に行く。


    お袋が朝飯を用意していた。


    「ばあちゃんの飯、俺が持ってって食わせるから」


    「そうかい、悪いな」


    お盆に乗せたお粥と味噌汁に、芋の煮物と漬物を持って、ばあちゃんの部屋に行った。


    「おはよう!ばあちゃん、朝飯持って来た」


    「昶、すまないね」


    「何言ってんだよ、水臭いな」


    ばあちゃんはゆっくり起き上がり、ゆっくり食べ始めた。


    目はまだすこし見えているみたいだが、不便を感じているのは直ぐに解った。


    「ばあちゃん、ゆっくりで良いんだからな、味噌汁熱いから俺持っててやるよ」


    ばあちゃんは少し恥ずかしそうにしながらも、俺が口元に持って行くと、目を細めながら美味そうに食った。


    「美味いや、ありがとうな」


    「全部食えたな、俺仕事探しに行って来るから待っててな」


    「解ったよ、気を付けるんだよ」


    朝飯を済ませて、仕事を探しに出る事にした。


    兄貴は既に、出勤して行ったようだ。


    「かあちゃん、俺出掛けて来るけど何か必要なもんあるか?」


    「特にないよ、少しゆっくりしたらどうだい?」


    「やる事ねーし、暇だから仕事探しに行って来る」


    俺は電車に乗って街に出た。

  • No: 48迷(FQCEh)スレ主更新時刻16/05/13 11:04

    街に出たものの、千住から出て来た時と同じで、宛もないし割に合う仕事はなかなか見つからない。


    やっぱり甘かった。


    夕方近くまで、探して見たが無理だった。


    今日は帰ろう。


    そうだ!ばあちゃんに土産買って行こう。


    駅の近くにある八百屋でバナナを買う事にした。


    八百屋の親父は、元気よく話しかけて来た。


    「おっ!にいちゃん、景気良いね!」


    「景気なんか良くねーよ、病気のばあちゃんにやるんだ」


    「そうか、ばあちゃん悪いのか」


    「良くはねーな」


    「ばあちゃん孝行してな」


    親父は端数はいらないよと笑った。


    「毎度どうもね!」


    毎度じゃねーよ、初めて来たんだからよ…と言いそうになったが心に溜めて電車に乗った。


    ばあちゃん喜んでくれるかな?


    俺はばあちゃんの反応を楽しみにしながら、バナナを持って家に帰った。


    「ただいま」


    誰も居ないのかな?


    お袋は買い物か近所にお茶でも飲みに行ったのかもしれない。


    ばあちゃんの部屋を覗いたら、気持ち良さそうに寝ていたので俺も横になった。


    歩き疲れたせいか、いつの間にか眠っていた。






  • No: 49迷(FQCEh)スレ主更新時刻16/05/18 22:38

    「昶、晩飯だよ」


    お袋の声で目が覚めた。


    1時間くらい眠っていたみたいだ。


    「ばあちゃん起きてるのか?」


    味噌汁を温めていたお袋に聞いてみた。


    「起きてるよ、晩飯持って行こうと思ってたんだよ」


    「俺持って行く!土産もあるんだ」


    「バナナか!ばあちゃん喜ぶよ」


    お盆に乗せてある飯と一緒に持ち、ばあちゃんの部屋に行く。


    「ばあちゃん、俺だよ」


    「ああ、おかえり」


    「晩飯だよ!後な、バナナ買って来たんだ」


    俺は皮を剥き、ばあちゃんの手に持たせた。


    「ありがとうな、ありがとうな」


    ばあちゃんは何度も礼を言いながら、憧れのバナナを美味そうに食い始めた。


    「美味いや、甘くて柔らかくて本当に美味いや」


    少し照れくさい。


    「まだあるから、明日また食ってな」


    他愛ない話をして、部屋を出て台所に戻った。


    「かあちゃん、少し飯残しちまったよ、俺が先にバナナ食わしちまってさ…ごめんな」


    「良いんだよ、ばあちゃん喜んだだろ?」


    「ああ、滅多に食えないしなー良かったら、かあちゃんと兄貴も食ってよ」


    「良いのか!ありがとな」


    帰宅していた兄貴は喜んでいた。


    ばあちゃんの嬉しそうな『美味いや』の言葉を聞きたくて俺は時々バナナを買って帰った。


  • No: 50迷(FQCEh)スレ主更新時刻16/05/18 22:59

    半月経っても仕事は見つからず、少しやけ気味になって来てしまった。


    まだ学生の清坊とまさやんを誘い、バンドの真似事をしていた。


    金を出し合い、必要な物を買って、清坊の家の離で練習したり酒を飲んだりしていた。


    今で言うとニートだな…


    離れでは物足りなくなり、外で演奏しようと誘ったら、ふたりとも乗って来た。


    田んぼのあぜ道で、アンプまで引いてガンガン音を鳴らした。


    周りは田植え等で忙しく、同年代の奴等は田植えを手伝っていた頃だ。


    案の定、近所で陰口を言われ、お袋も肩身が狭かっただろうな…


    この時の俺は、そんな事はお構いなしに、当時流行っていたグループサウンズの真似事をしていたのだ。


    俺はギターとボーカルもやっていた。


    数日後、音を鳴らしている時に、たまたま通りかかった男に声をかけられた。


    「よお!昶じゃねーか!」


    「戸張さん!」


    戸張とは、以前喧嘩をして仲良くなった服部さんの連れだ。


    この再会で、俺の人生が大きく変わる事になる。





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