(仮)
生きるってなに?
死んだらどこにいくの?
天国?それとも地獄?
死ねば楽になれるかな?
『花咲さーん、花咲愛美さん診察室へどうぞ』
返事もしないで診察室へ入るのはもう私も主治医も慣れていた
『花咲さんおはよう、その後体調はどうかな?』
この病院にきてもう数年になる
数年になるのに先生が見ているのは
いつも私ではなくカルテだった。
『先生?先生ってさ…』
『どうした?』
『いや…なんでもない』
もし先生が私を見ていない?なんて言っても
見てないよ?なんて言うわけないよね
私はいつものようになにも変わらず診察を済ませた
『じゃあいつもの薬出しておくね』
そう言って私のカルテを閉じた
病院まではだいたい30分…
毎回この30分が地獄の坂道のように体が重い。
なのに、地獄のような道のりを敢えて歩いて来るのは
薬がないと今の私には生きれないからだ
確かあれは3年くらい前の暑い夏だった
人の役に立ちたい、いつか自分の両親の為にも
そう思って介護士の資格を取得した
初めての仕事で沢山沢山失敗もしたし、人のお世話をする事の責任感は私の中でかなりのプレッシャーになっていた。でもそのプレッシャーも当時は遣り甲斐があってこそのもの。だから自分がどれくらい今ストレスがかかっているのかも気づかなかった
ある日突然体調を崩してしまった
『お母さん、胃薬あるー?』
『なにー?昨日の夕飯食べ過ぎた?』
『うーん、なぁんか胃がムカムカするんだよねー』
このときすでに地獄の始まりで闇への入口に入ろうとしていたことに、私はまだ気づかない
『愛美、あんまり無理しちゃだめよ』
『はいはぁい、じゃ、いってくるね』
数週間、胃薬を飲みながら仕事をこなしていた
数週間たって私の胃は悲鳴をあげた
もう胃薬では痛みは収まらなくなっていた
『花咲さん大丈夫?なんだか顔色悪いけど…』
『あ、三浦さんお疲れ様です。ちょっと最近胃の調子が悪くて。』
『暑いから冷たいものばかり食べてたら胃を壊しちゃうから気を付けてね』
私の働く職場は訪問介護だから何件も走るので、暑さもありよく冷たいものを飲んでいた
だから三浦さんの言うように冷たいものを取りすぎたのだろうと思っていた
それから数日後、胃の痛みと共にお腹の痛みもでてきてしまった
その頃くらいから何かがおかしいと思っていた
早く病院にいかなくちゃ…
そう思いながらも仕事が忙しいという理由でなかなか病院には行けなかった
そして悪夢ははじまった
『愛美?愛美?もう8時だよ?起きなくていいの?』
『う…ん…』
ある日突然の出来事だった。
起きないといけない時刻に起きれなくなり
胃の痛みやお腹の痛み…
今の自分に何が起きたかわからないくらいの体の怠さ…
私死ぬの?
何が起きたの?
そう思いながらも布団から出ようとしたら
え?
私の太ももの辺りにポタポタ落ちる
あれ?
私…泣いてるの?
辛い感情も悲しい感情もない
なのにどんどんどんどんなみだが溢れた
『お、お母さん…お母さん』
なんで…
なんで私…泣いてるの?
『愛美?どうしたの!愛美?』
私が覚えてるのはこのくらいだった
気づいたら私は精神病になっていて、精神障害者になっていた
病名『鬱病』『情緒障害』
今日は通院日
また地獄の道のりを30分かけて歩く
今日は少し風があってなんとなく歩きやすい
待合室に着いて、診察券を出そうとしたら
財布を床に落としてしまった
その衝撃で財布の中身がそこらへんに散らかった
他の患者さんも協力してくれ必死に財布の中身を拾ってると細くて綺麗な手が私の顔の前に来たので見上げるとそこには顔立ちが綺麗な男性がいた
『はい』
落とした私の診察券を拾ってくれていた
『あ、すみません…』
数年間まともに人と話したこともなかった私は
ありがとうって言葉すら恥ずかしくて言えなかった
拾い終わって待合室の椅子に座ってると
『貴崎さーん、貴崎春翔さん診察室へどうぞ』
あ、あの人…キサキハルトって言うんだ
名前を知ったところで、何もないんだけど…
でもこの時なんとなくキサキハルトって名前が頭から離れなかった
数分してキサキハルトが診察室から出てきたあと、次に私が診察室へ呼ばれ、診察室から出た頃にはキサキハルトはもう待合室にはいなかった
薬を貰うために病院の前にある薬局に行くと、キサキハルトがいた
私は気にしないふりをして薬を待っていた
するとキサキハルトは私に
『あんたも病んでんの?』と話しかけてきた
『え…っと…』言葉につまっていると
『あ、ごめん。てかあんた寂しそうな顔してるな』
『あんたには関係ないでしょ』
顔が熱くなった。きっと図星だ。でもこいつにそんなこと言われたくない
私はキサキハルトから少し距離を置いて離れた
こんな風に私は見られてるんだ…
自分では寂しそうな顔なんてしてるつもりはないけど
他人から見たらそんなふうに見えるんだ
そう思うと、もっともっと自分の中の殻に閉じ籠ってしまう
そんな自分が情けなくて悔しくて涙を堪えるのに必死だった
『俺の身内もあんたみたいに病んでんだわ。だから別にあんたを変な目で見たりはしてないから』
そう言って薬局から出ていった
私は薬のことなんて忘れてキサキハルトを追いかけていた
『あの!キサキハルトさん…!』
彼はビックリして振り返った
『なんで俺の名前…てかもしかしてさっきのまだ気にしてんの?だから言っただろ、別にあんたを変な目で見たりはしてないから』
『いや、そうじゃなくて…その…すみませんやっぱりいいです』
私なにしてんだろ…
自分が今何をして何が言いたかったのかすら頭のなかが真っ白で、とにかく早くその場から立ち去りたかった
『あんた名前なんて言うの?』
『え?あ…花咲愛美…』
『ハナサキマナミ…なんかアイドルみたいな名前だな(笑)』
『…』
『俺の身内も病んでるって言っただろ?弟…今日は俺が代理で薬もらいにきたんだけど…あんたが財布をぶちまけた時、あんたの困った顔がなんとなく弟と被ったんだ』
『そうだったんだ…あの…でも…きっと私と弟さんは違うと思います…その…私は…』
『ほらまた寂しそうな顔してる。俺はその、ぶっちゃけメンタルつえーから弟やあんたとは違うけど、身内がそんなだとやっぱつれーよな』
『そう…かな…』
『でも助けてやりてーなって思ってる』
『うん…』
『あんたも苦しそうだけど親とか兄弟とか心配してんじゃねーの?心配してくれる誰かがいるならそのうち元気になれよ!じゃあな!』
言いたい事だけ言って立ち去っていったキサキハルトを見つめながら
あのひとは弟の事を凄く心配していて、凄く大好きなんだよね…
私も両親に沢山心配かけてるんだと思う…
でも…あんな話を聞いちゃったから…
ほんとは私の事をお荷物としか思っていないかも…
私は薬の事を思い出して急いで薬局に戻った
自宅に帰ると、いつもなら、いや、今まではお母さんが玄関まできて診察の様子を聞いてくれる
でも最近はそれもなくなっていた
『ただいま…』
リビングに入ると、さっきまでお母さんはソファーに座ってテレビを見ていたのに、私が入ってすぐにテレビを消してキッチンにいってしまった
と同時に『おかえり』と小さい声が聞こえた
やっぱり私はこの家のお荷物なんだよね…
お母さん、私が死んでも悲しくないよね?
死んだほうがみんなが楽になれる?
そんなこと聞けるはずもないけど…
私は急いで部屋に駆け込み、さっきもらったばかりの薬を何錠も取りだし一気に飲んだ。
OD…してしまった…
だって…だってお母さんが…
その瞬間大粒の涙を流しながらだんだん胸がくるしくなっていく…
はぁ…はぁ…はぁ…
いつもの加呼吸だ
近くにあるのは鞄だけだったから
鞄に顔を突っ込んで深呼吸しながら落ち着かせた
その時スマホが鳴った
こんなときに出れるわけないでしょ!と思いながらもやっぱり気になって電話に出た
『もしもし…』
『花咲愛美さんでしょうか。こちらみさき薬局の三島と申します』
『え?あ、はい』
『先程キサキハルトさんと言う方から花咲さんの連絡先を聞かれまして…クリニックのほうで落とし物を拾ったとかで…』
『あー…はい待合室で財布から沢山いろんなカードが落ちてしまって…』
『そうだったんですね、こちらでは個人情報はお伝えできないとは言ったんですが、それならこちらの番号を伝えてくださいとおっしゃて…キサキハルトさんの番号をお知らせしてもよろしいでしょうか?』
『あ…はい。わかりました』
そしてキサキハルトの電話番号を聞いた。
今思えば、落とし物なんだからクリニックの受付にでも預けておいてくれれば良かった話だよなぁなんて思いながら電話をするかしないかをずっとまよっているうちに月日は流れていく
もう1週間…
あと1週間したらまた診察日…
もしかしたらその時にまた会えるかもしれないし…
でも会えないかもしれない…
やっぱり電話してみようかな…
電話番号を入力
あとは発信するだけ…
でもやっぱりダメ…
今さら何て言えばいいんだろ…
私が落とした物を返してもらうだけなんだから
それだけ伝えたらいいんだ…
そして目をつぶり発信マークを押した
トュルルルル…トュルルルル…
出ないで…出ないで…そう願っていた自分がいた
『はい…』
願いは叶わなかった…
『あ、あの…私』
『愛美?』
『え?』
『あー、いきなり呼び捨ては嫌だよな(笑)落とし物別に大したもんじゃねーし、預けりゃいーんだけどさ。ちょっとあんたの事が気になって…』
『あ、あの…預かってくれて…ありがとう』
『つーかおめー電話おせーんだよ(笑)もう電話こねーかと思って捨てちまったけど(笑)』
『えー?なんで…』
『ばーか。んなもん嘘に決まってんだろ。で、この落とし物どーすんだよ?取りに来る?』
『あ、はい…どこに取りに行けば…』
『んー、てか明日暇?』
『まぁ、特に何も予定はないです』
『じゃあ明日の昼1時にクリニックの前に来て』
『わかりました』
電話を切ったあと、物凄い手に汗をかいてた
久しぶりに異性と話した緊張で胸がはりさけそうだった
明日の1時…
こんなふうに誰かと待ち合わせすることも、もう数年はなかった
何年か前はしょっちゅう友達と待ち合わせてはいろんなとこに遊びにいってた
でももう今はそんな友達もいなくなって…
あ、そういえば、お洒落なんかも全くしてないや
明日、何着ていこう…
デートするわけでもないのに何故か少しだけ浮かれてる自分がいた
結局昨日はほとんど寝れなかった。
睡眠薬が効かない日はしょっちゅうあるけど
昨日は特に効かなかった
1時…か…
あと4時間…
ここ数年、外に出るのは病院に行く時くらいだから
私が女ってこともいつの間にか忘れてた
だからお洒落ももうしていないし、化粧もしてない。
だから今日どんな服装であの人に会おうかとか、
昔使っていたコスメを引っ張り出して
何度も何度も繰り返し化粧も練習した
わかってる。
別にこれはデートでもないことも。
でも誰かと待ち合わせて会うなんて事が久しぶりだから、なんだか頑張らなくちゃって気になってしまう
でも途中でなんだかバカらしくなって
結局化粧も落として、普段から着回している平凡な服装で待ち合わせ場所に向かった
12時40分…
かなり早く着いちゃった…
こんなに早く着いたら、めちゃくちゃ私が楽しみにしてるみたいに思われちゃう
それが嫌で待ち合わせ場所から少し離れた本屋で時間を潰す
そういえばファッション雑誌は元気だった頃欠かさず買っていた
表紙を見るだけであの頃の自分を思い出す
と同時に今の自分になにやってんだ自分はって気になって、本屋でさえも足が遠退いた。
本屋から出ると後ろから声が聞こえた
『花咲愛美~』
私は振り向いて慌てて
『ちょっと!フルネームはないでしょ!』
とキサキハルトに近づいてった
『そんな慌てることねーじゃん。てかフルネームが嫌なら愛美でいいんじゃね?』
『まぁ…好きにしてください』
『じゃああんたも俺のこと好きに呼べよな。まっ俺が愛美って呼ぶからおめーもハルトって呼べばいいんじゃね?』
『はぁ…』
正直、ハルトは今の私には少し疲れる相手…というか、これは私のワガママかもしれないけど、
ハルトみたいな、なんていうか、天真爛漫な元気な人を見ると、嫉妬や焼きもちを焼いてしまう。自分もこんな風に元気だった。でも…今は違う。だから私はハルトみたいに戻りたい。でも戻れないからもどかしくて…だからハルトを見てるとなんだか辛かった
そう言えば私もハルトのことは何も知らない…
ただクリニックで落とし物をひろってくれて
弟さんが病気だってことくらい…
そんな何も知らない男性にホイホイ待ち合わせに来てしまう私は一体何を考えてるんだろうと、一気に不安になってしまった
『あの、落とし物を…返してもらえますか?』
『あー、ていうか落とし物を返すってのはまぁ俺なりの口実。誤解すんなよ、別に愛美をどうこうしたいわけじゃないから…ただ…前に言っただろ?俺の弟の事。てかこんなとこで立ち話もだりーからとりあえずどっか行く?』
『どっかって?』
『ラブホテルとか?』
『ちょ、何言ってるんですか!』
『あはは、冗談だよ、てかお前ってほんと…まぁいいや、近くのファミレスくらいなら付き合えるだろ?』
ファミレスまでの道のりを私はハルトから少し下がって歩いた。
その間に頭がぐちゃぐちゃになるくらい今自分に何が起きてるのか、もちろん考えても考えても正解なんか出てこない。
ファミレスにつくとハルトがメニューを渡して
『ほら、好きなの選べよ』と微笑んだ
私はファミレスに来るのも久しぶりだったから、メニューを見つめていた。今はこんな料理もあるんだなぁなんて、多分見つめていた時間は長かったと思う。
『お前ってもしかしてこういうとこくんの初めてなの?』
『いや、そんなわけないじゃないですか!』
『ふーん…まぁいいや、で、決まった?』
私は本当はハンバーグにチーズが入ったのが食べてみたかったんだけど…
『あんまりお腹すいてないからドリンクだけで…』
ハンバーグが食べたかったのも本当。
でもお腹がすいていないのも本当。
すいてないというか…緊張で食べれないってのが多分本当
ファミレスにはドリンクバーはあるのは知っていた
でもドリンクバーをくみにいく作業すら恥ずかしくて
単品でオレンジジュースを頼んだ
ハルトはなんともボリュームたっぷりのお肉を頼んでいた
『あの…私の落とし物は口実だって言ってたけど…あれどういう意味?』
『あー、この前話した俺の弟…鬱病なんだよ。今18でほんとなら高3の年だけど、学校も辞めて、仕事もしないで引きこもってるんだよな~。あの日あんたたが財布をぶちまけた時、なんとなく弟と似てたっていうか、もしかしたらあんたも弟と同じような病気なんじゃねーかと思ってさ。なんとなくだけど』
まぁ私が通うクリニックは精神科だから、だいたいは心の病がある人が通ってるわけだから、私じゃなくても他に沢山いたはすだけど…
なんで私?
『ハルトさんの言う通り、私も鬱病…』
『ハルトでいいよ』
『あ、はい。鬱病は鬱病でもひとそれぞれ症状は違うみたいで…だから私と弟さんも違うとおもいます…』
『確かにそうかもな。でも、同じように心の病気を抱えてる人と話す機会ってなかったからさ。なんかあんたならいろいろはなせそうな気がして…でも悪かったな。普通はそんなこと話したくないよな』
話したくない訳じゃない
話せたら楽になれるかもしれないから
でも…なんでかな…
心の病気って誰かに話せば話すほど
なんとなく惨めになるんじゃないかっていう
勝手な被害妄想に陥る…
『話したくなかったら話さなくていいけど、愛美はなんで鬱病になったの?』
そういえば、初めてクリニックを受信したときも
何か大きなストレスを抱えてるなどはありますか?
って聞かれた。
でもその大きなストレスって言うものがなんなのかがわからなかった
大きさなんてわからないけど、誰しもストレスくらいあるもんだって思っていたし…
だから私が鬱病だと診断された時は、正直鬱病?私が?ってまさか~ってあんまり深く考えなかったけど、日に日に自分が自分でなくなっていくのがだんだんわかって、いつの間にか私が私で無くなった。だからきっと目に見えないものが私を変える。きっとそれが鬱病なんだって今は思ってる。
『私はじつはあんまりよくわかってないの。いつの間にか鬱病になってた。ハルトの弟さんは?』
『俺の弟は虐めが原因かな…小学生の頃は明るくて、まぁそこそこ友達もいて…どこにでもいるガキだったけど、中学に入ってから様子が変わってきて…』
弟の話をしているときのハルトは凄く切なそうな顔をしている
『中学でいじめられたの?』
『最初は弟もいじめられてる感覚はなかったみたいで、また遊びの延長でいじられてるような気でいたんだろうけど、それがだんだんそうじゃなくなってきたみたいで』
『まぁ男ってさ、悪ふざけもある意味遊びってか馬鹿みたいにプロレスの技をかけてみたり、罰ゲームでなんかしたりするじゃん、多分弟も最初はそれも楽しかったんだろうけど、あるとき弟がすんげー顔して帰ってきてさ』
『凄い顔?』
『目は腫れて顔中アオタン作って。親も俺も当然心配するじゃん?でも本人は友達とふざけてるうちにこうなったって、その時はなぜか俺もその言葉を信じてしまったんだけど、きっとその時からだろうな、だんだん学校休みがちになってきて、頭が痛いとか体がだるいとか、その時は俺も知らずに弟に学校に行くようにきつく言ったりもしたけど…今はちょっと後悔はしてんだよな…気づいてあげれなかったことに』
私には兄弟がいないから、こんな風に心配してくれるお兄ちゃんがいる弟さんは幸せ者だな~って、ちょっと嫉妬してしまった
私の親はこんな風に私を心配してくれてるだろうか…
『ねぇ、弟さん今は引きこもってるっていってたよね?ずっと部屋にとじこもってるの?』
『ん~、だいたいはほとんどとじこもってるかな』
『弟さんに会わせてくれない?』
とっさに出た言葉だった。
会ってどうするかとか、なんにも考えてなかったけど、なぜか会ってみたくなったのか…まだよくわからないけど…
『会いたいって、会ってどーすんだよ』
『どーするとかはわかんない、でも一度会ってみたくなった…だめ?』
『ダメかどうかは俺にはわかんねーけど。弟がどう思うかだし』
『今から会いにいこうよ、ダメなら私帰るからさ』
こんな強引に言ってみたけど、なんの計画もなければ、会えるかどうかもわからないし、ていうか会えてもどーするの私?
『なんかお前って不思議だな。人が苦手だったり、俺にすら警戒してるわりに結構強引だったり(笑)なんかお前っておもしれーな(笑)』
『とにかく行こうよ!』
『はいはい。言っとくけど行ったとこで何かが変わる訳じゃないからな?』
『わかってるよ』
ハルトは注文した料理をほとんど口にすることなくお会計を済ませて店を出た
ハルトの家は閑静な住宅街だった。
正直、ハルトんちはお母さんしかいないって言ってたから、家を見て少し驚いた
『なんだよ?もしかして母子家庭は一軒家なんかに住めないって思ってた?(笑)』
『そんなこと…!』
『ふーん、そのわりにお前おれんち見てぽかーんとしてるから(笑)』
ハルトの家は可愛らしい割りと大きなお家だった。
こんなふうに思っちゃう私は最低かもしれないけど
確かに母子家庭は一軒家とか、まぁこんなお家には住めないってか住める余裕はないと思ってた。
どこかで偏見があったのかもしれない。
『ちょっと待ってて』
そう言ってハルトは家に入っていった
待ってる間に急に胸が苦しくなってきた
クリニックで財布をぶちまけて、たまたま拾ってくれたのがハルトで…
拾ってくれたのを返してもらうためにハルトに会っただけ…
なのに今ハルトの家の前にいてハルトの弟に会おうとしてる…
なにやってるんだろ私は…
急にそわそわしてきて、やっぱり帰ろうか…なんて勝手な事を考えてみたり…
私から言ったことを今更ながら後悔している
会ってみたくなった
それは嘘ではない。
でもだからと言って会ってどーすんだよって考えて見たら、特になんの計画もなければなんの思い付きもない
どうしよ…
そう思ってそわそわしてると
『あー、弟今寝てるみたいだわ』
ハルトが出てきて寝てるって言われて少しほっとした。
『あ、寝てるんだったら帰ろうかな』
『ん~でもまぁここまで来たし入れよ』
『あ、いや、寝てるんだったら起こしちゃうのも可哀想だしね、また今度来るよ、じゃあね』
私はいっこくも早く立ち去ろうとした
『おい!お前もしかして今更おじけついてんの?』
ガチャ…
ハルトが部屋に入る
そのあとを追って私も入った
玄関にはいるとすぐ右に可愛いお花が飾ってあって
なんだか心地よい匂いがして…
『なにぼーっとしてんだよ、さっさと上がれよ(笑)』
『あ、すみません、お邪魔します…』
上がって突き当たりがリビングで
そこに私は通されて、割りと白を基調にした清潔感のあるリビングで…
と、おもっていた瞬間、右からフッと誰かが現れた
『こんにちわ』
にっこり笑って私を見つめている
『あ、こんにちわ、お邪魔しています…』
『俺の母親、こいつは愛美、弟に会いたいって言うから連れてきた』
ハルトはそう説明したあと白いソファに腰かけた
『愛美ちゃんって言うんだ、わざわざありがとう!でも今葵寝てしまってて…せっかく来てもらったのにごめんね~』
あおい…っていうんだ…
それよりハルトのお母さん、凄く穏やかな優しいひとだなぁ…
『いきなり押し掛けてすみません』
『あはは。いいのいいの、ハルトが女の子連れてくる事はしょっちゅうだから(笑)』
なんだよこいつ、しょっちゅう女の子連れ込んでるんだ…
とハルトを睨み付けてしまった
『でも…愛美ちゃんって…今までハルトが連れてきた女の子とはちょっとタイプが違う、あ、初めてかも?』
『そうなんですか…』
『あ、愛美ちゃん、ほらそこ座って、今お茶でも入れるからゆっくりしていってね』
そう言ってキッチンに行ってしまった
しかし私は、私みたいな女の子が初めてって言われた事が気になって仕方なかった
いい意味?
悪い意味?
葵くんが寝てる間、私はどうしたらいいんだろうと、ソファに座ったあとは自分のジーンズに埃もないのに小さなくずだまを探しては集めていた
『はい、愛美ちゃん、紅茶でよかったかな?』
『あっ、はい。ありがとうございます』
『愛美ちゃん、だいたいはハルトからはきいてるかもしれないけど、今は葵は…』
『はい、ハルトくんからは聞いてます。実は私も葵くんと同じ心の病を患っていて…』
『そうだったんだ』
『もう何年も通院しているけど、あんまり良くはならないし、諦めかけていて…いつしか薬だけもらいにいく所って感じになっているんですよね…』
優しい目をしてしっかり私の話を聞いてくれる…
『そんなときにハルトくんに出会って…葵くんの話を聞いてるうちに段々葵くんと会ってみたくなって…でもすみません…会ってみたくなったけど、実はそれだけで何の計画もなく…』
『あはは、愛美ちゃんとハルトは似てるよね~、ハルトもそういうとこある(笑)』
お母さんがそう言ったあと二人でハルトを見たら
ハルトはソファで爆睡していた
それ見て私達は見つめ合いながら笑った
でもふと私は思った
葵くんがこういう時に、このお母さんはどうしてこんなに穏やかな顔をしているんだろうと…
私の親は、私を見ると暗い顔をして、少し困ったような顔になる。
最近はほとんど会話もなくて…
多分両親は前に聞いてしまったように
入院でもさせて私を家から追い出したいはず…
だから私はこんなに優しい目をしてしっかり私の話を聞いてくれる穏やかなハルトのお母さんが、少し羨ましいのと、なんで?って気持ちが入り交じっていた。
『ねえ、愛美ちゃん?もしかしてハルトと付き合ってるの?』
『え!いや、そ、それはないです!ハルトくんとはまだ会って2回目だけど、正式にはちゃんと会ったのは今日が初めてですから!』
『ふふ、そっかぁ、お似合いだなぁって思っちゃった~♪』
『とんでもないです…私なんて』
『あ、それ禁止!』
『え?』
『わたしなんて…って言ったでしょ?それ禁止!葵もよく言うの、俺なんて…って。こういう言葉が出る人は大抵自分に自信がない人。愛美ちゃん、心の病は確かに薬の力も必要よ、でも一番の近道は、まず自分を好きになること。最近自分を誉めてる?』
こんなことを言うつもりはなかった
ハルトのお母さんの言う通りかもしれないけど
今の私にはなんだか綺麗事に聞こえてムシャクシャして…
『すみません…そういう綺麗事いらないです。なってみないとこの辛さはわからないと思います。確かに自分が嫌いです。こんな自分が大嫌い。でも、誉める要素もありませんし、そんな余裕もありませんから』
『そういえばね、葵がおかしくなった時に、私なりにいろいろ調べてみたの、鬱病について。毎日のように調べて調べて、試してきたけどやっぱり無理で…本当に治るのかな?って不安にもなったんだけど、私なりに葵と向き合っていくうちに段々わかってきたの。薬の力だけでは治らない、今の葵の何かをかえなきゃいけない、その何かを試してみようってね』
優しい口調で話は続いた
『愛美ちゃんはさっき、綺麗事って言ったけど、鬱病の愛美ちゃんや葵にとっては、今の自分をどこかでダメな人間だって決めつけてる。でも、誰かに認められたい、誰かに見てほしい、助けてって思ってない?』
『まぁ…それは…』
『それって結局はやっぱり誰かを必要としてるわけだから、まずは今まで避けていた事から始めるの。たからさっき言ったように、まずは自分を好きになろう、そして自分をほめてあげよう!って。』
『でも…誉める所なんて…』
『愛美ちゃん、最近どこかに出掛けたりした?』
『最近はまぁほとんどクリニックに行くくらいです』
『凄いじゃない!自分の足でちゃんと外に出れて病院に行けたんだよね~♪それをまず愛美ちゃん、自分をほめてあげよう!』
なんてポジティブな人だ…
下手したら変な宗教のような…(笑)
そんな話をしていると、階段から降りてくる足音が聞こえてきた
タッタッタッタ…
ガチャ…
一瞬目があったが私も向こうも一瞬すぎていつ目をそらしたのかすらわからないくらいの一瞬だった
『葵、起きた?今ね、ハルトのお友達が来てくれてるの』
『…』
『でね、ハルトから葵の話を聞いて、葵に会いたいって来てくれて…』
『…』
何も発しない葵は淡々と冷蔵庫から飲み物を出して
淡々と飲んでいて…
『葵、良かったらこっちでゆっくりお茶しない?』
パタン…
冷蔵庫の扉が閉まった音がして、私の顔すら見ないでリビングから出ていった
初めてみた葵は…
ハルトはどちらかと言えばモデルさんタイプ
でも葵は…アイドルのようなどこか可愛らしい感じ
兄弟揃ってイケメンなのは認める(笑)
でも中身はまだ両方しらない…(笑)
『愛美ちゃん、愛美ちゃんから見たらさっきの葵は愛想のない子に見えたでしょ?(笑)』
『まぁ…』
『実はあの子ね、普段ほとんど引きこもりなの。今みたいに、自分から下に下りてきて冷蔵庫をあけるなんていつぶりかしら?(笑)』
『なら、喉が渇いた時はどうしてるんですか?』
『ほら今は便利なLINEがあるでしょー、それで飲み物を部屋の前に置いてるの』
『お前が役に立ったってこと!』
『わっ、びっくりした!なによ起きてたの?』
『まぁ寝てたっちゃあ寝てたけど』
『私が役に立ったって?』
『多分お前らの話し声で気になっておりてきたんじゃね?』
『そうね、今までハルトはしょっちゅう女の子を連れてきてたけど、こうして私とゆっくり話す女の子はいなかったからねー、愛美ちゃんありがとう♪』
『いや、私は何もしてませんから…』
『よし、いくぞ!』
急に私の腕をつかんで、2階にかけあがった。
『おい、葵ー、お前の友達が会いたがってるぜ~、お前とこの女、同じ病気なんだってよ?』
『ちょっとっ!もうやめなよ!』
『おーい葵、お前と同じ病気の友達ほしくねーか?俺らに理解できないこともこの女なら理解してくれるかもしれねーよ?どーするー?』
この日はハルトが何を言おうと部屋の扉が開く事はなかった
その後ハルトの自宅を出て、ハルトが送ってくれることになって、無言でとぼとぼと二人で歩いていた
こんなとき何を話せばいいのかもわからず、ただただ地面を見ながら歩いた
『悪かったな…』
ん?今なんか言った?
そのくらいのか細い声だった。
『今なんか言った?』
『いや、』
『そぉ…』
『悪かったな!』
次はむちゃくちゃ大きな声で、私はビックリしてハルトを見上げた
『ちょ!なんなの??』
『なんなの?ってわかるだろ!』
『葵くんのこと?』
『せっかく来てくれたのにさ…』
『私こそごめんね、きっと葵くん迷惑してるよね…』
『わかんねーけど、とりあえず連絡先交換しとく?』
『は?なによいきなり、てかもう番号知ってるじゃない?』
『LINEしない?のほうが楽だし』
こうして会ってすぐに私とハルトはLINEするくらいの仲になったわけだけど、未だに違和感満載で、自分の行動力に驚いてる反面なんだか今日は疲れた…
自宅近くで別れて、もう家に着くかなってときに
{ありがとな}
LINEがきた
ありがとうは何度言われても嬉しい言葉だ
それから私とハルトは頻繁に他愛のないLINEをしていた。毎日おはようから始まり、おやすみで終わる。
でも必ず1回は葵くんの話をするようにしていた。
これは別に作られたルールではなく、自然に気遣うようになっていた。
そんな毎日が過ぎていって、そろそろ2週間、クリニックの日が来た。
まぁ、行って少し先生と話してあとは薬をもらうだけなんだけど…
クリニックが終わり、薬を貰って、帰ろうとした時、ふと葵くんの事を思い出した。
多分今日も引きこもってるはず…
そう思いながらたどり着いたのはハルトの家の前だった。
もちろん来る予定はなかった。
ハルトにも言ってない。
また無計画に勝手に来てしまっただけ…
インターホンを押すか押さないかで何分も立ち止まって考えた。私はハルトの彼女でもないし…いきなり家に行く理由もないし…
ウジウジウジウジ考えていると、
『あれ?愛美ちゃん?』
とどこからか声がした。
振り返っても誰もいなくて
オドオドしてると
『こっちこっち~!2階だよ~!』
ハルトの家の2階の窓からハルトのお母さんが手を降っていた
『あ、こんにちわ!あの…今日クリニックに行ってきて…』
『そうなんだー、その帰りに寄ってくれたんだぁ、ちょっと待っててね』
それからすぐに玄関からハルトのお母さんが出てきてくれた
『今ハルトはいないのー』
『いえ、今日はハルトじゃなく葵くんに…』
『葵?あー、心配させてごめんねー!』
『いえ…』
『じゃああがって♪』
いきなり来た私を笑顔でむかえいれてくれた
一度上がってる玄関、そして相変わらず綺麗なリビング。私はこの間と同じ位置に座ろうとした時だった
『あ!愛美ちゃん!さっき葵に会いに来てくれたって言ったよね?
『まぁ…会いに来たというか…いや、会いに来たわけではなく…ちょっと心配で寄ってみただけなんです…』
『それを会いに来たっていうんでしょ(笑)実はね、今葵起きてるの!いつもならだいたいこの時間は寝てたりするみたいだけど、さっきお手洗い行った時にちらっと顔見たら寝起きのかおじゃなかったから(笑)』
『そうなんですね、ならちょっと声かけてきていいですか?』
『うんぜひ~♪』
とは言ったもののなんて声かけたらいいですか?
と、聞いてしまいそうになった
言ってしまったからには行くしかない。
ゆっくりゆっくり階段を登り、右手に葵くんの部屋がある。
トントン…
『あの…この間ハルトと来た愛美です…起きてますか?』
返事もない。物音もしない。
『葵くん、良かったら扉越しでいいから少し話さない?ていうか、私が一方的になっちゃうけど話したいから聞いててね』
ちょっと強引だけど私のプロフィール的な事から病気の事までとにかく私を知ってもらおうと話続けていた
するといきなりドアがあいて
『あんたうるさいよ?』
私はまさか葵くんが出てくるなんて夢にも思わずにポカーンとしてると
『あんた俺の病気治せるとか思ってる?』
『そんな…そんなこと私にできるわけないじゃん』
『だよな。あんたも病気だしな。病人が病人治せるとかありえねーもんな』
『ふふ』
『なにが可笑しいんだよ』
『なんかハルトにそっくり…話し方とか(笑)』
『うるせーよ。消えろブス』
そう言って部屋のドアを閉められた
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