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薄茶色のセロファン

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あこがれのトム先輩をめぐる学生たちの思惑。

くり返される毎日の中で、「私」と女子と先輩たちとの追いかけっこは、続いていく。




15/05/30 10:45(スレ作成日時) [RSS]

  • No: 49葉月(AmcTnb)スレ主更新時刻16/11/12 16:13

    「ガラスの10代なのよね、今はね」
    「そのうち、傷つかない恋愛ってゆうのが、やってくるのかなあ」
    「そーだね、いかに女に磨きをかけるかじゃない?」
    「あー、はやく大人の恋がしたいっ」
     えんちゃんが、ごろんとタタミの上に寝転がる。
    「うん… そうだね、きっとできる、きっとなれる!とりあえず、今はそう思うしかないじゃん」
     私は、黙っておでんの鍋を見つめていた。
     卵やらガンモやら昆布やらが、グツグツと、ひとつの鍋の中で、次につまみ上げられるのを待っていた。




     トム先輩は、美術部と放送部をかけもちしてたので、いつ作品を仕上げたのか、謎だった。家でコツコツやるタイプには見えない。
     でも、学校では、まったくその気配がなかったので、家で仕上げたのだろう。
     とにかく、それは、他の作品を圧倒していた。


     

  • No: 50葉月(AmcTnb)スレ主更新時刻16/11/27 11:38

    60×45㎝のキャンバスの中に、無作為に英字がプリントされた切れはしが貼り付けてあり、ところどころ淡い銀色でグラデーションされてあるかと思えば、わざとこぼしたような黒いインクのしみが何か所かついている。それだけだと、なんだか古着屋のディスプレイみたいだけど、全体的に薄茶色いセロファンがかぶせてあり、それが、作品を懐かしい思い出のような印象に仕上げているのだ。
     美術部のアート展に訪れた誰もが、その作品の前でしばらく足を止め、息をひそめるようにして、じっと凝視していた。
    「1984」とタイトルされたその作品は、自然に、その空間の中で、一番人だかりを作りあげた。

  • No: 51葉月(AmcTnb)スレ主更新時刻16/12/11 13:21

    普段トム先輩に眉をひそめている先生達も、腕組みをして、じっと作品を見つめ、何も言わず帰っていった。真剣に見ている人もいれば、あきらかにトム先輩目当てのやかましい女の子集団もいた。様々な種類の制服に身を包んだ女の子たちが、その作品をくいいるように見つめ、なにかパワーを授かっているかのごとくその場にたたずみ、やがて去っていった。
     午後に入ると、急に人が来なくなり、美術室の中はひしめき合う作品たちがとり残されて、がらんと静まった。
     1時から体育館でビンゴ大会が始まったので、みんなそっちに行ってしまったらしい。
     私は、1枚目のビンゴカードが早々とハズれたので、なんだかバカバカしくなって、一人体育館を抜け出した。
     あんなとりとめのない喧騒の中にいるよりも、トム先輩の作品のそばに、少しでも長くいたい。
     やっぱり、アート展には、誰もいない。

  • No: 52葉月(AmcTnb)スレ主更新時刻16/12/18 15:40

    中に入っていくと、様々な絵画や、彫刻や、版画の作品たちが、私を出迎えてくれた。
     お母さんの胸像、静物画の版画、大きなキャンバスに描かれたもつれあうサッカー部員…
     写実派の部長は、写真のような絵を三枚描いていた。
     3年生の、アメリカから来てる留学生の女生徒の絵と、校庭のソテツの木と、60年代のレコードがバラバラに重ねられたテーブルだ。
     涼子の作品は、キャンバスの上に、写真のネガが幾重にも一直線に貼り付けられて、黒っぽい下地には、涼子のアップらしい顔のラインが浮かび上がっている。写真部の彼氏と共同制作したというのが、一目瞭然だ。
     やっぱり、あのコ、ナルシストだ。
     そんなことを思いながら、そのとなりにある自分の作品に目をやる。
    「Him」というタイトルの作品は、青っぽい。夢の中に出てくるような青色だ。外国の俳優とかアイドルを見ながら描きあげたその少年は、少しうつむき、口の前で両手を組んでいる。

  • No: 53葉月(AmcTnb)スレ主更新時刻16/12/29 11:24

    教頭が、この絵を見て、「このモデルは、ジェームス・ディーンかい?」とたずねた。私は、「いいえ、ちがいます」と答えた。教頭は、「ふうん、そうか… 君も一度、『エデンの東』を見てみるといいよ」と言って、立ち去っていった。
     ふと、誰かが入ってきた。窓から、おだやかな秋の風が吹いてくる。
     ふり返ると、トム先輩だった。トム先輩は、金褐色の髪を揺らしながら、いつになくナイーブでやさしい表情で、ずっと前からそこにいたように、自然にたたずんでいた。
    「その絵のモデル、オレってゆーの、ホント?」
     また、こんな風に突然に、この人は、私の心を揺さぶってくる。
    でも、なんてそれが、心地いいんだろう。あきらかに、さっきまでとは、空気の質が変わっていくのがわかる。
    「……ちがいますよ」
    「そっか。オレもこれ見て、なんかちがうなって思ったんだ。じゃ、この人は、ゆず子ちゃんの理想の男性?」
    「それも、ちょっとちがいます。どこにもいない人なんです」
    「I see。そうだね。彼は、どこにもいない」

  • No: 54葉月(AmcTnb)スレ主更新時刻17/01/07 11:48

    そう言って、トム先輩は、じっと私の絵「Him」を見つめた。その瞳が、今まで見たことのない、深くてまっすぐな瞳だったので、私の胸は、チリチリと、熱くなっていった。
    「トム先輩」
    「はい」
     こちらを見たトム先輩の顔は、いつもバカ騒ぎしている時の子供じみた顔じゃなく(そういう顔も、すごく好きだけど)、私にだけ向けられた、遠く、落ちついた表情だった。
    「私、トム先輩のこといつも見つめてて、憧れて、トム先輩の姿を見れるだけでしあわせで… 入学式のときから、ずっと、見てました。いままでいろいろ、イヤなこととかたくさんあって、自分に自信がなくて、学校やめたい、とか考えたこともあって、でも、いまこうしてここにいることができるのは、きっと、トム先輩がいたからだと、思うんです─」
     想いが、言葉となって、こぼれおちていく。だんだんと声がふるえていき、ふみしめた足から、小刻みに力が抜けていく。
     トム先輩は、整った顔で、私のたどたどしい告白を、きちんと聞いてくれていた。

  • No: 55葉月(AmcTnb)スレ主更新時刻17/01/22 15:51

    「私、トム先輩が、この学校からいなくなっても、ぜったいに、トム先輩のこと、忘れません」
     そこまでいうと、なんだか泣きそうな気持ちになった。
    「好きな人ができても?」
     ふいに、トム先輩のこげ茶色の瞳が、キラッと光る。
    「好きな人ができても… 忘れません。トム先輩は、特別なんです」
    「そうか」
     トム先輩は、私から目をそらし、ゆっくりと、自分の作品の前に移動した。
     なんだか、うつむいたその表情は、笑っているように見えた。
     そして、トム先輩は、しばらく作品を見つめたあと、おもむろに右手をのばして、かぶせてある薄茶色のセロファンを、左下から、はがしはじめた。
     驚いた私が声をあげることもできずにいる間に、セロファンは、ピリピリと10㎝四方ほど破られてしまった。あとに残った作品の左下に、四角い空間ができる。

  • No: 56葉月(AmcTnb)スレ主更新時刻17/02/17 16:32

    「はい、これは、ゆず子ちゃんにあげる」
    「でも… もったいないです…」
    「いいよ、気にしないで。どうせ、これが終わったら、ファンの子たちにバラバラにして、あげるつもりだから。それで、あんな分けやすい作品作ったんだ」
     私は、おずおずと右手をさし出し、セロファンを受けとった。トム先輩から受けとる時、パリッという音とともに、先輩の指先にふれた。
     次の一瞬、トム先輩の指が、私の右手の指を、かるく、やさしく、包み込んだ。やさしい指だった。トム先輩の体温が、わずかなふれあいの中でいちどきに私の中に流れ込んできて、体の奥がほてってきた。
    「オレも、美術部で、ゆず子ちゃん見てて楽しかったよ」
     私は、泣き笑いのような顔になった。

  • No: 57葉月(AmcTnb)スレ主更新時刻17/03/05 15:44

    「オレがいなくなっても、学校、やめんなよ」
     そう言って、トム先輩は、手をブレザーのポケットに突っ込み、あっさりと部室を出ていった。その時は、いつものおどけた表情に戻っていた。
     一人になった私は、手の中のセロファンを、空に透かした。顔に近づけるほど、まわりの風景が、ゆっくりとセピア色に染まっていった。



     やがて、寒い季節が過ぎ、センター試験も終わり、トム先輩たちが学校からいなくなる日がやってきた。
     卒業式の日、小松さんは、別の男の人と手をつないで帰っていった。
     トム先輩のまわりには、ずっと、女の子がまとわりついていた。
     それでも、涼子のお兄さんの力添えで、黄色いフリージアを渡すことができた。トム先輩は、笑って、「花屋になれる」と言い、セカンドバックに入れた色とりどりの花束の群れの中に、私のフリージアを差し込んだ。
     その時撮った私とトム先輩のツーショットの写真は、今でも、私の一人暮らしの部屋のタンスの上に飾ってある。にっこりと笑うトム先輩、すこしだけはなれて、泣きべそをかく私。
     そして、もう一つのフレームの中に、あの時の、薄茶色のセロファンが、たいせつに入れてある。写真よりも、このセロファンを見つめていると、あの頃のせつない気持ちをありありと思い出せる。

  • No: 58葉月(AmcTnb)スレ主更新時刻17/04/22 19:09

    トム先輩を、見かけたという人がいた。夜の新宿の街角で、アロハシャツを着て、金髪になって、ビラを配っていたという。
    「あの人、もうあの頃のトム先輩じゃないよ。違う人になってたよ。ゆず子、あんたのために言うけど、今のトム先輩の姿を、見に行ったりしないほうがいいよ」
     その人は、私にそう言った。でも、私はそれを聞いても、心が揺らぐようなことはなかった。あの薄茶色のセロファン、あの時のトム先輩が、私にとってのトム先輩のすべてなのだから。
     どうしようもなく落ち込んだとき、私は、セロファンを見つめて、新たな力をもらう。
     舞い上がりそうにうれしいとき、写真の中のトム先輩を見つめ、一緒に笑いあう。
     私には、今、たいせつな人がいる。彼はもうすぐ、この部屋を訪れるかもしれない。
     彼がはじめてここに足をふみいれる前に、この写真とセロファンは、絶対に彼が見つけられない場所に、移しておこうと、思う。





         〈 END 〉


     

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    リン更新日時12/04/08 23:08タグ 名前 思い出 友達