注目の話題
初対面の人と仲良くなれません。
同棲するなら1人になれる部屋が欲しいって言ったら号泣された
発達障害者だって子供が欲しい

雑記帳

レス15 HIT数 1142 あ+ あ-

しんのすけ( ♂ 8GSTxe )
14/07/25 22:47(更新日時)



 まぶたを開く。目の前には暗闇が広がっている。空気はよどんでいる。カーテンと窓を開いて光と空気を部屋の中に入れる。しばらく深呼吸を繰り返しているとようやく夜がすでに終わってしまったことを受け入れることができるようになる。



 僕は夢の中では騎兵隊になっていた。右手で何かくしゃくしゃに丸められた紙を握っていた。開いてみるとそれは皇帝から直々に手渡された命令書だった。「故郷を滅ぼせ」とそこには書かれていた。僕は命令に従うつもりはさらさらなかったが、とりあえず故郷を目指して旅をすることにした。山を越え、砂漠を越え、深い森の中の泉で喉を潤し、荒野を抜けてようやく僕は故郷にたどりついた。


 僕のことを覚えている人間はいなかった。随分と幼い頃にこの村から逃げ出したのだ。僕に両親ははじめからなく、孤児院で育てられていた。酒場に行って陽が暮れるまで飲んで、それから宿屋へ行った。ベッドの上に横たわり目を瞑ってみたが眠気は訪れなかった。気晴らしに街をぶらぶらと歩いてみる。見覚えのあるような場所をいくつか見つけた。しかしだからといってどうということもなかった。もう宿に帰ろうと決心したところで肩を叩かれた。振り向くとそこに女性が立っていた。しばらく彼女の目を見つめていると、それが誰だか思い出すことができた。昔孤児院で一緒にいた少女だった。僕は彼女のことが昔好きだったのだ。



 「この村に戻ってきたの?」「お別れの挨拶もせずにあなたは去っていってしまった。」「今何をしているの?」
 
 彼女は矢継ぎ早に質問を浴びせかけてきた。彼女は僕の手を握り、目を見て話をした。この時強く僕は「ああ、故郷に戻ってきたんだな」と思った。

「ねえ、私の家に来てよ」と彼女は言った。僕は頷き、彼女の後についていった。村はずれの丘の上に彼女の家はあった。ドアを開けると彼女の夫と子どもたちが迎え入れてくれた。僕たちは食事を共にし、思い出話に花を咲かせた。僕は気持ちよく酔っ払って、彼女の夫に抱えられながら宿まで帰っていった。


 しばし眠り、目を覚ますとまだ真夜中だった。月の光が窓から差し込み、あやしく床を照らしていた。僕は窓を開け、夜の風を頬に感じた。そしてこう呟いた。

「そうだ、命令を果たさなくちゃ」



 そこで目が覚めた。それは所詮夢に過ぎない。とにもかくにも夜は終わり、朝が来たのだ。僕は正気を取り戻した。

タグ

No.2117662 14/07/18 13:19(スレ作成日時)

投稿順
新着順
主のみ
付箋

No.1 14/07/18 16:15
しんのすけ ( ♂ 8GSTxe )




 僕たちは皆朽ち果てた寺の中にいるんだ。


 最早誰も訪れない。床板はくさり、漆喰の壁はくずれ、屋根瓦は悪童共に引き剥がされて一枚も残っていない。倒れこんだいくつかの仏像を繋ぐ蜘蛛の糸は、夜になると屋根から差し込む月明かりの光を浴びて黄金に輝いている。仏壇の前には僧衣を着た骸骨が頭を深く垂れた姿勢で正座をしている。その骸骨がまさに僕たちだ。肉体はどろどろに融けて流れ、魂はからからに乾いて砕け散った。陽が出ている間は何もすることができない。夜になるとようやくぶつぶつと何かを呟くことができるようになる。それもはるか昔に覚えた何かの言葉を繰り返しているだけのことで、その意味を骸骨が思い出すことは二度とない。

No.2 14/07/18 17:50
しんのすけ ( ♂ 8GSTxe )

 キク科の植物はアスターロイドと呼ばれる。asteroid、すなわちastro oid。星の形をしたもの、という意味だ。そう、つまりキクは星の花なのだ。面白いじゃないか。面白い話じゃないか。キクなんてものはコンクリートの隙間からでも、便所からでも、配水管からでもどこでも生えてくる。つまり、星の花は町のいたるところに生えているんだ。僕たちは毎日星のかけらを見て暮らしているようなものなんだ。それはとっても素敵なことだ。涙が出てくるくらいに。

No.3 14/07/19 17:45
しんのすけ ( ♂ 8GSTxe )

 
 吊革を握った君へ


 目の前に吊革がぶら下がっている。吊り下げられたひもの先に輪っかがついていて、それがゆらゆらとゆれている。ひもは天井から伸びている。何の天井だろう?疑問に思って辺りを見渡す。まず目に入ってくるのは広告。学習塾、ビール、債務整理、出会い系サイト、ありとあらゆる種類の広告が壁という壁に張られている。


 それからようやく回りにたくさんの人間がいることに気づく。目の前に頭髪の薄くなった中年男性が座っている。彼の襟はくたびれている。その隣には大きなネックレスをしたOLが座っている。その眉間に刻まれた皺が消えることは二度となさそうだ。


 右隣にはジャージを着こんだ金髪の若者が気だるそうに携帯をいじっている。体臭と合っていない強すぎる香水の匂いが周囲の人間を不快にしている。左隣には膝下までスカートを伸ばした女子高生が英単語帳を見ながら何かをぶつぶつ呟いている。目の前では吊革が揺れている。



 ちなみに言うと、電車の中にいるのは僕ではない。普段僕は電車を使わない。コンビニへ行くにしてもスーパーに行くにしても浄水場へ行くにしても墓地に行くにしても僕は歩いていく。なぜ電車を使わないのかといえば切符を買うのが苦手だからだ。子どもの頃間違った切符で改札を通ろうとしたところ、駅長と名乗る人物にひどく怒られ、殴られた。それ以来切符を買うのがトラウマになってしまったのだ。ちなみに僕は自転車にも乗れないし自動車の免許も持っていない。だから歩くしかないというわけだ。



 だから電車に乗っているのは僕ではない。したがって揺れるつり革と向き合っているのも僕ではない。よく晴れた日の青空から吊革は伸びてこない。もちろん曇り空からも伸びてこない。吊革は常に天井から伸びてくるものなのだ。しかし僕でないなら、電車に乗っているのは誰なのか?僕でないなら、それは多分君なんだ。


 電車は駅につく度に大きく揺れる。何かを促すように。人はその度に吊革をつかんで体を支える。単語帳を落とさないよう眉間に力をこめて体を支える。無様に他人に寄りかからないでもすむように。他人の力を借りずに自分の足で立っていられるように。目の前で吊革が揺れている。

No.4 14/07/19 17:48
しんのすけ ( ♂ 8GSTxe )

 


 しかし君は吊革をつかむことをためらう。そんなことしなくてもやっていけるのではないか、自分の足のバランスだけを活用してしっかりと立ち続けていくことができるのではないか。自分にはその力があるのではないか。君はそう考えて時々吊革をつかむことに抵抗する。腰を低くおろし、自分の肩をつかんで揺れに耐えようとする。しかし問題なのは電車の中にはたくさんの人がいるということだ。色々な人がぶつかってくる。様々なものが体のあちこちに当たる。傘が、鞄が、汚れた襟が、ベルトが、ヘッドフォンが、香水の瓶が、猫が、電柱が、蓮の花びらが、ありとあらゆるものが君にぶつかってくる。君はたまらず吊革をつかむことを受け入れる。君は乾電池を飲み込んでしまったような気分に襲われる。とんでもない異物が体の中に侵入してしまったのではないか。君は不安に襲われる。「高三の夏を制する者が受験を制す!」君は天井を見つめる。「この喉越し、まさにワールドクラス!」吊革は天井から伸びている。「借金、払いすぎていませんか…」君は吊革を手放す。そしてバランスを崩して床に転げる。周りの人間は皆君を見ている。誰も手を伸ばさない。吊革があるののにも関わらずそれをつかまず、勝手に倒れこんだのならそれは自業自得だ。氷のように冷たい瞳で彼らは君のことを見つめる。君の体は炎に焼かれたように熱くなる。

No.5 14/07/19 17:50
しんのすけ ( ♂ 8GSTxe )



 君は立ち上がり、膝の埃を払ってなるべく目立たないように吊革をつかもうとする。ゆらゆらと揺れている吊革、それは確かな天井から伸びている。しかしその天井は所詮電車の天井に過ぎない。電車は動き続ける。電車は揺れ続ける。電車は時々緊急停止信号を受けて止まる。電車は時々停電する。そして時々電車は人を轢く。轢かれた人間は「体を強く打って」死ぬ。ダイヤは乱れる。スケジュールを乱された人々の眉間には皺が寄る、ストレスで髪も薄くなる、ごく少数の人々だけが心の中でささやかなお祈りの言葉を捧げるが、声のない声を聞き取るだけの余裕は誰の心の中にも残されてはいない。電車は動き続ける。駅に止まる度に天井の名前も変わる。その天井は品川に停車している時には品川の天井となり、天満橋にいる時には天満橋の天井になる。たとえば日本海溝に駅が出来たとして、さらに日本海溝駅に君の乗る電車が停車したとしたら天井は日本海溝の天井になる。その時には一瞬君の心は躍るかもしれない。見たこともない深海魚が放つ七色の光に目も眩んだようになるかもしれない。しかしすぐに気づく。電車が動き出してしまえばまた天井が変わってしまうことに。天井の名前は永遠に変わり続ける。それでも君はそんな天井から伸びる吊革をつかんで体を支え続けなくてはいけない。「この夏、最高の出会いを君に!」目の前で吊革が揺れている。


 電車から降りるという手もある。駅について、ドアが開いた瞬間に駆け出して、改札を出て二度と電車には乗らないと跪いて天に誓う。そんな方法もある。しかし依然として君が人である以上、何らかの手段で移動はしなくてはならない。電車を使わないとなるとやはりパイロットになるだろうか?あるいは自動車免許をとるのだろうか?しかしコックピットにはコックピットの、免許には免許の困難がある。その困難は本質的に吊革が持っていたものと同じなのだ。



 

No.6 14/07/19 17:51
しんのすけ ( ♂ 8GSTxe )




 あるいは僕のようにひたすら何の乗り物も利用せずに歩き続けるという手もある。しかし僕はそれはお勧めしない。結局のところ歩くということはひどく体力を消耗する行為なのだ。そしてその割りに遠くまで行くことはできない。僕は毎日電車を利用することができたらいいのにと思っている。僕は職場へ通うために橋を歩いて渡らないといけない。僕が毎日歩く橋の隣に線路が通る橋がある。僕は毎日歩きながら、すごい速さで僕を追い越していく電車をうらやましいと思いながら眺めている。「徒歩でいける場所は限られている」 過ぎ去っていく電車を見る度に僕はそう思っている。



 僕は多分君の姿を何度も見ている。電車の外から。君は下唇を、血がにじむほどにかみ締めながら吊革をつかむ。君は何もかも許すことができないでいる。平然と吊革をつかむ周りの人々も、吊革をつかまずに周りにぶつかって迷惑をかけている人々も、結局吊革をつかんでしまった自分も、そんなことをいつまでも気にしている自分自身も、広告も、天井も、窓から見える青空も何もかも許すことができない。



 だから僕が何を言っても君が受け入れることはできないだろう。僕は所詮電車に乗らない人間だからだ。「何も知らない癖に偉そうなことを言うな」たった一言で君は僕を言い負かすことができる。たとえ僕が金平糖のように甘い言葉で慰めても、君が僕そのものを許せないのならその口から流れる言葉はただおぞましいだけだ。

No.7 14/07/19 17:54
しんのすけ ( ♂ 8GSTxe )



 僕は橋を渡りながら、職場の浄水場へ行くために橋を渡りながら時々君のことについて考える。しかし君のことについてばかり考えてもいられない。僕は僕で考えていることがある。たとえば…


 浄水場で僕は川の水を綺麗にする仕事をしている。僕たちは川の水をそのまま飲むことができるぐらいに綺麗にした上で水道に流す。どのような方法で綺麗にするのか?もちろん水を洗うのだ、より綺麗な「何か」で。それが「何か」ということは企業秘密なので教えることはできない。都合の良いことは広告を通じて積極的に宣伝し、隠すべきことは徹底的に隠す。それが企業という存在の特徴、あるいは美徳だ。


 その「何か」を使って僕は仕事をするわけだけど、それがどこからやってきたのかということを僕は知らない。それを外に持ち出すこともできなければ、その姿を写真におさめることもできない。「何か」には1つ1つ丁寧にナンバープレートが取り付けられていて、誰がどのナンバーのものを手にしたかということは厳重に管理される。僕は使用したその「何か」を責任もって元あった場所に返却しなければならない。だから僕は決してそれをくすねることができない。



 水を洗ってもその「何か」は変化しない。少なくとも外見上は。実際のところどうなのかということはわからない。使用されるたびにそれは捨てられていて、常に新しいものが補給されているのだという説もあれば、しかるべき方法でその「何か」は洗浄され、再利用されるのだという説もある。実際のところはもちろん僕にはわからない。

No.8 14/07/19 17:56
しんのすけ ( ♂ 8GSTxe )



 僕が頭を悩ませている問題というのは、その「何か」が天然のものなのか、人工のものなのかということだ。この問題は同僚たちの間でも時々話題になる。読書が好きな同僚の1人は、こんなことを言っていた。


「それが鉄鉱石とかウランのように天然に産出するものなのであれば、いつかは尽きるということだ。それがいつか尽きて、水をもう綺麗にすることができなくなってしまったとしたら文明はおしまいだ。僕らは汚水でコーヒーを入れなければいけない羽目に陥る。一方それが人工のものだったとしたらどうだろう?当然その綺麗なものを生み出す代わりに、どこかに負担がかかっているに違いないんだ。水を綺麗にする一方で、僕たちは確実にどこかを汚しているはずなんだ。何の問題もなく水を綺麗にし続けることができるなんて、そんな甘い話があるはずがないんだ…」


 僕は職場からの帰り道、橋を渡りながら最近ずっとこのことについて考えている。あるいは考えているふりをしているだけなのかもしれない。でもそういうとき、そんな風に考え事をしている時に限って僕はいつも君のことを見かけるんだ。君が虚ろな目で、肩を震わせながら吊革を握っている姿を見かけるんだ。僕は君を見ている。君は僕のことを見ているだろうか?川の水に映る赤い夕焼けを見ているだろうか?そうだ、こんなことを考えている時にはなぜかいつも夕陽が綺麗だったんだ。それはまるで街を焼き尽くす火の玉のようで、綺麗だったんだ。浄化しきれないほどに汚れきった川の水を、いっそのこと蒸発させてしまおうとしている火の玉のようで、綺麗だったんだ。君の肌もきっと熱くなっているはずだ。どうだろう?吊革を握った君へ。君は今何を見ているんだ?もしかして君は水を洗う「何か」の正体に気づいているのか?僕に教えてくれ。せめて言葉にして、僕に教えてくれ。

No.9 14/07/20 23:26
しんのすけ ( ♂ 8GSTxe )




 風の吹いた夢を見た。丁度僕は枯れ木を積み上げて火をおこしたところだった。苦労しておこした火は無残にもかき消された。しかし頬にあたる風が冷たくて気持ちがよかった。1つ失って1つ何かを得る。それが全てだった。


 僕は空に星が輝いていたのを見た。だから夏だったのだと思う。僕は夏にしか夜空を見上げない。空を見上げて、そしてそこに星が輝いていたのなら、季節は夏だったのだきっと。


 地面は柔らかかった。でも時々すごく硬いものが足の裏にあたった。火が消えてしまうと辺りは全くの闇に包まれて、僕は自分がどこにいるのか全く予想することすらできなかった。ただ絶えず波の音が聞こえていたから、多分そこは砂浜だったのだと思う。磯の香りを感じることはできなかった。風邪をひいて鼻をつまらせていたから、世界から匂いは消え去っていた。



 僕は火をおこして、汗をかきたかったんだ。風邪をはやく治してしまうために。夏の風邪は長引くから。だけど風は吹いて、火は消えてしまった。心地よいのは最初だけで、やがて寒気を覚えた。あてもなく僕はさまよい歩いた。いつのまにか僕は膝丈まで海の水に漬かっていることに気づいた。僕は構わず前に歩き続けた。つま先だちでないと歩けなくなり、やがて頭まで全て水に漬かった。僕は構わず前に進もうとした。意識は少しずつ薄れていき、やがて僕は気を失った。


 気がつくと、僕は浜辺に打ち上げられていた。すでに朝日は昇っていた。昨日の焚き火のあとはまだ残っていた。僕は海の水で顔を洗って、そして呟いた。「夢じゃなかったんだ」


 そこで目が覚めた。


No.10 14/07/23 17:59
しんのすけ ( ♂ 8GSTxe )




 今日は7月23日だ。


 7月22日の僕が書いた日記を読む。そこには「チョコモナカアイスを食べた」と書いてあった。僕は日記の7月24日の欄にこう書く。「日記の7月22日の欄に「スイカバーを食べた」と書き加えた」と。しかし7月22日の欄には「スイカバーを食べた」とは書かれていない。7月23日の、つまり現在の僕は7月22日の欄に「スイカバーを食べた」とは実際には書かなかったからだ。



 この日記を後から見直すとする。7月24日の欄には「日記の7月22日の欄に「スイカバーを食べた」と書き加えた」と書かれている。多分僕はこの文章を実際には7月23日に書いたのだということを忘れてしまう。僕は本当は7月23日に嘘をついたけれど、後から日記を見た僕は7月24日に嘘をついたのだと勘違いする。そうやって僕は1つの嘘で1つの嘘を覆いつくしていく。そうやって日記を書きかえていく。

No.11 14/07/24 08:37
しんのすけ ( ♂ 8GSTxe )


 道端を歩く。川沿いの廃工場を探検してみたりする。倉庫の片隅の、じめじめした場所に銅線が落ちている。拾い上げてみると、青色に輝いている。銅が湿気の多い場所で酸化すると緑青、すなわち炭酸銅と呼ばれる成分に変化する。この炭酸銅の結晶化したものが孔雀石だ。鉄と石でできた街の片隅に打ち捨てられた銅線の先端に息づく孔雀。灰色の世界の中で僕はもがきながら色を探している。正気を保つために。何かに抗うために。

No.12 14/07/24 15:46
しんのすけ ( ♂ 8GSTxe )




「燃えた仏教都市」その①



 灰燼と化す仏教都市。命からがらなんとか逃げ出す男。海を渡って故郷へ帰る。男は山の中の寺にこもって修行を続け、やがてその寺の教祖となった。あれから何十年たった今でも、瞳を閉じれば無残に殺される僧侶と、粉々に破壊される仏像の光景が目に浮かぶ。男は瞼の裏に写るその映像を見るたび、ただただ虚脱感に襲われた。


 やがて1人の男が出家してくる。彼は元貴族であった。仏の教えに感動し、現世を捨てて出家することを決めたという。しかし男はちゃんとその元貴族が権力争いに破れ、身の危険を感じて逃げてきたということを知っていた。男が何人もの女を抱いて子どもを作り、そしてそれらの全てを捨てて山にやってきたということもちゃんと知っていた。しかし男はその元貴族を受け入れた。目を瞑る。なおも都市は燃えていた。



 1人前の僧侶となるためには10年は山の中で修行を積まなければいけなかったが、元貴族は以外にもその修行はこなした。しかし10年たつと度々山に下りて貴族の権力争いに介入したり、女を抱いたりするようになった。都合が悪くなるとまた山に逃げ帰ってきて、奥の部屋にこもってひたすらお経を読んだ。



 都市の火はなおも消えなかった。それどころかどんどん範囲が広がっていった。最近では目を瞑っていなくても火を見るようになった。若い頃訪れたあの都市でなく、今自分がいる山の中の寺が燃えている。そんな幻覚を度々見るようになった。

No.13 14/07/24 15:47
しんのすけ ( ♂ 8GSTxe )


「燃えた仏教都市」その②




 決して消えない火。男は段々自らの幻想に追い詰められていった。男は何度も試みて失敗したあげく、火を消すことは不可能なのだと結論した。だから男は別のやり方で幻想に対抗することにした。つまり、幻想をもう1つつくり、その力でもって火という幻想を打ち消そうとしたのである。すなわち男は決して消えない火の対なる存在としての決して融けない氷という幻想を生み出したのである。しかし幻想には依り代が必要だ。男は元貴族をその依り代とすることにした。男は元貴族を自らの部屋に呼び、正座させた。



 男は自らの話をした。自分が若い頃どれほど仏教の力に救われたか、仏教の聖地であるその都市に行くことをどれほど望んだことか、そしてその都市が無残に焼き尽くされる光景を目の当たりにしてどれほど絶望したか、そして自分の精神が今、どれほどその火に侵食されているかということについて話した。最後にこう言った。その火にも意味はある。世界にある、決して融けることのない氷、そのためにこの火はあるのだと。その決して融けない氷をとかすために多くの僧侶が殺され、仏像が焼かれ、そして自分の精神もその火にくべられているのだ。そしてその氷とは疑うこともなく、お前の心の中に巣食っているものなのだ。男は元貴族を見つめ、そう言った。


 元貴族は泣き崩れてこう言った。確かに自分の心は凍り付いていた。何を見ても心は動かない。涙を流すのは、涙を流すべきだと思ったときだけで、ついぞ本当の感動などしたことがない。そんな自分の心の中の氷のことをわかってくれる人など存在しないと思っていたが、まさか教祖さまがそれを見抜いてくださっていたとは。これからは心を入れ替えて修行しなおします。元貴族は言った。男は苦笑いをした。自分の言葉を、もしかしたら元貴族は違う風にとったのかもしれない。しかしそれでももう構わなかった。結局これは自分のためにしたことであった。

No.14 14/07/24 15:48
しんのすけ ( ♂ 8GSTxe )


「燃えた仏教都市」その③




 教祖の死後、元貴族はむしろ山にいないことの方が多くなった。朝廷からしかるべき地位と土地と館を与えられたのでそこで女と暮らした。出家前に一緒にいた女ではない。


 ある時数多くいる息子の内の1人の下を訪れ、無理やり出家させてしまった。「僧侶の息子は僧侶になるのが一番いい」と言いながら。無理やり出家させられては修行に身が入るわけもない。その息子は度々山を抜け出して町へ行き、女を抱いた。女の家族がそれに気づき、無理やり2人を合わせないようにした。その息子はその女をかなり気になっていたので、他の女を抱く気にもなれずに山の寺でふてくされながらお経を唱えていた。ある日女の家族の1人が何かの用事で山の寺に来ているのを見かけた。その息子は気づかれないように近づき、その着物の襟に恋文を忍び込ませた。ある山奥の小屋に女を呼び出す内容がそれには書かれていた。その息子は心躍らせながらその小屋で待ったが、女はやってこなかった。


 数十年後街中で2人は再会した。どちらも老人といっていい齢になっていた。その息子は女になぜ小屋にこなかったのか、手紙は受け取らなかったのか?と聞いた。女は手紙は受け取った。しかし中身を読むことはできなかった。と言った。どういうことか?とその息子は尋ねた。女はこう答えた。

「私が読もうとすると、手紙は燃えて灰になってしまいました。まわりに火の気のあるものなどなかったというのに、本当にひとりでに燃えてしまったのです。それからあれほど激しかった私の恋も冷めてしまったのです。いや、冷めてしまったというよりかは、むしろ頑固な憑き物がおちたというような感じでした。そうですね、まるで氷が融けてしまったかのような感じでした。」

No.15 14/07/25 22:47
しんのすけ ( ♂ 8GSTxe )




 女は忘れることで復讐する。

 男は覚えることで復讐する。

投稿順
新着順
主のみ
付箋
このスレに返信する

日記掲示板のスレ一覧

携帯日記を書いてみんなに公開しよう📓 ブログよりも簡単に今すぐ匿名の日記がかけます。

  • レス新
  • 人気
  • スレ新
  • レス少
新しくスレを作成する

サブ掲示板

注目の話題

カテゴリ一覧