あの人が俺の前に現れた
俺は異性を好きになったことがない。
30年間生きてきたが、
まるでわからない。
だが、何だかおかしいんだ。
あの人は何者なんだ?
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俺は、はじめての感覚を自覚していた。
ひとつひとつの、自分の感情と、
この俺の心臓の鼓動を照らし合わせても、
これは、きっと
人を好きになるという現象なんだと。
俺は生まれてはじめて、
人を好きになった。愛しさを知った。
Mを思うと、セックスをしたいというよりも
彼女を抱き締めたかった。
強く抱き締めて、優しく抱き締めて、離したくない気持ち。
これが、今まで俺が
手に入れたくても、手に入れられなかった感情なんだ。
俺は、この人間らしい感情に、
心地よさを感じていた。
小学生でも知っている
好きという感情…俺は30にして
手にいれた。
Mがいてくれたおかげで、
俺は欠けていた自分を手にいれた。
俺は、この気持ちをMに伝えた。
Mは、何と言うだろう。
信じてくれるだろうか。
Mは、静かに聞いていた。
電話の向こうで彼女はどんな顔をしているんだろうか。
多分、この俺が、今さらこんなことを言っても
また何かの冗談みたいに聞こえるんだろう。
俺だってまだ、夢をみているような気持ちなんだから、無理もない。
俺は心をこめて正直に話すしかなかった。
俺はあなたが好きです。
彼女は静かに言った。
ありがとう。私は、あなたに、そんなふうに思ってもらえてとても幸せです。
その言葉に、彼女の優しさや深さを感じていた。俺の言葉を信じてくれたことへの感謝の気持ちもあった。
ただ、彼女は、俺を好きだとは言ってくれなかった…
わからない…
私はあなたに、同情していたのかもしれない。
私は、こんなにおばさんで…
あなたは、私の母性を求めていると思ったの。
だから私は
あなたを抱きしめてあげたかった…。
そうすることで、
あなたが、もしかしたら人の温もりや、
愛情を思い出せるかもしれないと思ったから。
ただ、
あなたが、私を好きになるなんて
想像もしていなくて。
だから、今はあなたの気持ちをきいて
すごく戸惑ってるの。
よく考えてみて。あなたと私は
10歳も歳が離れているよね。
今は気にならないとしても、
これから先は、あなたにとっては
若い女性と恋愛したほうが幸せになれるに
決まってるよ。
Mは続けて話した…
Mは、俺を少し押すようにして
唇をはずした。
それでも俺は求めた。
Mは小さく応じるが、ためらっては唇をはなした…。
そして言った。
あのね、ダメだよ…やっぱり、だめ。
私はあなたには、ふさわしくないよ。
子どもだっている…。
俺はそんなこと、聞き飽きていた。
俺は、あなたがいいと言っているのに
だめなんですか?
俺は、あなたがいいです。
多分、あなたでないと、俺のことはわかってもらえない。
俺には歳なんて関係ないんですよ。
俺はあなたを諦めません。
俺は変わらない。
それは、これからの俺を見ていたらわかることです。
俺は、一生懸命話したつもりだ。
言っておくが、俺から離れようとした女を
ここまで引き留めたのは、これが
はじめてだ。
必死な自分を、自分で観察したいくらいだった。それくらい、俺のなかでは、
大事件が起きていたんだ。
こんなに人を好きになり、人に執着している。
人生の大事件だよ…。
Mは、
ありがとう
と言った。
なぜ、ありがとう?
俺にはこのありがとうの意味がわからなかった。
私みたいなおばさんを
そんなふうに思ってくれて。
私なんかに…。
なんだか、もったいないなぁ…。
そうMが言った。
嬉しそうなのに嬉しそうじゃない。
Mの表情はやっぱり困っている感じだった。
俺は、正直、自分のことしか考えていない。
相手がどう思おうがいい。
Mがいることで、自分が幸せになれる。
自分勝手なんだろうな。
でも、この世に自分勝手じゃない奴なんて
いるのか?
みんな自分がかわいいんじゃないのか?
人のため、あなたのため、なんて言っていても
結局は自分が満たされたいだろ?
俺は、今の自分にはMが必要だと判断した。
それを、わかってもらわなければ困る。
わかってもらえなければイヤだ。
わがままと思われてもいい。
俺は、Mに特別な感情がありながらも
他の女とも、今までどおりに付き合っている。
女が望めば、セックスもしてやるし、
その場の雰囲気で俺が欲情すれば
俺が女を襲うこともある。
Mはそれをはじめから知っている。
知っていて俺に抱かれている。
でも、これだけは言える。
Mのことは他の女たちとは違う。
俺の中ではMは別格なんだ。
それも、きっとMはわかってくれているんだろう。
きっとわかってくれる…俺は勝手に思い込んでいた。
だが、違ったんだな。
そう、Mだって人間だ。女だ。
神でも仏でもなければ、マリアさまでもないわけだ。
ある日、Mは言った。
こうして会うのが、私でなければいけない理由はある?
と。
俺は多分、精神科かどこかにいけば
名前がつく病気なのかもしれないな。
俺は、確かにMに甘い言葉も言った。
酔ったときなんかは酷かったな。
結婚したいなんてことも口走った。
Mに会いたくて仕方なかったし
Mを失いたくなかった。
確かに、Mは今までの女たちとは違う。
だが、俺はM一人だけを見て生きていくつもりはない。
やはり、一般的にみれば、
この俺は異常なんだろうな。
なぜ一途に一人の女を見なくちゃいけない?
俺にはわからない。
好きという感情は手にいれたのに
そのあとがわからない。
どう大事にしたらいいかわからない。
根本的に俺は変われない。
Mはきっとそんな俺を見抜いていて
不安なんだろう。
俺は昔から不思議だった。
あなた「だけ」をアイシテル
おまえ「だけ」をアイシテル
なぜ「だけ」にこだわる?
そのあまりにも安易で不確かな「だけ」の言葉をなぜ求める?
Mもそうなんだろうか
言ってほしいんだろうか
あなた「だけ」を抱きますよ、と。
あなただけ
あなたしかいない
なぜ人は、そんな言葉に安心する?
そんなものは
俺にとってはウソでしかない。
人の気持ちは必ず変わるからだ。
俺はそんな人間たちを散々見てきたし
俺も「だけ」にこだわったことなどない。
言葉ではなんとでも言える。
言葉ではその場しのぎで雰囲気を飾ることができる。
言葉に酔うこともできる。
でもそこにどれだけの真実があるというのか。
確かに、今はMにしか安心感を感じない。
今のところ
Mしか本当の俺を理解していないと思う。
だが俺はM一人だけを想い続けることに決心がつかない。
Mのことはずっと想いながら、同時に他の女も
見定めていくんだろう。
ここでMに対しての罪悪感はない。
Mも、俺を好きになったとしても、
きっと必ず他の男に惹かれることがあるにちがいない。
亡くなった旦那を忘れずにいながらも
俺に抱かれたように。
だが、Mの記憶に俺は残る。
セックスをしたからだ。
一つになった記憶は、そう簡単にはなくならない。
うわべだけの、どんなに甘い言葉よりも
セックスの方がどんなに確かなものか。
その時だけは
相手を見て、相手の肌を感じ、相手の声をきく。
相手の存在を自分の肉体で確かめられるから
自分の存在も確信できるのだ。
言葉などいらない。
俺は、Mが何を考えているのか
よくわからなかった。
というか、あまりわかりたくもないしな。
正直、面倒くさかった。
女のそういう感情に振り回されるのは好きじゃない。
俺は相変わらずマイペースだった。
腹が減れば、Mの顔が浮かび、
一緒に飯を食いたいと思った。
眠る時は
Mが隣にいたら安心できるのにと
思ったりもした。
Mの匂いも思い出した。
その日も、
俺は当たり前のようにMに会っていた。
俺が会いたいといえば
Mは時間を作ってくれた。
セックスは毎回じゃない。
セックスが目当てじゃないのに、Mに会いたいと思う自分に、俺は自分らしさを感じられずにいたが、それも心地よかった。
Mを自宅に送っていく車の中で
Mがポツリと言った。
私、もうあなたとは会わない。
会いたくないの。
予想していたような、
予想していなかったような…
そんな言葉をきいて、
その時、俺はどんな顔をしていただろう…。
その日はそれなりに楽しく過ごしたつもりでいた。
Mだってよく笑っていた。
何か気に障ったんだろうか。
俺は一瞬の間に頭の中で1日のことを
思い出していた。
何一つ思い当たる出来事はなかった。
少なくとも俺は楽しく過ごしていたのだから。
第一、Mはいつ
そんなことを言おうと決めたのだろうか。
会う前から?
俺に会わない、会いたくない?
まあ、他の女には何度も言われてきた言葉だ。
他の女に言われた時は
何だか腹立たしかった。
俺の存在を否定されたようで。
もちろん理由はきいた。だが、
あ、そう。わかった。で、済んだ。
理由はだいたいみんな同じだった。
俺の本性がわからないのだと。
俺の特別な女になれないことが悲しいのだと。
愛されていないことが辛いんだと。
俺とのセックスが怖いという女もいたな。
それを聞くと、やっぱりなと納得するしかなかった。
それに、引き留める理由もない。
俺は女たちに情がわかなかった。執着できなかった。
俺についてこられないのなら、仕方がない話だ。
でもMに言われるとさすがに堪えるな。
せっかくここまで俺の思い通りになっていたのに。
俺は平静を装ってMにきいた。
俺はイヤだよ。
なぜそんなこと言うの?
Mは話し続けた。
好きになるといけないね。
いろんなことが、辛くなる。
私って、どんなふうに見える?
もういい歳のおばさんだけど、中身は
そのへんの女子高生と変わらないのかも。
ちっとも大人になれないのよ。
愛してるとかいうけど、本当のところは
わかってないのかもしれない。
ごめんね。何を言ってるのかわからないでしょう?
あのね、ダメなのよ。
そういうのを見るのは、辛くて。
恥ずかしいけど、とても嫉妬してしまうの。
だから私には無理かなと思うの。
ん?何を言っているんだろう?
俺はわからなかった。
そういうのを見るのは?何を見るのは?
俺がMに質問するより早く
Mが俺の方を向き、
俺の首を触った。
そして、少し低い声でゆっくりと言った。
ここに、キスマーク、ついてるの。
一日中、それを見てたけど
耐えられそうにない。
だから私はもう
あなたと会いたくないの。
俺がキスマークの言い訳を考えている中で、
それを見抜くように
Mは言った。
あなたが、誰と何をしようが
私には何か言う資格もないのにね。
私は、あなたが何をしようが
あなたが幸せなら、それでよかったの。
はじめはね。
でも、好きになってしまうとね、
そうじゃないの。
私だけを見てほしいし、私だけを愛してほしい、私とだけセックスをしてほしい。
そんなわがままなことしか考えられなくなるのよ。
私ね、今さらだけどわかった気がする。
無償の愛って、親子関係にしか成立しないんじゃないかって。
男女の恋愛関係の中で
見返りを求めない愛ってないんだと思う。
夫婦でも同じ。
自分だけを愛してほしい欲求はいつもつきまとう。
Mは一気に話している。
俺は目に入ったコンビニの駐車場に
車を入れた。
あ、ごめんね。
私がこんな話をしたから帰れないね。
話、やめるから出てもいいよ。
そうMは言ったが、俺は
話をききたいからいいよ
と伝えた。
Mは、少し俺の顔を見ていたが
またすぐに下を向くと
再び話しだした。
あのね、私ってどんな女に見える?
私ってね、すっごく嫌な女なんだよ。
全然関係ないんだけどね、
私ね、死んだ旦那に浮気されてたことがあったの…。
………俺はちょっとギョッとした。
しかも、今日のMの話は、珍しく飛びすぎている。
俺に会いたくないという話から、ここまで飛ぶのか。
何が言いたいのか。
それでもMの話は興味深かった。
俺は適度に相づちをうちながら
聞いていた。
自分の大好きな異性、大切な異性が、
一生、自分の隣で、自分だけを見て
自分だけを愛してくれるなら、
そういう保証があるなら、
私も旦那に生き返ってほしいと思ったかもしれない。
でも、わからないでしょ。
生きていたら、また違う人をすきになるかもしれないでしょ。
そして私はまた傷つくでしょ。
だからね、私は
亡くなった旦那に対して、
哀しいとか寂しいとかもちろんそういう感情はあるけれど、
それとは反対にホッとした気持ちがいつもどこかにあるの。
私って、どこまでも嫉妬深くて、
自分が大切な女なのよね。
あ、もしかしたら、
あの世で好きな女性ができてるかもしれないけどね…ふふ。
それはもう諦めるわ。
Mはそう言って少し笑った。
ごめんね。話がとんじゃった!
Mが言った。
私ね、そういう女だから、
あなたとは一緒にいられないよ。
あなたは、私じゃなくてもいいでしょう?
私の他にもデートする相手がいるし
セックスする相手もいる。
あなたを好きと言ってくれる相手もいる。
私じゃなくてもいいはずなのよ。
私はあなたを好きになってしまったから
それに耐えられないの。
そのキスマーク見てるだけで
泣きそうになる。今日はすっごく我慢しちゃった。すっごく疲れたし。
だから、あなたとはもう会いたくない。
私も、よく考えてみたら
あなたにはふさわしくないって、自分でわかっていたし
こんなおばさんが、また恋をするなんて
夢みたいな話で…
本当に感謝してるよ。
この夢みたいな思い出だけで
死ぬまで頑張って生きられそう!
あ、死ぬまで生きるって、
当たり前か!
Mは自分で突っ込み、自分で笑った。
俺は、その時思った。
俺はMのこういうところが好きなんだよなぁ。
俺は、うまい言葉が浮かばずに、
結局Mを送り、
家に帰ってため息をついた。
俺は、病気だな…
そう思った。
Mは、大切な人だとわかっているのに
Mの幸せを考えてあげられない。
Mの気持ちに応えようとしてあげられない。
どこまでも、
自分が、自分が、自分が…
自分が一番大事で、
それを譲れない。
俺はそうやって生きてきたんだから
仕方ない。
他の女に求められれば
それに応じてしまう。
そこで、生きていることを実感できるし、
誰と関係を持とうが
俺は変わらない。
セックスはそんな崇高なものではない。
好きな人としかできない
好きな人じゃないといやだ
そんなものではない。
Mが俺から去ろうとしているのに
俺は
これからはMだけを愛し
Mだけを抱くとは
どうしても言えない。
でも、Mを失うことは
とても考えられない。
俺のことを理解してくれなんて
やっぱり無理なことなんだろうか。
今までのことだが、
俺から離れていく女は、
俺を好きになった女だ。
俺が一人の女で満足できないから
辛いらしい。
俺は
わたし『だけ』を愛してほしいという女の
心理がわからなかった。
俺から離れない女は、
みんな割りきれるやつばかり。
俺をセックスの相手、都合のいいときに会える相手としてみている。
俺もそれで充分だった。
だから、俺を好きになって
勝手に苦しくなって
離れていこうとする女のことを
引きとめたことはない。
面倒なだけだからだ。
だが…Mが俺から離れることは、どうしても嫌だった。
こんなに焦ることが今まであっただろうか。
どんな理由でもいい、
どんな形でもいい、
俺のそばにいてほしいと思った。
世の中のだいたいのルールが
俺には理解できないし
納得できない。
なぜ浮気や不倫がダメなのか。
なぜ自然の摂理に逆らうのか。
人間は動物だろ。
本能ってやつを無視してるルールが
世の中には山ほどあるだろ。
身体が求めるもの
頭が求めるもの
それは違っていいんだ。
誰だって、誰かだけを愛するなんて
無理だ。
いつだって、人の気持ちは変わる。
誰かを思いながら
他の誰かのことも、いいなと思っている。
昨日は愛した人でも
今日は死んでほしいと思うほど
憎しみでいっぱいになることもある。
好きだの、愛してるだの
所詮、その時の気分なんだよ。
俺は正直に生きているだけだ。
セックスは、誰とでもできる。
身体さえ反応すれば物理的にできることだし
気持ちなんかなくても快楽は得られる。
ただ、本当に心が求める人はいる。
俺にとってはMだ。
他の誰といても、何をしていても
充たされないものは確かにある。
本当に求めているもの以外は
所詮、代用だ。
Mは、旦那に浮気されたことを
ずいぶん悩んでいたようだが、
俺に言わせれば、そんなこと
大したことじゃない。
そんなことはお互い様だし
自然なことだ。
人は、いつだって、どんな時だって
好きな人が変わってもなんら不思議はない。
俺はきっと
みんなとは違う考え方なんだろうな。
みんなから非難されるような
考え方の持ち主なんだろう。
俺は致命的に変われないのだ。
俺は、
Mのことを考えていた。
セックスの時のMを思い出すと
俺はたまらなくなる。
他の女たちと比べてしまう。
Mの中に指を入れると波打つように締まってくるのがわかる。
俺のものを、優しく丁寧に口の中に含み
俺のツボを攻めてくるその姿は、
見た目の清楚さ、真面目さからは
とても想像ができない。
でも、いやらしくない。不潔さがない。
俺は、入れるまでに時間がかかる方だが、
Mの時は違う。我慢ができなくなる。
Mの中にいるときは、上からMの感じる顔を見ているだけで幸せになれる。
本当は、いじめたい。痛めつけたい。
首さえしめたくなる。
その衝動は、一生懸命抑える。
嫌われたくないからだ。
無意識にMの身体を噛んでしまう時はある。
痕をつけたい
傷をつけたい、残したい…
俺の性癖は異常だろうか。
ある日、Mが言った。
ずっと一緒にいたいよ
と。
俺はこんな言葉、何十人という女の口から聞いてきた。
なんて嘘っぽい言葉か。軽々しく傲慢な言葉か。
そんな言葉をきくたびに吐き気がしたものだ。
大体が、セックスの最中に言う女が多い。
気持ちよくなって頭が麻痺しているのか?
気持ちよくなっていれば、何でも言えるのか?
こんな言葉で俺が喜ぶとでも?
俺がお前に傾くとでも?ふざけるな。
いつか気が変わるくせに責任のない言葉を吐くな。
だが…
Mに言われた時は
何の違和感も嫌悪感もなかった。不思議だった。心のなかで
俺も一緒にいたいよ
と思っていた。
口から出そうだった。だが飲み込んだ。
自分が信じられないくらい素直で怖かったからだ。
Mの言葉が、例え傲慢でその時の感情で
気まぐれに発せられた言葉だったとしても
それを噛み締めたかった。
Mを強く強く抱き締めた。
俺は完全にイカれてる。
自分で自分を笑いながら、それでもこれでいいと思えた。
Mを抱いていた。
毎回思うが、なんだろうな、この処女のような反応は。
どこを触っても、舐めても
はじめてのようにビクンと小さく反応する。
少し眉間にシワを寄せているが
目は俺をまっすぐ見ている。
俺のモノがMの中で暴発しそうになっている。
俺の性癖が疼く。殺したい…。
今、この時、この瞬間
Mは俺のものだ。俺を見て、俺を感じている。
小さく喘ぐその口のなかに
舌をねじこんだ。苦しいか…?
俺は次の衝動にかられる。
Mの首に手をかけた。細い首だ。
Mは少し反応したが抵抗はない。
俺はキスをしながら手の力を入れていった。
殺したい…殺したい…
ぐっと絞めていく。
俺を想っているまま死んでくれ。
死ぬ瞬間まで俺を感じてくれ。
俺があなたを殺しても
俺はあなたを食べるよ。
だから
俺の中にあなたは生き続ける。
あなたは、俺が死ぬまで
俺の中にいる。
生きて隣にいるより
その方がずっと近いし
一緒にいられる。
生きていたら
いつか離れてしまう時がくるけれど
俺があなたを食べたら
ずっと離れないということになる。
本当は、あなたが
俺から去る前に
俺の手であなたを殺し、
すべてを食べたいよ。
これが俺の性癖なんだよ…。
だけど、この世の中で
それは認められていない。
やっちゃいけないことになってるから
俺はやらない。
ただそれだけの話だよ。
でも、あなたが生きていてくれた方が
いいことだってある。
あなたが俺のそばにいてくれるなら、
俺はあなたの温もりを感じられる。
あなたに甘えることだって
安らぎを感じることだってできる…。
俺は幼少期のことは他人にはあまり語りたくなかった。
その頃のことを思い出すだけで
俺はここにいなくなる。
俺が消えてしまう。
俺は虐待をうけていた。
虐待にも種類があるらしいな。
虐待だと気づいたのも、
種類があることを知ったのも
中学を卒業してからだった。
俺は
小さいころ空気のようだった。
まるで俺は存在していなかった。
とくに父親には俺が見えていないかのようだった。
姉と妹には笑いかけ、話もするのに
俺はそれをしてもらった記憶がない。
なぜ自分だけそうされるのか
わからなかった。
寂しい寂しい寂しい…
毎日どんなふうに過ごしたのか
よく覚えている。
ひたらすら一人でいた。
夜はとくにこわかった。
真っ暗で静まり返った部屋に一人でいると、
本当に俺は
自分がいなくなっていくような感覚に襲われた。
体はあるのに、なぜ
自分はいないのだろう…。
生きている実感などなかった。
誰も俺のとなりで寝てはくれなかった。
飯はひとり別の部屋で食べさせられた。
ある夜、俺は苦しくて飛び起きた。
目の前には父親がいた。
俺の首をしめていた。鬼のような形相で。
俺が蹴りあげた足が父親の腹に当たり
父親はしりもちをついた。
その瞬間、とっさに俺は外に飛び出した。
裸足だった。
父親がはじめて俺を見てくれた
父親がはじめて俺に触れてくれた
けれどそれは
俺を殺すためだった
真っ暗な道路をうろうろと歩いた。
家に帰れば殺される。
だが、俺は家以外にいく場所なんて
知らなかった。
小学校3年生だった。
俺は、その時のことを
1日たりとも忘れたことはない。
俺は父親に殺されそうになったことを
次の日母親にも話した。
だが、母親からは何の答えもなかったことを覚えている。
この人は俺を守ってはくれない
俺はそう感じていた。
母親は、
飯は与えてくれた。
菓子パンみたいなものが多かったが。
洗濯もしてくれた。
服もそろえてくれた。
ただ、それは
世間から非難されないための
最低限の世話にすぎなかった。
俺は母親に抱きしめられたこともないし
優しく話をきいてもらったこともない。
母親は、俺が生きようが死のうが
どちらでもよかったんだろう。
どうなってもいい…
俺はきっとそんな存在だったのだろう。
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