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レス16 HIT数 3455 あ+ あ-

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13/07/02 02:39(更新日時)

もっと大切にするから、側にいて。

もっといい女になるから、いかないで。



叶わぬ恋の果てに、僕らはいつも一緒だった。

No.1968556 13/06/30 00:49(スレ作成日時)

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No.1 13/06/30 03:37
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1.愛されたくて



映画館の閑散期とは、なんとも辛いものである。

ゴールデンウィークの賑わいはどこへやら。

ずらりと並ぶチケットカウンターは、一台を覗いてCloseの札が並んでいる。

コンセッション(飲食カウンター)もしかりで、いつも鼻につく甘いキャラメルポップコーンの香りも、ここのところはすっかり謙虚になった。

黙々と、手元で出来る仕事をこなすレジスタッフたち。

広々としたロビーには、片手に収まるほどの客足。

いつもと変わらない上映スケジュールなのに、酷いスクリーンは客が入らず、上映を強制終了するケースも少なくは無い。

ちなみに、この無人上映状態を、業界用語でEモードという。

30分間客が入らなければ、上映は終了だ。



「結地(ゆうじ)マネージャー、取れますか」

繁忙期にはイラつくほどに飛び交う無線だが、電波は今日も平和である。

僕はパソコンに、先日起こったクレームの報告書を打ち込みながら、ネクタイに留めたインカムマイクのスイッチを押した。

「はい、結地です」

「スクリーン5番、上映から30分経ちました。Eモードです」

「おっとぉ」

僕はマイクを押さずに思わず笑って、オフィスにいるスタッフと顔を見合わせた。

「うわぁ、E3本目ですね」

僕よりずっと年上のオフィススタッフ加谷(カヤ)さんが、呆れたように笑う。

「やばいっすねー」

マイクに「了解です」と返した声は、少々笑いを引きずっていた。

これで全セクションに、思わず笑っちゃうほど暇だよね、というのが伝わったことだろう。

僕は椅子の背もたれからスーツの上着を取り上げ、それを肩に引っ掛けてオフィスを出た。

もっぱら今日の主な仕事は、本社への報告書のまとめと、オフィスとプロジェの往復ということになりそうだ。



本日3回目のEモード処理を終えると、僕は上着をちゃんと着て、ロビーに出た。

各セクションの業務チェック表に目を通しがてら、スタッフにちょっかいでも出しに行こうか。

No.2 13/06/30 04:36
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僕は、社員暦4年目の26歳。

この映画館に配属されている6人の社員の中では、一番年下だ。

年上社員には可愛がられ(こき使われ、とも言う)、主に大学生の多いアルバイトスタッフたちからは「絡みやすい」と親しまれる(舐められている、とも言う)、そんなポジションにいる。

おかげさまでそれなりに楽しく、それなりに大変で、充実した毎日を送っている。

「あっ、ジジュ~ン!」

コンセッションに入り、手を石鹸でモコモコにしていると、それを見つけたバイトの路(ミチ)さんが、両手を挙げてわぁっと寄って来た。

ジジュンとは、結地ジュンという名前から「韓流スターっぽくない!?」という理由で抜粋された、僕のあだ名である。

何を隠そう路さんはその名付け親で、大の韓流ファンだ。

「おお、ミチコ。超絶忙しそうだねー」

僕も彼女をあだ名で呼ぶ。

茶化して言うと、ミチコは嬉しそうに「そうなの、超絶ーっ」と言った。

「ジジュンちょっと髪伸びたねぇ?」

「そーそー。もうそろそろ切らないと、支配人に怒られちゃうんだよね」

「ジジュン髪型チャラいからねー」

「チャラくないチャラくない」

「チャラいチャラい」

そんなくだらないやり取りをして、清掃チェック表に確認印を押し、店内をチェックする。

「ねージジュン、アサミナ元気?」

ミチコが言った。

大体、くだらないやり取りの後には、彼女の話題が出る。

浅見ナツミ、通称アサミナ。

半年前に辞めたアルバイトスタッフ。

そして、僕のカノジョ。

「まー、相変わらずですねー」

「えー、どうせラブラブでしょー?」

「ラブラブじゃないです。いちゃラブです」

わざと丁寧な口調で言うと、ミチコは「うわー、まじノロケうざーい」と楽しそうに言った。

No.3 13/06/30 06:02
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公認バカップル。

職場には、そんな印象があるらしい。

「アサミナ、本当にジジュンのこと好きだね」

職場恋愛時代にはそんなことを言われるくらい、ナツミが僕にベタ惚れだったのは周知のことだ。

彼女がバイトを辞め、窓口が僕しかなくなって、聞かれるがままにナツミとの近況を話していると、いつしかバカップルの称号は不動のものになっていった。

確かに僕らは仲が良いので、否定はしない。



この日は小さな業務を沢山こなし、小さなクレームに応対し、大きなトラブルもないままに、僕は上がり時間を迎えた。

ナツミからLINEがきている。

『お疲れ様。家に行ってるね』

僕は『おつかれー。了解、今から帰ります(^^)/』と返事を打ち込む。

「そういえば結地くん、アサミナちゃんとは最近どうなの?」

またきた。

顔を上げると、僕より一足先に帰り支度を整えた加谷さんと、夜番で出勤してきたばかりのスタッフや先輩マネージャーが僕を見ていた。

まったく、みんな暇だな。

「今日、一緒にメシ食いますよ」

僕は持っている携帯をひらひらさせた。

「ひゃー」

「んもージュンさんラブラブなんだからー」

バイトたちが冷やかしの声をあげる。

「うっす、あざっす」

わざとウザがられる、というのが、最近の僕のキャラになりつつある。

「で、式はいつ?」

そう言ったのは、先輩の高谷(たかや)さんだ。

「そうですねぇ。あ、ご祝儀10万でいいですよ」

「はぁ? お前調子乗るなよー」

「いえいえ、もう高谷様には大変お世話になっておりますぅ」

「でた、おだて作戦!」

「いやおだてられても出さないから」

和やかな職場。

暇なのは辛いものの、平和なのはいいことだ。

若干働き足りないような疲労感を覚えつつ、僕は職場を後にした。



ラブラブ、か。

日が暮れたばかりの街は、梅雨も明けたというのにほんのり涼しい。

ワックスでしっかり押さえつけていた髪をほどよくほぐしながら、僕はぽつりと考えた。

そう、僕は今、カノジョとラブラブなんだ。

幸せなんだ。

……よな?

ふと寂しくなって、僕は家路を急いだ。

No.4 13/06/30 06:48
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マンションに着き、集合エントランスで自分の部屋番号を呼び出すと、「はぁい」と明るいナツミの声がした。

「あ。どうもぉ宅急便ですぅ」

だいたい、インターホンでは冗談を言う。

ふざけたしゃべり方をするので、ナツミもすぐに正体に気付く。

「あ。結構です」

「いや受け取ってよ」

「ふふ」

ガチャンと音がして、ロックが開いた。

僕はエレベーターに乗り込み、ナツミの待つ部屋を目指す。



「おかえりー」

キッチンに立ったまま、ナツミは僕を振り返った。

「ただいまー。疲れたー」

と、癖で言ってしまってから、いや、と思い直す。

「嘘でした。そんなに疲れていません」

「暇だったの?」

「まーね」

狭い1DKのマンションだから、玄関を入ってすぐに、バス、トイレ、キッチンがある。

僕は靴を脱ぐと、重たいビジネスバッグを脇においてナツミに歩み寄った。

後ろから、彼女の細い胴に腕を回す。

毛先を内巻きにしたセミロングヘアーのこめかみに、ただいまのキスを埋めた。

ナツミは、付き合いたての頃のように、僕の方に向き直って唇を重ねてはくれなかったが、まんざらでもなさそうに体重を預けてくる。

「なに作ってんの」

「肉巻きアスパラ」

「うまそ。腹減った」

彼女の元を離れ、僕は荷物を部屋に運び込むと、ベッドに腰を下ろしてタバコに火をつけた。

ラブラブか。

また、その言葉が頭をよぎった。

家に帰ると、彼女が晩御飯を作ってくれている。

ただいまのキスをして。

他愛ない話をして。

抱き合って眠る。

ラブラブだ。



だから幸せなんだ。



何度も言い聞かせた。



なのに、どうも寂しいのはなぜだろう?

付き合いたての頃に比べて、ナツミが少しそっけないから?



「考え事? 難しい顔して」

気がつくと、ナツミがテーブルの向こうに立っていた。

美味しそうに湯気をあげている、焼きたての肉巻きアスパラを皿に盛って。

No.5 13/06/30 07:59
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想像以上に肉巻きアスパラが美味しくて、僕のくだらない考えはひとまず中断された。

彼女の料理の腕前もさることながら、なにより美味しそうに料理を頬張る姿を見ると、安心する。

ナツミは、可愛かった。

それは職場でも皆が認めている。

「社員が可愛いアルバイトに手を出すなんて~」と、よく皮肉めいたことを言われたものだ。

だが、そもそもアプローチはナツミのほうからだった。

当初、僕はアルバイトとの恋愛なんて考えてもいなかったが、ちょうど彼女もいないことだし、ナツミは可愛いし。

彼女は21歳で、年の差が少々気になったものの、「まぁいいか、取り合えず付き合ってみよう」、そんな軽い気持ちで付き合い始めたことを、僕は誰にも言っていない。

それから、なんだかんだで1年が経っていた。

食後、僕らはベッドに並んでテレビを見ている。

先に僕の膝に手を乗せたのは、ナツミだった。

その手に、自分の手を重ねる。

頭を預けてきた彼女の肩に、腕を回す。

顔を上げて僕を見上げる目に、彼女が欲しいものを見出した。



ああ、ナツミはちゃんと僕を必要としてくれている。

ちっともそっけなくなんかない。



ピコン、という、LINE着信の音を無視して、僕はナツミを押し倒した。

どうすれば彼女が喜ぶのかは、よく知っていた。

No.6 13/06/30 08:28
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事が済んだあとのまどろみの中で、僕はLINEが来ていたことを思い出し、布団に入ったままテーブルに手を伸ばした。

僕の動きに反応したのか、背後で、ナツミのすべすべとした肌がにわかに動く。

暗い部屋の中で、眩しい携帯の画面に顔をしかめた。

『久しぶりー、生きてるか』

大学時代の先輩からだった。

「おお、懐かしいな」

「なぁに」

「リョウタって、サークルの先輩からLINEきた」

「へぇ」

ナツミの知る相手でもないし、興味をなくしたのだろう。

彼女はくるりと身体をまるめて、寝る体勢に入ったようだ。

そんな様子を背中に感じながら、『お久ですー』と軽い返事を送ったら、すぐに返事が返ってきた。

『最近どう?』

『相変わらずですね。リョウさんは元気してます?』

『まぁな』

それから、仕事はどうか、とか、彼女とはどうか、とか、そんなやり取りを数通交わした。

そして、正直そろそろ眠くなってきたなぁ、と思い、話を切り上げようと思った頃だった。



『彼女とうまくいってるみたいだし、今更聞きたくもないかもしれないが、アスカが彼氏とわかれたらしいぞ』



一年ぶりに聞いたその名は、僕の元カノの名前だった。

ぞわりと、心臓が変な動き方をした。

ええっと、何て返したらいいのかな?

もう別れて2年も経ちますけど?

僕はとりあえず『あらら、困った人だな』というわけのわからない返事でその場を乗り切って、先輩とのLINEを終わらせた。



だって、僕は今、カノジョとラブラブだから。

幸せなんだ。



アスカは、最近好きなのかどうかよくわからくなった、と言って、僕をフッた。

「ごめんね。離れてみたら、あなたの大切さがわかるかもしれないから」

それが、僕には耐えられなかった。

そんな風に、無理して僕のことを好きになってくれなくていいよ。

僕は、新しいカノジョを作るから。

それは、せめてもの強がりだったのかもしれない。

アスカと別れてから、たった半年で、僕はナツミと付き合い始めていた。



だから、ナツミとはラブラブでいたかった。

今が幸せなら、アスカと別れてよかったと思えるはずだから。

好きだけど手に入らない人を思うより、ナツミのように、僕のことを好きでずっと一緒にいたいと言ってくれる子を大切にするほうが、幸せになれるに違いない。

そう信じていた。

No.7 13/06/30 08:46
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僕はナツミを振り返って、その身体を抱き寄せた。

眠りかけているのもわかっていたが、掌で乳房を覆う。

「んー……」

煩わしそうな彼女の声を無視して、うなじにキスをした。

「ジュン、眠いよ」

「うん」

そう言いながら、すでに右手を下に伸ばしていた。

「眠いのに」

「うん」

拒まないでくれ、お願いだ。

もう一度抱かせて欲しい。

今が幸せだって、教えてくれよ。



ナツミと付き合う前、「元カノのこと引きずってるよ」と正直に告げると、「それでもいい」と言ってくれた。

だから僕は、精一杯彼女に向かい合ってきたつもりだ。

元カノを忘れるために。



寂しいのは、元カノの気配を感じるから。

元カノが僕を好きではなかったことを、思い出すから。



そんなときは、ナツミを求めてしまう。



ラブラブ?



ただ僕は、愛されたかっただけだ。

カノジョという存在から。

愛されていなかった過去に戻りたいなどと、二度と思わないように。



アスカの元に戻りたい、などと。



「あ……」

ナツミが、僕に答え始めている。

何もかもに目をつぶって、僕は夢中で彼女を――カノジョを抱いた。

No.8 13/06/30 19:35
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2.10文字のつぶて



「アスカが彼氏と別れた」

その一言が、閑散期の気だるさに拍車をかけていた。

まったく、そんなこといちいち教えてくれなくても良かったのに、ありがた迷惑だよ。

いっそ仕事が忙しければいいのに、いかんせん、あてつけるようなこの暇さ。



二年前。

まだアスカと別れていない頃に一度だけ、社員入場で一緒に映画を観たことがあった。

もうとっくに忘れてしまっていたはずのその亡霊が、客のいない映画館のそこかしこに、ふわりと立ち上る。

ショートカットに、紺のブラウス、膝丈のグレーのマーメイドスカート。

エレベーターを降りるときに、職場だからと、繋いだ手を離したあのとき。

きゅん。

そんな乙女チックな胸の痛みに、26歳の男が悶えている。

恋は、いつだって情けない。



「マネージャーの方、どなたか無線取れますか」

「はい、結地です」

無線が入ったら、誰よりも早く返事をした。

もっとも最年少だから、社員の中では当たり前のことだけど。

「ジジュン、なんか張り切ってんの?」

と、言ったのはミチコ。

「閑散期の仕事は早い者勝ちなのだよ」

さも平然と言ってのけると、僕はアルバイトたちの仕事を手伝ったり、客と話をして、どうにかこうにか気を紛らわせていた。

一分一秒が長い。

ずいぶん前に時計を見たのに、改めて今見ると、たったの5分しか経ってなかったりする。

一週間は、鬼のように長く果てしない。



ナツミと話したい。

終末に休みが取れたけど、会えるかな。

会いたいな。

それなのに、LINEを入れても、こんなときに限ってナツミの返事はそっけなかった。

17時に送った、『ねえナツミさん(*・v・)ノ』。

土曜日空いてない? と続くはずだったLINEの返事は、すぐに帰ってきた。

『今バイト中だから無理!』

……無理なら、あとでゆっくり送ってくれりゃいいものを。

まあ新しいバイトを始めたばかりだし、余裕無いんだろうな。



しかし、大人気ない僕の心が、うずきだしていた。

どうして、こんなに大事なときに側にいてくれないんだよ。

お前の隣りが一番落ち着くってちゃんとわかってるのに、失ったら辛いこともわかってるのに、アスカのことばかり思い出したりして。

だから会いたいのに。

余裕ないからって、もう少し大人の返事も出来るだろ。



ただただ、女々しい日々が続いていた。

No.9 13/07/01 18:46
瑜伽 ( 30代 ♀ LuZRnb )

おもしろく読んでいます。
のんびり続きを楽しみにしています(*´ω`*)

No.10 13/07/01 23:03
移動図書館 ( LXNhnb )

>> 9 瑜伽様

ありがとうございます。
励みになりますm(_ _)m

No.11 13/07/02 00:03
移動図書館 ( LXNhnb )

「マネージャーの方、取れますか!?」

少し鬼気迫る、アルバイトの正見(まさみ)くんの無線が入ったのは、平日の午前中のこと。

「はい、結地です」

答えながら、僕は先輩の高谷さんを見た。

目が合う。

なんとなく、トラブルの予感だ。

「今、スクリーン2番のトレーラー(予告編)確認入ったんですけど、」

僕はもう上着を着始めていた。

「映像が出ていません」

きたきた。

「了解です、2番ですね。正見くん音は出てます?」

「はい、音出てます」

「了解です」

高谷さんはオフィスを出て、プロジェに向かった。

加谷さんはパソコンで座席販売状況を検索し始める。

そして、僕はオフィスからスクリーンへ急いだ。



何も映っていないスクリーン内に、重厚な男性の声で映画の紹介が流れている。

不安そうな客たちが、スクリーンの端に現れた僕に注目した。

「結地です、高谷さんへ。スクリーン入りました、止めてください」

「了解。止めます」

音声が止まってから、真ん中へ歩み出る。

幸いさほど大きなスクリーンではなく、動員は20名弱といったところだ。

「お客様、失礼いたします!」

声を張り、ピシッと頭を下げた。



映画館に勤めるにあたり、案外大切なのは、大きな声が出せるか否か、であったりする。

トラブルが起こったときに、巨大なスクリーンの最後列に座るお客様まで声を届ける必要があるからだ。

あとは、演技力。

もちろん、本当に申し訳ない気持ちはいっぱいなのだが、それを余すことなく伝えるには、オーバーすぎるくらいの表情や、さも申し訳なさそうな声を作る。



「ただいま映写機の不具合により、映像が停止いたしました。状況を確認いたしますので、今しばらくお待ちくださいませ。大変ご迷惑をおかけし、まことに申し訳ございません」

客たちがしずかにどよめきを見せる。

作品はミニシアタージャンルのもので、客の年齢層は高い。

映画の好きそうな一人観客に、年配者、夫婦など。

「こんなことってあるんだ」

「すごいね」

と、ひそひそ声がする。

あからさまに不快な顔を向けてくる人ももちろんいた。

そんな人たちに一層眉を下げて頭を下げてから、傍らに退いた。



「結地より高谷さんへ。案内完了。復旧いかがでしょうか」

「えー……結地くんへ。ちょっと復旧できるかどうかわからない状態ですねー」

なにっ。

「メーカーと連絡取りながら復旧してみます」

「了解」

僕は時計を見た。

ただいまの時刻、午前11時5分。

No.12 13/07/02 00:28
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僕は復旧できなかったことを視野に入れ、考えをまとめてから、もう一度前に歩み出た。

「失礼いたします。ただいまの状況をお伝えいたします。

復旧作業は行っておりますが、今のところまだ目処が立っておりません。

ただ、本編開始の予定時刻が11時7分です。おそらくですが、その時点での復旧は難しいと考えております。

つまり、終了予定時刻がずれ込んでしまいます」

一人観の人たちは時計を見、連れ合いのいる人たちは顔を見合わせた。

「もしお客様の中で、ご都合が悪くなってしまう方がおられましたらお申し付けください。

チケットを払い戻しさせていただきます」



僕は映画が好きだが、映画館にしょっちゅう来るような人間ではない。

でも、だからこそ「この映画は映画館で観たいな」という作品のために足を運ぶ。

その上映が止まってしまったら、ガッカリだなぁ。

そう思うからこそ、本当にごめん(申し訳ございません)という気持ちになった。

払い戻せばいい、なんて問題ではないことも、重々承知だ。



その時点で、払い戻しを希望する人はいなかった。

僕はまた下がり、時計と客席を眺めて過ごした。

待つ、というのは長いから、なるべく頻繁に声をかけるようにしよう。

客たちは静かな声で「どうなるんだろう」と話したり、腕組みをして時計を睨みながらも、大人しく待ってくれていた。



じれったい、5分後。

「結地より高谷さんへ。復旧いかがでしょうか」

「結地くんへ、もう少しお待ちください」

「復旧可能ですか?」

「んー、まだ何とも言えないですね。上映中止も有り得ます」

僕はまた、客たちの前に立つ。

「申し訳ございません、大変お待たせしております。

ただいま5分が経ちました。まだ復旧作業中でございます。

先ほど申し上げましたとおり、ご都合の悪いお客様はお申し付けくださいませ。

誠に申し訳ございませんが、今しばらくお待ちください」

この時点で、二人が払い戻しを申し出た。

「ごめんなさい、用事があって……」

と言われて、ますます腰が低くなる。

「いえいえ! 楽しみになさっていたのに、本当に申し訳ございませんっ!」

一方的にこちらの不備ですから!



じりじりと、さらに5分後。

再度高谷さんに確認を取ったが、返答は変わらなかった。

さすがに10分も経つと、客たちのイライラが見え始めた。

まだなの?という視線や、咳払い。


まずいな……。

待つ、という時間を感じさせない方法はないものか。

ああ、いきなり漫談を始めるほどのカリスマ性が、僕に無いのがもどかしい。

No.13 13/07/02 00:57
移動図書館 ( LXNhnb )

そのとき、僕は閃いた。

このスクリーンの客たちは、みんな自分の席に座り、声を立てないように、静かに待ってくれている。

僕も緊張してるけど、お客様も緊張してるんだ。

やっぱり、緊張を和らげるなにか一言が必要だ。

イライラしているお客様には、火に油だろうか、でも、ここはいちかばちか……そうやって少しウジウジしてから、僕は腹を括った。



「お客様、失礼いたします」

もう一度、復旧状況を告げた。

まだか、という空気が流れる前に続ける。

というか、頭が真っ白になる前に。

「えー、映画館にはマナーがございます。

携帯の電源はOFFに、上映中はお静かに、などです。

ですが、今はまだ上映前でございますので、携帯電話をおさわり戴いてもかまいませんし、お連れ様とお話していただいても結構です。

もちろん、席を立って伸びをしていただいてもかまいません!」

と言ったら、少し場が和んでほっとした。

「上映再開の際には、ロビー、飲食カウンター、お手洗い、喫煙室にアナウンスをいたします。

ですので、立ち歩いていただいても結構です。

ただし、お手数ではございますが、上映再開のときに必ずお声がけできるように、僕に一言だけください!」

ぺこり!

「あっ、あと、あの、お帰りになるときも! 払い戻しいたしますので!」



スクリーンの端に戻ったら、手が震えていた。

緊張したし、ちょっと怖かったし。

でも、客たちが少し気を許してくれたのは確かだった。

「兄ちゃん、タバコ吸ってくるわ」

「ちょっとお手洗いに……」

「コーヒー売ってますか?」

「早く直るといいわね」

何人かのお客様が、僕に声を掛けてくれた。



そして結局、上映開始時刻を20分過ぎてから、ようやく映写機が機嫌を直した。

払い戻しは、最初の一組だけ。

「お客様、大変お待たせいたしました!調整が完了しましたので、ただいまより上映を再開いたします!」

と告げたときには拍手さえ起こって、大いに恐縮だった。



トラブルなんて、決して良い話じゃない。

けれど、ピンチがチャンスと言われるのは、きっと印象に残るからだろう。

上映トラブルは、正直なところよく起こる。

それでも、また来たいと思ってもらえたらいいな。



久々に、僕は充実感を覚えていた。

No.14 13/07/02 01:23
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『ナツミー聞いて聞いて(*・ω・)ノシ』

重い鞄を提げ、どこか活き活きとした足取りで帰宅しながら、早速ナツミに報告する。

単純な話、誰かに褒めて欲しかったのだ。

社員なのだから、今日みたいな対応は出来て当たり前のこと。

別段褒められることなどない。

けれど僕は、ボールを取ってきた犬のように嬉々としていた。

だって、みんな笑って帰っていったんだよ!

ねえ、偉い?

ねえねえ。



ピコン。

『へぇー大変だったね』



『でも、なんだか凄く達成感(´∀`*)』



ピコン。

『そっか、よかったじゃない!』

ピコン。

『それじゃ、バイト戻るね!』



僕は、『お疲れさま!がんばれー(*´∀`)ノ』と返事をして、アプリを音楽プレイヤーに切り替えた。

もうちょっと褒めて欲しかったなぁ、なんていう感情はおいておいて、とりあえずナツミと繋がってよかった。

バイト上がりに電話くれないかなー。

と、少し期待してみたが、やめた。

最近、とりわけこの一週間、期待してもガッカリするばかりだ。

前までは毎日のように電話をかけてきて、「この子、毎晩よく飽きないなぁ」なんて思っていた僕なのに。

彼女からの電話が減って、僕からも電話を掛けるようにはなったけれど、迷惑そうにされたら嫌だな、という思いが先行して、僕の寂しさを十分に埋めることは出来なかった。

No.15 13/07/02 01:34
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一人の部屋。

僕はもうとっくにスーツを脱いで、ユニクロの部屋着に身を包み、ベッドに無造作に転がっていた。

ナツミからの電話は来ず、期待しないようにしていた癖に少し凹む。

そうして出来た心の隙間に、アスカがするりと忍び込んでくるのだ。

携帯に繋いだイヤフォンから、back numberの『半透明人間』が流れ始める。

この歌はアスカを思い出すから聞きたくないはずなのに。





君の前から姿を消すって言ったのに

きちんと姿を消せない僕はきっと半透明

他の誰かのとなりに居場所を見つければ

ちゃんと消えられるはずなんだよ





居場所は見つけたはずだった。

だから、ちゃんと消えなくちゃいけない。

それなのに、僕はどうしても、アスカの連絡先を消すことができなかった。

もちろん、一切連絡も取らなかったし、ナツミと付き合うと決めたからには、未練を断ち切ることだけ考えていた。

別れてから一度だけ、大学仲間の集まりで顔を合わせたときも……

いや、あの時は“友達”として言葉を交わしたが、なんとなくいたたまれなくなって、いつもラストまで残って飲むのに、一次会で失敬した。

ナツミといちゃいちゃすることが、僕の安らぎだ。

その安らぎが、今は薄い。





今も目を凝らせば

笑ってた君も泣いてた君も

ぼんやり見えてくるよ

なんだそうか君も半透明じゃないか


どうして君は

嫌いだともう好きじゃないと

きちんととどめをさして

出て行ってくれなかったの

だってそうだろう

終わってもいない事だけは

忘れられるはずがない





もし……待っていたら。

アスカがもう一度、僕を好きだと思ってくれるまで。



そのとき、ふっと音楽が遠のいていった。

続いて、電話の着信音。

アスカ?

もちろんそんなわけもなく、それはナツミからだった。

No.16 13/07/02 02:39
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「おーっす、お疲れ!」

待ちわびてた感が出たら嫌だな、と思って、6コールぐらい鳴らしてから出た。

「お疲れ様ー! 疲れたぁ」

ナツミはため息混じりに言う。

「カフェって大変だもんなぁ」

労うつもりで言ったのだが、ナツミは「当たり前じゃん!」と、少しくい気味に返してきた。

「就活するために日数少なく入ってるのに、覚えること多いし、他のバイトと比べられるし」

いらいらと、愚痴が始まった。

「だいたいさ、毎日バイト入ってるような人と、週に2回の私と比べるの、おかしいでしょ」

「うん。そりゃーおかしい」

僕は、大袈裟に相槌を打ちながら聞いていた。

演技力は、映画館仕込かもしれない。

だけど、そのほうがナツミも話しやすいはずなんだ。



愚痴でもなんでもいいから、僕はナツミに必要とされたかった。

あなたの居場所は私の隣、って、教えて欲しい。



ひとしきり愚痴を聞いてから、「そうそう、土曜日どうしようか」と話題を変えた。

「気分転換に、ドライブでもどう?」

「んー、まだわかんない。大学の課題もやんなきゃいけないし」

「そうかー。忙しいね」

「忙しいよ!」

最近は、こんなやり取りばかりだった。

まるで僕が暇みたいな言い方で、そのたびに「僕だって忙しいよ」と思ってしまう。

それでも時間作って会おうとしてる、僕は良く出来たカレシのはずだ。



ナツミからの電話が嬉しかったはずなのに、なぜか今は、イライラしていた。

僕の寂しさが埋まらないのは、ナツミのせいじゃないのに。



「さてー、明日も早いんだよね」

ナツミが電話を切りたがっているのが伝わってきた。

「あ、そういえばこの間さぁ」

あ、やばい。

口が滑るとはこの感覚か、と思った。

「リョウさんからLINEきたじゃん?」

「ああ、サークルの?」

ナツミが聞き返してきて、もう退くに退けなくなっていた。

「あれさ、元カノが付き合ってる彼氏と別れたっていう報告でさー」

「ふうーん、そうなの」

「おせっかいだよなぁ、そんなん知るかっての!」

「あはは!」



言ってしまった。

ナツミは明るく笑ったが、僕には、彼女の心が不安で曇るのがわかった。

そして、「しまった」と思う僕の裏で、もう一人の僕が思うのだ。

「だから、もっと大事にしてくれなきゃ。僕が元カノのところにいっちゃっても、知らないからな」

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