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彷徨う罪

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ゆい( W1QFh )
12/10/29 01:21(更新日時)





一番…罪深いのは誰ですか?




No.1793785 12/05/16 23:36(スレ作成日時)

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No.1 12/05/17 00:01
ゆい ( W1QFh )

「き~らぁき~らぁひ~か~る~♪
お~そ~ら~のほ~し~よ~♪」


薄暗いコンクリートの部屋。


この部屋には、小さな換気扇から漏れる僅かな光しか届かない。


「レイ…歌って?」

少女の足に向けられた鋭い刃。


「痛いっ!」


その刃が、少女の足の甲に赤い線を付ける。


「大丈夫…歌い続けて…。」


「うぅ~っ…き、き~ら~き~ら~、うっ…ひか~る~♪」

気が遠くなりそうな痛みと、恐怖に、幼い彼女は涙を流しながら歌う…


天使のような容姿をした悪魔に


ただ、ひたすら歌い続けた…。

No.2 12/05/17 00:16
ゆい ( W1QFh )

―13年前…


世間を震撼させた、恐ろしい事件がおきた。


「連続婦女暴行殺人事件」


被害者は20名…全員10代後半から、20代前半の若い女性だった。

捕まった犯人は当時18歳の少年…。


組織ぐるみの犯行とされていたが、主犯格の犯人は全員、この少年に殺害されていた。


少年はその後の裁判で「心神喪失」とされ、刑事罰責任の無さから事実上の無罪となった。


これで…日本中を恐怖に落とし入れた事件は、解決されたかのように思えた。


ある、一人の男性遺体が見つかるまでは……

No.3 12/05/17 00:44
ゆい ( W1QFh )


―2012年3月某日


河川敷の鬱蒼とした草藪の中、一体の中年男性の遺体が見つかった。


「どう思います?高瀬さん。」


「なんだよ、これ……」


外傷は無いのに、全裸にされた遺体には無数の切り傷が付けられている。


「×マークですよね?30箇所くらいありますね…。」


部下の長岡が、遺体の切り傷の数を数える。


「鑑識に回して、俺達はそいつの身元をあらうぞ。」

「はい…!」


この事件が…


また、あの悲劇を繰り返す引きがねになるとは…―


「高瀬さん、今日も徹夜っすかね…。」

事件があれば、まともに帰る事は出来ない。


長岡はうなだれながら、小さな溜め息を吐く。


「仕方ねぇよ、他の班に手柄取られる前に犯人引っ張ろうぜ…!」


俺は、そう笑って長岡の肩を叩いた。


その先にある


絶望を抱くような運命に導かれるとも知らずに……

No.4 12/05/17 03:59
ゆい ( W1QFh )


「ほれ、高瀬。
お待ちかねの検案書だ。」


白衣を着た彼は検視官で、俺の数少ない友人でもある。


「いつも忙がせて悪いな、河野。」

「思ってもいない事言うなよ。」


苦笑いを浮かべる河野を無視して、俺は受け取った書類に目を通す。


「…メチレンジオキシメタンフェタミンの大量摂取による急性腎不全?」


「MDMAだよ。
多分、どっか暖かくて換気の悪い部屋で大量の飲まされて脱水症状に陥ったんだろう…その結果、不整脈を起こした。」

通称、エクスタシー…ドラッグか。


「現場で見た時、致命傷になる外傷は無かったが、あの×マークは何か意味があるのか?」


俺の問いに、河野は首を捻る。


「さぁね~、どれも 死亡した後に付けられた傷だし…。」


だとしら、儀式じみた意味合いのものか…。


「でもさ、興味深い検査結果が出たんだよ。」


「ここ…」と言って、河野は検案書の項目を指差す。


DNA照合?


「…これは?」


科学的な数値は解らない。


「昔…採取されたとある精液と、この遺体の精液が一致したんだ。」


「どい言う事だ?」

意味深に含み笑う河野に、俺は疑問を浮かべた。


「13年前の事件を覚えてるか?」


「13年前……」


俺の頭の中に蘇る悪夢…


河川敷…

白いワンピース…

長くて細い髪…

無惨に付けられた星型の傷…


記憶の断片がフラッシュバックされる。

「…高瀬?」


河野の呼びかけに、ハッと意識を戻す。

「あぁ、覚えてるよ…連続婦女暴行殺人事件だろ?」


少女達を誘拐監禁した挙げ句、「クライアント」と呼ばれる男達に暴行させた。

そして彼女達は…


「そのクライアントの一人が、この被害者の男だ。」


河野の言葉に、衝撃を受けた。


「この男が?」


「当時の被害者の女性から検出された精液と一緒なんだよ。」


そんな…偶然か?

それとも…


あの事件に繋がる何かが、まだ残されているのか…。


「ありがとう、河野。」


俺は、ファイルを脇に抱えて河野の研究室を出た。

「高瀬、無理ばっかすんなよ!」


ほどなく聞こえて来た労いに、振り向かずに手を振る。


刑事になって11年…

過去を振り向かず、死に物狂いでやって来た。


今、無理しないでいつするんだよ…。


芽依…もうすぐ君にたどり着く。

No.5 12/05/17 04:35
ゆい ( W1QFh )

本庁に戻ると、直ぐに捜査会議が開かれた。


「被害者の男は本名、田口 わたる…52歳。
港区在住の宝石商社長だ。」


それぞれの班が、自ら掴んだ情報を発表していく。


一番有力で、解決の糸口を見込まれる班が指揮をとる事が出来る。


「はい!」


他の班が情報を出し切った頃合いを見て俺は、手を挙げた。

「よし、高瀬班!」

俺は河野からもらった検案書の提示と、13年前の事件との繋がりを主張した。


掴んだ情報の事実に、会議室内が騒然とする。


「分かった。では、13年前の事件との関係性も含めて、高瀬班を仕切りに捜査を続けてくれ。」


よし…!


心の中で、ガッツポーズを決めた。


ずっと追い求めていた事件の真相を掴むチャンスだ。


あの事件との関係性を調べる権利があれば、いづれ…堂々と「澤田 修也」に近づける。


俺は絶対に、このチャンスを逃がしたりはしない…!

No.6 12/05/17 14:38
ゆい ( W1QFh )


俺はまず、事件記録が保管されている書庫へと向かった。


「1996…97…98…」
ズラリと並ぶ記録を、指でなぞっていく。


「…99。
あった、これだ…。」


その年代のところで指を止めて、分厚い記録書を手に取った。

(連続婦女暴行殺人事件)

そう、記された記録のページを捲る。


そこには事件の概容が細かく刻まれていた。


事件の発覚は、1999年の5月。


多摩川の河川敷で、当時17歳の無職(大友 佐智子)の遺体が発見された事から始まった。


知人の話だと、彼女は事件の1ヵ月ほど前から行方不明となっていたとの事。


遺体は全身の血液が抜かれた状態で、身体(右腕部)に星型の傷が付けられいた。


また、被害者の体内からは異なる(恐らくは二人分の)精液が検出された…。


二人目の被害者(佐々木 真理)当時19歳…帝都大学2年生。 やはり事件の1ヶ月ほど前から行方不明。
同月7日両親による捜索願受理。
捜索虚しく一月後、遺体となって発見…。

最初の事件同様、全身の血液は抜かれた状態で左腕部に星型の傷。

体内から検出された精液は、一人は最初の被害者から検出されたものと同一。
もう一人分は別の精液と判明。


その後も、月を追って被害者は増えた。

その全てにおいて共通している点は、血液を抜かれている事・身体のどこかに星型の傷が付けられている事・そして…必ず二種類の精液が検出されて、その一つだけ同一犯とされるもの…と言う事だ。

共通するその精液は、逮捕された「澤田 修也」のものと判明。


澤田 修也は必ず、被害者の女性に対して暴漢していたという事になる。


その目的…


…俺は、この事件を痛いくらいに知っている。


この身を切り裂く忌々しい記憶が、頭の脳裏に蘇る…。

No.7 12/05/18 00:13
ゆい ( W1QFh )


1999年7月…―


生徒が行き交う大学の正門前で、俺は彼女を待っていた。


腕時計に目を配り、正門の中を振り向いてみたりと落ち着かない…。

まだかよ…。


ソワソワする気持ちを抑えようと、煙草をくわえる。


「あれ?ライター…」


ポケットを弄ってその膨らみを探す。


「ここは禁煙よ、亮っ!」


ケツポケットに手を伸ばしたところで、俺の口から煙草が消えた。


「おっせーんだよ…!」


俺は彼女を睨み付ける。


「人の大学の前で、煙草なんか吸わないで!」


負けん気の強い彼女には、逆らわないのが鉄則だ。


「はいはい、分かりましたよ…お嬢様!」


俺は、肩をすくめてイヤミを言う。


「亮って本当に、可愛くないのね…。」

口を尖らせてお前は言う。


「…女に可愛いって言われて、喜ぶ男なんていねーよ。」


…んなもん言われて喜ぶ男なんか、どうせ僕ちゃん野郎だけだろ?


「私は、そういう男の人が好きなのよ。」


ピタリと歩みを止めて、お前は俺を見つめる。


木漏れ日の光が、彼女の綺麗な顔を照らす。


「そりゃ、お生憎様だったな…。」


(お前は、俺とは真逆な男が良いんだな。)


心臓にチクリと針が刺さるような感覚。

「亮…あなた、本当に将来私と結婚するつもり?」


彼女の質問は愚問だ。


「仕方ないだろ?
親同士が決めた事なんだから。」


「そんなの、ただの親の自己満足よ…。 今の時代に許婚とかバカらしいわ。」


確かに、時代錯誤もいいところだよな。

「なら、自分の親に言えよ…俺との結婚なんて嫌だって。」

俺は、冷たく彼女にそう放つ。


「私が言いたいのは…っ。
あなたには恋人がいるのに、なぜ私と結婚するつもりがあるのか疑問に思ってるだけよ。
彼女に悪いと思わないの…?」


お前は瞳を潤ませて問うが、それも愚問だよ。


「…思わない。
それはそれ、これはこれ、だから。」


俺の答えに、お前は落胆して軽蔑の眼差しを向ける。


「もう、いいわ…。 大学の送り迎えも、もう要らない。
ありがとう亮…あなたも、大学があって大変なのに毎日付き合ってくれて…。」

「送り迎えは続けるって。最近、この辺り物騒な事件が続いてるし…親父さんにも頼まれてる事だしさ。」


宥めるように言っても、お前は頑なに拒んだ。

だから…あんな事に…

No.8 12/05/18 15:00
ゆい ( W1QFh )



芽依…


ずっと、お前の俺に対する気持ちは分かっていた。


俺も同じだった…

お前が好きだったよ。


だけど、親の言うなりにお前と結婚するなんて嫌だったんだよ。


俺の人生の中で…女はお前だけとか、勝手に決めて欲しくなかった。


他に彼女を作ったのは、お前に対する意地悪でも嫌がらせでもない…


ただの、親への反抗だった。


それに…過信してたんだ。


どうせ、お前とは結婚出来るんだから、今は別に遊んでも良いって…


お前の気持ちを知った上での愚行に、自分でも呆れたよ…。

芽依…


いつもお前を困らせたのは…

お前が、あまりにも真っ直ぐに俺を見るから。


その直向きさが


眩しくて…自分が不純だと気付かされるから…


だから、わざとお前を傷つけた。


そして…その愛情を独占したかったんだ…。


No.9 12/05/18 22:28
ゆい ( W1QFh )


「亮君、芽依は君と一緒じゃないか?」

そう…芽依の父親から電話があったのは、あれから2週間後の事だった。


「いや、一緒じゃないッスよ。
…なんかありました?」


大学のサークル仲間と飲み会をしていた俺は、途中で店を出て話をしていた。


腕時計を見ると、既に日にちを越えている。


芽依が門限の11時を過ぎるのは初めてじゃないか…?


(あいつ、こんな時間まで一体どこでなにしてんだよ…!)

自分の事は棚に上げて、芽依の素行に苛立った。


「今朝、大学に行ったきりまだ帰ってないんだよ…連絡もなくこんなに遅くなる事なんて、今まで一度も無かったから心配でね…」


親父さんの、酷く沈んだ声に不安が過ぎる…。


「じき、帰ってくると思いますよ。
…ってか、俺も心あたりを探してみるんで、あまり心配しないで待っててやって下さい。」


なるべく明るい声で言った。

なんて事ない…


たまたま学校帰りに友達と遊びに行って、つい…連絡もせず遅くなっただけだと

よくある事だよと、そう…思い込んだ。

「そうか…頼んだよ、亮君。
何かあったら連絡してくれ…寝ないで待っているから。」


「…はい。」


(何か)なんてある訳ないだろ。


俺は店に戻って、急用が出来たと抜け出した。


芽依の携帯に何度かけても、「電源が入っていません」と無機質なアナウンスが流れる。

「…クソっ!」


お前が、俺を困らせるなんて100万年早いんだよ!


俺に対する当て付けか…?


「まさか…男と?」

ポツリと呟いて、邪な考えを振り払う。

芽依はそんな女じゃない…

俺への当て付けで、他の男にホイホイと付いて行くようなヤツじゃない…。


…こんな事なら、芽依の学校の友達をもっと知っておけば良かった。


「金持ちの令嬢ばかりが通う女子大」なんてレッテルに、嫌悪感を剥き出していた。


だからこそ…


不安になったんだ。

そんな世間知らずの無菌室で育ったお嬢様達に、夜遊びなんてできっこないって…


芽依…お前が行きそうな場所なんて


もう、とっくに終わってるよ…

No.10 12/05/18 22:41
ゆい ( W1QFh )


俺は…額に汗を流して、足に豆を作って、夜明けを迎えるまで芽依を探した。


繋がらない携帯にかけまくったせいで、バッテリーがもう1つしかない。


午前7時20分…


俺は、彼女の家へと向かった。


あれから、親父さんからの連絡は一回もない。


もしかしたらもう、家に帰って寝てんじゃないか…。


多分、そんなオチだろ。


まったく…人の気も知らないで。

こんな事なら、今日からまた送り迎えしてやる…


こんな面倒は二度とごめんだ…!

No.11 12/05/18 23:32
ゆい ( W1QFh )


しかし…芽依は家に帰ってなかった。

そこにいたのは…心配して夜を明かした家族だけ。


皆、とても疲れた様子だった。


「…さて、続いてのニュースです。
今朝、荒川河川敷で若い女性が遺体となって発見されました。今年に入って…」

テレビから流れるニュースを、芽依の父親は無言でプツリと切った。


最近、連続的に続いている例の事件だ。

「亮さん、ごめんなさいね…あなたにも心配かけてしまって…。」


彼女の母親が、放心している俺に労いの言葉をかける。


「いぇ…そんな…」

今、こうしている間にも玄関先から彼女の声が聞こえたら良いのに…


「ただいま」と肩を竦めながら帰って来たら良いのに…。


そうしたら…

思いっきり、怒って、抱き寄せて


もう…お前だけを見ると約束するのに…

「亮さん、あなた顔も服も、そんなに汚れてしまって…必死にあの子を捜してくれたのね…ありがとう。
お風呂沸かすから入って行きなさい、これから大学に行くのでしょう?」


母親の問いに、俺は静かに頷く。


「…ちょっと、芽依の部屋に行っててもいいっすか?」


「えぇ…構わないわよ。」


了解を得ると俺は、2階の彼女の部屋へと移動した。


階段を上がった一番奥の扉が芽依の部屋だ。


中学に入学してからは、一度もこの部屋には入っていない。

8年振りに入る彼女の部屋。


ガキだった頃は、ピンクを基調とした色合いの部屋だったが、今は白が基調となっている。


シンプルだけど、小物が少女趣味というか…よく言えば、女の子らしい可愛い部屋だ。


一通り中を眺めると俺は、天蓋の付いたキングサイズのベッドにドサリと横たわる。


芽依の匂いがする…。


彼女が気に入って使ってるバラ油のシャンプーの香りだ。


「芽依…早く帰っておいで…。」


俺は、枕に顔をうずめて深い眠りに陥る…


目覚めた時、隣にあるお前の寝顔を夢みて…

No.12 12/05/19 20:45
ゆい ( W1QFh )

夢を見た…


河川敷の草むらにお前は、真っ白なワンピースを着てうつ伏せで倒れているんだ。


白い肌には傷一つ無くて…


まるで、眠っているみたいに。


近寄ろうと一歩ずつ足を前に進める。


生きているのか、死んでいるのか分からない恐怖に、胸が押し潰されそうになる。


「芽依…?」


青白い顔した、お前の呼吸を確かめるのが怖い。


だから、少し離れた所で名前を呼ぶ…


その声に反応して、ゆっくりとお前の瞳が開いた。


(生きてる…)


「良かった、芽依…!」


そう駆け寄ろとした瞬間、足元を誰かに掴まれた。


地面から手首だけが伸びて、俺を引きずり込む…


「サヨナラ…」


もがき暴れる俺に、芽依が虚ろな瞳を向けて言った。


(ダメだ…芽依っ!)


もう少しなんだ…!

あと少しで、お前にこの手が届くのに…!


「亮…サヨナラ…」

あと…少し!


「芽依っ!!」


叫んだところで、俺は頭まで完全に暗闇へと引きずり込まれた…。

No.13 12/05/19 22:09
ゆい ( W1QFh )

「芽依…っ!!」


自分の叫び声で目を覚ました。


額から、ベトリとした汗が流れる。


「ハァ~……」


深い溜め息を吐いて、ふと…横に目を向けた。


「め…い…?」


そこには、スヤスヤと寝息を立てて眠る彼女がいた。


俺は思わず、自分の頬をツネねった。


「イテッ!」


夢じゃない…


芽依の髪を撫でて、頬に触れる。


「良かった…帰って来た…」


安心して、一気に気が抜けた。


半端なく疲れた…


もう一度横たわって、芽依の寝顔を見た。


呑気に寝やがって…

人が、どんだけ心配したと思ってんだよ…!


頬に伸ばした手を唇へと移し、その形を指でなぞる…


「うぅん…」


芽依は寝苦しそうに唸って、その手を振り払う。


「…ムカつくな。」

俺を拒否るなんて1千万年早いんだよ…!

俺は、寝返りをうって背中を向けた芽依の肩を引いく。


そして、振り向かせた彼女の唇にキスをする。


強く深く…その唇を弄ぶ。


「んっ…!」


目を覚ました芽依が、驚いたように瞳を見開いて俺を見た。

「んんっ~…!」


芽依は、抵抗しようと俺の肩を押し戻す…が、逆に俺はその手首を取って彼女の頭の上で固定した。

うっすらと涙を浮かべて、彼女は俺を睨み付ける。


「なにするのっ…!」


唇を放した第一声がこれだ…。


「お前、夕べはどこに行ってた?」


「亮、放して…!」

身体を浮かせて捩りながら抵抗する芽依に、俺は苛立った。

だから、芽依の身体に馬乗りになって自由を奪う。


「質問に答えろよ。 一晩中、どこで何してた…?」


込み上げる怒りが芽依を押し潰す…


「…ずっと、捜していた人に会いに行ったの…。」


緊迫した状態に観念するように、芽依が答えた。


「誰?男?」


「亮には関係ないわ…。」


関係ないだと?

一晩中探しまくって
失う恐怖に苛まれて …

お前の顔を見て安心して…


で?関係ないって?

ふざけるな!


「どう…関係ないって?」


芽依を上から睨み付ける。


「私は…亮の恋人でも、何でもないのだから男の人と会ってても、あなたに文句を言われる筋合いなんてないわっ…!」

あぁ…マジで嫌だ。

何で、こんなに胸を焦がされなきゃならねーんだよ…。


もう、引っ込みつかねーぞ…これは。

No.14 12/05/20 00:34
ゆい ( W1QFh )

「芽依、お前は俺のもんだ。
勝手に、他の男の所に行くなんて許さねーから。」


「なにいって…」


俺は芽依の唇を塞ぐ。

反論なら聞かない。

…だって、その通りだろ?


この世に生まれ落ちた時から、そう…決められてたんだろ?

「やめてっ…」


固く瞳を閉じた芽依の首筋を舐める。


甘い肌の味が、ザラついた舌の先を酔わす。


吸い付く度、皮膚から甘い蜜が出てくるようだ…。


あぁ…好きな女を抱くと、こんなにも幸せな甘美を味わえるんだな…。


「お願いっ…亮、やめて…怖い…」


(怖い…?)


「…俺が怖いか?」

俺の問いに、芽依は顔を背ける。


「そうじゃなくて…私…」


お前は、口を紡いで耳の先まで赤く染める。


その意味を理解するのに、時間は掛からなかった。


「やった事、ないのか?」


俺が聞くと、芽依はゆっくりと頷いた。

(昨日、会ってた男とはしてないんだ。)


なんだ…

ビビらせるなよ。


「で…どうする?
このまま俺とするか?」


「…イヤ。
亮が、ちゃんと彼女と別れたらするわ…」


芽依の返事を聞いて、俺は彼女の身体から離れた。


「亮…?」


ベッドから降りて、机に置いたショルダーバックを肩に掛ける。


「大学行って彼女と別れてくる。」


俺が笑ってそう言うと、


芽依…


お前は「バカ」って言って笑ったよな…。


「亮、司法試験頑張ってね。
亮なら、一発合格出来るわ…。」


「まだ、数ヶ月後の事を何で今言うんだよ。」


突然なに言ってんだよと呆れて返したが、お前は柔らかく微笑んだ。


「探してくれてありがとう…亮、大好きよ。」


天使みたいな笑顔に、心臓がギュッと掴まれる。


「…今日、帰りに大学まで迎えに行くから。」


照れ隠しに、ワザと視線を外して部屋を出ようとした。


「さようなら…」


芽依の虫の鳴くような小さな呟きに、一瞬背中を止める。


だか、それは空耳だったかと思い直して俺は大学へと向かった。

No.15 12/05/20 13:40
ミニラ ( yeDsnb )

初めまして😌いきなりハマってます。
どうぞ最後まで続けてくださいね。
読み続けます✨

No.16 12/05/20 21:17
ゆい ( W1QFh )

>> 15 ⚠こちらは本編ではございません🙇

ミニラさん✨
ご感想ありがとうございます☺

そう、温かいお言葉を頂くと励みになりますし、とても嬉しいです😢

頑張って更新していきますので、今後も宜しくお願い致します🙇✨

また、「彷徨う罪」の感想スレもありますので良かったらそちらにも遊びに来て下さいね☺🎵

楽しみに待ってますよー✨

ゆい🌼

No.17 12/05/20 21:18
ゆい ( W1QFh )

⚠こちらは本編ではございません🙇


次のページより本編を再開致します🙇

No.18 12/05/20 22:21
ゆい ( W1QFh )


それが…芽依との最後の日だった。


芽依はその日を境に、大学にも家にもどこにも姿を現さなかった。


両親に宛てた置き手紙…

「今までお世話になりました。
ありがとう…そして、ごめんなさい。」
それだけを残して失踪したのだ。


突然の出来事に、俺達はただ茫然となるしかなかった。


何故、彼女が居なくなったのか…理解も出来ずに苦しみもがいた。


芽依の両親はすぐに、捜索願を出したけど基本的に「家出人」の捜索はしてもらえない。


事件性がなければ、警察は動かないのだ。


当てにならない警察をよそに、俺は連日昼夜を問わず芽依を捜したが…一向に、彼女の消息は掴めなかった。


打ちのめされる喪失感…


怒りと、悲しみに支配される絶望感に身を滅ぼされる。


何の手掛かりも無いまま、3ヵ月近く経った頃…


芽依の家に、警察から連絡が来た。


(芽依が見つかった!)


そう、心を跳ね上げた。



―だが…芽依の親父さんは、受話器をポロリと落とす。


口を覆って、声無き声で涙を流すのだ。

俺は、ブラブラと横に揺れる受話器を取って耳にあてた。


「もしもし…?もしもし?藤森さん?」

応答の無いこちら側に向かって、警察の人は懸命に呼びかける。


「…はい。」


「あっ、大丈夫ですか?
それで…遺体の確認をお願いしたいのですが…」


(遺体…?)


「…誰の?」


「藤森 芽依さんのです。」


絶望……


「それは、芽依じゃないですよ…。
芽依を知ってます? すげー、可愛いんですよ…?
そんじょそこらにいるような顔じゃないんだ…!
そんなっ…遺体が発見されたからって、何故それが芽依だと分かるんですかっ! 芽依は…芽依は…っ」


芽依は…死体になんかならない…


俺は乱暴に受話器を置いて、芽依の親父さんの手を引いた。

「今から、遺体確認しに行きましょう!」


芽依の親父さんは首を横に振る。

俺は、グッと手に力を入れた。


「芽依じゃない事を確認しに行くんです…!」


親父さんを真っ直ぐに見つめる。


俺達が警察に行って、言ってやるんだ。

この遺体のどこをどう見て、芽依だと言ったのか…クレームをつけてやる。


そう、意気込んだ。

No.19 12/05/20 22:47
ゆい ( W1QFh )


線香の臭いが充満した、警察の遺体安置室。


無機質で寒いこの部屋に、白い布を掛けられた遺体が横たわる。


「では、お願い致します。」


警察官が二人並んで確認を促す。


芽依の親父さんは、震える手で顔に掛けられた白い布を取った…。


「あ…あぁぁ…あぁっ…めい…っ…」


彼の崩れ落ちる背中に、俺は…


「…亮君っ!」


「「君…っ!」」


走り寄って、遺体を覆う布を全部ひっぺ返した。


「うっ…!」


すぐに、猛烈な吐き気に襲われる。


親父さんの、悲鳴にも似た泣き叫ぶ声が部屋中に響く。


これが…芽依か?


こんな…無残な姿が?


それ程までに…芽依は残酷な殺され方をしたのだ。


彼女との美しかった思い出は…


全て…あいつへの憎しみと変わっていった。


芽依を思い出す度に浮かぶ、あいつの顔…

No.20 12/05/21 00:46
ゆい ( W1QFh )


芽依の葬儀には、親族と俺の家族しか参列しなかった。


…誰も呼べなかったのだ。


それでも、葬儀場の外には沢山の友人達が彼女との別れを偲んで集まってくれていた。


肩を寄せ合い、涙する彼女達を見て芽依の人徳の厚さを感じる。


そんな中、捜査一課の刑事が訪ねてきた。


「芽依さんを殺害した犯人を捕まえました。」


芽依が殺されて2日後の事だった。


「…18歳の少年でした。」


その彼が、「連続婦女暴行殺人事件」の犯人だと教えられる。


「お嬢さんは…芽依さんが、最後の被害者になりました。
力が足らず、本当に申し訳ありませんでした…。」


頭を下げた刑事が、悔しそうに拳を震わせる。


「最後…。あの子は、自分の身を持ってこの事件を終わらせたんでしょうか…?」

愛娘の死を…殺害された事実を受け入れられない親父さんは、少しでもその意味を求めたかったのだろう…。


何故、自分の娘が殺されなければならなかったのか…?


そんな疑問をずっと、消せないでいたのだ。


虚ろな瞳から、静かに涙が流れ落ちる。

俺は…芽依を失ってから一度も、その涙を流せずにいた。


泣けないのだ。


どんなに悲しくとも…


涙は落ちない。

No.21 12/05/21 01:39
ゆい ( W1QFh )


そして…


一連の事件の裁判が始まった。


俺達遺族は、初公判からずっと固唾をのんで、その裁判を見てきた。



刑事裁判はまず、裁判官が入廷し、全員が起立して一礼してから始まる。


初日…被告人席に座る犯人に対して、どよめきの声があがった。


凶悪犯・殺人鬼・悪魔などと呼ばれた彼が、そんな残酷な犯行をしたとは思えないほどの風貌だったからだ。


小柄で華奢な身体つき。

髪は持ち前の赤髪で細く艶やかだった。

そして…顔はとてつもなく美しく、絵画に描かれている天使のような顔立ちだった。


不思議なのは、その少年を纏う柔らかい雰囲気。


その雰囲気こそが、検察官が読み上げる残忍な告訴事実と矛盾させるのだ…。


(本当に…このガキが23人もの人間を殺したっていうのか…?)


その場にいた誰もがそう、思ったに違いない。


「何故、営利目的に強姦された女性を自ら再度強姦し、全身の血液を抜くといった残忍な殺害方法をとったのですか?」

証拠調べ手続きにおける被告人質問で、裁判官が澤田に向かって問う。


「可哀想だったから…」


澤田はポツリと呟く。


「可哀想?誰がですか?」


「あのこ達…。
薄汚いオッサン達にレイプされるんだ…可哀想だったよ。
僕は、あのこ達を殺さなきゃいけない…。
だから、最後にお願いを聞いてあげたんだ…そうしたら、「あんなオッサンに汚されたままなんて嫌だ」って言うから僕が清めてあげたんだ…。
みんな、喜んでた。 血を抜いたのは、その方が死体が綺麗になるから…発見された遺体、とても綺麗だったでしょ?」


(狂ってる…)


俺は、うっすらと微笑みを浮かべて自供する澤田を見て思った。


「遺体に星模様の傷を付けた意味は?」

「僕のものって意味…。」


その言葉を聞いて、遺族の母親が泣き叫んだ。

彼女は、大学に通う一人娘を奴に殺された。

芽依と同じ、20歳の娘だ…。

No.22 12/05/21 02:27
ゆい ( W1QFh )


彼女は、夫に付き添われて法廷を後にした。


残酷な事実がさらけ出される。


まともな精神で聞き耐えられるハズがない。


「最後の被害者、藤森 芽依さんについて…」


芽依に関する被告人質問が始まった。


芽依の両親も肩を震わせる。


俺も全身に汗をかく。


「彼女は、他の被害者とは異なる点が幾つかありますね。
藤森 芽依さんには、あなた以外の男性に暴行を受けた痕はありませんでした。
何故、他の男性から暴行されていなかった芽依さんを暴行したのです?
先ほどの被告人質問で、あなたが答えた事と矛盾してはいませんか?
そして…何故、芽依さんの身体だけ無数に星模様の傷を付けたのですか?」


俺の見た芽依の遺体には、全身に星型の切り傷があった。


白く美しかった芽依の肌は、赤く浮かび上がった血液で汚されていた…。


芽依だけ血液を抜かれなかったが、首を絞められた痕が青く残っていた。


その痕は…奴の手形となって、消える事はなかった。


「芽依は…僕の全て…。」


澤田の放った一言に、俺の血が逆上する。


握った拳が震えて、爪が皮膚に食い込む。


「どういう意味ですか?」


「芽依は、僕だけのものなんだ…。
だから、誰にも渡さない…。」


そう言うと澤田は、後ろの傍聴席へと振り返って俺を見つめる。


その挑むような視線に、背中がゾクリと凍る感覚がした。


「さわだ…しゅうや…!」


奴の顔を見て、俺は奴の名前を呟いた。

その声を聞き取れるハズもないが、澤田は微笑みながら

「高瀬 亮君…」

と俺の名前を呼んだ。


「澤田 修也。
前を向いて、きちんと質問に答えなさい。」


検察官に促されても、奴は前を向かなかった。


俺はじっと、澤田を睨み付けた。


すると、突然…


澤田は、辺りをキョロキョロと見渡して落ち着きを無くす。

「レイ…?
レイはどこ?」


(…レイ?)


「被告人は落ち着きなさい!」


「レイ…!
レイだよ…小さな女の子がいただろ?
レイ!歌ってよ…レイ!僕に歌って…!」


裁判官が注意をしても奴の暴走は止まらない。


結局、警官が奴を取り押さえて連れて行き、裁判は休廷となった。

No.23 12/05/21 03:08
ゆい ( W1QFh )



その後も、裁判は難航した。


組織が持っていた、「クライアント」と呼ばれる顧客リストのありかも分からず。


拉致監禁された女性達を金で買っていた男達を特定する事は不可能だった。


その全貌を知る幹部らを、澤田が始末してしまったからだ。

そして、澤田は組織の事になると口を紡いだ。


いわゆる「黙秘」。

そして、いつも途中で狂ったように「レイはどこ?」と聞いて暴れた。


遺族達は、事の真相を全て知る事は出来ずに判決の日を迎えた。


澤田 修也に言い渡された判決は…


「心神喪失による刑事罰能力の無い事から、被告人を「医療観察法」に則って、こん件を不起訴処分とする。」



検察側は、澤田を不起訴処分…
警察の指定入院医療機関に収容とした。

事実上の「無罪」だ。


俺は将来、父親と同じ弁護士を目指していた。


この判決の先にある意味など、当然分かっている。


「医療観察法」


それは…いずれ、この犯罪者を社会復帰をさせる為にある法律だ。


国は…澤田 修也を許すと言うのだ。


そんな理不尽な事があって堪るものか…!


人を殺めておいて、頭が狂ってるからとその「罪」を無くしてしまう。


そんな法律があるなら…


法治国家だと言い張るのなら…


俺は、法律家にはならない!


この事件の全貌を…
芽依の無念を…遺族の無念を晴らすまで、俺が奴を…澤田 修也を追い詰めてやる…!


絶対に、鉄格子の病院からは出さない。
一生…俺が、その外から貴様を見張っててやる…!

No.24 12/05/21 21:40
ゆい ( W1QFh )


俺は大学を卒業してすぐに、警視庁に入った。


キャリアだから初任から警部補になる。

捜査一課に配属して、最初に見た捜査資料は芽依のだ。


とうしても知りたかった…


彼女がどう、遺体となって発見されたのか…


どんな体制で

どんな格好で

どんな表情だったのか…


資料を勝手に持ち出して、現場検証の写真を見た。


芽依は、鬱蒼とした黄金色の芝居の上で、うつ伏せの状態で倒れていた。


12月下旬の寒空の下…真新しいノースリーブの白いワンピースを着せられていた。


朝露で髪は濡れて、身体は青白かった。

写真ですら…


彼女は死人だと語っていた。


「芽依…寒かっただろう…」


写真の彼女を指でなぞって呟いた。


失踪してからの空白の3ヶ月…


お前の身に一体何が起きた?


「教えてくれよ…」

物言わぬ写真の上に、雫が落ちる。


もう一度…


お前に会いたいよ…

芽依…


会いたい……


No.25 12/05/21 22:48
ゆい ( W1QFh )

2012年…4月―


「最近、田口のオッサン見かけないと思ったら殺されたんだってな。」


地下の小さなBar。「ORION」


私がカウンターに座わると、店長の岩屋がそう、話し掛けて来た。


「田口…?誰?」


メニューのテキーラを指差しながら岩屋に返す。


「前にここで、矢木が(エクスタシー)売ってたオッサンだよ。
サツが動けば、あいつもヤバいんじゃねーか?」


目の前で、グラスに注がれるオレンジジュースが忌々しい。

「なにコレ、テキーラ頼んだんだけど。」


「零、お前まだ未成年だろ?
ガキに酒なんか出したら営業停止になって店が潰れるんだよ!」


こんな…薬とか、平気で売買させてる店の店長がなに言ってんだよ。


呆れ顔で、私はオレンジジュースを口に運んだ。


「それで?その、田口ってオッサンを殺した犯人見つかったの?」


「まだだろ?
それよか零、お前もしばらく矢木と連むのやめろよ?
田口の死因がエクスタシーだって言うなら、お前らが真っ先に引っ張られるぞ。」


連む…?


「別に…あいつが、勝手に付きまとって来てるだけだし。」

正直、鬱陶しくて迷惑してんだよ。


「とにかく気をつけろよ?
一課の高瀬が捜査班仕切ってるって言うし、奴はマジでキレるぞ。
検挙率トップクラスには、大人しく逃げたもん勝ちなんだからな?」


一課…ねぇ…。

確かに面倒くさっ。

「何で、店長そんな警察の動きに詳しいの?」


私の問いに、岩屋が含み笑う。


「うち、マル暴と仲良しだからね♪」


最低な人間は栄えるな…。


「店長みたいなのを世渡り上手って言うんだろうね…。」


つまみで出されたナッツを、空中に投げて口でキャッチする。


「零ちゃん、色んな意味で上手いね(笑)」


「誉めてねーし!」

私の周りには、ロクな大人がいない。


物心ついた時からそう…


ずっと、闇の中を生きてきた。


陽の当たる場所では、ブカブカのパーカーのフードを被った。


光の当たる場所も、温かい場所も苦手…

まるで、バンパイアみたいだ…

No.26 12/05/22 09:04
ゆい ( W1QFh )


夜の街ですれ違う人々とも、見えない壁で世界を隔てられているみたい。


孤独か?と聞かれたら、それは違う…


「孤独」って感じれる人は、それ以前に人の温もりを知っているから。


私は、人の温もりを感じた事は無い。


家族の記憶も無いし、自分が何者なのかも分からない。


何処から来て、何処へ行くのかも分からない…


ただ…いつも、誰かに見張られている感じはする。


たまに、頭の中で靄が掛かったように木霊する…あの声…


「…きーらーきーらー…ひーかーるー♪」


「零、その歌好きだよな…。
たまに口ずさんでる。」


岩屋が、アイスピックで氷を砕きながら言う。


「歌って、って言われる…。」


「誰に?」


誰に…?


私は首を傾げる。


「分かんない…。」

私には、7歳までの記憶が無い。


気づいた時には施設にいて、自分の苗字すら思い出せなかった。


覚えていたのは「零」って言う下の名前だけ…


それ以外は、未だに思い出せない。

No.27 12/05/22 10:29
ゆい ( W1QFh )

「岩屋さんっ!」


店のドアが、ぶら下げられたベルを鳴らして大きく開いた。

バタバタとカウンターに走り寄って来たのは、矢木だった。

「お前、そんな血相かいてどうしたんだよ。」


岩屋が矢木に、思いっきり面倒くさそうな表情を浮かべる。

「サツだよ!
高瀬に追われてる…!
頼むからかくまってくれよ…!」


息を切らせて、矢木は岩屋に助けを求めた。


「お前、高瀬達をここに呼び寄せたな? まったく…マジで馬鹿野郎だな!」


「頼むよ…岩屋さん…!」


このままじゃ…岩屋は、矢木を闇に葬るかも知れない。


薬を持ったまま店に入って、サツに見つかりでもしたら矢木は、殺されて海外かも…。


その証拠に、岩屋の瞳は冷たく光る。


裏社会と通じる岩屋を、怒らせたら終わりだ。


「矢木、出して。」

「え?」


私は早くしろと、矢木に向かって手を差し出した。


「零?」


岩屋が、そんな私の行動に驚く。


「エクスタシー、持ってんでしょ?
早く出して…!」


「あっ…あぁ!」


矢木のカーゴパンツのポケットから、バラバラと薬の袋が出てきた。


10袋…20錠ある。


私は、その袋をすぐに胸元にしまい込んだ。


その瞬間、店のドアがまた開いた。


鳴り響くベルの音に、心臓が止まりそうになる。


「開店前に悪いな。」


黒のスーツを着た背の高い男。


背広の襟には金枠付きの赤い丸バッチ。

捜査一課の刑事だ。

私はフードを被って背を向ける。


「どうしました?」

岩屋は、平然とした態度で刑事に問う。

カウンター越しに隠した指先は、裏のドアを差して私に逃げろと指示していた。

「そこにいるガキ…矢木に話があってな。」


緊迫した空気。


「矢木っすか?
こいつ、何かしたんですか?」


「白々しいんだよ、岩屋…。
そこのガキ引っ張ってくぞ?」


その刑事の口調に、私の口元が緩む。


岩屋に臆さない、彼の態度に感心したのだ。


凛とした刑事に、たじろぐ岩屋もちょっと面白い。


「あぁ!しつこいなっ!
ほら、警察庁でも何処でも連れて行けよ!」


身軽になった矢木は強気だ…。


刑事を挑発するように睨み上げる。


私はその隙に裏口へと歩みを進めた。


すると、背中でバッキ!と人が殴られる音がした。

No.28 12/05/22 12:22
ゆい ( W1QFh )


刑事に殴り飛ばされた矢木が、私の足元に倒れる。


「うぅ…っ」


「そこのお前も動くな。」


痛みにもがく矢木の後ろで、刑事が私に放つ。


マズい、睨まれたか…。


「長岡、フードのあいつも取り押さえろ。」


「はい!」


別の刑事も私に近寄ってくる。


「大人しくしろよ?」


フードに手を掛けられる。


私はその手を振り払って、裏口のドアを目指した。


「おいっ!待て!」

追ってくる刑事に振り向いて、回し蹴りを食らわす。


「ぅおっ…!」


足が、その刑事の前髪を掠める。


そいつが怯んだ隙に、ドアを開けて外に逃げ出した。


勢いをつけながら壁を蹴って、ダクトの窪みに手をかける。

腕の力だけで上がって、ビルの2階の手摺りによじ登る。


「はぁ~…痛ってぇ…」


手の平に豆が出来た。


「零(ゼロ)。」


急に名前を呼ばれて、肩がビクリと上がった。


恐る恐る横を見る。

「…なんだ、mouseか…ビックリした。」

暗闇の中、私と同じ黒のパーカーにすっぽりとフードを被った男…。


私達のボスの連絡番、「mouse」本当の名前は知らない。


「ちょうど良かった。
コレ、ボスの所に返しておいて。」


ブラジャーに忍ばせた薬の袋をmouseに手渡す。


「あったかい…」


「バーカ(笑)!」


mouseの顔を見た事はない。


だけど、どことなく発言が幼稚で純粋さがあった。


「刑事に追われてる…このまま、引き連れて逃げるからmouseは早くボスの所に帰りな。」


そう言って、私はmouseのフードの上から頭を撫でる。


「ゼロ…気をつけて。」


mouseはそれだけ言うと、助走をつけて隣のビルへと飛び移って逃げた。


ビルとビルの間は5メートルくらいある。

「すげぇな…。」


流石は、ヤマカシ。

あっという間に姿を消したmouseは、名前の通りにすばしっこい。


「さて…そろそろかな。」


低いこのビルなら、下から階段を使って登っても、すぐに追いつかれてしまう。

案の定…屋上の丸いドアノブが、カチャリと回転して重たい鉄の扉を開いた。

No.29 12/05/22 15:13
ゆい ( W1QFh )


「お前の飛脚力、ハンパねぇな。」


声からして、私を追って来たのは矢木を殴った方の刑事だ。

確か、(たかせ)って言ってたな。


「フードを取って顔を見せろ。」


その命令口調…刑事だからとか、そんなんじゃなくコイツは…


サディストだな。


「おい、聞いてんのか?」


革靴を鳴らして近寄って来る。


…どうする?


蹴り上げて、落としてから逃げた方が早そうだな…。


もっと…近寄ってから…


「日本語、つうじますかー?」


目線に、奴の靴の先が見えた。


…今だ!!


私は踵を返すと、奴の顎を狙って脚を上げた。


「おっと…!」


「…え?」


外した?


「甘いんだよ…くそガキ…!」


私は逆に、そいつに脚を持たれてバランスを崩して倒れた。

そして、頭をグイッとコンクリートの地面に押される。


片腕は捻り上げられて身動きが取れない。


少しでも動けば、腕が折れる…。


「オラっ!顔を見せろ…!」


フードが取られて、自由を得た髪が胸元まで垂れる。


「…女?」


私は奴の顔を、睨み付ける。


「…お前っ!」


私の顔を見るなり奴は、目を大きく見開いて静止した。


「女だから驚いた?」


奴が力無く放心してる間に、立ち上がって服についた埃を払う。


「め…い…?」


(めい…?何?なんの事?)


「どうしたの、あんた…人を化け物でも見るみたいに…」


不意に奴の手が私の頬に触れた…。


今にも泣き出しそうな顔に、何故だか胸が痛んだ。


なに…この痛み…


でも、すぐにその痛みを打ち消す、別の痛みが腹に走った。

「うっ…」


奴が、私の腹に膝蹴りをしたのだ。


油断した…!

遠のいていく意識…

「公務執行妨害で、連行すっから。」


崩れ落ちる私を抱えて、奴はそう言った。


ぼやける視界には、奴の哀し気な表情が見えた…

No.30 12/05/22 21:43
ゆい ( W1QFh )

目が覚めると其処は、警視庁の一室だった。


ここが何て呼ばれる部屋なのかは分からないけど、会議室みたいに広い。


警察に行ったら必然と、取り調べ室か拘置室みたいな場所に連れて行かれるものだと思ってた。


「名前は、名梨 零。
(ななし れい)
歳は19か…お前、昔から散々と補導されてんだな。」


万引き・窃盗・喧嘩に、器物破損…


調書を読み上げながら、(たかせ)は私に鋭い目線を送る。

「あんた、矢木をどうしたの?」


私が質問すると、(たかせ)は警察手帳を私の目の前に突き付けた。


高瀬 亮…。


「これが俺の名前だ。
次に(あんた)とか呼んだら殺す。
それに、今は矢木じゃなくお前の取り調べ中だ。」


ゾクゾクするくらい、冷たい瞳だ。


まるで、もう一人の自分を見ているよう…。


「婦警が来たら、別室で身体検査すっからな。」


「何にも持ってないよ。」


皮肉な笑顔を向ける高瀬に、吐き捨てる様に言った。


「そうか…なら、身体の隅々まで見てもらえ。」


そう、耳元で囁かれる。


こいつの顔が、そんなに良くなければセクハラで殴ってやったのに。


不覚にも高瀬は、私の好きな容姿の男だった。


もちろん、こいつ自身は気に入らないけど。


ほどなく、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。


「失礼します。」


高瀬が言ってた婦警だ。


白いスーツの、スラリとした黒髪美人だ。


細いフレームの眼鏡と、ワンレングスのボブが良く似合う。

こういう女を清楚って言うのかな…。

No.31 12/05/22 22:43
ゆい ( W1QFh )

「組織犯罪対策部の三河です。」


黒髪美人はそう言って、警察手帳を掲げる。


三河 多香子…。

なるほど、制服姿も似合うのね。


三河が入って来た時に気付いた。


三河は、捜査対象の私よりも先に、高瀬を見た。


艶やかな唇の口角を少しだけ上げて、一瞬だけ微笑んだ。


その表情を見た高瀬は、すぐさま視線を彼女から逸らした…。


私は子供の頃から、周りの顔色を窺いながら育てきた。


だから…すぐに分かったよ。


この二人が、デキてるって事…。


しかも、女の方が高瀬にベタ惚れなんだ…。


「この、ガキの身体検査を隣の部屋でしてやって。」


…面白い。


「はい。
じゃぁ、名梨さん行きましょうか?」


三河の手が私の肩に掛かる。


私は、その手を払いのけた。


「名梨さん…?」


そして、高瀬の目の前に立った。


「早く行け。」


もう一度、その無機質な瞳の変化が見たい…


高瀬の瞳の奥には、私が揺れて見える時がある。


何でだか分からないけど、私を見つめる時に別の(誰か)を探しているみたいだ…。


それが、誰なのか知りたいと思った。


「…しっかり確認しなよ?」


私は…パーカーを脱いで、Tシャツと、サルエルパンツを脱いだ。


「ちょっ…やめなさい!」


止めに入る三河を押しのけて、下着すら脱いだ。


下着は、両方とも高瀬に投げつけてやった。


どうだ?と言わんばかりに高瀬に裸を見せ付ける。


「何も持ってないだろ?」


裸を男に見せたのは初めてだった。


心臓がバクバクと鳴ったが、緊張しているのが気付かれないようにポーカーフェイスを保つ。


「…靴下。」


それでも、高瀬は無表情だった。


「…は?」


「靴下も脱げよ。」

高瀬は、私の足元を指差して意地悪く笑う。


靴下…


私は靴下を脱ぐのを躊躇う。


素足を見られたくないのだ…

だって

私の足には…

No.32 12/05/23 09:56
ゆい ( W1QFh )


―…


「どうした?
さっさと、脱げ。」

芽依によく似た女…

(名梨 零)

施設に保護された時には、彼女の記憶はなかった。


かろうじて覚えていたのは、下の名前だけ…


仕方なく館長が名付けた苗字が「名梨・(名無し)」か…

まんまじゃねーか。

笑える…。


「全裸を見られるより、靴下を脱ぐ方が恥ずかしいのか?」

…零(レイ)


澤田 修也が口にした名前と同じ…

芽依と同じ容姿…


お前…何者だ?


「…靴下は脱がない。」


「あ?お前が、俺に見ろって脱ぎ始めたんだろ?
だったら、今更ゴネるな。」


零は、唇を噛み締めて俺を睨む。


本っ当…芽依を見てるみたいだ。


「俺が脱がしてやろうか?」


手を伸ばすと怯えた様に、後退る。


「高瀬さん…っ、対象者に触っちゃダメよ!」


多香子が俺と、零の間に入る。


「どけ…。」

「嫌です!
名梨さん、服を着なさい!
後は…尿検査で薬物使用の反応が出なければ、今夜は帰れるわ…!」


俺の前に立ちはだかって、多香子は後ろの零に余計な事を言う。


その言葉を聞いた零は、「チッ!」と舌打ちをして服を着始めた。


初めて零の顔を見た時は、芽依かと面食らったが…


彼女の発言や行動は、芽依とは程遠い。

全くの別人だと気付く。


だから…腹が立った。


芽依の顔を持つのに、品の無いお前の行動が。


犯罪者のお前が…


俺の芽依を汚してる様で、見ていて腹立たしいんだよ…。

No.33 12/05/23 18:50
ゆい ( W1QFh )



「尿検査の結果が出たわ。」


多香子が、2枚分の検査結果を俺に手渡した。


「矢木は使用反応有り…。
名梨は…反応無しか…。」


一番拘束して、色々と調べをつけたかった方は釈放か…。


世の中、上手く行かねーな。


矢木を洗って、零とバックにいる組織の尻尾を掴むしかねぇな…。


「名梨さんはもう、帰したから。」


多香子が、不機嫌そうに言った。


「お前の仕事を邪魔したか?」


クールで通ってる多香子のふてくされ顔に、口元が緩んだ。

「亮…捜査ルールは守って!
捜査中の異性の身体に触るなんて有り得ないわ…!
逆に、わいせつ罪で捕まりたい?!」


…触ってねぇし。


「お前に逮捕されるなら本望だけどな。」


「ふざけないでッ!!」


多香子は一括すると、ヒールを鳴らしてドアをバタンと閉めて出て行った。

「…シャレの通じない奴だな(笑)」


さてと…

次は、長岡が担当している矢木の取り調べだ。


全部自供するまで、痛めつけてやる。


俺は指の関節を鳴らしながら、矢木のいる取り調べ室へと向かった。

No.34 12/05/23 19:25
ゆい ( W1QFh )



第1取り調べ室―


俺は中に入ると、長岡に鍵をかけさせた。


「何だよ…ッ!」


ジリジリと迫る俺に、矢木は怯えた。


「立て。」


矢木の胸ぐらを掴み上げて腹を一発殴る。


「ぐはっ…!」


激しく咽せる奴の髪を掴んで、デスクに顔を叩きつけた。


「MDMAの出所と、売った客の名前…先月3月×日の行動、田口との関係、名梨 零について知ってる事を全部吐け!」


「あぁ…ぐッ…!
そ、そんな事…言ったらこ…殺される…ッ…!」


抵抗する矢木に、俺は胸ポケットからボールペンを取り出して、奴の顔面スレスレに刺す。


デスクに小さな穴が開いて、矢木は身体を硬直させた。


「言わなきゃ、俺がお前を殺す。」


「いっ…暴力で口を割らすのは違法捜査だろッ!!」


この…くそガキ


「犯罪者が、自分のした事を棚に上げて保守を求めんのか? てめぇ、ふざけんなよ…?
やっぱり、死ぬか?」


その後も2、3発、矢木のボディを殴った。


俺のしている事は確かに違法だ。


だけど、それがどうした…


罪人に、人としての権利などない。


主張する事も許さない。


生ぬるい捜査で、助からなかった命があった事を俺は忘れない…

No.35 12/05/23 19:52
ゆい ( W1QFh )

矢木の自供で、MDMAの出所は分かった。

六本木にある会員制の(Night Club)
「アルファム」だ。

だか、そこのオーナーは裏社会や政界に通ずる強者の「柳原 勇(やなぎはら いさむ)だ。


簡単には捜査出来ない。


警察幹部ですら、手だし出来ない相手なのだ。


厄介だな。


とりあえず、割り出したドラッグの購入者全員から「アルファム」の情報を搾り取るしかない。


また、忙しくなる…

眠れない日が続くな…


「アルファム」か…

此処に、零もいる。

零は、13年前の事件のカギを握ってるはずだ。


必ず、あいつの秘密を暴いてやる…。


あいつの、冷たい瞳の先にある真実。


俺と同じ様に、笑う事を忘れた…ひねくれた口元。


零を見ていると思う

まるで、もう一人の自分を見ているみたいだと…

No.36 12/05/23 20:43
ゆい ( W1QFh )

六本木の一等地に佇む、ギリシャ宮殿のような外観の建物。

真っ白な観音扉の前には、二人の黒人ガードマン。


明らかに、金を掛けて設置した照明が、この建物を幻想的に照らしている。


これが「アルファム」だ…。


ガードマンに案内されて、煌びやかな世界に足を踏み入れる。


中はまるで、オペラハウスだ。


前方には大きな舞台。


ポールダンサー達が、ヒラヒラとしたドレスを纏って男達を魅了していた。


客は男も、女もドレスアップして仮面を被っている。


此処は、大昔のフランスの「ムーランルージュ」を思わせる。


「よく来たね。
高瀬君…」


タキシード姿で、VIP席の長椅子に腰掛けた男…


こいつが、柳原だ…。


葉巻を加えて皮肉な笑顔を浮かべる。


「初めまして、柳原会長。」


さすが…纏う雰囲気が、おっかねぇ。


「堅苦しい挨拶は無しだよ…。
今日は何?家宅捜査か何か?
夜間の営業許可はもらっているが、不備でもあったかね?」

冗談紛いで笑っているが、目の奥は違う。


蛇のように俺を睨む。


「いいぇ…単なる社会勉強ですよ。」


下手に刺激しようもんなら、明日の朝…俺は、東京湾海底行きだ。


「社会勉強ね…。
良いだろう、せっかくだからショーでも観ていきなさい。
もうすぐ、うちのトップダンサーの登場だ…。」


柳原はそう言って、指先をパチンと鳴らした。


店の中の証明が、一斉に落とされて暗闇に包まれる。


歓声と口笛が響き渡って、舞台上にスポットライトが当たった。


ライトに照らされたは零だった。


零は、ビスチェを着て長く細い脚をポールに巻き付ける。


髪はアップに上げられて、白いうなじを指先で撫でながら観客を誘惑する。


その妖艶な視線に、男女ともなく甘美の溜め息を漏らさせた…。


その姿は、あの日会ったあいつとは、まるで別人の様だった…。

No.37 12/05/23 21:42
ゆい ( W1QFh )


「…美しいだろ?」

不意に、柳原が俺の耳元で囁いた。


「えぇ、確かに。」

彼女の色香に酔わされて、ここにいる何人の男が、あのポールになりたいと願うのか…。


「私達は彼女を、零(ゼロ)と呼んでいる。」


ゼロ…?


「何も生み出さず、失わせない…ゼロだよ。
創世記の始まりだ。」


意味が分からん。


「彼女は、会長の愛人か何かですか?」

俺の問いに、柳原は声を荒げて笑った。

「高瀬君は若いね、若年者の発想だよ。 ゼロの美しさの秘密は、彼女の処女性にあるのだよ。」


「処女性?」


「ゼロはまだ、「女」になりきってない…彼女の光輝く純潔を破りたくて、欲望を抱く男達は山の様にいるだろう…だからこそ、彼女には価値がある。」


守られた純潔か…。

「…それで?いずれ、彼女を高く売り飛ばそうと言う訳ですか?」


江戸時代の、花魁の身請けみたいな話だ。


まぁ…花魁は処女じゃないか。


「ゼロの価値は、そんな金で換算出来るもんじゃないよ。
もっと、大切な事に使う道具になるんだ。
君には分からんよ…高瀬君。」


俺には分からない?
この、タヌキ親父。

「さぁ…ここは、君みたいな子供の来る場所じゃない。
早く帰って宿題でもしなさい。」


柳原がそう放つと俺は、ガードマンに両腕を抱えられた。


「宿題が終わったらまた、来ますよ。」

ニヤリと笑った俺に、柳原はバイバイと手を振る。


俺はガードマンに、裏口のドアから乱暴に放り出された。


「痛って…!」


ポリバケツの間に身体が挟まる。


つーか、ゴミの上とか止めて欲しい。

生ゴミなら最悪だ。

「高瀬。」


誰かが、裏路地からスッと姿を表して俺に手を差し伸べる。

俺は、そいつを見上げた。


「岩屋…!」


「いい様だな(笑)」

俺は岩屋の手を払って立ち上がる。


「岩屋、お前もアルファムに出入りしてんのか?」


岩屋は頭をボリボリと掻いて、俺に鋭い眼差しを向ける。


「アルファムから手を引け。
あと、零からもだ。」


岩屋の冗談は笑えない。


「イヤだね。」


すると、岩屋は俺を壁に叩きつけて頸椎を締め上げる。


「ぐぁ…ッ…」


首が圧迫されて血流が止まる。


「最後の警告だ。 アルファムと零から手を引け。
分かったな…!」

あぁ…ヤバい、おちる…

No.38 12/05/23 22:25
ゆい ( W1QFh )

――…


「ゼロ…おいで。」

ショーが終わると、ボスは私を呼びつけた。


「足を見せてごらん…」


ボスには逆らえない。


私は、ボスに言われるまま彼の膝の上に足を乗せた。


ゆっくりと、編み上げのブーツの紐を解いて脱がせる。


「あぁ…ゼロ、私はお前のこの傷跡が愛しいよ…。」


そう言って、私の傷跡を撫でる。

…気持ち悪い。


「この星形…。
ゼロ、お前がいれば私は、悪魔をも操作する事が出来る。」

悪魔?


「…なんの事?」


私の問いを無視して、ボスは柔らかい笑顔を向けた。


「ゼロ、高瀬とか言う刑事が店とお前を探ってる…。
しばらく、お前は隠れなさい。」


ボスは内ポケットから小切手の用紙を出して、ペンで金額とサインを入れる。


「分かった…。」


私は、それを無造作に受け取って店を出た。


「これ、あげる。
だから、監視を撒いて。」


小切手を外にいるガードマンの胸ポケットに忍ばせて、私は繁華街の中へと消えた。


いつもの黒いパーカーを脱ぎ捨てて、代わりに黒いワークキャップを被った。


…店で、高瀬を見た。

ボスと何か話をしていて、私を見ていた。


ショーの間中、高瀬が気になってダンスに集中出来なかった。


高鳴る胸の正体が分からない。


でも、高瀬を見ると胸が苦しくなる…。

心が、高瀬に会いたいと願う…。


店を出ても監視を付けられる。


だから、同じダンサーの子に服をもらった。


タンガリーシャツと、黒のスキニーパンツ。


髪を下ろして帽子を被ぶれば、私だとは気付かれないだろう…。


街を彷徨い歩いて、私は、高瀬の広い背中を追う…

No.39 12/05/24 08:09
ゆい ( W1QFh )


人混みに紛れて、辺りを見渡す。


まだ、近くに高瀬がいる様な気がした。

その時、不穏な陰が背後に忍び寄って来る気配を感じた。


(誰かに付けられてる)


あの役立たず…。


私は、小さな雑居ビルのエレベーターに入り込んでカタカタと「閉」ボタンを連打した。


扉が閉まる…


「待て…ッ!」


扉の隙間から手が掛かる。


その隙間に身体をねじ込んで入ってきたのは…


「高瀬…!」


「やっと、捕まえた…。」


高瀬は、私の手首を掴んでその場に倒れた。


ひどく、咽せ込んでいる。


「何があったの…?」


高瀬の背中をさすって、額に浮かんだ汗をハンカチでふく。

「…岩屋だ…あの野郎…!」


岩屋…?

なんで岩屋が?


「それで?岩屋はどうしたの?」


「逆に…締め上げておとして…やった…」


高瀬はそれだけ言うと、力尽きたように意識を失った。


相打ちか…。


私は高瀬を引きずって、7階の潰れたビリヤード場に入った。

「お…おもっ!」


高瀬は身長もあるし、細い割にはしっかりと筋肉も付いていてかなり重たい。


私は全身汗だくだ。

廃墟と化した、室内の捨て去られた道具達…


ビリヤード台も、ボロボロのソファーも埃を被っていた。


そして、鼻を突くカビの臭い…。


とても寂しい所だと思った。


私達には、似合いの場所だと思った…。

私は高瀬の隣に座って、壁に背中を凭れかける。


「頭…コンクリートで痛いかな。」


眠る高瀬の頭を、自分の膝の上に乗せた。


上から彼の顔を見下ろす。


鼻筋が通っていて、意外と睫毛が長い。

「寝顔は可愛いな…(笑)」


クスッと笑って、高瀬の髪を撫でる。


硬い毛質なんだな…

自分の毛質とは正反対。


なんだか愛しい…


え?愛しい…?


自分の気持ちに疑問を持った。


人を、そんな風に想った事はない。


自分自身に、そんな感情が芽生える事なんか無いと思っていた…。


だから…もの凄く戸惑う。


高瀬に惹かれる怖さ…


人を愛するのが怖い…。

No.40 12/05/24 08:41
ゆい ( W1QFh )

――…


「ちょっと、亮!
いい加減重たいわ!」


夢を見た…


「良いじゃん、地面に直で頭をつけたくないんだよ…!」


心地よい、いつかの春の日…


「もう、自分勝手ね…!」


木漏れ日のさす木の下で、お前は俺を膝枕しながら本を読む。


「何読んでんの?」

俺はお前から小さな本を奪って、題名を見る。


(ゲーテの詩集)


こりゃまた、少女趣味な…


「返して!」


手を伸ばす芽依の長い髪が、俺の頬に触れる。


猫っ毛の柔らかい髪。


毛先だけクルクルと巻いた髪が、俺の頬を優しく撫でた。


その髪を引っ張ってキスしたい…。


でも、それじゃ俺の負けだ。


お前から俺にキスしてくればいいのに…

そしたら…


素直になれんのに…

俺は、詩集をポイッと投げ捨てた。


「ああッ!何て事するのよ!!この…ッ!」


ペチン…!と芽依の手が俺の額に振り下ろされた。


「痛ッ!」


痛がる俺を見て、お前は
「ざまーみろ!」と笑う。


その笑顔に触れたい。


芽依…


覚めない夢なら、お前に触れて抱きしめたいよ…。


もう一度だけ


お前の笑顔が見たい…。

No.41 12/05/24 09:18
ゆい ( W1QFh )


目を覚まして驚く。

「芽依…?」


彼女の寝顔がそこにあった。


でもすぐにそれは、「芽依」ではなく「零」なのだと気付いた。


零の髪が俺の頬に触れている…


あの時に感じた感覚そのものだった。


「…ってか、ヨダレが落ちそうなんだけど。」


俺は起き上がって、零の頭を自分の肩に乗せた。


よくこうして、芽依と電車に乗ったよな…。


あいつ、揺られるとすぐに寝るんだよな…。


思い出してクスッと笑った。


ふと、零の顔を覗き込んで見た。


丸くて、形の良いおでこ…


フサフサの睫毛で、閉じると目元に陰を作る。


芽依と同じだ。


違うのは、髪型だけだ。


芽依は黒髪だった。

零は栗色…そして、ストレートだ。


こうして見ると、零は不思議だ。


彼女には色々な表情がある。


初めて会った時は、ナイフの様な女だと思った。


触れる物全てを切りつける鋭い刃物。


さっき、店で見た時は、しなやかで艶のある女だった。

憂いを秘めて、人々を癒やす様な柔らかさがあったのだ…。

そして今は…


無邪気な顔で眠る

普通の19歳の少女…

零…お前は、どんな女なんだよ。


本当のお前は…

どんな風に笑う…?

No.42 12/05/24 10:31
ゆい ( W1QFh )


暗い室内が次第に明るくなっていく…。

腕時計は午前4時30分を指す。


夜が明ける…。


「喉乾いたな…」


未だに、違和感の残る喉を押さえ呟いた。


くそ…岩屋の野郎。

「…喉乾いたの?」

零が、頭を起こして目を擦りながら言う。


「水…買ってくる。」


俺は、立ち上がろうとする零の腕を掴む。


彼女はキョトンとした顔で俺を見た。


心なしか表情が柔らかい。


本当、不思議な奴だ…。


「逃げられると困るから、ここにいろ。」


零は、小さな溜め息を吐いて大人しく座る。


「逃げねーよ…。」

そして、ポケットを探る。


零のポケットから飴が出てきた。


「食う?」


剥かれたそれが、目の前に向けられた。

昨日から飲まず食わずで正直、喉から手が出る程欲しかった。


たかが飴…

されど飴だ…


「いらねー。」


30過ぎた男が、ガキに飴をもらうなど、プライドが許さない。


「あっそ!」


零はそれをパクッと口に放り込んだ。


「あっ、食った!!」


つい、口から出てしまった。


零はそんな俺を見て、意地悪い笑みを浮かべる。


腹が立つ。


俺はそっぽを向いて内ポケットからタバコを取り出す。


「高瀬。」


「なんだよ…っ」


振り向きざまに、零は俺にキスをした…

口の中に、甘い固形物が入る。


「あげる。」


零が、にっこりと微笑む…


「芽依みたいだ…」

俺は、零の頬に手を伸ばす。


「めい…って誰?
高瀬の好きな人?」

哀し気な零の瞳


そんな傷付いた顔するなよ…


俺は、彼女の唇にキスをする。


…飴が、互いの口の中を行ったり来たりして…俺の喉を潤す。

零の甘い唾液に満たされる…


固く瞳を閉じて、懸命に俺の舌の動きに合わせる零に罪悪感を抱きながら…

それでも、この唇を離す事は出来なかった…。


No.43 12/05/24 12:36
ゆい ( W1QFh )


芽依の残像を、零に重ねているのか…


それとも…

零自身を求めているのか…


戸惑う、零の身体を倒す…

「高瀬…?」


揺れる零の瞳に、醜い自分の姿が映る。

「お前が、求めるものってなんだ?
お前は…誰なんだよ…」


俺が求めているのは芽依だ…


お前が芽依なら、どんなに幸せか…


「高瀬…泣いてんの?」


零の問い掛けに俺は、鼻を啜って目頭を押さえた。


「泣いてねーよ。」

零は、俺を真っ直ぐに見つめる。


「昔から、同じ夢を見る…。」

(夢…?)


「神様がいて、私に生まれ変わったら何になりたい?って聞くんだ…。
好きな物になれるって言うの。」


「それで…?
何になりたいって答えるんだ?」


零は、儚なく笑う。

「生まれ変わらなければ、なりたいものにはなれないの…? って言った。」


零…お前…


「今の私には、自由がない。
誰かに、足を鎖で繋がれてる…。」


「その誰かは、柳原か?」


俺の問いに、零は首を横に振る。


そして、眉をしかめながら右足の甲を押さえた。


「たまに、疼くように痛むこの傷が…私を繋いでる。」


「…傷?」


怪我でもしたのか…?


「高瀬…」


零の瞳にうっすらと涙が浮かぶ。

お前でも泣く事があるんだな…


「…なに?」


次第に陽が登り、部屋を朝日が照らしはじめる。


零が何かを言おうと口を開いた時…


俺のポケットから携帯の振動が伝わった。


「はい、高瀬です。」


俺は、零を見ながら電話に出た。


「もしもし?高瀬さん?!
今どちらですか?!」

相手は長岡だった。
かなり慌てた様子だ。


「え~と…ギロッポン?
どうした、何かあったか?」


「大変ですよ!
また、河川敷で男性遺体があがりました!
早く、本庁に戻って来て下さいっ!」

…最悪だ。


「分かった、すぐ戻る。」


俺は携帯を切って、零の手を引っ張った。


「お前も、一緒に来い!」


「…無理!」


抵抗する零に苛立ちながら、俺は乱暴に彼女を連れ出す。


「離せよ…!」


零は手を振り解いて、俺の背中に飛び蹴りした。


コイツの脚力…忘れてた。


倒れた俺の横を掠めて、

「私…なりたいものなんてない。でも今は…私が「めい」になりたい。」


そう、言った…。

No.44 12/05/24 22:41
ゆい ( W1QFh )



お前は…


「お前は…芽依になんてなれねーよ!」

俺は、零の背中を追いかけた。


「…放せッ!」


腕を取って、彼女の身体を引き寄せる。

「頼むから、大人しくしろ…!
もう、お前を殴りたくない…」


お前の身体を傷付けたくない。


「高瀬…私、捕まる訳にはいかない。
警察には行けない…」


腕の中で小さく震える零を、愛おしいと思った。


「逮捕じゃない…保護だ。」


自分でも、分からない。


お前を知りたいと、心が騒ぐ…


それが…事件を探る為なのか、ただの青臭い恋心のせいなのか。


もう…分からないんだ。

No.45 12/05/24 23:11
ゆい ( W1QFh )


「高瀬さん、これは一体どういう事?」

本庁に戻ると俺は、零の面倒を多香子に押し付けた。


「捜査会議が終わるまで、空いてる部屋に入れとけ。」


零の首根っこを掴んで、多香子に渡す。

可愛気ない態度で、零はフンッ!と顔を背ける。


本物の猫みたいだ(笑)


「まったくもう…、今度は何したのよ名梨さん…。」


呆れ顔で多香子は零を引き取って、溜め息を漏らした。


多香子に連れて行かれながら、零は俺に「あかんべー」と舌を出した。


「くそガキ(笑)」


零を見送りながら、緩んだ顔を引き締め直す。


2度目の殺人事件。

連続的に発生ともなれば、捜査は所轄と合同になる。


マジで、色々とシャレにならねーよ…!

「あぁ、高瀬さん! 良かった、もう会議始まりますよ。」


会議室に向かう廊下の突き当たりで、長岡が俺を待っていた。


俺は長岡から、事件概要の資料を受け取る。


「…予告殺人?」


資料の一節に目を通して足を止めた。


「詳しくは会議で…。」


「…あぁ。」


そこには、信じられない内容が記載されている。


悪魔の目覚めが


もう…すぐ、そこまで迫っていた…


No.46 12/05/25 00:08
ゆい ( W1QFh )

「事件の被害者、(金子 仁)
年齢47歳 千代田区の通信販売会社社長だ。」


死因は、一人目の被害者の田口と同じ…MDMAによる中毒死。

身体にはやはり、×マークの傷…数は、20箇所。


田口の時より、傷の数が減ってる…。


「えー、今回は警視庁のデータベースにハッキングがあり、一連の事件に関する予告状がメールで送られてきている。」

…ハッキング?

おいおい、それは大不祥事じゃねーか。

情報管理のセキュリティーを破って、侵入してくるなんて並みのハッカーじゃねぇぞ…?


どうすんのさ、管理官…。


「犯人と思われるメールの差出人は、今回の被害者2名の殺害についてプレゼントだと言っている。
13年前の関連事件のクライアントを処刑した事で、遺族が救われたはずだと…。」


プレゼント…だぁ?

遺族が救われただと…?


ふざけんじゃねぇ!

握った拳が怒りの矛先を探す。


「なお、犯人は医療施設にて療養中の「澤田 修也」の解放を要求…。
従わなければ…当時の「クライアント」を次々に殺害すると…。」


「予告殺人?」

「澤田 修也の解放?!」

「組織的なテロじゃないのか!」


前代未聞の犯人要求に、会議室内が騒然となる。


無理もない。


相手はあの「澤田 修也」だ。


恐ろしくなるのも当然…。


「管理官!」


俺は手を挙げて意見の発言を求めた。


「よし、高瀬!」


「犯人の要求を受け入れましょう…!」

「「なっ…!」」

「「バカかアイツは!」」


色々な野次が飛ぶが、気にしない。


「澤田を解放して、バックにいる組織を根こそぎ引っ張るんです。
ただし、解放までに1ヶ月の猶予をもらって下さい。
その間に、俺が犯人逮捕しますから。」

「高瀬、それはつまり…澤田を解放するまでに、犯人を確保すると言う事なのか?」


管理官の質問に、俺は力強く頷いた。


「はい、必ず逮捕します!
それから…澤田 修也との接見も申請致します…!」


周りは「犯人を1ヶ月も押さえるのは無理」だと、ザワザワうるさく騒ぐ。


痺れを切らせて、次の犯行に及ぶ可能性を指摘された。


「その為に「交渉人」がいるんでしょう?」


こんな時こそ、その実力を見せ付けろ…

デスクワークのエリートら…。

No.47 12/05/25 00:51
ゆい ( W1QFh )



捜査は、俺の意見通りに動き出した。


まず…データーに入り込んだ犯人に、交渉人が澤田の解放時期を交渉する事から始まる。


俺達刑事は、被害者の身辺調査と現場検証などの緻密な捜査をする。


警察をあげての大規模な捜査と発展していく。


「長岡…明日から忙しくなるから、今日は早く帰ってゆっくり休め。」


俺は長岡の肩をポンと叩いて、そう言った。


「良いんすか!」


嬉しそうに笑うよな。

長岡は素直だ。


「良いよ。俺も今日は、もう帰るから。」


「お疲れした!」と頭を下げる長岡に、手をヒラヒラと振りながら会議室を後にした。


さて…零を迎えに行かないとな。


多香子も怒ってんだろうな…。


「遅いわよ!」


案の定…鬼の形相で、腕組みしながら多香子は俺を待ち構えていた。


「スマン…会議が長引いた。
…零は?」


「あそこよ。」


多香子が指差したのは、開いた窓だった。


カーテンが風で、踊るように靡く。


「お前…逃がしたのか?」


窓枠に手を掛けて外を見渡す。


「信じられる?
ここは3階よ?
いきなり窓から出て、壁の僅かな縁に手足を掛けて蜘蛛みたいに逃げて行ったわ。」


縁って…3cmくらいしかないのにか?


「信じらんねー…」

身体能力高過ぎだろ…


「亮は、よくあの子に逃げられるわね。」


多香子はクスクスと笑う。


「そうだな。」


どうやら、あの手の女には逃げられる質みたいだな…俺は。

「亮、今日はあなたの部屋に行くわ。」

「分かった、良いよ。」


俺には…芽依でもなく、零でもない女が必要なんだ。


恋い焦がれる相手と、心や身体を重ねるのは辛い。


胸が痛むのは辛い。

昔から、俺は変わってない…


そうやって、芽依を失ったのに

なにも学習出来てなかった…。

No.48 12/05/25 01:30
ゆい ( W1QFh )


「亮はどうして、あの子に拘るの?」


ベッドの中で多香子が聞く。


「…芽依に似てるから。」


俺は、タバコに火を付けながら答えた。

「芽依って…亮の婚約者だった人?
そんな、瓜二つの人間なんているの…?」


俺は、警察手帳に入れてある写真を取り出して多香子に渡した。


その写真を見て多香子は絶句する。


「嘘みたい…。
何だか気味が悪いわ…。
まるで、同じ遺伝子を持ってるみたいね。」


同じ…遺伝子。


例えば、一卵性双生児とか?

親子関係とか?


…どちらも有り得ない。


「たんなる、ドッペル…何とかだろ?」

「あぁ、似た人が世の中に3人はいるってやつね…。」


そう、それ…。


「彼女に惹かれてる?」


刑事の彼女なんて、持つもんじゃないな。

尋問もストレートで、多分ウソも見抜かれる。


「惹かれる訳ないだろ。」


「ウソね…。」


その洞察力…見習いたいよ。


そうしたら、容疑者を殴ったり、脅す必要も無くなるだろ?

「お前は、カッコイイ刑事だな(笑)」


「でしょ♪」


お前は本物の正義の見方だな…。


眩しくて嫌になるよ…。

No.49 12/05/25 21:20
ゆい ( W1QFh )

――…


逃げ出して来た…


高瀬から


高瀬の恋人から…


「亮の身体って、綺麗なのよ?
細いけど、逆三角形で腹筋は割れてるし…。」


あの女が、言った言葉だ。


どうして、そんな事を言われたんだっけ…?


ぼやける頭で考える。


…あぁ、そうだ。


私が、あの女に言ってしまったからだ。

「高瀬とキスした。」って…。


あんな…クールで、澄ました余裕綽々な女でも、嫉妬ってするんだな…。


意地悪を言ったつもりが、逆に返されるんだもん…嫌になる。


あの人は…高瀬に愛されてるのかな。


どんな風に?

優しい微笑みを向けられて


そっと、抱き寄せられて


綺麗だという、高瀬の身体に抱かれるのかな…


私は、二人のラブシーンを想像して頭を振る。


変な妄想を振り落とす。


気持ちは沈むのに、美しい夕焼けは私をオレンジ色に照らす。


とても、惨めな気分。


今すぐにでも、高瀬に会いたい…


声を聞きたいのに…

それを、望む事は許されないのだろう。

高瀬は、あの人の恋人だから…。

No.50 12/05/25 21:53
ゆい ( W1QFh )

可笑しな考えだ…。

今まで、散々人の物を奪って来た。


罪悪感など抱かずに盗んで来たのに…


なぜ、それが人の「心」となると奪う事に戸惑いが生まれるの…?


私、こんな道徳的な人間じゃないのに。


なぜ、「恋」なんて厄介なものに落ちてしまったのだろう…。


弱くなるのが嫌なのに…


優しくなんて、なりたくないのに…


「孤独…。」


ポツリと呟いてみる。


あぁ…そうなんだ。

「孤独」って、求めているモノに、求められない事なんだ…。


なら、私は…そうなんじゃない?


ずくまって、膝を抱える。


何時間も歩いた。


その時間、高瀬の事ばかり考えてた。


「行く所がない…。」


疲れてしまった。


誰にも愛されないのなら、誰も愛したくなんか無かった…。

これから、何処へ行けば良いの…?


「零…。」


誰かが、私の帽子を取って髪を撫でた。

その声には聞き覚えがある…。


だから、顔は上げない。

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