装飾系男子の愛し方

第一話：表の顔と裏の顔 １-①


けたたましいメロディーとボーカルのハスキーな歌声で目が覚める、月曜日の朝。
眠たい目を擦ってシャワーを浴び、薄化粧をして髪を結い上げる。
ピンと張った焦げ茶色の髪のツる、僅かな痛みはスイッチＯＮの合図。
私は今日も一日、先輩曰く「ザ・日本の女」を演じるのだ。

半分眠りながらトーストをかじっている愛しい彼の、胸まで伸びた襟足を胸にしまって。


例えば赤色が好きな人が赤色のものを好んで集める様に、私にとってゴシック・ロリータを着ることは"当たり前"の事だった。
私にとっては、ロリータファッションも、やかましいライブハウスも、カラオケで首を痛める事も、彼の長い髪も、黒く塗った爪も濃いアイラインも、当たり前の事だった。

そしてそんな当たり前が、何よりも愛しかった。

赤、ピンク、金、ツートンにメッシュ、アシメントリーにロングウルフ‥文字通り(頭髪が)色とりどりな仲間達がいて、そこには愛する音楽があって、冷たいビールがある。

それだけで世界は完璧で、何一つ欠けているものは無い気がした。

いや、そんな気がしていたんだ。

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第一話：表の顔と裏の顔 １-②

クルクルと巻いたロングヘアのウィッグ、フリルやレース、リボンの沢山ついたワンピース、私が可愛いと思うものの全てを、彼は可愛いと褒めてくれる。
私が前髪を切っても気付きもしない、それは普通の男と変わらない。
けれど、ウィッグやお洋服を新調したのにはすぐに気付く、彼はそんな人だ。

付き合って三年、同棲の様なこの生活が始まって、もう二年半になる。
今まで喧嘩はそれこそ腐る程にしてきて、それでもここまで、なんとか上手くやってきた。


学生の彼と就職して社会人の私、付き合い始めた頃のように自由が利かなくなった事で、理不尽だとわかっているのに彼を責めたりもした。

彼が好きなものは私も好き、そんな私にとって当たり前だった事が、ずっと当たり前のはずの事が、私だけ思うように出来なくなった。

きっとただ、羨ましかっただけなんだ。
私も派手な色に髪を染めて、好きなところにピアスを開けて、フリフリのワンピースを着て、彼と同じ世界を生きたかった。

私だって好きな服を着て、派手なメイクや髪型をして、激しいロックを聴いて、ライブハウスで暴れたい。
その帰りに飲む冷えたビールは、他のどんなものより美味しい事を知っているから。

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第一話：表の顔と裏の顔 １-③


好きなことを好きなようにする為に、私と彼にはいくつかのルールがある。
その内の一つが、「常識的な行動を人一倍心掛ける」という事だ。
ゴシック・ロリータやパンクファッションといった異端な格好をしていると、それだけで他者からの印象は悪くなる。
だからこそ私達は人一倍、常識や良識を身につけなければいけない。

いつもピリピリ神経質な私と、おおらかでのんびり屋の彼。
でも、こういうことに関しては私より彼の方が厳しい。

「あーちゃん、今日ちょっとシャドーが濃いよ、きちんとしなきゃ」
「あーちゃん、髪が色落ちして明るくなってきてる、きちんとしなきゃ」

フリフリのワンピースを着ていれば何も言わない様な事も、そうじゃない時にはとにかく「きちんとしなきゃ」が口癖だ。


私は彼の、そういうところが好きだ。

彼は好きなことや好きなものを大事に思うだけじゃなく、大事にしていく為にはどうするべきかをまず先に考える。
そんなとき、彼女の私もちょっと妬けてしまうくらい、彼は服や音楽を愛しているのだと思う。


ちなみに余談だけれど、現在フジ●レビで放送中のデカ●ンコは、私達のポリシーに反する為二話から観ていない。(笑)

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第一話：表の顔と裏の顔 １-④


共にそういう価値観で生きている私達だけれど、やはり社会人と学生という立場の違いによる"ズレ"はある。
彼にとって「きちんとしなきゃ」いけない場は限られているが、私にとっては好き勝手出来る場の方が限られているからだ。

新作のお洋服を色違いや形違いでお迎えしても、私がやっと時間が出来て合わせが出来る頃には彼はもういい具合に着古した感じが出ていたりする。
そんな時、私はどうしようもなく寂しくて、悲しくて、なんだかよくわからないけれど腹が立つのだ。

アンタは自由でいいわねっ(ﾟД゜#)


私の仕事は「清潔感」重視の職業だ。
明るい髪色やバッチリメイクはご法度、髪も引っ詰めて薄化粧で、スニーカーで一日中バタバタしている。
好きでこの仕事についたとは言え、私だって若い女。
まして元々フリフリワンピースが好きな様な女なのだから、自由な彼が羨ましくないはずがない。

派手な髪色やメイクだなんて贅沢は言わないから、せめてスカートが穿きたい。
そう思いつつ私は明日も明後日も、ジャージにスニーカーで仕事をするのだ。

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第一話：表の顔と裏の顔 １-⑤


私はよく職場で、とある女優さんに似ていると言われる。
その女優は"清純派"で名の通った方で、シャンプーのCMなんかに出てきそう(出ているのかも)な感じだ。
えぇ勿論、これはがっつり自慢しているつもりです。(笑)

そんなこんなで普段、バサバサつけまつげにがっつりアイライン、金髪の巻き髪でロリータ着てますがな！なんて事は今更、口が裂けても言えない訳だ。

「田中さんって～っぽい」とか「～してそう」なんていう妄想を勝手に繰り広げている方々に、普段の私の姿を見せたい。いや、やっぱり見せたくない。


一つ言っておくと、私は職場以外での自分やバンドマンの彼、派手な仲間達や激しいロック、異端な服装を「恥ずかしい」とは一切思っていない。むしろ誇りに思っているくらいだ。
ただ、隠していると言えば隠しているのは事実だろう。

"職場での私"というのは私の中のごくごく一部だが、せめてその一部でくらいそれを完璧に演じ切りたい。

私にとって"服装"というのは一種のスイッチで、服装が違うと考え方や言動･仕種まで全てが面白いくらいに変わる。
だからこそ職場やそこで関わる人にプライベートを持ち込んだり深く知られてしまえば、私は仕事が出来なくなる。

私は"私というキャラクター"でしか仕事は出来ない。
逆に言うと職場での"私というキャラクター"は、仕事をする為にあるのだから仕事はきちんと出来るのだ。


だからこそ私は、表と裏を使い分けて生きている。
きっとこれからも、ずっとそうやって生きていくのだろう。


【第一話：表の顔と裏の顔 終】

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第二話：プレゼント ２-①


いつだったか彼がくれた、お揃いのシド・ヴィシャスの南京錠のネックレス。
矢沢あいの漫画「NANA」で主人公ナナの恋人、レンが身につけているアレは、ご存知の方も多いだろう。
彼は毎日、そのネックレスを身につけている。
その一方で私のネックレスは、もう長いこと日の目を浴びていない。

彼が私にプレゼントしてくれたものは沢山ある。
ロマンチストでサプライズ好きの彼だから、細々したものから大きなものまで、数えきれない程にある。

私の職場では、結婚指輪以外のアクセサリーを身につける事は禁止されている。
まぁ、そういう職種は多いだろう。
そうなれば着けたり外したりで無くすことを恐れ、自然と身につけなくなる。

アクセサリーに限った話では無い。
服も靴もバッグも、そもそもロリータのお洋服を着る機会が減ってしまったものだから、この所すっかりしまいっぱなしだ。

「使ってくれてるんだね」と嬉しそうに笑う彼の姿も、もう随分と見ていない。

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