高校生活
『誰か一人で良かったんだ
アイツの味方がいれば……』
三田夏実(ミタナツミ)は
友達の好きな相手と仲良くし過ぎた事から、仲間から無視をされる。
それは、クラス中に広まり陰湿なイジメへ変わっていくが、
過去に自分がおかした、過ちの罰だと思う夏実。
同じクラスの矢口真(ヤグチマコト)は、担任から
「夏実の力になってほしい」と言われる。
真には、親友をイジメで亡くした過去があったーー。
※他サイトで執筆した作品を加筆修正していきます。
イジメの表現が多数含まれます。
不快な方はスルーをお願いします
多くの人に読んで貰えたら嬉しいです
.
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1.「男友達」
2-Bの教室は
4時限目の、退屈な古文の授業中。
お昼前なのに、眠気を誘うのは、
定年間近の野村先生のノンビリした口調のせいだ。
教科書を棒読みする声が響く中、
小さなメモが女子の間を回っている。
後ろの席で、男子達はコソコソと話しをし、
机の下で携帯をいじったり、マンガを読んでいる。
.
廊下側の一番後ろの席では、矢口真(ヤグチマコト)が、机に覆いかぶさっていつもの様に寝ている。
窓側の席で、教科書を目で追っていた三田夏実(ミタナツミ)は、
チャイムが鳴ったのに、棒読みを続ける野村に小さくため息を吐いた。
隣のクラスから授業の終わった物音が聞こえ、
A組の男子がベランダに出てきた。
夏実が目を向けたのと同時に、
その中の一人、塚原健太(ツカハラケンタ)が、
夏実に気づいて、ニヤリと笑んだ。
.
健太は、夏実を笑わせようと顔をしかめたり、野村の真似をし始めた。
夏実が笑いをこらえながら「シッシッ!」と追い払うが、
止めない健太に、少し笑ってしまい慌てて俯いた。
そんな光景を、山内香絵(やまうちかえ)が、
夏実の後ろの席から見ていた……
「じゃあ、今日はここまで…」
野村がのんびりと頭を下げて教室を出て行った瞬間、
夏実は席を離れベランダへ飛び出す。
「もうっ健太ぁー!
いい加減にしてよね!」
ベランダの柱に隠れていた健太は
ヒョコッと顔を出してニカッと笑った。
.
「だって、暇そうだったからさぁ」
「暇なわけないでしょ?
授業中なんだから!」
「だって野村の授業だろ?
『春はあけぼのぉ~、ようようしろくぅ~』」
野村の棒読みを真似した健太に
思わず吹き出す。
「似てる!」
「だろ?」
2人はケラケラと笑いあった。
.
「なぁ夏実、今度の金曜の放課後、付き合ってな」
「また勝手に人を暇人と決め付けてぇ」
「だって暇だろ?」
「失礼ね! これでもスケジュール帳には予定がビッシリ――」
「あ~はいはい」
「もう!」
話しを遮られた夏実が
諦めたように苦笑して健太を見る。
「――で? 服でも買うの?」
「いや、CD」
「あっ! レミオロメン借りっぱなしだ」
「ああ…アレ夏実にやるよ。
俺もう取り込んじゃってるし」
その時2人の間に
丸まった雑巾が飛んできた。
.
「あっぶねぇなぁ……」
健太が不機嫌に足で蹴ろうとした時
やってきた真の手が伸びて雑巾のボールを掴んだ。
体を起こした真と目が合った夏実は、
その笑顔のない鋭い眼差しにドキッと緊張した。
「真ぉ、ほれパース!」
仲間の奥野に呼ばれ
真はそのまま教室内に戻っていった。
「無愛想なヤツだなぁ……」
「私まだ一度も話したことないかも……」
「先生たちにも目を付けられてるって奴だろ?
話さなくて正解。近づくなよ」
その時A組の仲間に呼ばれた健太は、
「じゃあ金曜日よろしくな」
と、笑顔で帰っていった。
夏実も笑顔で見送り、教室に入ると、
目の前に香絵が立っていた。
.
「夏実、お弁当食べよ」
「あ、お昼だよね? 忘れてた」
夏実は笑顔で席に戻り
弁当を出して机を動かす。
「塚原君と話してて、時間忘れちゃった?」
「そうそう、いつもくだらない話しばかりするんだもん」
気にもとめずに話す夏実に、
香絵は微苦笑を浮かべる。
その時夏実らの元に、
大柄の久保典子(くぼのりこ)が駆けるようにやってきた。
「ねぇねぇ、聞いてよ!
舞ったら、矢口君のことが好きなんだって!」
「えー?」
.
典子の背後から慌ててやってきた本多舞(ほんだまい)が、顔を赤くする。
「違うってば! 好きなんて言ってないよ!
ーーちょっとカッコイイなぁ…って言っただけ」
夏実は少し唖然として
教室の隅で、雑巾ボールでサッカーをしている真を見る。
「……でもあの人ちょっと怖そうじゃない?
さっきも、雑巾のボール当たりそうになったけど、何も言わずに行っちゃってさ」
「クラスの女子とは全然喋らないしね」
香絵も言うと、席に座った舞がうっとりと笑む。
「そこが良いじゃん、軽くない感じでしょ?
――あ、でも誤解しないでよ!
好きとかじゃないんだから」
典子と夏実は、ニヤニヤと横目で舞を見つめる。
.
「……ねぇ、夏実」
「ん?」
夏実が振り向くと、香絵が少し躊躇いがちに目を上げた。
「……夏実は、塚原君のことどう思ってるの?」
「えー?」
すると典子も体を乗り出して夏実に迫った。
「そーよぉ、いつも仲良くってさぁ」
「私も聞きたーい」
舞も興味深々で
夏実はそんな3人を見てケラケラと笑った。
.
「やめてよ! 健太はただの友達。
去年同じクラスで、席も近かったりして
腐れ縁なだけだよ」
「本当に?……」
香絵が夏実の顔を覗き込む。
「本当だよ。嘘ついたって仕方ないじゃん」
その返事にも、香絵は考えるように俯くだけだった。
そんな香絵に典子が気づく。
「どうしたの香絵?」
香絵は小さく息を吐くと
顔を上げ瞳を潤ませながら夏実を見た。
.
「私ね……
塚原君のことが好きなの」
その言葉に
夏実の胸の奥がドキンと跳ねた。
「えー香絵、本気でぇー!」
典子の興奮した声に、
香絵が小さく頷く。
「……一年のときからずっと片想いしてて……」
「えー! 初耳だよぉ」
舞も興奮気味に香絵の肩を叩く。
夏実は突然の告白に驚きポカンとしたまま、香絵の顔を見ていた。
.
「どうして、今まで黙ってたのよぉ」
典子がまた体を乗り出して聞く。
「夏実に悪いな…って……」
「そっか。香絵は、夏実も塚原君のこと好きだと思ってたんだ」
典子の問いに、香絵は頷き、
3人は夏実に視線を向けた。
「……ヤダなぁ」
夏実は言葉を発して笑んだ。
「今まで健太を恋愛対象でみたことなんて一度もないよ!
ただの友達だってば」
.
「でも、塚原君は夏実のことが好きかもしれないでしょ?」
香絵は夏実の目を真っすぐに見て聞く。
「それは無い! 一緒に居れば分かるもん」
「……じゃあ夏実、応援してくれるの?」
「もちろん!」
「良かったじゃん香絵!」
「ホント、私たちも応援するからさ!」
典子と舞に言われ、香絵は嬉しそうに笑いながら、涙目になった。
「ヤダ、涙ぐんでるよこの子ぉ」
4人はいつまでもキャアキャアと騒いでいた。
「うっせぇな~、女子」
雑巾サッカーをしていた石田がボソッと言い、
真もチラリと顔を向けた。
賑やかな輪の中
ただ笑っている夏実が目に止まった。
.
金曜日の休み時間、夏実の席で香絵と話していると
ベランダをつたって健太がやってきた。
「なぁ夏実、世界史の教科書貸してよ」
「えー持ってないよ。
うちのクラス今日無いもん」
「私、持ってるよ」
「ホント? 山内さん貸してくれる?」
「うん……ちょっと待ってて」
香絵が顔を赤らめながら
後ろのロッカーへと向かう。
.
「さすがは山内さん」
健太は目を細めて夏実を見た。
「忘れる方がバカでしょ!」
「ヘーい、へい。
ーーあぁ夏実、今日の放課後は大丈夫だろ?」
「え……あ、うん…」
「じゃあ、いつもの所で待ってるから」
夏実はただ黙って頷いた。
その時香絵が世界史の教科書を持って戻ってきた。
「はい」
「ホント助かる。ありがとう」
香絵は赤くなったまま首を横に振った。
「じゃな」
去っていく健太を、
恋する眼差しで見送る香絵を横目にみながら、
夏実の胸に小さな罪悪感が浮かんでいた。
「香絵……」
「やっぱり塚原君ってかっこいいね」
「――そお?」
その時始業チャイムが鳴り担当教師が入ってくるのと同時に
香絵も席に戻っていった。
.
金曜日の放課後ーー
帰り支度をしていた夏実の元に香絵がやってきた。
「夏実、帰ろ」
「あ…ごめん。今日、用があるんだ……」
「そっか、じゃあまたね」
「あ! 香絵」
「うん?」
「……あのね…」
夏実は健太と待ち合わせしていることを正直に話そうとしたが、
そこへ典子と舞が賑やかにやってきた。
「ねぇねぇ! 今日5時からSabanでセールするんだって」
「えー、行きたーい」
香絵の大好きなショップのセールと聞いて、典子らの方に体を向ける。
.
「夏実も行こうよ」
「夏実、今日は用があるんだって。
…あぁ、何か言おうとした?」
香絵が変わって舞に答えて、夏実に振り向く。
「……ううん…何言おうとしたのか忘れちゃった」
「ハハ、よくあるある!
フフ、じゃあまたね。ばいばーい」
「…バイバイ」
3人が賑やかに教室を出て行くのを、
夏実は軽く手をかざして見送ると、ため息をついて鞄を持つ。
「いいよね……
ただの友達だもん……」
そう一人ごちて教室を出て行った。
.
駅ビルの中、
待ち合わせ場所でイヤホンで音楽を聴いている健太を見つけた夏実は、
離れた所からじっと見つめたーー
まだ心のどこかに
香絵に話せなかった罪悪感が残っている…
夏実は小さく息を吐くと
割り切ったように笑んで
健太に気づかれないように背後から近づき、
イヤホンを引っ張り抜いた。
健太が驚いて振り向く。
「おう! 焦ったぁー」
「お待たせ」
夏実はニヤリと笑む。
.
その後CDショップに移動し、
健太が迷っている数枚のCDを夏実も一緒に視聴して、
「私はこれが好き」
と夏実の好みを伝えた。
その後も視聴を続け悩む健太の元を離れ、
夏実は店内を眺め歩く。
ある特集が組まれたブースの前で立ち止まり、
少し切ない表情で、ヘッドホンを耳にあてると、
ためらいながら選曲し、目当ての曲を流した。
.
聞きなれたバラードが流れ出す――
大好きだった……でも、随分聞いていない曲を耳にしながら、
やっぱりこの曲が好きだと感じる……
と、その時――
夏実の耳から突然ヘッドフォンが外され振り向くと、
健太がニヤリと笑っていた。
「さっきの仕返しぃ……
ってか夏実?…泣いてんの?」
「泣いてないよ!」
夏実は目に溜まった涙を急いで拭う。
健太が夏実が聞いていたCDを手に取る。
「ミスチルですかぁ……感動しますもんねぇー」
「もう! 泣いてないったら」
夏実が背中を向ける。
.
「買ってやろうか?」
「え? ……いいって、持ってるもん」
「ふーん…じゃあ今度貸してよ」
「……いいけど」
健太はニッと笑ってCDを戻すと、
「買ってくるわ」
と、夏実が薦めたCDを持ってレジへと向かった。
『買ってあげるよ――』
夏実の脳裏に言葉が蘇り、一気に切なさに包まれた。
.
「じゃあ、付き合ってもらったんで、飯おごっちゃる」
CDショップを出て、
2人で歩きながら健太が言うと、夏実は笑んだ。
「へぇー、じゃあ、ステーキで」
「ブー」
「じゃあ、遠慮してお寿司で」
「ブッブー」
「えー、じゃあハンバーガーで」
「ブッブッブー・・・えっ?」
「イヒヒ」
「にゃろぅ」
健太は夏実の頭をグシャグシャっと撫でた。
.
- << 24 舞の視線の先、 健太が夏実の髪に触れている所を見た典子と香絵は 一気に顔を強ばらせた。 「信じらんない!ただの友達って言ってたくせに」 「香絵の気持ち知ってんのにヒドイ!」 典子と舞の言葉に、 香絵が涙目になる。 香絵の肩を抱きながら 二人は 笑顔の夏実を睨みつけていた。 「もう、髪がぐちゃぐちゃになるから止めてよー」 夏実は健太から逃げる様に前に進んだ。 .
- << 25 「チェーッ褒めてんのにさ。 でも俺、本当はショートの子がタイプだけど」 「へぇ… じゃあ香絵なんてどう?」 「かえ?」 「山内香絵。教科書借りたでしょう?」 「ああ、山内さんかー、 可愛いよなぁ」 「あ、そう!へぇ、そう…」 「何だよニヤニヤして?」 「ううん。香絵って性格も良いからね~」 「そんな感じだね。 ーーほら夏実、席取っておいてよ。 いつものテリヤキにオレジューでしょ?」 「うん」 夏実は、ファーストフード店の空いた席に座りながら、 健太が香絵を好印象で見ているのが分かって、 明日、香絵に報告したら喜ぶだろうなぁーと、 顔を綻ばせながら想像していた。 .
>> 22
「じゃあ、付き合ってもらったんで、飯おごっちゃる」
CDショップを出て、
2人で歩きながら健太が言うと、夏実は笑んだ。
「へぇー、じ…
「チェーッ褒めてんのにさ。
でも俺、本当はショートの子がタイプだけど」
「へぇ…
じゃあ香絵なんてどう?」
「かえ?」
「山内香絵。教科書借りたでしょう?」
「ああ、山内さんかー、
可愛いよなぁ」
「あ、そう!へぇ、そう…」
「何だよニヤニヤして?」
「ううん。香絵って性格も良いからね~」
「そんな感じだね。
ーーほら夏実、席取っておいてよ。
いつものテリヤキにオレジューでしょ?」
「うん」
夏実は、ファーストフード店の空いた席に座りながら、
健太が香絵を好印象で見ているのが分かって、
明日、香絵に報告したら喜ぶだろうなぁーと、
顔を綻ばせながら想像していた。
.
『今朝どうしたの?ずっと待ってたんだぞ』
朝のHR中、夏実はメモを書いて香絵へ回してもらった。
後方の席で回ってきた手紙を受取った香絵は、
冷たい表情で中を開き見て
中央の席の典子と目が合い
そのメモを典子へ回した。
受取った典子は中を見た後、
冷めた表情のまま粉々に破いた。
夏実はいつになっても返事が来ないので、
香絵の方を振り向くが、
目が合うことは無くて、
小さくため息を吐いて
『休み時間に話そう』
と決めて前を見た。
.
急いで後を追うが、
3人を見つけることができないまま、
理科室に着いてしまった。
始業ベルと同時に、
3人が談笑しながら理科室に入ってきてそれぞれ席に着いたのを
夏実はため息を吐いて見ていた。
授業が終わると
3人は夏実に声を掛けないで理科室を出て行った。
夏実がそんな3人を慌てて追いかける。
「ねぇ、ちょっと待ってよ!」
背後から呼びかけても
楽しそうに話している3人は聞こえない様に歩みを止めない。
夏実は3人を追い越し
目の前で振り向いた。
「ねぇ、みんなどうしたの?
朝から何か変だよ」
3人は笑顔を無くし、
冷めた目で夏実を睨みつけた。
そして、典子が夏実の前に踏み出て更に睨みつける。
「分かってない様だから、教えてあげるけど
私たち、金曜日見たんだよね――」
「何?」
夏実には全く見当が付かず、
ただ、典子たちが怒っているのだけはその顔からして理解できた。
「あんたが、塚原とデートしている所をだよ!」
典子は語尾を強めてはき捨てた。
「あ……。あれはデートとかじゃなくて――」
「言い訳なんていいから!」
典子は夏実の言葉を強く遮った。
「香絵が塚原のこと好きだって聞いたばかりで、応援するとまで言ったよね?
それなのにコソコソと隠れて会って――
どんな気持ちで香絵が見たか判る?」
夏実が香絵を見ると、
香絵は涙目で俯いていた。
「……ゴメン香絵――でも、違うの」
そう言って夏実が香絵の腕に触れる――
「触んないで!」
香絵は夏実の手を振り払った。
夏実はショックで唖然と香絵を見つめる。
「いつまでも男にモテテいたいんだろうけど、
そういうの頭にくるよ!」
舞も夏実を睨みつけて言い放った。
「行こ」
典子の合図で、
3人は唖然としたままの夏実の横を通り過ぎて行ってしまった。
「ま、待って! 話し聞いて――」
振り向いて呼んだ夏実の言葉にも
3人は振り向くことなく去っていった。
その日の昼休み。
典子と舞と香絵は3人だけで席を合わせて、
楽しげにお弁当を広げた。
夏実は昨日まで自分の席もあったその場所へ近づくことが出来ず、
離れた場所からぼんやりと眺める……
そして近くの席の女子グループに声を掛けた。
「ねぇ、お昼一緒に食べてもいい?」
「う、うん…いいけど……」
声を掛けられた女子生徒は少し怪訝な顔をしながらも了承した。
そこにそのグループの女子が
弁当を持って慌ててやってくる。
「あの悪いけど、内輪で大事な話しがあるんだよね」
「あぁそっか……」
夏実は苦笑しながらそのグループから離れ周りを見回す。
だがどのグループの女子も、
目が合わないようにしているようだった。
夏実は自分の席に座って、一人で弁当を広げて食べ始める――
言い知れぬ淋しさに包まれながら……。
談笑していた典子は
ポツンと一人で弁当を食べている夏実を見遣って、ニヤリと笑んだ。
弁当を早々に食べ終えた夏実は、
居づらいのもあって教室を出て行くと、
廊下で健太と会った。
「よお、昨日はサンキュな」
「あ、待ってて、CD持ってきてるの」
教室に戻ろうとした夏実が
立ち止まって振り向く。
「ここで待っててね」
健太に念を押して教室に戻ると、
後ろのロッカーの荷物から健太から借りていたCDと、
ミスチルのCDを取り出した。
クラスはやけに静かで、背中に視線を感じる……
「おーい、夏実ぃ」
その時、廊下の窓から健太が顔を出して夏実を呼んだ。
夏実は小さくため息を吐いて、
俯くようにして廊下へ出て健太にCDを渡す。
そして教室の方に振り向くと、
女子たちの冷たい視線が一斉に向いていた。
特に、典子と香絵と舞の視線は怒りの滲んだものだった――。
3.エスカレート
翌日、夏実が教室に入った瞬間、
また教室中がシーンとなる。
昨日、帰宅してから香絵に電話やメールをしたが、着信拒否をされていた。
香絵ばかりではなく、典子も舞の携帯にも繋がらない。
夏実は、どうしても誤解を解きたくて、
香絵宛てに書いてきた手紙を持って
香絵の席の前に立った。
「香絵、これ読んで」
手紙を差し出したが
表情を変えずに受取ろうとしない香絵に、
夏実は手紙を机の上に置いて
席へ戻ろうとした
――次の瞬間
――ビリビリ、ビリビリ――
振り向くと、香絵が開封しないままの手紙を淡々と破っていた。
周囲から小さな笑い声が聞こえてくる。
夏実は涙が込上げてきたが、
我慢して席に向かう――
だがそこに、夏実の席は無かった……。
その場所にあるべき、机も椅子も無かった。
また小さく『クスクス……』と笑い声が聞こえてくる。
夏実は呆然と立ち尽くしながら涙を必死にこらえた。
『泣いたらダメだ――』
夏実は心でそう呟いた。
そして、教室の隅々を見回したが、机と椅子は見当たらない。
教室内の生徒達を見回すと、好奇な目で見る者、
薄笑いを浮かべる者、
コソコソと話しチラッとこちらを見る者……
その中で
ベランダに目を向ける生徒が居て
夏実が窓からベランダをみると、置き去りにされた机と椅子を見つけた。
夏実がベランダに出て、
一人で机を運び入れる。
椅子を運び入れている時、
チャイムと同時に担任の若い女教師、安田が入ってきた。
「おはよう――あら三田さん? 何してるの?」
その時、後ろのドアから真が入ってきた。
答えずに椅子を席まで運んで座る夏実を
安田は、怪訝そうな顔で見ながら、
「矢口君、遅刻」
と真に言って出欠簿を開いた。
真も無言で席に背もたれると、
何事もなかったように淡々と席に座っている夏実をチラリと見やった。
『泣けばいいのに』
典子は、そう強く思いながら夏実を睨みつけていた。
休み時間に教室へ戻ると、自分の机の上に
ゴミ箱の中のゴミが置かれてあった。
誰がやったか分からないーー
クスクスという笑い声が聞こえてくるが、
顔を上げて確認することが出来ない。
こんな事…する方は簡単なんだろう……
こんな事をされた夏実は、
誰だかわからない人間の悪意に恐怖を感じた。
「汚ねーなぁ」
夏実の後ろの席の男子が呟く。
夏実は我に返って、ティッシュでゴミをまとめ、
ゴミ箱へ捨てに行った。
席に戻るとき、典子、舞、香絵と目が合うーー
淡々と冷たい眼差しで見られる中、典子が一人ニヤリと笑んだ。
その笑みに、夏実の背筋がゾッと震えた。
授業が始まり、プリントが回された。
夏実が後ろに回すと、
「……きったね」
男子生徒は、夏実が持ったところを避けて、後方へ回すと
その後も「汚ねぇ」と「クスクス」の会話がずっと続いた。
夏実は身動きせずにジッと耐えたーー
それ以降夏実が触ったものは、
「汚い」と言われるようになり、
周囲に人が近づかなくなっていく。
その日帰宅した夏実は、
自分の部屋に篭った。
「夏実かい?」
「……うん」
「どうしたの? 何も言わずに……具合でも悪いのかい?」
襖を開けて顔をみせた祖母が、
布団の中に居る夏実を心配する。
「何でもないの」
夏実は布団から顔を出して笑顔を作る。
「本当に何ともないから、おばあちゃん心配しないで」
「そうかい……
夕飯できたら呼ぶからね」
「うん」
襖が閉まり祖母が遠ざかる音を聞くと、
夏実はまた布団にもぐって涙を流した。
高校入学と同時に2人で暮らすようになった祖母にだけは心配をかけたくなかった……
翌日、登校すると、
夏実の靴箱の名前が黒マジックで消されていた。
誰だか分からない人間の悪意――
その恐怖心は増大するばかりだった。
だが、その気持ちを決して表立たせないようにしなくては……
泣いたところで何も変わらない。
夏実は消された名前のテープを剥して靴箱を開けるーー
だが、中にあるはずの上履きが無い。
周囲を見渡しても、靴箱の上にも無くて、
夏実は校舎の外に出て探し出した。
「ちょっと見た? 平気な顔して」
靴箱の陰から現れた舞が呟く。
「学校に来なければいいのに……
顔見るだけでもムカつくよ」
そう典子が言ったとき、
登校してきた真が隣を通り過ぎた。
「あ……」
舞が咄嗟にまずそうな顔を典子に向ける。
「大丈夫よ。アイツは冷たいヤツだもん」
典子はニヤリと笑んで、
淡々と離れていく真を見送ると、
上履きを探し続けている夏実の背中を凝視した。
教室に遅れて入ってきた夏実は、スリッパを履いていた。
「三田さん? どうしたの?」
「済みません……上履きを忘れました」
「そう…。仕方ないわね、じゃあ席に座って」
担任の安田に向かって、小さく頭を下げた夏実は、自分の席へと向かった。
今日は席があった。
――あったが、机の上は鉛筆で卑猥な絵や、文字が落書きされていた。
小さな笑い声が聞こえる――
夏実は座って、消しゴムで消し始めた。
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