愛してはいけない
新学期の始まり。
僕は新しくこの学校に赴任してきた。
まだ教師に成り立てで、初めての教壇に立つことが不安な気持ちもあるし希望もある。
教室の中へ入り、挨拶をした。多分無難な挨拶をしたと思う。
あまりにも衝撃で記憶がとんでいた。
君は、あの頃の君にそっくりだったよ。君は君なの?
一人一人名前を呼ぶ。
君を呼ぶ番がきた。
『佐伯…佐伯澪』
『はい。』
やっぱりだ。
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チャイムがなり、まずは一限は終わった。
君との出会いが、僕の人生を狂わせるなんて思いもしなかったよ。
君は…あの頃の君にそっくりで思わず見てしまう。
授業中も気になるんだ。
君は今何をしているの?
君は僕を覚えてるのかな!
僕には、今彼女がいる。
大学のサークルで知り合い付き合って二年。
今は僕は地元の高校に赴任し、遠距離になった。
二年前、恋なんてできないと思っていた僕に、頑張って見ようと思わせてくれた。そして平和な二年がたったんだ…
でも僕はもう過ちを犯す
赴任早々、歓迎会があるようで、仕事終わりに近くの居酒屋に行く事になった。
先生行きつけらしい。
僕の他に、二人新任がいたが大学も違うし学年も違いあまりまだ話しはしていなかった。
僕は二年の担任だ。
歓迎会では、校長はこう教えてくれた。
『新しく先生になりとまどいや焦りが出てくると思います。そして、いきなり先生と呼ばれる事で勘違いする事もあるでしょう。人を教育するにはまだまだ君達は若い。これから沢山つまづくでしょうが、どうぞ沢山つまづいてください。つまづきが君達を成長させます。そして人生の先輩に沢山聞いてください。君達よりはイロイロ経験されてるからね。あ~あと生徒は生徒だから気をつけてね😅』
校長からの挨拶が終わり、僕たちは新人同士、自己紹介をした。
まず自己紹介をしたのは、
背は僕より低いが、175センチはある体格の良い、
『山本です。大学は都内の私大です。担当は数学です。地元は山形なんで、まあ近隣です。よろしくお願いします』
もう一人は、小柄で優しそうな
『相田です。えっと…えっと…じっ地元の大学です。担当は国語です。よろしくお願いしますっ。』
ふ〰次は僕だ。
何時間たったんだ…。
いつの間にか、酔ってしまったみたいだ。
僕はあまり酒は得意ではない。新潟は酒処だけど、呑める口ではないしすぐに眠たくなるから楽しめないんだ。
今日は呑めないのに飲まされたし、
(佐伯…佐伯か…みお。大きくなったな。)
(覚えているかな)
あ~会いたい。彼女に…。なんでいなくなったんだよ。チクショウ。
『向井先生!大丈夫?泣いてます?』
山本先生が肩を叩いた。
僕は泣いていた…
僕には今の彼女が出来る何年か前に、好きな子がいた。
初めて会ったのは高校一年の入学式。同じクラスの隣の席だった。
優しい雰囲気と笑顔で、一目惚れだった。
君は、僕のすべてになった。
初めて話したのは、
なんだったかな。
なんでもいいからきっかけが欲しかった。
僕はサッカー部に入っていた。小学生からサッカーに夢中な生粋のサッカー少年だ。中田英寿に憧れ、必ずサッカー選手になると信じていた小学生時代。
女の子に興味もなく、仲間が大好きで、仲間と一緒なら毎日が楽しかった。母親も父親も僕の好きなようにサッカーをさせてくれた。
僕の話しと言えばサッカーしかなかった。
僕の一方的なサッカー話に君は、
『うん。うん。凄いね。楽しそう』とうなづいてくれた。
『向井君、サッカーはどこのポジション?もちろん日本代表になるんだよね?』
とか、僕をなんか喜ばせてくれたんだ。
僕達の高校は進学校だけどスポーツも盛んだ。
サッカー部は全国大会にも行ってる。
部員は60人もいてレギュラーにはなかなかなれない。
結局僕は日本代表は諦め、教師を目指す事になるとは、この時は考えもしなかった。
僕は彼女を見てるだけで、何だか気持ちが明るくなった。
学校も部活も楽しかった。
今まで、野郎達とばかり馬鹿なことをしたり、つるんだり騒ぐことが生きがいな僕が、初めて好きになった。
彼女は
佐伯 優
これから僕は、
どうなってしまうんだろう
同じ声
同じ髪質
同じ目元
(優…)
(優…)
(僕は君に会いたい。
君に触れたい。愛したい。
ずっとずっと思い続けていたのに。)
『向井君って本当に無邪気だよね。なんか面白い。』
僕たちは自然と惹かれあった。多分僕のスキスキオーラがすごかっただろうな。
付き合ってから、毎日メールした。
部活が終わってから帰ると9時過ぎたりしても、優からもメールが必ず入っていたし。なかなかデートは出来なかったけど、練習を見に来てくれたり試合には必ず弁当を作ってきてくれたよね。母ちゃんには、いらないとは言えず二つ食べたりしたけど、
味は母ちゃんが旨いとは言えず。
でも優の作ったから揚げが最高だった。
三年生になって僕たちサッカー部は全国大会出場に向けて全力で練習した。
結局準優勝で負けてしまったし、その前から僕はサッカーの道ではなく大学への進学を目指していた。
サッカーはどこでも出来る。ずっと続けよう
そう仲間と約束した。
卒業したら二人で思い出を作ろう。
卒業しても、遠距離でも、僕は君をずっと好きだ。
二人でそんな内容のメールのやりとり。
僕たちは二年間付き合い、まだキスすらしていなかった。
サッカーもしばらく引退。
あとは受験が終われば、沢山一緒にいられる。
サッカー部はわりと県内では有名で地元雑誌にも取り上げられていて、僕にも、サポーターというかファンみたいなのがいたらしい。
その当時だけど。
サッカーしてたわりに、身長は180センチはあるし目立つからだけだけど、そんな事も優はヤキモチを妬いてくれたよね。
なのに君は、僕の前からいなくなった。
何故、急にいなくなったのか…僕を嫌いになった?
ずっと考えていた。
東京に僕は一人暮らし。
ここには優はいない。
優に何度メールしても返って来ない。
電話はいつも電源が入っていない。
彼女の家に行ったけど、怖くてチャイムが鳴らせなかった。
優の友達に聞いても、わからないと言われた。
ただただ毎日悶々としていた。
東京に来て、一ヶ月。
ゴールデンウイークに実家に帰った。
久しぶりに帰ったから、なんか東京に帰りたくなくて、仲間と毎日遊んでいた。
仲間の憲太が、言いにくそうに…
『僚さぁ…、ずっと俺黙ってて、今も言っていいかわかんないけど、佐伯さんが…』
『は?何!なんかあるのかよ。優が何?』
怒りすら感じる表情だったはずの僕に、憲太は
爆弾を落とした。
『佐伯さん。今入院してるらしい。なんかヤバイみたいだけど、あんま俺も聞いたけどわかんないけど、髪の毛とかなくて癌って事は確か…』
(何言ってんだよ!嘘だろ!いくら憲太でも冗談言うなよ。早く嘘って笑えよ)
凍る体で、声にならなくて心の中で叫んでいた。
癌って、いつから?
なんでだよ。卒業式から連絡が取れなくなった。
優は看護師になりたいって言っていた。
結局地元の看護大学に推薦で入る事が決まっていたし、なのになんで入院?
僕の不安と疑問がぐちゃぐちゃになっていた。
憲太から病院を聞いて、会いに行った。
でも会う勇気があるか、まだわからない。
癌専門の病院。
病室の近くに行き、名前を確かめる。
ウロウロしていた。
こんな胴体のでかいのがいたら目立つよな。
『もしかして。向井君?向井僚君だよね』
優の母親だった。
ニコニコしていて、僕に近づいてきた。
『優がいっつもあなたの話しするんだよ。サッカー上手くて、学校の先生になるって。優、本当嬉しそうに…』
優のお母さんは涙目になった。
『優さんに会いたいです。会えますか?』
『優ね、今あなたに会える状態じゃないのよ。手術したから、まだ呼吸器つけてるし。けど…今聞いてくるね』
そういうと足早に病室にはいった。
5分、10分…
なかなか戻って来なかった。僕はひたすら会えることだけを祈っていた。
しばらくしてお母さんが戻って来て、
『僚君。優に会ってあげてください。』と頭を下げた。
病室のベッドにいた優はベッドをあげて体を起こしてくれていた。呼吸が苦しくて顔色は真っ白だった。
優…
僕は、涙がボロボロと出てきてしまう。
会えた喜びと、なんでもっと早く教えてくれなかったのか、ずっと僕を思ってくれてたのに、心配かけたくなくて僕から離れた優の優しさをその部屋全てから感じ取れたんだ。写真立てには僕が最後に試合した時の写真と、優と二人で照れながら並んで写った写真が飾られていた。
優は、高校生三年生の夏に乳癌になった事。ずっと黙ってたのは乳房を摘出しなければならず、僕や友人には言えなかった事。そして卒業旅行に行けば気づかれてしまうかもしれない恐怖から、僕には会えないと辛かったけど離れる決意をした矢先脳に転移し緊急手術をしたこど。
だから僕には連絡出来なかった事を話しが出来ないかわりにお母さんが教えてくれたんだ
優は、僕に一言
『僚君…ごめんね』
と言った。僕は優を愛おしく今すぐに抱きしめたくなった。
『優、僕もゴメン。もっと早くに気づいていたら…』
僕はかすれた声で震えていて、けど、気づかれたくなくて必死で笑顔を作ろうとした。
後で優のお母さんから、今は肺にも転移していること。抗がん剤治療が彼女には合わず放射線治療にこれからなるけど、多分余命は三ヶ月もつかどうか。
僕はやせてしまった優に、苦しそうな優に~あと三ヶ月しかない優に…
何が出来るのだろうか…
あしたになればまた大学に行く為、東京にもどらなければいけないし僕はずっとずっと考えていた。
まだ愛していた。
病院の待合室で、うなだれ泣き続ける僕に、優のお母さんは、
『僚君…ありがとう。優は、優はあなたに会えて、あなたにこんなに好きになってもらって本当に幸せです。優は今、自分と戦ってる。まだ生きようと頑張ってるし私たちだって…。
僚君は、あなたの人生をしっかり生きてください。
優には私たちがついてるから大丈夫。』
今、僕はその言葉通り自分の人生を生きている。
教師になり、これからも、自分の人生を…
優…
僕はやっぱり君を忘れる事が出来なかったよ。
君の妹の澪が、僕のクラスにいる。
同じように、あの時初めて優をみた瞬間。澪はあの頃の君だった。
東京に戻ってからも、優への気持ちと、病状が心配できがきでなかった。
周りも心配するくらい、僕は元気もなく気力を奪われた。
また会いに行こう。
新幹線で2時間でつく。
新幹線代はなんとか食費を切り詰めたりして、次に行けたのは二週間してからだった。
優の病室に、何故だか走っていた。
早く会いたい!
扉を開くと優の家族がいた。ご両親に中学生くらいの妹。
すぐにお母さんが声をかけてくれた。
『僚君…来てくれたんだね。』
『優!僚君来たよ。目を開けて』と、呼吸が荒い優の肩を叩いた。優にはもう目をあける力がなかった。
昏睡していた。
僕は……。優に何もしてあげられなかった。
二日後優は静かに息を引き取った。
棺には沢山の遺品の中に、僕と一緒に写した写真もいれてあった。
同級生の女子はなきくづれている。
僕は涙が出なかった。
なんでだろう…。
涙って枯れることがあるんだね。
優…君をもう感じる事が出来ないんだね。
僕にはもう何も無くなった。
優が亡くなってから、僕はボロボロだった。
学校には行くけど、あとは毎日優の写真を見ては泣いていて、友人も見兼ねて食事をおごってくれたり、コンパなんかも、なかば強引に連れ出された。
何ヶ月かすると、仲間から紹介したい子がいると言われた。
彼女は僕を高校サッカーの時から知っていて、会いたいと言っていると。
サッカーの話しが久しぶりに出たからか、僕は会うことにした。
それが今の彼女。
彼女は初めて会った早々、興奮気味で
握手を求めてきた。
『はじめまして。私、北野といいます。北野 里沙。サッカー部マネージャーしていて、高校んときに一応全国調べた事あってね、向井僚は、背が高いし足も早いしイケメンだからプロ行くかもって分析してました😜勝手にだけど😉』
何だか明るくて、サッカー好きな所が嬉しくて。久しぶりに笑ったよ。
里沙ありがとう
あれから二年。
里沙とは友達のような、時々恋人のような、そんな関係だった。もちろん…身体の関係もあり初めての女性が里沙だった。
里沙はビックリしていた。
『僚ってもてるタイプなのに意外と奥手なんだね』
里沙に、優の話をした時、僕はまた泣いてしまった。
里沙に話せる安心感もあったしまだ自分の中で、優は思い出ではなかった。
里沙は静かに聞いてくれたけど、やっぱり今考えると泣かなければよかった…。
僕は教師になりたかった。
そして今思えば、何故ここに帰ってきたのか。後悔することになるのに、教師なら東京でも就職があったかもしれない。
念願の教師になり~
初めての日。
優…ゴメン。澪…ゴメンなさい。僕はもうとめられない。
愛してはいけないのに
…
新任で一週間がたった。
僕の、佐伯澪にたいする感情がなんなのか、わからないまま、無難に授業をこなす。僕に向ける生徒達の視線は、先生というよりアニキのような存在のように感じる。まだお互い様子を伺っている。
(それはそうだよな…僕は23歳、生徒は17歳。しかもついこの前まで学生だったんだし。)
男子はなんていうか、反抗期も少し過ぎて、まだ幼い感じもあるし、なんか男ばかりで生きてきたからすぐに仲良くなれた。
女子は…扱いづらい。
佐伯澪はクラスでも、一際際立つ女の子だ。
佐伯澪は、あどけなさもあるまだ子供っぽさが残る。
あの時…
優の通夜であったっきり以来だったが、優に似て切れ長の大きな瞳、笑うと片方だけ出来るえくぼがそっくりだった。
一仕事を終えた僕は、山本先生とたわいもない会話をしながら帰る準備をしていた。
まだ覚える事が沢山ある。
そしてサッカー部の顧問の先生の手伝いがある。
頭はもうパニックに近い。
山本先生が先に帰り、
そろそろ帰ろうとした時だった。
澪が立っていた。
『向井先生…』
(優…)
一瞬、優に見間違う程だった。『佐伯さん。どうしたの?』
『先生…佐伯優って知ってるよね?お姉ちゃん。』
少し、顔色を伺うように僕に聞いてきた。
『ああ…もちろん。みおちゃん大きくなったな!』
『よかった…。私、先生が担任になってお母さんに話したら、凄い喜んでたんです。向井君には本当に感謝してるって。けど先生、私に何にも聞いて来ないから忘れたのかと思った。本当によかった…お姉ちゃんの部屋に先生の高校んときの写真あるから私凄い親近感あるけど、先生が忘れてたら凹んじゃう』
そうだったんだ。
僕は意識しすぎて、話しかける事が出来ずにいた。
澪が優にしか見えず、気持ちがとめられない…
ただ、澪から『お姉ちゃん』と言われ、お母さんが僕に感謝してるって聞いて、気持ちにセーブがかかった気がした。
けれど、それは一瞬の間だけだった。
澪が僕の近くに来た。
『先生…彼女いるんですか?』
僕は首を横に振っていた。
澪が嬉しそうに笑った。
僕は今、教師ではなく、一人の男になった。
澪の笑った顔が愛おしい…
その瞬間、澪を抱きしめていた。
『先生…?』
僕は、僕は…
過ちを犯す。
抱きしめながら、澪の唇にキスをした。
澪は微かに震え、唇は固く閉じていた。
僕は澪の唇に何秒触れていたのだろう。
夢なのか…
優ではないのはわかっている。でも優とキスすらしたこともないのに、優はもういないのに。キスをしている。
抱きしめながら唇を離した。
『先生…澪はお姉ちゃんじゃないよ』
澪はまだ震えていたけど、冷静な口調で言った。
すでに教師、しかも担任の意識が維持できずにいた僕はサイテーな人間だ。
『わかってる。けど、もう少しだけ…』
サイテーな事をしているなに、僕は幸せな気持ちだった。僕の鼓動はバクバクし抱きしめながら幸せを噛み締める程だった。
この衝動的な行動は、きっと罰が来る。それでも良いから…
それからの僕は、何か吹っ切れたような、また恋愛をしているような気持ちでいた。
サッカー部の練習は朝と夕方。ほとんど毎日で、体力に自信がある僕でも疲れが出る。
授業の準備は手を抜けないし、毎日毎日学校と家の往復だった。
正直毎日来る里沙からのメールに返信する余裕はなかった。
ここの学校のサッカー部は、少ないながらも本気でサッカーに取り組んでいた。
地区大会ではいつも準優勝にはなってるらしい。
県大会には行けないが…。
僕はサッカーになると、普段とは別人になるらしい。コーチとして指導する側は初めてだったから始めこそなかなか入り込めなかったが、一ヶ月もすると僕もこの子供達を強くしたいという思いが強くなっていった。
里沙から何回も着信があり、夜ようやくかけ直した。
『僚…。会いたい…』
涙声の里沙。初めてだった。里沙はいつもサバサバしていてマイペースな僕は、正直楽な関係だと思っていた。お互い、仕事が始まり慣れない環境だし里沙は里沙で、看護師として働いていた。
『僚…私、今新潟にいる』
『わかった。迎えに行くよどこにいるの?』
里沙は駅の近くのファミレスにいた。
何時間もそこにいて、僕からの電話を待っていた。
駅前のパーキングに車を止め、ファミレスに迎う。
里沙は新潟には何回か来ていたけど、一人で来る事はもちろん初めてだ。
里沙は僕を見ると今にも泣き出しそうな表情で座っていた。
僕と里沙は車に乗った。
『ゴメンなさい。ビックリしたよね。』
『うん。何かあったの?』
『僚…メール返信してよ。寂しかった。仕事も辛いし話したい事沢山あるんだよ。』
里沙は僕のアパートは初めてだった。座るなり、仕事の話を始めた。
『私、看護師の仕事は好きだよ。でも先輩が怖い!』
看護師として大学病院に働き始めてまだ一ヶ月。
慣れない仕事、命を扱う仕事の重圧感。更に先輩からの教育。研修やら勉強会やらで毎日寝る時間もない。
ねていてもナースコールが聞こえて起きてしまう。
そんな合間に僕にメールしても返信が少ない事で、気持ちが爆発寸前だった。
『僚…。私、僚の側にいたいよ。僚だって忙しいのはわかってる。けどこのままじゃ、私たちダメになる。会えなくなってこのまま終わりは嫌。』
僕は…
(どうしたらいいかわかんない。里沙…)
『里沙は病院を辞めたいの?』
里沙は考えながらもうなづいた。
『里沙…ゴメン。寂しい思いをさせたんだね。僕は毎日がクタクタで、明日も朝からサッカー部の練習がある。土日もだ。だから、メールはうれしかったけど読んでそのまま寝てしまったり。でも、まだ僕は余裕がなくて。里沙をこっちに呼ぶ事だって何年か先だと思っていたから…』
僕の一ヶ月前の本心だった。
僕は自分自身、誠実に生きてきた。いつだって、嘘は嫌いだったし、優を好きになって優を失い…里沙に出会って里沙を愛していた。
こんな気持ちになる自分が嫌になる…。
里沙を求める気持ちはもう僕にはなかった。
なのに…
『里沙…あとすこし頑張ってみないか?僕たちはまだ社会人に成り立てだし、里沙は看護師続けて欲しいんだ。なかなか連絡とれず心配かけたけど頑張って連絡する。』
里沙の表情が明るくなった気がした。
正直に言えば、里沙はなんて言うんだろう…あとすこし頑張ってって、これは僕自身の気持ちだな…。
『明日は休みだから、私夕方に帰るね。僚はサッカーいつ終わるの?見学に行こうかな。』
里沙は何だか、いつもの里沙になっていた。
あの時…
ちゃんと君に話せばよかった…僕の気持ちを。
僕の罪。
これからがはじまりだ。
朝、慌ただしく僕は準備をしている。
里沙は僕のジャージをきたまま。
『僚、買い物ってどこでしたらいい?』
『そっかぁ、何にもなくて…。歩いて三分位した所にスーパーあるよ。地図書いて置くから。ゴメン、急ぐから。昼には帰ってくる』
今日は土曜日だけど、朝から昼まで練習がある。
里沙を置いて行くには申し訳なかったが、簡単な地図を書き学校にむかった。
今日の練習は天気も良く気持ちがよかった。
『先生…腹減った~倒れそう』
誰かが言う頃は既に予定を過ぎていた。
『よーし。今日は練習終わりだな!キャプテン号令』
キャプテンが皆と並んで
『ありがとうございました!!』
練習が終わり生徒達が帰り部室の鍵をかける頃には1時を過ぎていた。
ふと携帯を見ると里沙からメールが入っていた。
(里沙に電話しなきゃ。)
そう思い車に乗り込んだ。
(澪!どうして…)
ふと車から澪の姿を見つけた。
慌てて車から降りた。
『佐伯…どうして…』
あのキスからお互い学校では話は出来ずにいた。
ただ目が何回か合う。
学校では生徒と担任教師だ。
『先生…どうしてキスしたの?私、先生が…』
携帯が鳴った。
里沙からだと思った。でも僕は澪の話が気になり、電源を切った。
『先生…いいの?電話。』
『佐伯…この前は急にゴメン。本当に…僕は…自分でもわからない。なんであんな事。僕は君の先生なのに…』
沈黙が続いた。
口火を切ったのは僕だった。
『僕は君のお姉さん…優を忘れられずに今まで生きてきた。ずっとずっと会いたくて…佐伯を見つけた時…優かと思った。けれど優ではなく君は僕の心に入ってしまった。生徒の君が…』
僕はふと景色が目に入った。
ここは学校だ。
僕たちは、車に乗った。
『少しドライブしようか』
僕は当てもないまま車を走らせた。
無言のまま…海沿いを走る。まだ、5月の始め。
日本海は波が荒れやすいのだが、今日は天気も良く波も少ない。
気温も初夏を感じさせる。
ふと海沿いの駐車場に車を止めた。
『降りようか。』
二人で車を降り階段に腰かけた。
目の前には日本海が広がり、佐渡島もうっすら見える。
僕は、澪が隣に座ったのを確かめた後、話を始めた。
『なんか、なんて言ったらいいのか…すまない』
言葉を選ばなければ、と思った。
けれど僕は、嘘が言えない。
波の音。潮の香。
制服を着ていない澪…
嘘は言わない。
『僕が優と出会ったのは高校一年の春。僕の一目惚れだった。ただただ僕は好きでたまらない人だった。優がいなくなるなんて今でも辛い。君は優に似ている。だからキスをしてしまったのかも。けれど…あれからずっと思っていた…僕は君を…澪を愛してしまった。』
澪は何も言わず、ただ聞いていた。
僕は急に不安になった。
僕はまだ、彼女がいる事も今、彼女が東京から来ていてアパートにいることも話してはいない。
都合のいい事しか言ってなくて、でも澪の気持ちが離れるのが怖かった。
僕はずるい男だ。
澪は話し始めた。
『お姉ちゃんね。私に、僚みたいな人と結婚しなさい。僚は本当に凄い誠実な人。って。先生はお姉ちゃんとキスした事ないんでしょ?』
『お姉ちゃんの日記があった。あのね私、あの日記を見て先生にずっと憧れてた。担任になって本当にうれしかった。けれど…好きになって本当にいいの?』
澪…
僕は、僕たちはこれからどうなっていくのか。
あの時…僕が君にキスをしなければ。
多分…
優の妹として接する事ができたんだよな。
人間は間違いを犯す。
いけない事はわかっていても。
僕は、優を失ってからも優を探した。優の存在がどこかにある…だから僕はこの…優がいた場所に戻ってきた。
もうどこにもいないと思っていた。
『日記って、優は日記を書いてたの?』
『日記はお母さんが閉まっていたんだけど、担任が決まってから気になって読ませてもらった。澪はね、お姉ちゃんがずっとうらやましかった。だから先生を試した。あのキスされた日に…』
そうだったんだ!
僕が山本先生と話してから、澪が僕の前に現れた。僕に優の事を聞いた。そして僕は…
彼女はいないと言った時…
僕に近づいてきた。
そうだったんだ。
僕がキスをした時…澪は拒絶しなくてただ静かに目を閉じていた。
お互いが、引き付けあったのかもしれない。
時間はもう3時を回っていた。僕はふと里沙が心配になった。
里沙は夕方の新幹線に乗る。昨日は泣いていたし、僕は涙に弱い。
なんて澪に言おう。
『ちょっと電話してくる』
と言って携帯の電源を入れた。何件もメールが入っていた。
里沙に電話をかけた。
『僚…まだ終わらないの?私夕方には帰らなきゃ。僚…駅まで送ってほしいんだけど。あとお昼は食べたの?』
『里沙…ゴメン。もう少しかかる。間に合うようには帰るよ。お昼はまだだよ』
里沙は何も悪くない。里沙は僕をずっと支えてくれた大切な人には代わりはない。
僕は澪を送る事にした。
『先生…またこうやって会える?』
澪はあどけない顔で僕をみた。
『…あと二年か。卒業しなければ付き合ったりは出来ないんだよな。僕は先生になったばかりだし、澪はまだ高校生だ。お互いが気持ちがかわらなければ付き合ってください。』
正確なんてない。
僕はこれが正しいかはわからない。
でも教師として…
精一杯
未成年の女の子に対して…
精一杯
の、言葉だった。
澪とはアドレスを交換した。
澪を送り、急いでアパートに向かった。
里沙は僕なんかの為に、僕の好きなオムライスを作ってくれていた。
6時にはアパートを出て駅まで送らないといけない。
『僚…私ね、やっぱり一緒にいなくちゃいけないようなきがしてならないよ。なんか不安なの。私~こっちで仕事見つけるつもり』
里沙をこんなに不安にさせた僕が悪いのに、でも僕は里沙に話せない。
これは僕は浮気者なのだろうか…
『里沙…昨日話したけど、僕はもう少し頑張ってみたい。離れていても近くにいても変わらないよ。また僕が東京に行くよ。』
こんなその場しのぎな言葉だけど、今を乗り切らないといけない…。
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