秘密
バックヤードのドアを開けて駐車場に飛び出す
夏の終わりの日射しが強く目を細める
逆光で彼の顔がよく見えない
「またね」
彼が車へとゆっくり歩いて行った
終わらせてくれなかったから私が終わらせた
秘密を抱えたままでいるには私は幼すぎた…
新しいレスの受付は終了しました
- 投稿制限
- ハンドル名必須
- スレ作成ユーザーのみ投稿可
>> 6
「店長の加藤です。宜しくお願いします」
昨日の接客とは違い静かに淡々と挨拶をされた
「山村サキです…宜しくお願いします」
緊張のメーターが一気に上がった
「昨日のハンバーガーはどうでしたか?」
…バレてた
「普段はあまり食べる事がないのですが…何だか元気が出ました…」
…何を言ってるんだろぅ私
私の答えに加藤さんが少し微笑んでくれた気がした
「高校を中退されてますが今後はどうするつもりですか?」
「アルバイトをしながら定時制に行こうかと考えてます」
―これは本当だった
高校中退が世間からどれだけ厳しく見られているか…嫌と言うほど味わった
親も高校卒業を懇願していた
「じゃぁ…朝から夕方までなら大丈夫だね」
加藤さんがニコッと笑った…
「山村、ちょっと来てくれる?」
事務所から加藤さんに呼ばれる
「失礼します…何でしょうか店長?」
「ここに座って」
加藤さんの前に用意されたパイプ椅子に座った
私、何か仕出かした!?
色々考えてみたけど思い当たる事がない…
「あのね…」
「何ですか!?」
加藤さんはおもむろに一枚の紙を差し出し
「マネージャー試験受けてみる?」
と言った…
マネージャーとは簡単に言うと社員のいない時間帯の責任者の事だ
2店舗あるうちの会社にはマネージャーはまだ一人しかいなかった
「私なんて入ってまだ半年も経ってないですよ!もっと長く勤めてる人だっているし…」
「お前頑張ってる」
加藤さんはそう言って試験の説明を始めた
試験は業務内容の筆記と社長自らの面接
やれない事はない気がした
実際、自分で言うのもなんだがこの4ヶ月かなり頑張ってきた
基本の接客マニュアルもホール業務も誰よりも早く覚えた
苦手だったキャベツの千切りも玉葱のみじん切りも家で練習して出来るようになった
何よりも店長である加藤さんのオーダーには全力で応えてきた
「考えてみてよ」
そう言って加藤さんは厨房に入って行った
一人で事務所にいると遅番で館山さんが出勤して来た
「おはよう、…どうかした?」
私は思わず加藤さんから渡された試験概要の紙を背中に隠した
「見せて」
正面から私の背中に手を回しゆっくり紙を取った
―ドキッとした
館山さんの甘い香りに手を緩めてしまった
「マネージャーかぁ…」
一通り目を通して館山さんが言った
「受けてみたらいい。俺も来週から東京の本社で研修なんだ。一緒に頑張ろうか」
「来週から研修なんですね、厳しいらしいから負けずに頑張って下さいね」
私がそう返すと笑窪を作って言った
「山村さんって加藤店長どう思う?」
…どう思う?って…
「店長は尊敬出来る人で信頼してます。誰よりも店やスタッフの事を考えてくれて…加藤さんが店長だから仕事も頑張れました」
ホントにそうだった
毎日のように怒鳴られて凹んだ事も多かったけど、必ず最後は笑顔で労ってくれる
私の「頑張りたい」を全力で受け止めてくれる
何より私の居場所を作ってくれた人だ
「だったら店長の気持ちに応えたらいい」
館山さんが取った紙を私に差し出した
紙を受け取ろうと引き寄せるが館山さんは指の力を緩めなかった
―!?
「君にそう思わせる加藤店長を俺は抜くから」
館山さんはそう言いながらまた笑窪を作った―
それから4日後館山さんは東京の研修に行った
「お土産、何が良い?」
…別に特別な物を期待してる訳じゃない
「何でも良いですよ。頑張ってきて下さいね」
意識していつもより素っ気なく答えてる自分がいる
「寂しい?」
「館山さんが居ない分、シフトが増えます」
―そんなに風に顔を覗き込まないで…
館山さんが居ない2週間は本当に忙しかった
私も隣町の定時制に通いだした
9時~17時まで仕事、電車に飛び乗り18時~21時半まで学校
それから帰宅して23時…そんな生活をこなしていた
「まずは学校、ちゃんと卒業しとけ」
加藤さんはいつもさりげなく気遣ってくれた
学校では友達も出来た
何もかにも順調だった
「ほら、あの人…カッコイイよねぇ」
ホールの片付けをしている私の側
20代前半だろうか…3人組の女性客の視線の先にはレジに立つ加藤さん
「えぇ~っ、お勧めはなんですかぁ」
3人の女性客はレジに肘を付き加藤さんを上目遣い
「こちらのキャンペーン中の商品です」 口調は丁寧に…でもニコりともせず接客
「じゃぁ、それにしまぁす」
キャップを軽く被り直し慣れた手つきでレジを打つ
「オーダー入ります」
加藤さんの声にキッチンが動き出す
もっと愛想良く出来ないのかな…
これが素直な感想
あれが私達バイトの接客ならたちまちクレームだろう
こんなに愛想がなくても加藤さん目当てのお客様は多い
彼は無条件に人を惹き付ける
その分…妬みの対象になり敵も多い
リズミカルに玉葱のみじん切りをする手
隣で洗い物をしながらチラ見…
初めて会った時もこのバランスの良い指に見とれた
加藤さんは器用だ
何をしてもスマートで更に頭も顔も良い
うちの会社には彼よりも古株の社員が何人かいる
会社設立の時から社長に仕えて来た人もいる
そんな中でも入社して3年目の加藤さんは何をしてもずば抜けていた
彼に憧れて仕事をするバイト生は多く信頼度も高い
派閥とまではいかないものの…加藤さんを面白く思っていない社員がいるのも現実
「お前さぁ…遅い事は誰でも出来るのよ。テンポ上げろ」
顔に似合わず口が悪い…
誰に対してもこんな調子
「だから作らなくて良い敵も出来るんだ」
心の中で呟く…
口に出したら返り討ちに合う
「それでさぁ…お前マネージャー試験どうする?」
「受けさせて下さい」
玉葱を刻む手が止まる
「そう、じゃぁ勉強しろよ」
「…します」
加藤さんはまたみじん切りを始めた
なんだか嬉しそうなのは私の気のせいか……
「あぁそうだ、今日は夕方からあっちの事務所に行くんだわ。お前学校まで乗っけて行こうか?」
「良いんですか…じゃぁお言葉に甘えて」
この会社の本店は私の通う学校と同じ隣町にある
社長との面接もあるんだよねぇ…
ちょっと憂鬱
社長の噂は恐ろしい事しか聞かない
とにかく口を開けば「売上、売上」
何度か社長からの電話を社員に取り次いだ事があるが、電話先での剣幕は少し離れた所にいる私にも充分に伝わるものだった…
「見た目はね、ヤクザだよ」
副店長の翔子さんから聞いていた
あぁ…恐ろしい
私がマネージャー試験を受けると決めた理由は3つ
1つ目
それはある日の出来事…バイト生だけでお店を任された時だった
普段はそんな事はないのだが翔子さんが急に熱を出した子供さんを学校へ迎えに行く為に早退した
「ごめんね、後は和美さんが来るから」
「気にしないで早く行ってあげて下さい」
もう一人のバイト生と翔子さんを見送る
翔子さんは早くにご主人を亡くしシングルマザーで2人の子供を育てていた
いつも明るく元気で子育てだけでも大変なのに仕事もしっかりこなし、皆と加藤さんを支える姉のような存在だった
「和美さんが来るまで頑張ろう」
残った私達2人はいつも以上に張りきった
お昼のピークは過ぎていたので何とかやれるだろう…
その日は雨が降っていていつも以上にドライブスルーのお客様が多かった
一緒にバイトに入っていた歩美が一人でカウンターとドライブスルーのオーダーレジをさばく
私はキッチンに入りひたすら注文の商品を作った
「チーズバーガー上がります」
最後の商品をウォーマーのカゴに置く
「あっ…」
歩美がドライブスルーの窓を開けて外を確認した
丁度、左のウィンカーをつけた車が国道に出て行く所だった
―入れ忘れ―
「どうしよう…」
歩美が申し訳なさそうに私を見る
「店長に連絡しよう」
私は事務所にある電話に急いだ
きっとクレームの電話がかかってくる
そうなったらお客様が何処に住んでいようと届けなきゃいけない
車を持っていない私達には対応のしようがないし、只のバイト生にクレーム処理は無理がある
受話器を取った時だった
「何かあったの?」
和美さんが出勤して来た
「すみません、入れ忘れしました…」
私はその時の状況を和美さんに報告した
和美さんはこの会社唯一のパートマネージャーだ
翔子さんから連絡を受け替わりに出勤してきた
「2人共、新人さんじゃないんだから」
不機嫌そうにサロンを着けながら和美さんが言う
「すみません、今から店長に連絡して…」
私の言葉を和美さんが遮る
「山村さん、店長に連絡してどうするの?貴方達のミスを怒られるのは私なんだからっ」
和美さんはクレームの電話が入ったら自分が対応するので店長に連絡はしなくて良いと言った…
何度も
「怒られるのは私なんだから」
と繰り返した
ミスをしたのは確かに私と歩美で急に出勤を頼まれた和美さんは何も関係がない
和美さんも主婦だ
きっと家の事をほっぽり出して来てくれたんだろう…
何だか解らないイライラまでぶつけられてる感じさえした
でも…
「マネージャー」ってそれで良いの?
私はこの時
「こんな人には負けられない」
と…勝手に闘志を燃やした
理由2つ目
本店からヘルプで坂田店長が来た
坂田店長は一番の古株で入社10年目
その日は私がメインでキッチンに入っていた
坂田店長は「コントローラー」と言うスタッフに指示を出し、袋詰めをする位置にいた
お昼のピークを迎え新商品が発売されたその日はお客様でごった返していた
オーダー票が溜まっていくにつれ坂田店長の口調が激しくなる
「バーガーまだっ?」
…分かってるっ
バンズを焼くのが間に合わない
機械もフル回転だ
「坂田店長、オーダーコントロールしてもらえませんか?」
私はその必要があると判断した
「オーダーコントロール」とは―その日の客層や天候、売上予算、実質的な時間帯売上などから商品の「見込み」をつけ前もって商品を準備しておく事だ
勿論、長い時間は置いて置けないので予測が外れるとロスが出る
その分は社員の「買取」が通例だ
加藤さんはピーク前には必ずオーダーコントロールをしていた
「待ち時間がかかるから」と言う理由でお客様を逃してしまえばそれはチャンスロスになる
加藤さんは、二度とそのお客様をつかまえる事が出来ないかも知れないチャンスロスほど痛いものはない…と、常々言っていた
坂田店長は私の申し出に耳を貸してくれなかった…
オーダーコントロールをするには、それなりの根拠と経験と度胸がいる
坂田店長が勤める本店はこの店ほど売上がない
「普段オーダーコントロールをする事がないのだろう」
私はそう考えた
結局、何件かのチャンスロスが発生しピークが終わった
「何でオーダーコントロールしてくれなかったんだろう」
と、レジ担当だった歩美が不満げに言う
そこへ額の汗を拭きながら坂田店長がやってきた
「山村さんだっけ?君がもっと早くオーダーを上げてくれたら予算だっていってたよ」
時間帯売上が打ち込まれたレシートをヒラヒラさせながら坂田店長は休憩に入った…
「見返してやる」
私はまた勝手に…2度目の闘志を燃やした
そして理由3つ目
それは不純
館山さんが言った
「一緒に頑張ってみようか」
…だ…
「ごめん、学校間に合うか?」
ハンドルを切りながら加藤さんの車は急発進で国道に出る
「遅刻しても平気ですよ、サボっても先生怒らないし」
笑いながら私がそう答えると
「学校はちゃんと卒業しとけ」
スピードを上げながら加藤さんが言った
「サキちゃん、マネージャー試験受けるんだって?」
本店の事務所で行われたミーティングから帰ってきた翔子さんがニコニコしている
「店長から聞いたんですか?」
「違うよぉ、野田社長だよ」
「えっ、社長ですか」
…社長は知ってて当然よね
翔子さんは勿体振るように続ける
「社長がね、山村ってどんなバイト生なんだってしつこく聞いて来てね」
…事前調査って事!?やっぱり恐ろしいんですけど
「社長はね、まだ入ってから半年も経たないサキちゃんがどうして試験を受けるのか気になってたみたいでさぁ」
…そうだよなぁ、当然だ
翔子さんは私の不安を察知したようで
「ここだけの話よ…」
と、小声で続けた
「店長が頭を下げてサキちゃんの試験を頼んだらしいの」
―はい!?
「社長はね、サキちゃんはまだ若いし何より早すぎるって言ったみたい」
「えっ、じゃぁ受けられないんですか?」
「大丈夫よ、貴方、店長を誰だと思ってるの」
翔子さんは悪戯っぽく言う
「もうすぐ3号店が出来るのは知ってるよねぇ?」
それはバイト生の中でも話題になっていた
本店のある隣町にもう一店舗オープンする…確か9月だった
「まだ内々の話しなんだけどそれと同時に加藤店長が昇格するのよ」
昇格…ですか
話の流れはこうだった…
9月にオープンする3号店は社運をかけたオープンになるらしい
本店の売上が思うように伸びず、場所を変え客層を変え新たな顧客獲得を狙うと言うもの
勿論、ハード面にもそれなりの金額を掛けるが長期の経営戦略として、強固な会社組織を創る為の人材育成が挙がっている
それを今後指揮して行くのが統括部長になる加藤さんの役割
「でね、そうなると店長は新店に移動になるの」
―移動?
「そうなったら勿論、他の社員が店長になるんだけどそれを支えるマネージャーも必要になるんだよね」
翔子さんは続ける
「直接、店長から聞いた訳じゃないけど…サキちゃんにこの店を守って欲しいんじゃないかな?」
私が…ですか
「店長ね、社長に『山村の事は私に任せて下さい。それが統括としての最初の仕事です』って言ったらしいわ」
上手く言葉が見つからなかった
翔子さんは
「期待に応えてあげてね」
と微笑んだ
「仕事」をするってどんな意味があるんだろう…
私って何になりたかったんだっけ…
私の通っていた定時制高校は、色々な事情を抱え殆どが仕事をしながら学生生活を送る者ばかりだった
作業着を着たまま
会社名が入った車
スーツにネクタイ
下校前に派手目の化粧…
高校卒業の証がないまま、この中のどれ位の人達が自分の満足する仕事に就いているんだろう…
私はこの先何をして生きて行くのか
ずっとアルバイトって訳にはいかない
じゃぁ…どうする?
「お疲れぇっす」
大きな声にビックリする
「おはよう」
「おぅ、山村君久しぶりぃ」
屈託のない笑顔を見せながら ハイタッチ
彼はトシ君
同じアルバイト生で私より半年前から働いている
年齢も近く深夜勤をする彼とは引き継ぎをする事が多く、自然とお喋りをする仲になっていた
「山村君、マネージャー試験ね俺も受けるんだ」
「そうなの?!」
「加藤さんが受けて良いって」
ルンルンのトシ君…彼は「加藤信者」だ
加藤さんの事を心からリスペクトしている
意見が分かれてぶつかり合ったり
加藤さんの怒りをかって倉庫に引き摺られて行ったり
呑みの席で加藤さんに絡まれても…
「加藤さん、加藤さん」
で、ある
「トシ君も受けるなら心強いなぁ」
「君と俺はライバルだし。一緒には頑張れないけどお互い頑張ろう」
牽制球を投げられた
トシ君と私はよく比べられた
同年代、加藤派(勝手にそう呼ぶ人がいた)負けず嫌いな性格
昼間の山村、夜間のトシ…
お互いバイト生にしてはシフトが多く任される仕事も増えてきた
「似てるよね」
って言われると少し抵抗があったが、何処かでやっぱりライバル視していたんだと思う…
「そう言えば館山さん、もうすぐ帰って来るねぇ。俺のシフトどうなるんだろ」
ブツブツ言いながらカーテンの向こうで着替えるトシ君
「あの人、どの店の勤務になるんだろ」
急に館山さんの名前が出て意味もなく焦る…
「さぁ…」
としか返せなかった
桜は葉桜に変わり―自転車で店まで行くと少し汗ばむ陽気になっていた
「おはようございます」
いつもの様に裏口から店に入る
「おはよう、ただいま」
あの時と同じ甘い匂い
季節は変わろとしていたのに
私にはまた
春風が吹いた
「お帰りなさい、研修お疲れ様でした」
私は頭を下げそそくさと事務所に入る
「サキちゃんおはよう」
翔子さんの明るい声
「おはようございます」
ロッカーに荷物を入れカーテンを閉める
翔子さんと館山さんが研修の話しをしているのが聞こえる
「へぇ~っ、そんな事があったんだぁ」
翔子さんの明るい声
館山さんの笑い声
不意を突かれてドキドキしている私
まさか今日から出勤だなんて思いもしなかった
冷静になる為
いつもよりきつく髪を結んだ
レジに立つ館山さん
仕込みをしながら
「私はこのヒトの何が気になってるんだろう…」
と、思う
出逢ってそんなに時間が経っている訳でもなく、それどころか知らない事ばかり
見た目は…加藤さんの方がカッコイイよねぇ
しかも…結婚してて歳だってかなり離れてる
好きとかじゃないよね
―あっっ…
包丁がガランと音をたててシンクに落ちた
「サキちゃん!?」
翔子さんが私の手元を覗き込む
まな板は私の指から出る血でみるみる染まった
私の左手の人差し指にはまだあの時の傷が残っている
「深いね」
館山さんがタオルで指を圧迫する
「すみません…」
指の痛みと不甲斐なさと近すぎる館山さんに、気持ちが混乱する
「昨日、加藤店長が張り切って包丁研いでたから良く切れたねぇ」
翔子さんがシンクや包丁、まな板をせっせと消毒しながら笑う
「病院行こうか?」
「大丈夫です…すみません」
「何か考え事でもしてた?」
あなたの事を考えてました…なんて言えるはずもなく
「気をつけます…」
と答える
―加藤さんから
「気を抜くな」
と大目玉をくらった…
しばらくキッチンには入れない
他のスタッフに迷惑をかけてしまう
「仕込みもキッチンも俺がするから、レジとホールしっかり頼むよ」
間に館山さんが入ってくれた
「こんなオジサンより若い子が接客した方がお客様も喜ぶでしょ、店長」
「もう一度言うけど、気を抜くな」
加藤さんはそう言ってキッチンに入って行った
「店長、サキちゃんは女の子なんだからもう少し言い方を………」
翔子さんがそう加藤さんに言っているのが聞こえる
加藤さんは翔子さんに何て答えるのかなぁ…
「誰にでも失敗はあるよ、気にしないで他の仕事を頑張れば良い」
館山さんが傷口を確認しながら言ってくれた
加藤さんが言った意味は理解出来る
マネージャーを目指す人間に男も女も関係ない
プロ意識を持て
解ってる…解ってるけど
館山さんの優しさと甘い香りは、ずっとピンと張りっぱなしでいた私の心の細い糸を弛めた
私は職場で初めて泣いた
「ねぇサキちゃん、今度サキちゃんのお店に行っても良い?」
学校で初めて出来た友達の美貴
「勿論、良いけど私が休みの日にしてね」
「えぇ~、何で?」
「恥ずかしいもん」
美貴は仕事をしていない
3人兄姉の末っ子でお兄さん、お姉さんとも年齢が離れている
美貴は中学の時にイジメに遭い家に引きこもった
中学卒業後は進学も就職もせず1年過ごし、親に泣かれて仕方なくこの定時制に進学した
「卒業すれば良いから」
と、お兄さんが学費を払ってくれている
お姉さんも美貴に働けとは言わないらしい…
「サキちゃんの仕事の話しを聞くの楽しいんだぁ。仕事してるサキちゃん見てみたぁい。店長も見てみたぁい」
長袖の袖口を引っ張りながらお願いポーズ
袖口からチラチラ見える傷
美貴の左腕にはリストカットの跡がある
「じゃぁ今度一緒に行こうか?加藤さんがいる時に」
「ホント!?楽しみ」
美貴がさっそく手帳を開いた
「加藤さんがいる時に」
とは言ったものの…
あの指を切った一件以来、殆ど加藤さんには会っていなかった
避けていた訳ではなく、深夜枠に新人さんが入りその教育のため私とはシフトが真逆になっていた
その分…館山さんと一緒に仕事をする事が多くなった
館山さんは人なつっこい
そして優しい大人の男性
親しくなるのに時間はかからなかった
きっと気付いていなかっただけで
すでに好きになっていたんだと思う
「サキちゃん、今からお店に行こうよ」
ニコニコしながら美貴が言う
「今からって…遅くなるよ」
「だってお腹も空いてきたし加藤さんは夜しか居ないんでしょう?」
定時制はパンと牛乳の給食がある
苦学生の為に用意された有難いものだが食べる人は殆どいない
半ば強引に美貴の車に乗せられ店へと向かった
深夜の店内は音楽がジャズに切り替わり、間接照明の柔らかなオレンジの光がゆったりとした時間を創り出していた
「いらっしゃいませ…おぅ」
加藤さんが私に気付く
「学校終わったの?」
「はい、終わりました」
…ホントは抜け出して来た
「学校の友達?」
「サキちゃんと同じクラスですっ」
何故か緊張気味に美貴が答える
「仲良くしてやってね」
加藤さんが微笑んだ
…普段からその位笑ってよ…
オーダーを済ませテーブルに着くと美貴が
「加藤さん、かなりイイ男だね」
と、目をキラキラさせていた
「お待たせ致しました」
たどたどしくお決まりのセリフ
…この人が新人さんか…
20代半ば位の少しオドオドした感じの男の人だった
美貴は運んで来たのが加藤さんじゃなかったのが不満だったらしく、オーダー確認を無視して食べ始めた
「ご注文は以上で宜しかったでしょうか?」
「はい、でも頼んでないものが来てますよ」
「あぁ、そうでした。それは店長さんからです」
「そうですか、ありがとうございます」
バスケットの中にアップルパイが2つ
ひとつには
『サボり』
とケチャップで書かれていた…
…何でバレたんだろ…
食べ終わりお喋りをして店を出た
「これ、店長にご馳走様でしたと渡して下さい」
給食で貰って飲んでいなかったパック牛乳を新人さんに渡す
『カルシウム不足だと怒りっぽくなります』
パックに油性ペンでお返しのメッセージを書いた
反応が見れないのが残念だが
次の日出勤すると加藤さんのデスクの上に、カラになった牛乳パックを見つけた…
飲んでる…素直じゃん
更に置き手紙
『カルシウム頂きました。伝えるのが遅くなりましたがマネージャー試験は来週の土曜日です。君の事だからしっかり勉強している事でしょう。期待してます。ご馳走様―加藤』
…君の事だからって所がイヤミなんですけどぉ…
来週の土曜日かぁ
やるだけやってみよう
言い方は変なのかも知れないけど
加藤さんと
『仲直り』
出来た気分だった
「学校って何時からなの?」
「18時からだけど、時間通りに来る人はあまりいないですよ。仕事してる人が多いし…」
店の裏にある冷凍庫で館山さんと商品の検品をしている時だった
「山村さんの学校の近く帰り道なんだ」
「知らなかったぁ」
「あそこに大型トラックが入って行く所を見た事があるんだけど…あれで通学してるのかな」
「あり得ますね」
二人でクスクス笑う
「山村さんの目、俺好きだな」
!!
「そうですか…私はもっとパッチリとしたクリクリの目が良かったんですが」
…動揺が伝わりませんように…
「切れ長の目だから普段から怖そうって言われるんですよ」
自虐ネタで乗り切ろうとした…
「だからその目が笑うとホッとする。もっと笑わせたくなる」
冷凍庫の冷気のお陰で顔が赤くならずに済んだ…
と思う………
検品を終え機械の熱でムッとしているキッチンに戻る
「サキちゃん、先に休憩行っておいでよ」
翔子さんに声をかけられる
ドキドキしていたから良いタイミングだった
お昼ご飯を店内で注文し事務所に入る
事務所が狭いので加藤さんのデスクで食事をする
タバコの吸殻は捨ててって言ってるのになぁ…
「お待たせ」
館山さんがトレーを私に手渡す
「ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
バスケットの中にチーズバーガーと…不自然な紙ナプキン
?
『今日、学校まで送るよ。駅のロータリーで待ってて』
綺麗な柔らかい文字だった
…しばらく私はそこに書いてある『意味』を考えた…
「帰り道なんだ」
―だからついでに送ってくれるだけだよね―?
紙ナプキンをロッカーにしまい、またイスに座る
…返事した方が良いのかな
加藤さんに送ってもらう事が時々あった
「今日は加藤さんが乗せてくれるんです」
いつもは普通に翔子さんに話せた
この事は言わない方が良い気がした
翔子さんに秘密をもってしまった
新しいレスの受付は終了しました
小説・エッセイ掲示板のスレ一覧
ウェブ小説家デビューをしてみませんか? 私小説やエッセイから、本格派の小説など、自分の作品をミクルで公開してみよう。※時に未完で終わってしまうことはありますが、読者のためにも、できる限り完結させるようにしましょう。
- レス新
- 人気
- スレ新
- レス少
- 閲覧専用のスレを見る
-
-
🌊鯨の唄🌊②4レス 95HIT 小説好きさん
-
猫さんタヌキさんさくら祭り0レス 42HIT なかお (60代 ♂)
-
少女漫画あるあるの小説www0レス 61HIT 読者さん
-
北進11レス 246HIT 作家志望さん
-
こんなんやで🍀182レス 1617HIT 自由なパンダさん
-
神社仏閣珍道中・改
(続き) ところで。 こちらのこの半僧坊大祭では護摩札の授…(旅人さん0)
211レス 7209HIT 旅人さん -
🌊鯨の唄🌊②
母鯨とともに… 北から南に旅をつづけながら… …(小説好きさん0)
4レス 95HIT 小説好きさん -
わたしとアノコ
ほんと,,,なの? 掴みとって良い幸せなの? 本当に,,,!本当に…(小説好きさん0)
156レス 1583HIT 小説好きさん (10代 ♀) -
こんなんやで🍀
水道水も、電流も、街灯のLEDからの光も、Wi-Fiも、ブルーライトも…(自由なパンダさん0)
182レス 1617HIT 自由なパンダさん -
西内威張ってセクハラ 北進
今はまともな会社で上手くいってるよ、ばーか、今の職場が良ければ良いほど…(自由なパンダさん1)
78レス 2679HIT 小説好きさん
-
-
-
閲覧専用
人間合格👤🙆,,,?11レス 120HIT 永遠の3歳
-
閲覧専用
酉肉威張ってマスク禁止令1レス 125HIT 小説家さん
-
閲覧専用
今を生きる意味78レス 508HIT 旅人さん
-
閲覧専用
黄金勇者ゴルドラン外伝 永遠に冒険を求めて25レス 946HIT 匿名さん
-
閲覧専用
勇者エクスカイザー外伝 帰ってきたエクスカイザー78レス 1786HIT 作家さん
-
閲覧専用
人間合格👤🙆,,,?
皆キョトンとしていたが、自我を取り戻すと、わあっと歓声が上がった。 …(永遠の3歳)
11レス 120HIT 永遠の3歳 -
閲覧専用
酉肉威張ってマスク禁止令
了解致しました!(小説好きさん1)
1レス 125HIT 小説家さん -
閲覧専用
おっさんエッセイ劇場です✨🙋🎶❤。
ロシア敗戦濃厚劇場です✨🙋。 ロシアは軍服、防弾チョッキは支給す…(檄❗王道劇場です)
57レス 1390HIT 檄❗王道劇場です -
閲覧専用
今を生きる意味
迫田さんと中村さんは川中運送へ向かった。 野原祐也に会うことができた…(旅人さん0)
78レス 508HIT 旅人さん -
閲覧専用
神社仏閣珍道中・改
この豆大師についての逸話に次のようなものがあります。 『寛永…(旅人さん0)
500レス 14879HIT 旅人さん
-
閲覧専用
サブ掲示板
注目の話題
-
発達障害者だって子供が欲しい
発達障害があります。半年前に結婚しました。 子供がほしい話をしたら 「あなたと同じように仕…
62レス 1520HIT 育児の話題好きさん (20代 女性 ) -
初対面の人と仲良くなれません。
45歳彼女いない歴=年齢です。アプリ、結構相談所で10年間婚活してきましたが、お金と時間ばかりかかる…
56レス 1380HIT 結婚の話題好きさん (40代 男性 ) -
おばさんイジリされる職場
私は40代の女性会社員です。 会社は男性が多く昭和な社風です。 一応、私は役職もついていますが下…
23レス 576HIT 社会人さん -
同棲するなら1人になれる部屋が欲しいって言ったら号泣された
彼女と同棲の話になり、部屋はひとつでいいよね、と言われたので「喧嘩とかした時用に1人になれる部屋があ…
21レス 565HIT 恋愛初心者さん (20代 男性 ) -
誰からも愛されない
誰からも愛されない私は無価値ですか? なんのために生きているのですか?
12レス 357HIT 気になるさん -
「夫が家事を手伝うのは当たり前」
結婚2年目で子供はいません。専業主婦の妻が「夫が家事を手伝うのは当たり前」と言ってます。 こっ…
15レス 354HIT 相談したいさん - もっと見る