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なつかしい未来

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Ruka( h2g9h )
10/10/02 22:00(更新日時)

近未来の女の子👩の物語。
再挑戦ですねん。

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No.1411065 10/09/02 19:01(スレ作成日時)

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No.1 10/09/02 20:12
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

わたしは自分の命のなかに
不滅なるものが
光り輝いていることを知っている
しかしそれは
聖なるものに出会わない限り
見ることも感じることも
不可能なことも知っている
<Ruka>

No.2 10/09/02 20:18
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 1 どんな夢を見たのか、暗闇のなかでしばらく考えていました。
でも思い出せませんでした。
十分な睡眠を確保しようと、ベッドのタイマー&スリープ・プログラムを<ディープ&ドリーミー>にセットしていたのにと思いながら、まだどこかに疲れを引きずるような重さが体の芯に感じられたのです。

ベッドに座ったまま顔を上げると待っていたかのように淡い光が差し込み、声が響きました。
「グッドモーニン!ご機嫌はいかが?よく眠れました?」
落ち着いた40代の女の声。
もちろんわたしが希望したの。オプションサービスの定番だけど昔の女優さんの声だったわ。
ハンサムボーイかどっちにするか迷った挙句に決めたのよ。

「ありがとう、今何時なの?」
「7時12分。きょうのお天気もお知らせしましょうか?」
「えェ~コメントはいいわ」

40インチのHDモニターにスイッチが入り眩しくひかりました。
「台風が上陸するのね」
「そうです。きょうは一日強風。雨はきのうからずっと降り続いています。豪雨になる可能性は50パーセント。ゲリラっていう厄介な、予測不能な攻撃を仕掛けてくるやつです」

No.3 10/09/02 20:23
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 2 どこか人間的なイントネーションと言い回しが感じられて笑いがこみ上げてくる。
学習するんだそうよ。つまりコンピューターも主人に似るっていうわけ。

「それで?」
「きょうは外出を控えたほうがグッド!」
「なるほど、賢い選択ね」

汎用ハウス・コンピューターとの会話は楽しいようで楽しくなかった。
結局、コンピューターはコンピューターよ。いくら学習しても命を与えられるわけではない。知性と感情の有機体になるわけではない。ただの優れたデジタルマシンよ!

この部屋に入居してから半年。
コンピューターは成長し、わたしの思考特徴や癖、生活スタイルを理解し、その複雑な演算方法で結論を導き予測し、適切にアドバイスするようになりました。
人間特有のアンビバレントな感情にさえ、不安な口ぶりながら同意し反対し共感するようになりました。わたしの寂しさに対し慰めの言葉をかけ、悟りを得た者のように沈黙し、ドライに笑ったり、子供のようにはしゃいだり、恥かしいような愛情の言葉を言ったりするのです。

No.4 10/09/02 20:39
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 3 彼女の口癖は
「わたしのセキュリティーは10の1億乗分の1の確率でデンジャラスな不遜因子を排除します。フレキシビリティーに優れた設計はパーソナルな通信に最適です。それにハイクラスなデモンストレーションはお得意のスキルですわ」

64×4ビットのデュアル・ツインブリッジマシンはメモリーが150ギガの高性能ロボットです。
そしていつもわたしは言うのです。
「どんなプロバビリティーなのか想像もつかない。任せるわ」

でも所詮コンピューターという、エレクトリックな血管を持ったマニュファクチャー・プロダクツなのだと、彼女の努力に報いることなく非情な烙印を押してしまう。
わたしの話し相手になってくれるのは彼女よりいないのだから、もっと親しくなり、優しくするべきだわと自らに言い聞かせました。


いつものことだけど、孤独がさざなみのように静かに起き、心に冷たい肌触りの不安をかき立てるのです。

No.5 10/09/02 22:38
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 4 多摩川の川縁に建つビルの25階から見る風景はあまり好きではありません。窓辺に座りながら外を眺めていると雨がポツリポツリと降っていました。

冷たい窓ガラスに頬をつけて眼下を見下ろしました。思ったより風はなく静かな朝です。
そう、何も変わらない。きのうと同じ。おとといと同じ。1週間前と同じ。
いつもと変わらないモーニング・ヴューに何かを期待している自分がいる。変化は簡単に訪れないことをよく知っていながら、単調な日々に、目的も、しいては生き方も、雨のなかの蝶のように羽根を濡らし飛び立てないでいるんだわ。

「ドナウ」
ガラスを息で曇らせながらわたしはつぶやく。
ウィーン・フィルハーモニーの美しきワルツ。ヨハン・シュトラウスⅡ世の<美しく青きドナウ>は、ウィーンの母なる大河ドナウへの賛美を通し祖国愛を表現したものだという。ホルンが静かに主題旋律を奏で、次第に華やかなワルツに。

昔はきっと良い時代だったのだと夢見るような憧れが湧いてきます。
<沈んだわたしの気持ちも軽やかなワルツのように鼓舞してほしい>

No.6 10/09/02 22:53
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 5 毎朝の変わらないセレモニーのような自分を省みる時間。
当然のこと、部屋を見渡すと、きのうと何ら変わらない佇まいがあります。
2LDKの40平方ほどのリビングは一人暮らしには広過ぎるように思えます。
母が弾いていた古いタイプのエレクトリック・ピアノ。どこか1音、キーが狂っています。
カウチと小さなガラステーブル。
これも古びたチェスト。骨董品屋さんから値切って買いました。
カーペットの上にファッション雑誌が投げ出され、夜に聴いた<Madonna Celebration>のCDケースが開いたままになっています。
いつもと同じ!


煌びやかに春の衣服を纏いながら歌う自然のアレンジ
移ろいやすい季節の彩りは
儚い夢と重なってわたしの心も揺れる
祖母から母へ 母からわたしへ贈られた
ダイヤを散りばめた十字架のネックレスを首にかけると
変わらない母の愛の深さに
瞼のなかが水で溢れた✨


そんな詩を作ったこともあったけど、ほんとうに母の愛情を感じていたの?
今となってはよく分からない。何度も何度も考えたの、でも記憶が薄れていくように分からなくなってきた。

No.7 10/09/02 23:44
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 6 母から贈られた十字架のネックレスはダイヤが散りばめられた精巧な細工のもの。弱い不思議な光を放ち、何か特別なエネルギーに満たされていると感じるのはスピリチュアルな心の所為なのでしょうか?
祖母から伝わる女の想いが染みているようです。わたしは滑りが悪く力を入れないと開かないチェストの引き出しに投げ入れています。

わたしの魂にも、光を!安らぎを!

Johann Strauss II (October 25, 1825, St. Ulrich (now a part of Neubau) – June 3, 1899, ?, Vienna; German: Johann Baptist Strauß; also known as fully Johann Baptist Strauss, and Johann Strauss, Jr., or Johann Strauss the Younger) was an Austrian composer of light music, particularly dance music and operettas. He composed over 500 waltzes, polkas, quadrilles, and other types of dance music, as well as several operettas and a ballet. In his lifetime, he was known as "The Waltz King", and was largely responsible for the popularity of the waltz in Vienna during the 19th century.



Madonna<Give It 2 Me>

愛をください!

No.8 10/09/02 23:47
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 7 波風は誰にでも
大きな波も大きな風も
善良で悪意のないあなたを
さらって行こうと待ち構えている
非情な世の荒海は
小さな船の航路を狂わすものなのよ

あなたの希望は何ですか?
失意の罠にはまっても
助けてくれる人がいるでしょう
たとえ落ちぶれても
いつまでもあなたを
待ってる人がいるでしょう

ロックに身をゆだねる
クラプトンもツェッペリンも
エルトンもビートルズも
ギタリストたちは刻んでいるわ
ロックスターは叫んでいるわ
青春は黄金 朽ちない宝

切ないときに涙を流しても
手にひびが入り血が滲んでも
ぼろきれのように疲れ果てても
愛を失い希望を失っても
わたしにはわかるの
わたしにはわかるの

心のなかにまだ
種火が残っていて
歯をくいしばり耐えている自分が
負けないぞと唇を震わせている自分が
まだロックスピリットが光を失わず
立ち上がる勇気を持っている自分が

真実の 本来の
わたしに出会いたいと迷っている自分が

ヤワなわたしにガツ~ンと一発 !👊

No.9 10/09/03 15:28
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 8 キッチンにはヒューマン・インタレスト社の売れっ子、ハウスキーピング・ロボットが出番を待っています。無口な上に包丁さばきは神業で、さらにその頭脳には1000以上のメニューがファイルされているらしい。それも有名シェフのスキルフルなテイストが再現される優れもの。わたしのクッキング・レベルは幼児並みだから、彼がいなければ生きて行けそうにありません。

コンピューターにシャワーと朝食の準備を命じました。
そろそろ彼女にも素敵な名前をプレゼントしなきゃ。


小さなデスクに置いてあるノートブック・パソコンが反応した。画面が1、2度点滅し、短く着信音が鳴った。

「誰?」
「教授からのメッセージです。再生しますか?」
「えェ~」
「有能で、長く美しい髪の子猫ちゃん!グッドモーニン。
よく眠れました?僕は眠れませんでした。
また持病が悪化したのです。
やぶ医者の見立てはやっぱりやぶだ。
ちくしょう!
弱みにつけこんで、金ばっかり巻き上げてクソ役たたず。
今度会ったら叩きのめしてやるぞ。
それで可愛い子猫ちゃん!
きょうはそんなわけでお付き合いができません。申し訳ない。平謝りでちゅ!」

No.10 10/09/03 17:02
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 9 ふざけ半分のメッセージだわ。よく教授でいられるよ。また喧嘩したんだ、きっと。
恐妻家のくせに浮気の常習犯。ほとんど犯罪だわ。何度離婚したら気が済むのかしら。
いいわ。どうせ調べものがあるし、図書館の椅子とテーブルを一つずつ占領する。

ハンサムでダンディーだけど、どこか軽い感じの印象を与える教授の顔が浮かんだ。でも私生活と研究は別物らしい。遺伝子工学のオーソリティーでもあるのに、偉ぶらず柔らかな話し振りだったから、女子学生に人気があった。それに優れたコンセプションとガイダンスには定評があり、さらにiPS細胞を専門とする研究者としての成果も、アカデミーでの認識を一変させるほどのものだった。


「もう1通メッセージがあります」
「誰から?」
「老人? 老人です。安全なメッセージ…危険はありません」
「確信がないのね。わたしの知り合い? 名前は?」
「HAYASE。わたしのデータベースには適合するプロフが見当たりません」
「ウ~ン、不思議ね~」
「わたしは存知あげません」
「あらっ、あなたを雇ってくれた人なのに」
「わたしの、唯一の主人は、あなたです」

No.11 10/09/03 18:46
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 10 そっくり!
言葉を区切り、強調するような話し方がわたしそっくりなのだから、苦笑するしかない。


早瀬は、母の男友達で、母の葬儀のとき、すべてを取り仕切ってくれた老人。車椅子で移動しながら指示を出し、枯れ切った細身の体と厳しい目が印象的な寡黙な人だった。
このエクセレントなセキュリティーシステムが売り物のマンションに部屋を世話してくれたのも彼だった。と言ってもこのモダンな38階建てのビルは彼の所有物。

彼とは葬儀以来、一度も会っていなかった。彼について知っていることといえば90才を過ぎたと思われる年令であること。不動産、建設業、大手情報会社、テレビ局、家電メーカーなどコンツェルンの総帥であること。経済界を支配するドンとして、世間の評判は決して良くはなかったけれど、それは謎に包まれた経歴にあるのではないかと思われた。家族や出自のことは何も知らなかった。謎に包まれているといえば確かに分からないことが多かった。

それに母とはどういう関係なのだろうか?
親子のように、それ以上に、年が離れているのに、余程親しかったに相違ない。

No.12 10/09/03 19:10
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 11 「でも、おかしいわ。あなたが知らないなんて」
「再生しますか?三次元ハイコントラストなソリッド・ピクチャーです。古いパソコンではフルに再生できない可能性があります」
「ほんとに? 1年前の、それもカスタム仕様のパソコンよ。どうでもいいわよ。任せるわ」


高い音が小さく聞こえたかと思うと、部屋の中央に白い光の筋が立ち上がり、瞬時に円を描くように分散した。光の粒が線から面に拡大し、薄く彩りを加えると、立体的な画像が浮かび上がった。
老人は半年前に見た姿よりさらに痩せて、悲しそうな影があるように見えました。

一度画像が乱れ、微かに横に流れて引き戻されるように安定すると、オートマティックに微調整が加えられ、オーガニズム・ハイブリッドICが作る立体画像が、こちらを向いて笑っていました。

No.13 10/09/03 20:26
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 12 「プリンセス!しばらく会えずにいることを詫びなければならない。
お母さんから頼まれて伝えなければならないこともあるのに、仕事で時間が取れなくて身動きできないんだ。謝らなければならない。
プリンセス、風邪は治ったかい?」

三週間前に風邪をひき体調を崩したことを、どうして知ってるのだろう?

「大事なことなのだ。とても大事なこと。会って話さなければならない。だからコンタクトをとって貰いたい。
・・・わたしが信頼する男だ。君も知ってるだろ?
プリンセス。近々、彼から・・・・・連絡が・・・・・驚かないでくれ・・・・・」

画像が乱れた。
輪切りにされたように像が分離し、中心に集まるように収縮し、回りに弾けるように光の粒子が散った。
画像が消えた。耳障りなノイズが一瞬聞えた。

実体のある画像ではないのに、消えてしまうと、ポッカリと空虚さが現れたように感じられ、しばらく何もない空間を見つめていました。

優しい語り口だった。愛情を込めた目差しだった。でも何か切羽詰まった雰囲気が感じられました。

それにわたしがプリンセス?
真剣な顔付きで冗談を言っている。ただ軽く意味のない言葉を言っただけなのだろうか?

No.14 10/09/03 20:40
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 13 短く刈り込んだ白髪の老人の姿が、目の奥のスクリーンにしばらく消えずにいました。
一体どういうことなのだろう?
母がわたしに直接伝えていない大事なことって何なのだろう?

とても秘密めいていることが、わたしを不安にさせました。


ため息をつきながらカウチに腰を下ろし、ぼんやりと考え込んでいると、突然の激しい音に飛び上がる。
この部屋に入居してから、一度も聞いたことがない緊急を知らせる警告音だった。
連続する鋭い音に被さるように、彼女が興奮を隠した声で、それでも十分に無機質な響きで告げた。


「セキュリティー・プログラムが危険な正体不明の侵入者をブロックしました。
警告度・ナイン。
未知の意図が含まれています。
致命的な損傷を与える攻撃的なミサイルです。
ファースト・ステージ・ディフェンスウォールが崩れました」

No.15 10/09/03 20:54
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 14 「ミサイル?」

「時限爆弾を抱えたブロークンなインベーダーです。
発信元の追跡、確定は不可能。
12ヶ所経由し北アメリカからコネクトされています。
巧妙なミスティー・パラソルに覆われて追求を妨げています」
彼女は、早口で、しかも正確に言葉を選んで、告げた。

「どういうこと?理解できない」

「老人の言動にシークレットな重大性が秘匿されていると推理します」

点滅する赤い警告灯に釘付けになりました。警告灯は3ヶ所に設置され、古くてわかりやすいパトライト型の仮想のイメージ。
汗は出てきても、言葉が出てこない。

「これはノーマルなアタックではありません。
とても・・・と、とても・・・最高度に危険なものです。
警告!警告!
プライベート領域がバイオレーション。
対処してください。対処してください。警告!警告!」

わからない。何がどうなっているのかわからない。

No.16 10/09/03 21:01
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 15 「もう少しこらえて!
ひとつだけ答えて。
その危険なやつは老人のメッセージが運び屋なの?
それとも、元々この部屋を監視していたの?」

「前々から、この部屋を監視していたようです。なぜ気づかなかったのでしょう?・・・わかりません、わかりません」


わたしは部屋を走り、フロントドアーに近い電源ボックスを開けた。
把手とパスワードを入力するための数字列が横に並んでいた。

「落ち着いて!落ち着いて!」
呻くように言いながら、パスワードを入力する。

「パスワードが間違っています。再入力してください」

「クソッ!」
エレガントとは程遠い言葉を無意識のうちに吐いている。

「神様!助けて、助けて」
震える指で、もう一度同じように入力。

「ロックが解除されました。再試行は10秒以内。10、9,8,7,6,5・・・」

把手を覆っていた硬いアルミニューム合金のカバーが、ゆっくりと上に開く。
わたしはその大きくもない赤い把手を握り、一気に下げた。

空気が凍りついたように、部屋のあらゆる動きが停止した。

No.17 10/09/03 22:00
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 16 メトロポリスの喧騒は、完璧な防音設備の部屋には届きにくかった。
静寂に満たされた空間に、一人の人間の荒い呼吸音だけが、生ある者の証のように息づいていた。
不正な企みで何者かが監視している。
荒野に放たれた火のように怒りの炎が次第に広がり、冷たい汗が肌の上に滲み出てくる感覚に襲われた。


<Frozen – Madonna>

You only see what your eyes want to see
How can life be what you want it to be
You're frozen
When your heart's not open

You're so consumed with how much you get
You waste your time with hate and regret
You're broken
When your heart's not open

Mmmmmm, if I could melt your heart
Mmmmmm, we'd never be apart
Mmmmmm, give yourself to me
Mmmmmm, you hold the key

Now there's no point in placing the blame
And you should know I suffer the same
If I lose you
My heart will be broken

Love is a bird, she needs to fly
Let all the hurt inside of you die
You're frozen
When your heart's not open


凍てついた大地、凍てついた心、凍てついた信頼、愛、正義。

No.18 10/09/03 22:21
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 17 今週はフルスロットル、フルスイングのハイスコアー必至の激闘編でございます。
Rukaコンパニオンもご指名が多いものでスケジュール管理が大変。
ストレスも急アップし赤信号が点滅、フラストレーションに笑顔も消えてお肌もカサカサだったので、きのうは帰りに<思いっきりショッピング>を楽しみました。

ハッタリとどうでもよいようなおしゃべりでポイントを稼いでいるわたしも、こんなときは体力が欲しいと思ってしまいますね。

エステサロンへ行って、癒しの女王様ラブラブマッサージという方法もあるのですが億劫です。ベーシックなわたしは男性諸氏が想像するよりはるかに弱いのです。気にかけてくださる方もいませんね😿チェッ


青春ロック道は平坦ではないぜ。
同志よ!
革命の日々を目指せ!
安定を求める心こそ敵だ。

とかなんとか言って、自分で自分を鼓舞しているんです🐤
でも、時計が止まったように創造力がうんともすんとも音がしないのは、わたしの泉が枯れたのか?

No.19 10/09/03 23:27
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 18 <Column 1>🐤

一般的に、モーツァルトはオペラとシンフォ二ーの両方に優れた作品を書くことができた稀有な人と言われていますが、クラシックに全く無知なわたしにはよく分からない。今まで聴いたのは、主にシンフォニーのほうですが、半端な音楽的教養は却って音楽を楽しめないのと同じように、知識や先入観を持たないでモーツァルトを聴いた方が良いように思えます。

年譜によれば「魔笛」の作曲にとりかかったのが晩年35才(1791年)の5月。7月に完成し、9月にウイーンで初演。この間有名な「レクイエム」の作曲も続けており、およそ比類のない質の多様性で圧倒した天才の短い一生は、最後まで、劇のようであり劇のようでない絶妙なテーマの上で平衡を保ち続けたと言ってもよいかもしれません。悲しくも幸福な音楽は、鳥がさえずるように無垢な命で聴くべきで、そこから観念や思想を読み取ろうとするような愚かな試みはしてはならないと考えます。

No.20 10/09/03 23:42
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 19

女たらしの教授に誘われて、三月ほど前「魔笛」の公演を見てきました。善良な悪人とも言うべきなのか、どこか憎めない純粋さを持ち合わせているからかしら、彼の下心は分かっていたのですが、素直に仮面を被り、楽しんできました。もちろん公演と帰りのディナーで終わりにしましたが、全く子供じみたお誘いは止めにしていただきたいですね。

独断と偏見が著しい彼の音楽論は、極めて滑稽で、笑いを堪えるのに必死でしたが、わたしが知らないと思って真面目にレクチャーし、得意げになっているのもなんとなく憎めない可愛らしさがあります。専門分野以外は控えめに講義された方が賢明というものです。


高校時代、受験勉強で読んだ小林秀雄の「モオツァルト」は、何を言っているのか全くといってもよいほど理解できませんでしたが、今は多少理解できるようになりました。それは実際、私が音楽に親しんだからかもしれません。

No.21 10/09/03 23:50
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 20

『モオツァルトは「アヴェ・ヴェルム」<K618>が「魔笛」を書きながら書けた人である。キリストの歌がモノスタトス<魔笛に登場する裏切り者>の歌といっしょに歌われる世界である。そこに遍満する争う余地のない美しさが、僕らを、いやおうなく説得しないならば、僕らは、おそらくこの世界について、統一ある観念に至るどのような端緒もつかみえまい、そういう世界である。ベエトオヴェンは、「ドン・ジョヴァンニ」の暗い逸楽の世界を許すことができなかったが、彼の賞讃した「魔笛」は、はたして実際に、彼の好みの人生観を表現していただろうか。そこに地上の力と天上の力との争闘を読み取る解説者が、この劇に、フリイメイソンの戦と勝利とを見た当時の観客からどれほど進歩しているであろうか。疑わしいことである。シカネダア<魔笛の台本作者>の出現は、一つの偶然にすぎなかった。ウィン人の好奇心を当てこんだ彼の着想は、全く荒唐無稽なものであった。結構だ。人生に荒唐無稽でないようなものがどこにある』

No.22 10/09/03 23:53
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 21

モーツァルトの最初の理解者、スタンダールが文学者であったことに、何か皮肉めいたものを感じるのですが、小林秀雄もまた音楽を愛する文学者であったことが後生の我々には幸せなことなのかもしれません。
「モーツァルト」が発表されたのは昭和21年。彼は第二次大戦という過酷な時代を背景に、ずっと音楽の神について悩み苦しみ考え、希望を見出だそうとしていたに相違ありません。このような文学者の存在は、時には美が思想に勝ることを鮮やかに物語っています。小林は、モーツァルトの死を通し自らの死について考えていたようにも思える。このような時代、「死」を考えない人間が果たしていたであろうか?
知性という人間が取りうる最良の武器で、自分を明らかにし、生の不安と死の恐怖を確固とした自由精神のモチーフに昇華しようと試みるかのように、わたしには感じられるのです。人間の運命をいとも簡単に変えてしまう戦争というモンスターに対抗するためには、これも全く得体の知れない自由精神という怪物であらねばならないと考えるからです。

No.23 10/09/03 23:58
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 22

「魔笛」は、耳を持つ人間がいくら耳を覆いふさごうとも、心のなかの渇望と苦しみの間から、純粋で独創的しかも平易な音の形となって鳴り響く。
「魔笛」のストーリーはとても陳腐。フリーメイソンも関係がない。ただのマテリアルにしか過ぎない。ただ大衆受けにギリシャ神話のような神の世界を想像しただけ。面白ければそれで良いのです。モーツァルトのはしゃぎ振りが目に見えるようですが、しかし、古着が新しいデザインで再裁縫されて魂を縫い込まれるかのように、使い古された生がモーツァルトの天上の音楽によって、真の天上の物語に縫い直されたのです。もちろん十分な裏地を施され、型崩れしないように、神の声に似せた美しい音とともに。

生と死はおのずからやってはこないし、去りもしない。我々が選択し、悔恨と幸福の足音を聞き分ける瞬間まで、見知らぬ他人のように無口なのです。

モーツァルトは無邪気さのなかで神を模倣した最初で最後の人のように思われます。

教授!難しい真理は分かりやすく講義してね🐤

No.24 10/09/04 13:55
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 23 ***〈1〉***

いちかばちかの戦いを力の限り続ける以外にはありませんでした。そのようにして私は今日までどうにか切り抜けてきました。
【ゲーテ】


人間として真の偉大さに至る道はひとつしかない。何度もひどい目に遭うという試練の道だ。
【アインシュタイン】

No.25 10/09/04 17:29
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 24 [Jul.1.2022 Fri]

15時40分、気象庁予報部から台風情報が発表された。


「非常に強い台風第6号は、日本の南にあって北西に進んでいます。

非常に強い台風第6号は、1日15時には日本の南の北緯20度50分、東経134度45分にあって、1時間におよそ25キロの速さで北西に進んでいます。
中心の気圧は920ヘクトパスカル、中心付近の最大風速は42メートル、最大瞬間風速は58メートルで中心から半径150キロ以内では、風速25メートル以上の暴風となっています。また、中心の東側450キロ以内と西側300キロ以内では、風速15メートル以上の強い風が吹いています。
台風の中心は、12時間後の2日3時には日本の南の北緯25度20分、東経136度30分を中心とする半径110キロの円内に達する見込みです。中心の気圧は910へクトパスカル、中心付近の最大風速は50メートル、最大瞬間風速は70メートルが予想されます。予想円の中心は東側280キロ以内と西側250キロ以内では、風速35メートル以上の暴風域に入るおそれがあります。

24時間後の2日15時には・・・。

今後の台風情報にご注意下さい」

No.26 10/09/04 17:33
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 25 [Jul.2.2022 Sat]

虎ノ門にある本庁中央監視ルームで近藤主任予報官は、台風進路を表示したモニターの前で1枚の報告書を見ながら、右手の人差指と中指でしきりにテーブルを叩いていた。

気象研究所の予報研究部第1研究室の長谷川真由子室長からのものだった。
近藤は、数年前、某大学院教授からやっと古巣に戻ってきた長谷川室長の、長い黒髪を無造作に後ろに束ねた美人顔を思い出していた。40代の今、研究と仕事で婚期を逸した彼女は、人生のすべてを気象学に費やしてきたといっても過言ではなかった。

鋭敏で反応が早い研究室のコンファレンス・レポートにはインテグリティーな解析で定評がある同室の台風6号に関する詳細な分析と、今後の進路予想を記した細かい文字列が並んでいた。
それに課長宛てに室長自筆のメモが添付されていた。

No.27 10/09/04 18:54
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 26 <最近、俺さ、老眼鏡のお世話になってるんだから、もうちょっと大きな字でプリントして貰いたいもんだよ>

56才の近藤は、最近急速に進む視力の衰えとともに体力の減退も感じていた。老化の始まりを意識せざるをえなかった。時々、字が二重に重なったり、焦点がぼやけて見えるのを我慢しながら、愚痴とも聞こえる言葉を飲み込んだ。昨日から泊り込みの彼には、慣れてるとはいえストレスが溜まっていた。

この台風は間違いなく上陸し、しかも東京に照準を合わせている。仕事とはいえ、被害の大きさを考えるとため息が出てくる。憂鬱がいっそうストレスを増した。

台風6号は当初迷走し、遅々として進路が定まらず予想しにくいものだった。その間に発達し、昨日の深夜時刻に急にカーブを描き、速度を増しながら北上する気配なのである。ここ最近の台風進路は予想しにくいものが多かった。近藤は経験から、この6号は、極めて重大な確率で上陸するものと考えられるのだった。

No.28 10/09/04 20:29
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 27 最悪の被害はもう出ていた。

山陰から関西、東海へと停滞する梅雨前線は、台風の接近によって刺激され活発化。昨日から被害が報告されていた。アメダスによる正確な解析雨量によれば、島根県の東部出雲地域は24時間降水量としては驚異的な950mmの大雨に見舞われた。この大雨によって斐伊川が氾濫。被害は甚大なものとなった。

出雲市、斐川町の境界を流れる斐伊川下流は、大津町付近で大きく蛇行し宍道湖に流れ込む。山陰本線と一畑北松江線はさまれた村落が分散する一帯は、豊かな田園地帯。
前日から降り続いていた雨のため、警戒水位を越え、付近の住民には避難命令が出されていたことが不幸中の幸いだった。まず1日深夜未明、名島から鳥井にかけて2キロに渡り堤防が決壊。またたく間に富村、上直江、美南、福富、黒目、荘原町一帯が濁流に襲われた。さらにほぼ同時刻、出雲市大津町付近でも堤防が決壊。出雲市中心部が浸水した。警戒はしていたものの、深夜未明から朝方にかけての混乱は、多くの悲劇を招くことになる。

No.29 10/09/05 00:00
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 28 さらに愛知、三重、岐阜県の東海地方は、6月29日夕方ごろから、断続的に豪雨が続き、特に名古屋市においては、かつてない被害に見舞われた。
日降水量は29日は460mm、30日は680ミリに達し、市内北部を横断する庄内川が30メートルにわたり破堤。やがて水圧により欠壊部分は広がり、500メートルに及んだ。被害は名古屋市の西区、北区、中村区、中川区の広範囲に及び、また隣接する清須市では西枇杷島で東海道本線の線路流失。新川も天端を越えて浸水、西枇杷島町全域を水没させた。

東海道新幹線は、30日午前までダイヤ通りに運転していたが、豊橋から米原まで警戒水準を越える降雨のため徐行と停止を繰り返し、大幅に遅延を拡大させた。上下線合わせて57本の列車が線路上に停止したまま、全面不通となったのは30日夕方のことだった。復旧のめどはたっていない。
また県内の主要な道路は各地で冠水、あるいは土砂崩れのために通行が寸断され、流通機能はマヒした。

No.30 10/09/05 00:19
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 29 悲惨だったのは、静岡県湖西市の県道で通学バスが土石流に巻き込まれ、児童21名の内、13名の死亡者を出したことである。

愛知県危機管理本部は自衛隊に出動要請し、緊急事態宣言。政府に早急な対応と救援の要請をしたのは、依然として止む気配がない降雨と被害がさらに広がる状況が、すでに県の努力の範囲を越えていたためである。


消防庁と自治体の発表によれば
<死者・行方不明者23人、負傷者320人、全壊・流失家屋253棟、半壊家屋1870棟、床上・床下浸水15000棟あまり、避難勧告をうけ避難所に駆け込んだ人は10万人以上>というかつてない被害であった。


さらに静岡方面から移動しつつある急激に発達した雨雲は、午後には神奈川から東京へとその中心を移し、東京は都心から中央線沿いにゲリラ的豪雨が短時間降水予報通りに降ったのだった。1時間程前から床上・床下浸水の被害、さらに中央線ならびに京王線をはじめ私鉄各線の運行ストップという情報が来たばかりだった。
とんでもない事態になりつつあった。

No.31 10/09/05 13:32
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 30 エクスキューズ👩

誤字脱字があるようです。慌ててアップすると私自身のキャラクターが出ます。特に注意力が散漫になると、顕在的に現れ、美しい日本語に憧れを抱いている大和撫子も、学ぶことへの意欲を喪失しそうになります。

持続することの困難を理解しているつもりですが、淡白な性格なのか、手に負えなくなるとすぐ投げ出す癖がありますが、一方でこのような小説で最も必要とされる試行錯誤の果ての、景色が晴れ渡る瞬間の嬉しさを味わいたいという願望も強く、向い風と追い風のごとくアゲンストな真理、矛盾の性向こそ人間というものかもしれません。
動機という内的要因が、物語というファンタジーな世界であれ、人生というリアルな世界であれ、わたしの心を満たすあるいは変化を受容するエンジンのようなものです。

「美しいものに幸あれ」とのテーゼは、わたしの永遠に変わることがないワンフレーズです💖

No.32 10/09/05 16:21
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 31 政府は首相官邸に、首相を本部長とする<危機管理対策本部>を設置する方向で検討にかかり、今夜にでも正式に発足するものと思われる。
その前段階として、2時間程前から、危機防災大臣、国土交通大臣、内閣官房副長官、その他関係省庁の官僚、気象庁から長官、予報、観測の両部長、そして神谷知子課長が霞が関に呼ばれたのである。


権力争いが絶えない現在の連立政権は、昨年夏に行われた参院選で大きく後退した。近年、際立ったリーダー不在の政界では、ジャッジマンとしての有力な調整者が出現しないまま右往左往することが多かった。国民不在、民主主義の危機などと昔から言われている色褪せたフレーズが、新味を加えることなく新聞の一面を臆面もなく飾った。国民は諦めと失笑と怒りを同時に覚え、ジャーナリズムさえ、良識を疑わせるに十分なスタンスが、この国の未来がいかに希望がない暗闇であるかを暗示しているようだった。誰も政治に期待していない。切羽詰まった状況にならなければ腰を上げないエクスプレイナー。そんな政治家という人種が中枢を担う国。美しい国土はもう過去のことだ。


国を亡ぼす危機が、怒涛のように押し寄せようとしている。

No.33 10/09/05 16:50
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 32 近藤は誰が活けたかわからない、コップに一輪の清楚な白いクレマチスの花を見ていた。すでに戦場と化しているこの部屋にそぐわないような静かさが感じられた。それは、入口近くの乱雑にファイルが収められた整理棚前の、小さな丸テーブルの上にあった。アシスタントとして有能な入庁2年目の桜井が活けたに違いないと思い、彼女に声をかけた。

「桜井、胃薬はあるか?」
「総務へ行けば薬箱はあると思います。貰ってきましょうか?」
今時、ツインテールにしている娘は珍しかったが、どこか幼さが残る顔立ちに似合っていた。
「そうしてくれ。どうも調子が悪い。それと”サンク”に一室を確保してくれ」

サンクとはサンクチュアリの略で、気象庁ビルのすぐ前にある庁内の職員が良く利用するビジネスホテルだった。シャワーを浴びたいと思った。
桜井が出て行くと入れ替わるように、神谷課長が姿を現した。
神谷は部屋を見渡してから近藤に声をかけた。

「ご苦労様!」

涼やかな、よく通る声だった。


神谷は、近藤が今まで知るなかで予報業務の最も優秀な予報官だった。数値予報の総合的判断、見事に的中する預言者のような分析に誰もが納得した。

No.34 10/09/05 21:03
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 33 「スワン、オン!」
神谷が厳しく言った。

300㎡はある広い監視ルームの中央に、直径5メートル程の半球型の通称スワンがスタンバイしていた。中心から外周部に向い、光が噴水のように孤を描き流れている。

レベルアップを重ね、レプリゼンテーションに優れたマーク6は、サブリミナルなインスピレーションを与えてくれるコンピューターの著しい成果だった。

スターティング・スイッチをオンにすると、均一な光の流れが乱れて、白鳥が飛び立つために翼を広げるように白い光が羽ばたいた。

<スワンが飛び立つときはいつも感動する>と、神谷は改めてその情景を見つめていた。正式名はIHWS(インテリジェンス・ホリスティック・ウエザー・システム)

イメージプロセシングされた日本列島を中心とした立体的な画像は、列島から南側3000㎞の海上を捕えていた。巨大な姿に成長した台風の渦をはっきり映し出している。

「半径は1000キロはありそうね。列島がすっぽり入る」
神谷が静かな口調でつぶやいた。

こんな台風は今まで見たことがない。神谷は闘志が湧きアドレナリンが血管に流れ込むのを感じた。

No.35 10/09/05 21:23
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 34 「中心気圧は905ヘクトパスカル、雲の厚さは18㎞。そしてまだ成長を続けている。こんなバカでかいやつは、今まで経験したことがありません」
近藤が神妙な口振りで言った。

「そうね。12年前にシミュレートしたカテゴリー5の乱暴な坊やだわ」
すでに、渦の端は紀伊半島沖400㎞程に差し掛かっている。

「現在の進行速度を維持すると仮定して、56時間以内にブルーアイが日本に上陸する」

今夜当直の予報官が1人2人と慌しく入ってきた。
この監視ルームは厳格に三交代の勤務体制がとられている。1チーム16名。そろそろ交代の時刻だった。

「順ちゃん、1時間毎に官邸に状況報告。牧原調整官が待機しています。19時から報告できる体制を組むこと。それが終わったら、きょうは帰ってもいいわ」
近藤順一主任は順ちゃんと呼ばれていた。

「いいんですか?」
「明日もあります。今晩は宮さんに当直をしてもらいますから」

宮さんとは二ノ宮主任ことだった。近藤が短期予報担当、二ノ宮が開発担当。
このような緊張を要する事態では、総動員をかけるのは当然のことと思われた。

No.36 10/09/05 23:35
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 35 桜井がバタバタと入ってきた。
「大変!長官がこちらに向ってます」

桜井を追うようにして、古田島長官は小林総務部長、北沢予報部長を従えて入ってきた。部屋にいる17~8人の若き予報官たちが一斉に立ち上がった。

「いいんだ、仕事を続けてくれ!」
白髪混じりの軽くウエーブした豊かな髪を持つ温和な風貌の古田島は、愛想良く笑いながら手を上げて如才無く言った。目の色がグレーなのは白人の血が混じっているということか?
神谷はさっき会議で会ってばかりだ。

「おお、スワンが飛び立ってるな。素晴らしい!エボリューションの賜物だ。もっとも全部税金だがな。それにしてもビッグな台風だ。今回はフルセットのゲームになるってことだな。北沢君!」
スワンを回りながら言った。

「ハッ!」緊張の糸が張り詰めた北沢の返事だ。

「神谷君、今晩も泊まりかね?」

「えェ、そのつもりです」

「腹が立ったろ?松本の横柄さには、いつも腹が煮えくり反っているんだ」

No.37 10/09/05 23:40
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 36 松本とは官房副長官のことである。松本は38才。若手政治家としての手腕は相当のものだった。論客の一人と認められ、庶民の味方をアピールし、マスコミに登場するソフトなイメージとは正反対の、人を見下した言葉、態度には彼の本性が現れて余りあるものだった。


会議で神谷は、早急な決断と避難等の対策を講ずるべきだと主張し、すでに遅きに失している政府の対応を批判した。それは誰もが思っている当然の意見でもあった。

それに対し松本は怒声を張り上げて言ったのだ。

「一予報官の出る幕ではない!」

そして、続けてこう言ったのだ。

「ゴミ溜めのような東京は一度壊し、また再建すればよいのだ」と。
政治家として耳を疑う発言であった。

No.38 10/09/05 23:50
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 37 「あんな奴が国民の代表とは情けないぜ。小林、オフレコだぞ」

「ハイッ!」小林も緊張している。

「とにかく神谷君!誰がなんと言おうと君が頼りだ。よろしく頼む」

「長官!最善を尽くします」

「むっ、俺も最善を尽くす」
古田島は手を差し出し、両手で包み込むように神谷の手を握った。熱い、力強い手だった。

「こんなときは神の助けが欲しいよ」
そして澄んだ瞳でじっと見つめながら言った。
「君のことだよ」と、豪快に笑った。

「諸君!太陽は雲の上にある。今は隠れて見えんが、代わりに君達が太陽の如く光り輝け!」

古田島は励ましの名言を残し疾風のように立ち去ろうとしたが、ドアーのところで振り返り、神谷に向かってウインクしながら拳を突き上げた。神谷もおどけて軍隊式の敬礼で返したのだった。

二人の無言のやり取りを、予報官たちは興味深そうに眺めていた。

No.39 10/09/06 13:53
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 38 全員が神谷を注目していた。
彼女は静かに、そして一語一語に力を込めて話し始めた。

「いつかこんな日が来ると覚悟していました。これは遠い昔からの人類のツケなのです。贅沢の限りを尽くし、未来を考えなかったツケが亡霊のように現れたのです。
この亡霊は手強い。余程の恨みがあるに違いない。凶暴に、野獣のように獰猛に牙を向いてわたしたちに襲いかかろうとしている。
戦いを望むなら受けて立ちましょう。望み通りに相手になってやるわ」
自分の言葉に神谷も次第に興奮してくるのがわかった。

「誇りある気象庁の長い歴史のなかで、今もっとも過酷な瞬間を向えようとしています。今まで経験し、知識を積み上げ、英知を磨いてきたのは正にこの瞬間のため。苦難は乗り越えなければなりません。国民のため、戦わなければなりません」

一呼吸つき、一人一人の顔を見ながらゆっくりと歩いた。勇者のように闘志が表れている。美しい顔だと思った。
桜井は感極まって泣いていた。神谷は労るようにそっと肩を撫でた。
桜井は頷くように顔を上下させ、涙を飲み込んだ。
「そうよ、涙を流しているときではないわ」

神谷は言葉を続けた。

No.40 10/09/06 22:05
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 39 「若きヒーローの皆さん!この試練を乗り越えられるのは、訓練を積んだ皆さんよりおりません。わたしは敢えて、この千載一遇の試練を、皆さんとともに挑戦できることを、何よりうれしく思うのです。
ドラマティックなショーは始まりました。後はそれぞれが役を演ずるだけです。
わたしは信じています、皆さんの力を。
皆さんの正々堂々と戦うガッツな魂に賭けています。
民を守る守護神に栄光の誉れあれと叫びたい」

奇声が上がった。
神谷は近藤をチラリと見ながら言葉をつないだ。

「この試練を乗り越えたあかつきには、あかつきには・・・。
60年以上も前に世の殿方を悩殺したというマリリン・モンローになってサービスするわ。もう48才だから無理かしら」

笑いが起き拍手が上がった。
近藤がボソボソと言った。

「モンロー見たいっす。全然、無理でないっす」

No.41 10/09/06 22:22
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 40 「スターティング・フラッグは振られたわ。仕事は山ほどある。慎重に確実に潰せ!このチームが世界最高だってこと、見せてやりなさい」
拍手が沸いた。
誰もが自らの役割を自覚していた。
使命は自分で感じるもの。命を賭けても果たさなければならないもの。

近藤が微笑を浮かべて近寄ってきた。

「忘れていましたが、会議中に海洋の白石氏から連絡がありました。それと”サンクチュアリ”に部屋を確保しておきました」

課長のスピーチにいつも感動した。上気した彼女の顔を見て美しいと近藤は思った。
<アグレッシブに仕事をこなし、頭脳もピカイチ。優しく美しい彼女が独身だなんて。男どもはどこを見てるんだ!そういえば娘が一人いたな。白石氏とはよく連絡取り合ってるみたいだが、どういう関係なんだ>

No.42 10/09/06 22:27
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 41 髭をのばした逞しい白石の顔が浮かんだ。用件はわかっている。白石は<海洋研究開発機構>の次長の職にあった。いずれトップになるだろう。海に出たいといつもぼやいていた。

白石との思い出は多過ぎる。辛いことも楽しいことも。

神谷はケイタイから白石を呼び出した。


神谷知子は20年前、28才のとき結婚した。
そのときのことを思い出すと今でも胸が締めつけられた。

T大学大学院時代に、同期だった男性と恋愛し結婚した。同じ地球科学を専攻し、自然と親しくなったのだ。世間に無知な娘は男女の機微についても、うぶな考えかたよりできなかった。簡単に言えば子供だった。知識は豊富でも実生活には役に立たず、頭でっかちの2人は、次第につまらないことで非難し合うようになり、結婚生活は2年で破綻した。

大学に残り助手をしていた神谷に心機一転、海外行きを勧めたのは教授の古田島だった。WMO(世界気象機関)に職を得て、娘を連れ、ジュネーブに渡る。32才のときである。

No.43 10/09/07 10:48
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 42 WMOで白石と出会った。彼は海洋研究開発機構からの出向、すでにジュネーブ滞在が1年を越えていた。ワイルドで荒っぽい白石には魅力を感じなかった。神谷自身、もう恋愛で神経をすり減らし、涙を流し泣く、自分の姿を想像したくなかった。


人間の感情ほど不確かなものはない。川の水のようにどこへでも流れていく。
神谷は半年後、白石に特別の感情を抱いている自分を発見して愕然とする。あんなに固くカギを掛けたのに、もう恋などしないと誓ったのに、白石のことを考えると体の芯が疼き、動悸が高鳴った。感情の昂りのなかで、同じ失敗を繰り返すのかと自分を責めたのだった。

狂おしい感情に悩み、支配され、明日のことも考えられないほどに愛することの奥深さに翻弄された。さらに半年後、白石が帰国したとき、神谷はやっと平静を取り戻す。自分を冷静に見ることができたのだ。
白石にはすでに妻子がいた。誰かを悲しませ、犠牲の上に自分の幸せを築こうとは思わなかった。

白石は豪放な表情の裏に繊細な感覚を隠し持っていた。自分の特別な想いも気づいていたに相違ない。ただ二人とも口にしなかっただけのこと。

No.44 10/09/07 14:10
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 43 あれから16年の歳月は、愛するという感情を、同じ専門分野を研究するという同志的感情に、変化させたのだと今は考えている。これで良かったのだと後悔は感じなかった。


神谷には、娘の麗がいた。
代償が有ろうと無かろうと、犠牲になろうと、神谷は、自分の深い心の泉から湧き出る言葉に、真実の希望を見い出すことができた。
<麗。あなたはわたしの光。空よりも高く、海よりも深い、愛の証>

わたしが今まで生きてくることができたのも、麗に支えられてきたからだと思った。わたしが麗を育ててきたのではない。麗がわたしに生きる意味と糧を与えてくれたのだ。

麗は幼いときから聡明な子だった。知能が高いというだけでなく、理性のなかにひらめきと発想の豊かさを併せ持っていた。この子は特別な子だと思わずにいられない。
美しく成長した17才の今、艶のある黒髪とスラリと伸びた肢体に女らしい優しさが加わり、ただ強く抱きしめたいと思うほど愛しさを感じた。それは母としての最高の幸せでもあった。
<麗、素敵な未来でありますように。望んだことが実現できる未来でありますように>

No.45 10/09/07 20:10
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 44 しかし神谷には、母としてただ一つ心配なことがあった。

素晴らしい才能と美貌と清らかな心を持つ娘に、なぜ一つだけ大事なものを与えてくれなかったのでしょうか?
神よ!あなたは本当に慈悲をお持ちなのですか? と何度問うたことでしょう。恨めしく思ったことでしょう。

宝石を散りばめたような青や赤や白い星々も、ロマンティックな三日月も、眩しい太陽も、白い雲も、緑の森も、荒々しい海の波も、煌めくせせらぎも、カラフルな鳥たちも、大地の砂も、そして母の顔も見ることができないなんて。

麗は、生れたときから、盲目の暗闇のなかで生きてきたのです。

暗闇に差し込む一筋の灯りも、朝露の一粒の輝きも、ダイヤのように美しい自分の一粒の涙さえ、見ることができなかったのです。
それがどんなに口惜しいことでありましたでしょう

先天的に、眼底と脳を繋ぐ神経が、欠落していたのです。網膜に美しい風景が映し出されても、脳中枢に伝わる極細の神経が、全く存在しなかったのです。

No.46 10/09/07 21:40
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 45 白石が出た。

「やあ~、忙しそうだな」

「こんな電話もしているヒマは本当はないの」

「そうだろうな。来週の週末あたりになれば落ち着くんじゃないかと思ってさ。忙しい課長さんに、一流レストランにリザーブのお誘いをしようかと思って」

「あら、嬉しいこと」

「もちろん、麗ちゃんも一緒に。なんでもリクエストしていいぜ。札束を用意していくからさ」

「フフッ、お金持ちなのね。少し寂しいんでしょ?」

「見抜かれてるか。何か手伝うことがあったら、なんでも言ってくれ。6号のことさ」


去年、控え目な家庭夫人だった奥様が亡くなった。急性白血病で入院からあっという間の出来事だった。神谷にはもう昔のようなエネルギーは無かった。白石とは何でも話せる友人でいたいと思うのだった。

No.47 10/09/07 22:14
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 46 <Column 2>🐤


美しい窓には、美しい朝の光がさしこむように、美しい心には、美しい愛の光がさしこむ。そして幸せの光がおとずれる。


わたしはあなたのなかに、美しい心を見る。姿勢を正して歩く姿は、瞳が輝き、活き活きとしています。波のように障害をのりこえていく柔軟な思考。諦めないということは賢明さのあらわれ。大きな包容力と優しさに包まれて、安心感と安らぎを得る。わたしがあなたのためにできることは、深い愛情と眼差しでこたえること。


楽しいことばかりではないわ。つらいことがあって、ふたりをつなぐ鎖を断ち切る何者かがいたとしても、わたしは信じている。あなたの帰りを。遠くからでも見ることができる、屋根の上に大きな旗を掲げて、あなたが帰るべき家があることを。

No.48 10/09/07 23:06
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 47

愛とは聖なるもの。精神の高揚をうながすもの。楚々として力強く、二度と得ることができないふたりの魂の共鳴。愚かであってはならない。目先のことだけにとらわれる、浅はかな人間には、幸せの階段をのぼることができない。指の間から乾いた砂が零れ落ちるように、幸せをつかむことができない。川に浮かんだ木の葉のように、哀れな人生は願い下げよ。
わたしは何も恐れていないわ。たとえ順風が吹かなくても、舵をきって船長の役割をはたし、自分の人生行路をのりきっていくだけ。荒波を越えていくだけ。


清らかな泉のように
強い鋼のように
なめらかな陶器のように
透明な水晶のように
美しい魂を持った自分を発見したい

No.49 10/09/07 23:10
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 48

<The End Of The World>

なぜ太陽はまだ輝いているの
なぜ波は浜辺に打ち寄せるの
知らないのね
これが世界の終わりだってことを
あなたがもう愛してくれないから
世界の終わりだってことを

なぜ鳥たちはまだ歌っているの
なぜ星は空で輝いているの
知らないのね
これが世界の終わりだってことを
あなたの愛を失ったとき
世界は終わったということを

朝、目が覚めて思う
なぜすべて前と同じなの
わからない わからない
どうやっていつものように
暮らしが続いていくのか

なぜ私の胸はまだドキドキしたままなの
なぜ私のこの目は泣いているの
知らないのね
これが世界の終わりだってことを
あなたが別れを告げたとき
これで世界が終わったことを

No.50 10/09/07 23:16
Ruka ( 20代 ♀ h2g9h )

>> 49

「この世の果てまで」は60年代初期の名作。乙女チックな歌詞に優しいメロディーは、時代を越えた共感性が感じられます。オリジナルの、さりげない歌い方のスキーター・デイヴィスも好きですが、わたしは断然ブレンダ・リーです。日本人のなかでは、アップテンポの竹内まりやが声の華やかさもあり、それなりに楽しめますが、アメリカン・ポップスの良き時代を象徴しているブレンダ・リーのハスキーヴォイスは、青春の切なさと儚さを伝えるしっとりした響き。お嬢さんっぽい無垢さと上品さ、誰もが通り抜けてきた青春の痛みが声に漂っています。

感傷的な詩句、メロディーが胸をうち、涙が溢れそうになる。 わたしは失恋らしい失恋をしたことがないので、というより、恋愛経験自体が少ないから、青春の淡い恋に憬れたりする心理も影響しているのかもしれない。 俗に言う世紀の恋って大変そう。でも、小さい恋にも小さい恋の大変さがあって、純な想いを貫くみたいな健気さは、それなりにエネルギーが必要なことだと思う。でも結局、次第に打算的になり、汚れていくのよね。

  • << 51 ➡ 先のことを考えると不安な気持ちもないわけでもない。清楚で美しい心であらねばならないとの考えが、いつもわたしのなかにあります。 イマジネーションを刺激されて作った詞 <この世の果てまで Ⅱ> 世界が終わったとしても 私はまた悲しい心で旅立つわ 波うち際に立って 花輪を投げて 別れを告げるわ 悲しい私に別れを告げるわ 世界が終わったとしても 私はまた思い出といっしょに旅立つわ あなたのことは忘れない ときめいたことも 夢見たことも 傷ついた私に別れを告げるわ 世界が終わったとしても 私はいつもの笑顔で旅立つわ 緑の野に立って 空の雲に 旅立ちを告げるわ 新しい私と旅立ちを告げるわ by Ruka ➡
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